鷲田清一のレビュー一覧

  • 〈弱さ〉のちから ホスピタブルな光景

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    ディベートをさせると、震災の時に援助をすることを考える人は多くいるが、補助を受けさせるためにはどうすればいいのかを考える人がいないというのを読んでいて、確かにそうだなと思った。

    色々な制度があったとしても、本当に必要な人にはその情報がいかないこともある。

    そして、人は誰しも弱い部分がある。
    その弱さを認めるということはとても大切で、それを力に変えられることができれば、とても強いエネルギーが出るのではないかと思った。

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    2024年04月26日
  • だんまり、つぶやき、語らい じぶんをひらくことば

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    学長などを経験した哲学者による高校での講演会録

    コロナ禍で、言葉やコミュニケーションについて、高校生向けに優しく温かい語り口が印象的。
    質問時間や懇親会の様子も良い雰囲気そう。

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    2024年04月24日
  • 悲鳴をあげる身体

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    オキシトシンが分泌されるような深い共感体験もオキシトシンの体への影響という意味で、「体を通す」体験と言えるだろうか。
    体を通して何かを味わうことが、ヒトを人間たらしめると言えるのか。自己の隙間部分に他者を入れることによってしか安定した「私」は感じられないということだとすると、人間は他者に依存しないと生きられないというのも、さもありなんといったところだ。

    p132より
    黙過は身体に秘められている。それが他者との「出会い」を通して現れざるを得ない時(何かを破壊する文脈時)に、二人の共謀として現れる。その意味で黙過は常に共創造されたものと言えるのではないか。

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    2024年03月29日
  • 語りきれないこと 危機と傷みの哲学

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    震災経験を経た人たちの傷みを、聴くということで、癒していく

    いつか来る瞬間が来た時に、納得することができたらそれで良い

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    2023年10月16日
  • だれのための仕事 労働vs余暇を超えて

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    ネタバレ

    本作の内容は、さらっと言えば「自分らしいキャリアの築き方」、敢えてそれっぽい言い方をすれば「「労働」という概念における実存的間主観性の地平」、でしょうか笑

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    四章+補章の計五章の小品ですが、一章から三章は労働と余暇という二つの概念の分析で、いかにもテツガクっぽい話で、残念ながら私のサメ脳にはあまり入って来ませんでした。

    おすすめは、四章と補章で、こちらはアツめで面白かったです。

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    そこでは、家事という無給の仕事をとっかかりに、ボランティアという無給仕事を対比させ、さらに阪神淡路大震災以降のボランティア熱の高まりから、労働に必要とされる新たな要素を抽出します。

    これからの労働に必要なもの、それは、他者からの認知、ということでしょう。

    給料が高いだけで人は満足を感じるわけでもなく、交換可能な歯車的な業務に対し、自分が仕事につく必然性を見出せないわけです。

    家事もそうですが、まずもって他者からの認知がなく、蔓延する「やってあたりまえ」感。さらには金銭的報酬(認知)もない。自分である必然性は家事にもあるやもしれないですが、自己決定権と周囲からの感謝がなくては、ねえ。。。

    ・・・
    もちろん、ボランティアであっても自分である必然性は見出せるとは限りません。が、少なくとも他者から認めてもらうという体験はきっと大きいのでしょう。

    そうしたことから、終盤筆者は、他者との関わりの中から自分の立ち位置を見出す・形作るという責任を果たそう、というようなことを仰って終わりになります。

    結論的には、あれですよね、先生?
    ひらめきみたいに、「ああ俺の天職はこれだ」という決まり方はきっとしないんですよね。

    不安や疑心の中でキャリアを恐る恐るスタートさせ、経験や人間関係のなかから何がしかの方向性を見出しなさい・作り出しなさい、ってことでいいんですよね、鷲田先生?

