鷲田清一のレビュー一覧
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ネタバレ[ 内容 ]
ピアシング、拒食・過食、あるいは性。
本来なら、ひとを癒し快くする行為が、身体への攻撃として現象している今。
わたしたちは、なにか身体に深く浸透しているはずの「智恵」と「想像力」を失いつつあるのではないか。
医療システムを通してしか関与できない非人称の身体と、フィットネスなどによって完璧に支配されるプライヴェイトな身体。
引き裂かれた身体の状況をさまざまな角度から論じながら、他者との関わりにおいてこそはじめて存在する「身体」の本質について考える。
[ 目次 ]
第1章 パニック・ボディ―身体がアブない。
第2章 からだの経験―身体はいつもアブない。第3章 からだの幸福(間奏1) -
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ファッション心理学(?)の本です。
流行に乗っかるも乗っからないもスタイルの一つではあるんだなぁと思いました。
モードは自身を裏切ることを宿命としていると言われると、そうだなぁと思うと同時に
じゃあ確かなファッションというものはあるのだろうかと考えてみたり。
他者を慮るファッションという考え方も私には新しいものでした。
京都生まれで舞妓さん(ドレスアップの極み)とお坊さん(ドレスダウンの極み)を
見て育ったことが著者に影響を与えたそうです。
ちょっと新しい発見が多すぎて何を書こうか迷うくらい面白い本でした。
「モードは、いまなにかが終わり、別の新たななにかがはじまりつつあるという感情を煽 -
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著者:鷲田清一(角川ソフィア文庫・700円) 評者:山崎正和
毎日新聞 毎日の本棚より
サブタイトル:とつおいつ、ラディカルに
人はみな、選択権を行使して生まれてくるのではない(※)。
自らの意思で生まれたのではない命。
とはいえ、生まれ落ちたそのときから、否、受精したその瞬間から、
細胞レベルでは、そこに宿った命を存続させようとするエートスが
備わるといってよいだろう。
だが。
生を選択するということは、他方の選択肢に死が存在することと
表裏を為す。
死も一つの選択肢として存在するのに、なぜ殆どの人はすべからく
生を第一義とし、死を選ばないのか。
死を選択するということに、どの -
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「何かを伝えようとする時に発する言葉、見つめる視線、そして沈黙」 誰かとコミュニケーションをする際に、当然のように行っている筈の「聴く」という行為を、「他人を受け入れる」という行為としてあらためて考えている本です。 また、「他人を受け入れる」行為を職業としている人達 - 医者、看護婦、カウンセラー、教師……etc,etc - にとって、日常化している「他人を受け入れること」「ホスピタリティ」とどうつきあうか、それによって生じるストレス・問題をどうするべきなのか、といった問題に真っ向から取り組んでいます。 哲学にあえて「臨床」の名を冠し、あくまで現場(職場というだけでなく、介護や家族の問題もふく
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独特のひらがなの使い方で読みやすい風なのだが、どうしてなかなか難しい
この本を読むことでよりじぶんが不思議な存在になるかもしれない
たぶん時期をおいてもう一度読む
この世に一つの固有の存在という思いこみ
じぶんの可能性を捨てていくということ
清潔シンドロームによって内部(アイデンティティ)が脆弱化しているにでは
情報の減量
人生をまっすぐな線のように思い浮かべるくせから離れる必要がある、同一の存在でいなければならないことが不安に駆り立てる
じぶんになりたいのか、じぶんを降りたいのか
独自性とは本当に独自性か? 作ったイメージと自分たちの一致か?
睡眠という、休息と忘却の稀有な能力によ -
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ネタバレ内容は難しくないが独特な文体で頭に入ってきづらかった。
じぶんが誰なのかはじぶんでは決められず他者との関わり合いを通じてそれを確認していくこと。本書ではそれを「他者の他者としてじぶんを確認していくこと」と言っている。そしてそれは受け身の姿勢では実現できない。
ボランティアに身を置く人たちがその一例。
また面白かった話としてオウムの例が挙げられていた。信者たちは常に受け身の存在としてしか語られてこなかった。信じたいというより信じさせてほしいという意識、じぶんのこれからを決めてほしい、なにをしたらいいか言いきってほしいという願望があり、それ故に抜け出せなくなっている。
一方で事件を見る側にとっ -
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長い、そして難しかった…。
近代以降の国内外の膨大かつ複雑な「所有」をめぐる哲学・思想から、「所有」とは何かを精緻に定義しようとする試み。
本書の内容を正確には理解できていないが、「所有」は「わたしのもの」ではなく、過去あるいは現代の人から適切に配置された「受託」にすぎない、これを「わたしのもの」って国、社会、個人が誤解しているところに収奪、搾取や戦争、紛争が起きるってことなのかなあと。端的に言えば、人は他の人と共生し世代的に連続してるんだよ、そのことを忘れて好き勝手しちゃだめだよってことだと思う。それはおそら著者の思想的・価値的な核だと考えられる。この点には共感できるところもあ -
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ネタバレ読書メモ&感想
わたしってだれ?
顔・身体こそ自分が1番知らない
性格や性の差異は社会の中で形成される
「わたし」という言葉も社会に認められて適応する
→個人の私的可能性を捨て社会秩序の中に入れ込んでいる
成長で属性を身につけている訳ではなく、色々な可能性を失っているのでは。これが生きるということ
私たちは物事を解釈し区別して生きている
自分を他者ではないものと認識する
「ふつう」とは世界の解釈を共有していることにすぎない
自分は「非わたし」と差異化して分かることなのに、内部に問う
「アイデンティティはn個の属性によるn次空間上の座標」って良いね
他者にとって意味のある存在とし