すべての高評価レビュー
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Posted by ブクログ
芥川賞受賞作ということで、手に取る。プロボクサーが選手兼任のトレーナーと組み、試合に向けて練習を積んでいく物語。
プロボクサーであること以外は、これと言った特徴のない主人公。彼の一人称視点によって、序盤の敗戦、そして復帰戦までの練習の日々が描かれる。
ボクサーが新たなトレーナーと出会って再起を図るサクセスストーリー、となるとボクシングを題材にした作品でありがちな展開。ただ、この作品は、サクセスストーリーでは、決してない。対戦相手を友人と妄想し、日常が全く上手くいっていない主人公は、別に大きな変化は起きない。変わったのはトレーナーによる指導と、本人の技術面の変化。内面的には、女性への急な暴力性や、感情的に素人に手を出す幼さなど、あまり成長は感じられない。
とはいえ、ボクサーとしての生活は続いていき、鬱々とした日々が続く。その内面が繊細に描かれていて、没入できた。 -
Posted by ブクログ
第1巻に続き情報量の嵐が凄まじい…!どうしたらここまで細かく周密に設定出来るのか…。平安時代や日本古代の様式・術式を底面にしているとはいえ
第1巻でも思ったものだけど、この設定量の嵐だけで好評価をしたくなりますよ。勿論、設定だけでなく登場人物の心情描写や話の流れも素晴らしいからこそ、引き続き高評価しているのだけど
前巻ラストにて驚愕の糾弾が行われたのだから、続く2巻で描かれるのは世界の裏側であり天茜・碧橙と祭花の対立だと思われた。祭花が突き付けたあの言葉こそが真実なのだろうと
なのに祭花は前巻にて各所暴走していた堕竜講と同じように、誤った知識から正義を騙っていたなんてね。流石にこの辺りから更に語られた世界の真実には驚かされたというか、前巻にて提示された情報を飲み下しきれていなかったからこそ、読者たる私も誤った知識に迷い込んでいたのだなと気付かされましたよ
前巻にて祭花は八重の術師と接して、それまで知らなかった世の在り方について知った筈だった。その上で水仙香に告げられた裏側により一般の者より遥か詳しく世界の成り立ちを知った筈だった
そんな彼女をして驚愕の連続となる綾水蓮が語る真実は人民に隠された世の在り方であると同時に、これを知ったならば世界を護る側に回れと促されているかのよう
そのような印象を抱いてしまうのも真実開陳と並行して描かれる〈野辺ノ墨染〉討滅があまりに絶望的な戦いである為だね。絶望的というのは“勝てない”という意味ではなく、勝てるがその為の被害が甚大過ぎる意味
〈野辺ノ墨染〉は超級だから別格として、いつ滅んでも可怪しくない八千穂国に襲い来る堕素は何としても防がねばならぬ。過程にて八重の術師に犠牲を強いながら
そうした真実を知らず、虚飾に塗りたくられた犠牲の上に天茜達こそ立っていると糾弾した祭花はとんだ道化に思えてくる。そこには国の上に立つ者達が民に真実を秘匿しているという背景も有るのだけど
そりゃ、碧橙や綾水蓮が彼女に苛立ちを向けるのも当然だ。祭花が真実を知らなかったとしても、虚実に踊らされて真実知る者を糾弾した上で刃を向けたのだから
本作の特徴となりえてくるのは主人公達が体制側、圧政を行う強者と第1巻では思え、同時に堕竜講が描かれる事で体制側こそ正しいという先入観を抱かされた点。ただ、更なる実態としては暴君に拠る圧政下でないと生き残れない世界情勢だったわけか
守る為には民を虐げる事も反発を招く事も管理する事も必要となる。そうした必要悪の下にあの世界は成り立っている
ただ、そうなってくると個人的な正義感において、天茜達の立場は正しいのか?という視点も生まれてしまう。祭花の疑念は絶えない。……だからこそ、天茜は自分を必要以上に悪を主張する事で祭花の追求を躱してしまったんだろうけど
こうした遣り方って祭花をやり込める上では効果的かも知れないけど、もう少し卑近の問題、友人と思っていた者達の間に隠し事や陰謀が有ったという事実についてはアプローチが出来ていないんだよなぁ
だから真実の開陳を終えても天茜達は祭花から信頼を取り戻せなかった。独りで動く彼女は水仙香の死に立ち会ってしまったし、彼女の遺書をより辛い形で受け取る羽目になった
結局は天茜達ってまだ少年と評して良い年齢だからか、精神面が何処か未熟なんだよね。荒事は慣れていても人との向き合いに不慣れが見える
だから年少者の面倒を年長者が見るのは当然かも知れず。まあ、その役をあの茨宮が担うのは意外が過ぎるけども!