    ・・・
    ということで、分かったような分からないような理解(つまり分かっていない)でありました。ごめんなさい。

    どこぞの高校の受験問題に出ていて、それをきっかけに購入しましたが、これは高校生にはちょっと難しいと思います。

    小難しいのが得意な高校生以上、社会思想系好きは大学生、キャリア関連・人事関連業務のかた、教育関連の方は手にとってもらっても良いかもしれません。

    キャリアのことをよりプラクティカルに考えるのならばより良い本は沢山あると思います。労働という概念やその歴史をさらっているところあたりに、きっと本作の価値は多く存すると思います。

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    2023年09月03日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    2020年、COVID-19が席巻した世界では次々と社会の歪みが露呈した。そのコロナ期とポストコロナ期に、次世代の若者たちがどう生きるべきかを内田樹をはじめとした様々な年代の言論人たちが語る。

    内田さんが声をかけて集まった様々な分野の今をときめく著名人たちがコロナとコロナ後の世界をテーマに執筆しました。内田さんのセレクトだけあってみんなけっこう尖っていて(偏っていて)どれも読み応えのある内容でした。中学生向きということで平易な文章で一編が短いのも読みやすくていいと思います。そしてみんな分野が違うので、コロナ期というものを違う角度から見ているのも面白い。また、分野が違っても結局、多くの著者が今世紀に入ってからの日本の教育が間違っていると言及しているところが内田さんセレクトらしくていいし、実際にその通りだと感じます。
    近代に入ってから特徴的なのは膨大な富を得た後に残る負債を残らず次世代に押し付けるところ。これを明確にあぶり出したのがコロナで、コロナがあってもなくても次世代の若者たちは老人たちのケツを拭きながら生きる羽目になります。そのことに若者たちと、おそらく現役世代に含まれる私たちがどう向き合って生きなければならないのか、時代のまさに転換点に生きているということを感じさせる本でした。
    特にキューバを例とした無料医療に言及した三砂ちづるさんの章が勉強になりました。ということでゲバラの若き日の旅路を描いた「モーターサイクルダイアリーズ」も併せてお楽しみください。この映画はすごくよかった。本も出てる。
    あ、あとバランスを取るために武田邦彦の「君が地球を守る必要はありません」もどうぞ。

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    2023年08月11日
  • しんがりの思想 反リーダーシップ論

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    社会は変わり人も変わり生き方も時代も変わった。かつて戦後復興から奇跡的に世界のトップにまで上り詰めた高度成長。何をするにも働き手が不足し「24時間働けますか?」の掛け声の元、土日返上寝るのも惜しんで人は働き続けた。実際私の父も土曜日は当たり前の様に働き、日曜に仕事に行く事も何度もあった。今考えたら一体いつ休んでいたのだろう。家にはテレビ、冷蔵庫、エアコンは当たり前、何不自由なく生活できた上に、小学生の時には家も建て替えられ、自分の部屋を持って自分専用の本棚、一人で占有するベッド。何もかもがあった。パソコンだって今では考えられないハードディスク装置(今はFlash、SSDが当たり前だが)すら無い、ペラペラの5インチフロッピーディスクに全てが詰まっていた時代だ。家に50万円以上するパソコンで遊ぶ(勉強ではない)ために、学校から友達が集まってきた。
    そんな時代は人口も増え経済は確実に拡大していた。だから今日より明日、明日より明後日と毎日便利に裕福になっていたようだ。
    今はどうだろう。平成20年(2008年)からはいよいよ日本も人口減少時代に入った。人口が減るということは、当たり前だが、二人の親が二人以上の子供をもうけない社会だ。当たり前ではあるが、年月が過ぎれば人は確実に死に向かうから、現在の様な出生率1.2%程度では確実に減少に向かう。
    かつての人口増加、経済拡大の時代は何をやっても明るい未来しか想像できなかったが、バブルが弾け、経済が急激に萎み、更には人口減少と続く社会に於いては、これ迄とは違った戦略とものの考え方が必要になる。
    本書はそんな縮小傾向に向かう日本においてはどの様な考えで生きていく必要があるかを説いている。タイトルにある「しんがり」とは、軍隊で言えば撤退する際に、味方を逃し最後尾で戦う部隊だ。山登りの一番最後尾は最も山を知り尽くし、隊の誰かに大事があれば真っ先に手を差し伸べる役割を担っている(よって隊を先導する先頭には実力2番目の隊員が立つ)。今、人口減少、経済縮小に向かう日本を「撤退戦」と見たてて、そこに必要な人材に迫る。それはグイグイみんなを引っ張るリーダーシップではなく、後ろから支えるフォロワーシップになる。
    本書は最初にそうしたリーダーシップ本が多いことに苦言を呈しているが、確かに会社にリーダーシップばかりの人材が溢れたら、それは単なる我の強い個人戦になりかねない。誰かが倒れても誰かが代わりになれるのは良いが、果たしてその様なチームに纏まりはあるだろうか。寧ろ静かに黙々と仕事をこなすメンバーがいてこそチームは成り立つ。全員が我よ我よと我を全面に押し出していたら纏まりはないだろう。メンバーの個を生かしチームとして後ろから支える様な力が必要だ。
    またメンバーが自分くらい良いやと無責任になれば、物事は成し遂げられない。一人一人が自分の領域に責任感をもって熱心に取り組む必要がある。本書はそうした状態を、選挙で選ばれた政治家と民衆の関係に例える。選んだ方は、無責任に政治家に「押し付け」るし、選んだんだからやってくれと「おまかせ」してしまう。これはかつての日本が子供を地域で育てた時代とは明らかに違う。昭和の子供は近所中にお母さんがいた。どこに行っても可愛がられたし、その逆に怒られもした。社会全体が子供を育てることに対して責任を持っていた。
    本書はこうした例を次々と挙げて、各自が責任を持つことの重要性と、縮小に向かう日本における戦い方を示す。
    経済は中国語の「経世済民」からきた言葉だ。政治が世の人々を勝手に救い続ける時代では無い。そのうち医療や教育に携わる人間も減っていく。その一方で何もかも頼りきりの人間だけが増え続ければ何は破綻するのは目に見えている。私は自分を自分で責任もって生かしていけるだろうか。少なくとも、食べて暮らしていけるだけの元気な体と体力を責任もって維持していきたい。

