鷲田清一のレビュー一覧

  • 「聴く」ことの力

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    「臨床哲学」ということば自体つい最近知ったが、そういえば中村雄二郎も「臨床」を使っていた。能動知に対する受動知という意味あいであった。
    哲学とはとにかく個人的な思惟を語ることであった。もちろん時代との交渉はあったにせよ、その語りのほとんどは古代ギリシャ以来の伝統の文脈に沿ったものであった。それがどんどん世間とかけ離れたものになっていった。
    「臨床」とは社会というベッドサイドのことを指す。それはある特定の当事者に寄り添うことであり、当事者の声を聴くことによって物事の本質を見出す作業とされる。自分というものを中心におかない。
    カール・ロジャーズの心理カウンセリング理論がすぐに思い浮かぶが、著者はメ

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    2011年06月11日
  • 死なないでいる理由

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    あえて言おうと思う。鷲田さんのここでの議論はすでに古い。
    というか、この問いが湧きあがってきた時への応答としては
    端的に間に合っていない。

    死なないできた理由を挙げておられるが、
    それらが自明でなくなったからこそ、ではないか。

    変わらず、生命は人のあいだにあるとしても、
    自明でなくなった感覚は取り返しようがないように思う。
    そして、それにもかかわらずいまだに我々は生きながらえるだろう。

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    2011年05月05日
  • 悲鳴をあげる身体

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    この本を読んでいると、身体が悲鳴をあげているかも、と思わずにはいられない。
    もう一度、繰り返し何度も読むべきだ。
    日本中の人達にこの本を読んでほしいと思った。

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    2010年04月24日
  • 「聴く」ことの力

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    いいこと書いてありそうな雰囲気だけは伝わってくるんだけどね・・・。何書いてあるのかよく分からない。哲学を勉強したことがなければ分からないタームが次々と出てきて辛い。

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    2010年04月01日
  • まなざしの記憶――だれかの傍らで

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    もともと植田正次の写真が好きで友達から貸してもらった1冊。
    深かった印象だし、つかめないものも多かったが、物事の神髄からでることを教えてくれるものだったと思う。

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    2010年03月18日
  • 「聴く」ことの力

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    一杯のお茶を出す それに意味はない

    脆弱性 は ルサンチマン 超克とか乗り越えとかいう発想ではルサンチマンからは抜け出せない。

    忘却の力 ニーチェ 記憶の力 キルケゴール 

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    2009年12月28日
  • てつがくを着て、まちを歩こう ――ファッション考現学

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    久々に読み返してみた。

    ファッションにとらわれなくなった一冊。少なくとも私は。


    粋っていいよなー、と思ったり。化ける化粧だけでよかったのになと思ったり。
    なんか懐古趣味に走る私。少なくとも私は。

    雑誌に寄せた文書を編集したものなので、同じ話が何回も出てきたりすることはありますが全体的に読みやすいです。


    これもてつがくなんだなー。

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    2009年10月04日
  • てつがくを着て、まちを歩こう ――ファッション考現学

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    スタイル、ファッションなどについて筆者が思うことを書いている。
    私は、同じ服を何着も買って着まわしをするタイプだ。
    そして基本ポリシーは、相手に不快感を与えないのがセンスの良さだと考える。

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    2009年10月07日
  • てつがくを着て、まちを歩こう ――ファッション考現学

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    鷲田さんがワイズ好きだったなんて。モード哲学者だったんね!おもしろかったよ。なにを着て、まちを歩こう。

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    2009年10月04日
  • 「聴く」ことの力

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    20/8/10
    噛み切れない理論>棄てる側ではなく「棄てられる」側の噛んでも噛み切れない論理しか信用しない

    哲学を馬鹿にすることこそ真に哲学することである>パスカル

    言葉が他者との間に成り立つときには、まず働きかけとして機能する。働きかけること、感情を忘れること、対象にふれようとすること

    どう変わって欲しいのかがはっきりしないと相手は変わらない

    言葉をうけとめるといっても、そこには常にアースがひつようだ。自分がきちんと受け止めたら、自分のほうがもたない。それにがしっと受け止めると、それが反射して相手に悪影響を与えることもある。

    私たちがいま失いかけているのは「話し合い」などではなくて

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    2011年07月05日
  • 戦後日本の大衆文化史 1945~1980年

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    このころの大衆文化っていうのはほんとに大衆文化。と、いうのは、老若男女が同じ方向に動いてる感じがある。やはり戦後復興から経済絶頂へ向かう時期だけあって、いまでは見られなくなった活気がある。このあとに『新人類』がでてきて、文化に断層が見え始めるんですなぁ。

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    2009年10月04日
  • てつがくを着て、まちを歩こう ――ファッション考現学

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    「身体」のやさしい考現学。現代ファッションの様々をモチーフに、現代人の身体感覚をエッセイ調にやわらかく語っている。雑誌を基にしているので、2ページほどごとに内容は独立している。ファッションに興味があり、かつ電車の中で時間をつぶすのにはいい。

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    2010年09月25日
  • 「聴く」ことの力

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    臨床哲学という分野の本。「聴く」という行為が相手にどれほどの効果をもたらすのか、どれほどの意味があるのかについて書いてある。哲学が苦手な人は読みづらいと思うかも。

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    2009年10月04日
  • てつがくを着て、まちを歩こう ――ファッション考現学

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    服のくれるエネルギー、布に触れる喜び。心細い時に守ってくれる服、不安を楽しむ服。油断する服。選ぶ自分を哲学してみる、ヒトってホントおもしろいなぁ。

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    2009年10月04日
  • 悲鳴をあげる身体

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    まぁ相変らずよく分からない。
    でも、着物は人の体に合わせて着れるけど、洋服は完全に人の体に合わせて作られるってコトにはハッとさせられたかなー。

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    2009年10月07日