鷲田清一のレビュー一覧
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著者は元大阪大学学長の哲学者で、専攻はたしか現象学。
本中に「臨床哲学」という言葉がでてきますが、これは何かというと、哲学を使う感じ、よくわからないけれど。机上の空論としての哲学じゃなくて、哲学をフィールドワークするってことで、とてもアクティブな人。
哲学者としての専門は確か現象学なんですが、「モードな身体」なんかではファッションについて考えてみたりと、いろんなことに口をだしている。
で、地上に降りて哲学を実践する場面において、「聞く」という態度のアクチュアルな側面を考察した本書。彼の文章はどこかの試験の問題文にもなっているらしく。とても豊かな日本語で書かれています。読みやすくはあって -
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内田樹さんの〝追っかけ〟になってから5年くらいは経つでしょうか。書棚にずらりと並んだ内田作品の背表紙を眺めて、「はて、初めて読んだのはどれだっけ?」と考え込みました。でも、他の書き手が書かないようなことを選択的に書きながら、読み手を説得してしまう手腕に舌を巻いたのを今でも覚えています。恐らく、これが内田さんの魅力でしょう。
でも、それだけではありません。作品全体に流れる自由さというか、風通しの良さも内田さんならでは。読み手との距離が近いと言ってもいいかもしれません。
学者さんの書いたものって、偉そうなのが多いじゃないですか。特に文系の学者さん。甚だしいのに至っては、読み手に学術的成果を伝えると -
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市バス循環206番の沿線の景観・風俗を題材にした京都論、都市論、コミュニティ論、哲学、そして一風変わった京都案内の本であり学者さんの本。本書自体が万華鏡のような切り口によって様々な表情を見せ、至る所にあやかしの異界が顔をのぞかせる京都を体現しているように思える。
などと難しいことを考えなくても、素直に206番に乗って京都をぐるりと回る前に予習しておく本として読めば良いのではなかろうか。ただし実際に206番に乗るときには本書を持っていくような無粋なことをせずに、読後の記憶をたどりながら回るのが京都や本書の楽しみ方だと思う。
「おもろい」本としてオススメです。 -
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ネタバレ「実績をあげてから、モノを言え」
職場の上司に、こう言われたことがあります。
それ以上、何かを話したい気持ちになれず。
上司の話を、適度に聞いて流してしまいました。
実績って、何だろう?
売り上げ?
企画立案の数?
たしかに、数字で示せる実績は、大事。
でも、
正直なところ、私は、「実績をあげる」という目標に、あまり気持ちが燃えない。
どこか、冷めて見ています。
そういう姿勢を見透かされているから、「実績あげてから、モノを言え」と、言われてしまうのかなぁ…。
私の話は、愚痴や文句のように受け取られたのかな? と思い、
少し、凹みました。
最近、読んでいる鷲田清一さんの著書「大事なもの -
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【目的】
学生時代の知識欲を取り戻す
【引用】
・幼子から青いひとまで、共通しているのは、ことがらには1つしか真理がないこと、そしてその真理はいまあきらかに「われ」の側にあるという確信だろう。
・人間の弱さはそれを知っている人たちよりは、それを知らない人たちにおいてずっとよく現れている。
・…いま起こっている理解困難な問題、その本質が誰にもまだ見えていない問題を、自分がこれまでに手に入れた理解の方式で無理やり解釈し、歪めてしまうというのは最悪の対処の仕方であろう。
【感じたこと】
鷲田清一を追いかけて10年以上経つ。どこかで読んだことのある文章だと思いながらもどこで読んだか思い出せない。
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ネタバレ[ 内容 ]
ピアシング、拒食・過食、あるいは性。
本来なら、ひとを癒し快くする行為が、身体への攻撃として現象している今。
わたしたちは、なにか身体に深く浸透しているはずの「智恵」と「想像力」を失いつつあるのではないか。
医療システムを通してしか関与できない非人称の身体と、フィットネスなどによって完璧に支配されるプライヴェイトな身体。
引き裂かれた身体の状況をさまざまな角度から論じながら、他者との関わりにおいてこそはじめて存在する「身体」の本質について考える。
[ 目次 ]
第1章 パニック・ボディ―身体がアブない。
第2章 からだの経験―身体はいつもアブない。第3章 からだの幸福(間奏1)