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    2023年07月04日
  • だれのための仕事 労働vs余暇を超えて

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    古本屋で見かけてタイトルに惹かれ購入。答えが得られたわけではないが、まあまあ納得できた。著者の主張を自分なりにまとめると、

    仕事か遊びか、労働か余暇か、といった二分法ではなく、労働に「深い遊び」すなわち存在を賭ける真剣さを取り戻さなければならない。労働に目的があれば充実するわけでもない。労働自体がその目的の手段に過ぎなくなるから。労働の「目的」よりも労働の「限界」に向き合った方が良い。自分では自分の存在に意味を与えられない。将来の自分のためでなく今の他者のために、存在を賭ける真剣さで労働することで充実感がもたらされる。

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    2023年03月11日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    中高生を想定読者とした、現在30代〜70代の20名からのメッセージ。今回のパンデミックであらわになった日本社会の欠陥について、こんなに不出来な社会を後続世代に遺すことになってしまった責任を感じ、補正しきれなかった悔しさがにじむ。

    世代が変わると考え方や行動も変わる。是非、現状を反面教師として欲しいです。

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    2023年01月05日
  • だんまり、つぶやき、語らい じぶんをひらくことば

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    講演を活字化したものなので、ちょっと読みにくい。
    自分の発言や言葉に迷いがある中高生は、一読して損はないと思う。

    以下、心に残った箇所。

    どうして、そういう聴き流す、聴いたフリをする、聴いてないフリをする、聴かなかったことにする、あるいは芝居でもいいから「ほう、ほお、ほーう」などと、一見ふまじめそうに見える聴きかたをするのが重要なのか⋯⋯。それは、しゃべるほうが、かなり危うい状態にいるからなんです。
    じぶんを語りなおす、これまでとちがったふうに、ひとの前でじぶんを話せば、じぶんが壊れていくプロセスを見せることになる。うまく語りなおせたらいいけれど、語りなおしに失敗してしまうプロセスを相手にさらしてしまうかもしれない。こんな恐いことはないです。

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    2022年12月25日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    斎藤幸平さんの名前があったので読んでみた。
    一番心に残ったのは平川克美さんの文章だろうか。会社勤めするようになって当たり前のように見聞きしてきた経済合理性。原価を絞り、無駄を排除して、より低価格の製品を提供する。お客様の要望に応え、お客様が期待する以上の価値を生み出すこと。製造業をはじめ、経済はそのようにして成長するものだと思っていた。
    しかし、現在は総供給が総需要を上回っている状態。必要ないものを売るための広告やマーケティングなど、ブルシットジョブ(この本で言及してる人の多いこと!)が蔓延し、限られた利潤を確保するために「集中と選択」という言葉に現れるように、偏った資源配分をし、競争優位性のない部門は排除すべきとの考え。この競争優位性、経済合理性といった考え方は、巨大企業や金融市場が成長を続けるために流布されたもの。これが人々の価値基準や判断基準のモノサシとなり、格差やブルシットジョブを生み出すことになった。コロナ禍はその脆弱性を露呈させた。無駄を排除した結果、緊急時の備蓄がない、余剰人員を持たない保健所や医療現場、高齢者より若者を優先すべきだとの優生思想。さらに、経済かコロナ対策か、という議論自体が、経済合理性というただ一本のモノサシで語られているということ。
    大学生活が単に勉強をすること、即ちオンライン授業さえ受けていれば事足りるのとは違うということもコロナ禍で見えてきた。
    仕事とは何か、大学とは何をする場なのかを再考する機会を持とう、社会で当たり前とされる考え方、メディアの喧伝するものに次第に染まってしまう危うさを意識するようにしよう、そう思った。

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    2022年12月14日
  • 大事なものは見えにくい

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    すごく久しぶりに再読
    つらつらと書かれたエッセイ集
    一つ一つの文章は短いので、一つの主題をそこまで掘り下げない
    さらりと読めてしまう
    考えることの取っかかり集といったかんじ

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    2022年11月26日
  • じぶん・この不思議な存在

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    今の自分には難しかった。

    他者の他者として自分は存在する。自分で自分をみることは一生できない。他者の中に自分がいないことが、一番苦しい。

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    2022年11月23日
  • 京都の平熱 哲学者の都市案内

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    鈴木理策のモノクロ写真がよい。京都の人が大阪のことは良きライバルで時に理解者と思い、兵庫は友だちで東京は反面教師のように思っているのがわかるなか、奈良のことは根っから軽んじているのが文章の端々から窺えるので笑ってしまう。あと意図的に視点を限定しているのだろうけど、本書は「男の都市論」に留まっているとも思う。

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    2022年11月07日
  • てつがくを着て、まちを歩こう ――ファッション考現学

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    印象⇔表現

    いき=諦めと意気地と媚態が織りなす綾のこと

    はずし=かっこよさ

    104 身体の象徴的切断

    125 メルロポンティ「まなざしによる触診」

    196 椎名林檎

    装飾過剰・演出過剰→らしさ→らしさの台無し

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    2022年11月07日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    大半はゴミだか 中田さんのは素晴らしい 二つの真理と偽りの神に気をつけろ まさにそのあと起こったこと

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    2022年05月01日
  • 哲学の使い方

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    ネタバレ


    後半はよくわからなかった為、第一章のみまとめ

    哲学とは「〇〇である。」ではなく、「哲学とは何か。」という問いから始まる。例えるならばスタートラインに立った時、ここは本当にスタートラインだろうかと問うことこそ哲学なのだろう。カントの「哲学を学ぶことはできない、人はただ哲学することを学びうるのみだ。」という言葉はまさに的を得ている。
    人が哲学に焦がれるのは直面している困難をうまく解決できないときだ。そしてそういった困難は正解でないことがある。それに対し我々が紡ぐべき思考というのは、わからないけど大事だということをわからないまま正確に対処することだ。ここで重要なのはわからない問題に対して安直な理論で片付けないことだ。たとえわからない問題が出ても問題が立体的に見えるまで耐え忍ぶことが重要。
    わからない問題を正確に対処するためにはあらゆる方向から問題を見る必要がある。つまり多くの視点が必要だ。人は都合の良い視点で世界を捉えているため、
    その視点のままでは正確に対処できない。
    自分の知らない真逆からの視点や思いもつかない視点から見なければならない。そういった自らの視点を自らの関心の「外」の視点とをつなぐことで理解している枠組みを解体し組み変えることができる。

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    2022年04月18日
  • じぶん・この不思議な存在

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    前半では、「自分」は他人と関わって何らかの役割を持ち、「他社にとっての他者/誰か」でいる、ということを区分けなどを使って説明し、後半では、他者と自分の関わりについて深堀されていた。

    作者いわく、「ふつう」とは、同じ区分けを共有している時に感じるものである。その例として作中では男女の区分けなどをあげているが、今はジェンダーというボーダーを超えた概念が生まれていて、それがきっと新しい「ふつう」にあたるのかなと思った。
    「ふつう」という言い方はあまり個人的には好きではないが、それはきっと「ふつうじゃない」=「おかしい」と感じてしまうような感覚を自分が持っているからだと思う。「じぶん」を認識するために区分けが必要であるなら、それを「ふつう」というのはやめていきたいと思った。
    また、パーツを入れ替えた時にそれが自分と言えるか?というところに関連して「テセウスの船」を思い出した。

    テレビや雑誌などのマスメディアによって〈顔〉(顔面ではなく、作中では他者から自分に対する知覚。声や緊迫した眼差しなど)を見る機会が減っているとあったが、作品が書かれた1996年にも増して、まさに今のコロナの時代こそその傾向が強まっていると思う。リモートワークでコミュニケーションにおいて不満や不安を覚えることは、顔も見えず、他者が自分に話している(=自分を知覚している)かが伝わりづらいからだろうと思い、すごく腑に落ちた。

    「おしゃれ」は自分がしたくてするものだが、そこを突き詰めると、作者が言っているように「自分が(他者から)どんな自分に見られたいか」を表すことにも繋がるのかなと思った。

    「自分の本当の死とは、他者に忘れられたり認識されなくなったとき」とあったが、『リメンバーミー』を思い出した。「わたし」が「わたし」として「他者」から認識されていることって、当たり前のようで実はすごく自己肯定感をあげてくれていることなのかもしれない。

    他者から知覚され、必要とされることは大切なことだが、それが行き過ぎて他人の望む自分になってしまうと、それは「じぶん」ではなく、「他者が求めるイメージをそのまま投影した存在」になってしまうこと。そのイメージの中に自分はどこにもいなくて、それは「じぶん」が存在しているとは言えないと同義だと思った。

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    2022年05月17日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    VUCA感がめちゃ高まっている現在
    今、そしてこれからの世界をどのように生きていけばよいのか。
    それを自分のために、そして若い人達のために知りたい。
    そのような気持ちで本書を読みました。

    執筆者は、内田樹先生セレクトというバイアスはあるので、ものすごい多種多様な意見という感じではないですが、それでも幅広い年代と専門分野にわたっています。
    そしてみなさん暗くなりがちな話題にも関わらず、暖かで柔らかい前向きな文章を書かれており、こちらも穏やかな気持ちでページをめくり続けることが出来ました。

    全体を通してある程度共通だと感じたメッセージは
    •現在や過去(大人、制度、システム)を信じすぎないでね
    •データは大事だけど私たちは人間だよ
    •自分の頭で考えてね
    •支え合うって、大事だよ
    •いや、そんなシンプルで簡単にまとめられることばっかじゃないからね

    ということです。
    これに関して私は全面的に共感します。

    このメッセージの先によい未来があると信じて、若い人達にそれを伝えたいし、伝え方を考えていきたいです。
    と同時に若い人達には、このメッセージと全く関係ないような、私たちが予想もしない全く新しい素敵な未来を創ってくれることも、ちょっと期待しています。

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    2022年02月07日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    玉石混交の内容だが、面白い議論もある。人の行動は変わらないが、コロナの記憶は当面続く。国境の意識、遠隔技術の成果は明らか。企業や国家の行動に影響はあるだろう。イノセンスな効率至上主義は若干減少すると期待したい。

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    2021年11月03日