いやだって、茨宮って前巻終盤での出番で七堕出現の黒幕かと思わせる表現があり、今巻でも強力無比な実力者の印象が強かったのに良いにーちゃんみたいな振る舞いで3人の幼さを見守る様は本当に意外性が有りましたよ
そのような兄君に守られているから天茜達はただの子供のようにはしゃいで、子供のように仲直りが出来たのだろうね
この辺の描写からは八千穂国の真実じゃないけれど、少ない知識で思い込んでいたら正しい姿を見誤る、正しさを不知りたいならリスクを負ってでも近付いてみなければならない、なんて事を感じてしまったよ
1巻にてテロリズムを制圧され、直剣と共に処分されたかと思われた銀木犀にまだ出番があるとは
おまけに情報統制・記録処理が施されてテロの首謀者ですら無くなっていたのか。これ、有り難さより憤怒を覚えるような事案だよなぁ。確かにあの行為は過ちだったのかも知れないが、本気で取り組んだ事だけは事実で。首謀者の片方だけ首が晒されて自分は英雄扱いなんて納得できるものじゃない
だから銀木犀が反発を覚えるのは当然で。なのにその反発こそ願われたものだなんて。ならば、余計に反発しなければならない、朝廷が期待した以上の功績を残す事に拠って
他方でこれは朝廷の恐ろしさをより実感させるものでは有るね。体制に歯向かった者すら統治の道具と見做す、使い所が有るなら形を変えさせて使い続ける
かといってある程度の真実を、急進的行動の過ちを知ってしまった銀木犀が再び朝廷に弓引く道なんて選べないわけで。「正しい改革という『復讐』」なんて凄いフレーズですよ
そして一度点いてしまった火は簡単に消えたりせず
秋蕊達の叛逆行為が始まって、状況など何も判らないだろうに、「無きものとされた臣民の力を示す好機だ」と奮い立つのは彼女なりに迷いを抜けた印象を覚えるね
この巻で何度も問い掛けられるのは「そこまでして生きるのは正しいと言えるのか?」という点か
同作者の別作品『エイティシックス』だと今にも滅ぼされそうな世界において、それでも生き続けようと、生きている限りは戦おうとする者達の矜持が描かれている
その点は本作も同じくするけど、こちらはもう一歩踏み込んでいるね。生きる為に戦うのは正しいが、その戦いを数百年単位で続け且つ過中にて犠牲を許容するのはいつまで正しいと言えるのか?と
綾水蓮が語る既に滅んだ世界、国の為に我が身を犠牲とするヤマブキ機関、それらは正しいと言えるだろう。けど、1000年掛けて世界を救う中で犠牲になる命の数は世界救済後に生き残った命やその後に生まれる命より多い可能性があるかもしれない。犠牲を許容し続けてまで生き足掻く事は本当に正しいと言えるのか?
巻の後半で秋蕊達、夕清の従者等が叛逆行為を起こしたのはむしろ当然の成り行き
朝廷は犠牲を少なくしようとしつつも、生じてしまう犠牲は当然のものと時には迷い無く切り捨てる。生き残った側は、犠牲を強いた側は“責務”という言葉で枷を課して満足して終わりと出来るかもしれないが、命を潰された側は到底納得など出来るわけもなく
朝廷に与する彼らの叛逆は内部分裂などという言葉では表現しきれないもの。犠牲を強いてきた側に対する当然の反発。しかし、体制側はこれすらも制圧するのが正しくて
この状況は本来なら手痛いしっぺ返しとなる事態。…だというのに、大地を統べる九重の皇家はこの事態をすら統治の一助としてしまうのか……!
勿論、現場レベルで見れば何も問題なかったわけではない。ヤマブキ機関に犠牲が生じかけた虞はある。しかし、動くべき歯車が望ましく動く事で身内による叛逆テロはあまりにあっさりと制圧された。その上で皇家の印象操作に利用しているのだから恐ろしい
当然のように九重やヤマブキ機関は犠牲を許容する。だからこそ、犠牲に拠って生じる次なる犠牲も許容し自らの統治に利用している。それを傲慢と呼ばずしてどう形容すれば良いのだろうね?
今回も滅びかけた世界でどうにか彼らは当然の顔をして生き残った。その傲慢さが別の傲慢さによって潰されてしまうのか?それとも闇から来たる企みさえも潰し返すのか、新たな犠牲と為すのか
先の展開が読めない、というよりこうした犠牲の物語が何処へ辿り着くか読めないだけに、最後まで付き合いたくなる作品ですよ! -
Posted by ブクログ
ネタバレいわゆる本格ミステリー。
筆者から読者へ挑戦状が書かれているタイプ。
タレント星園の付き人である和夫は、とある山奥のコテージへ泊まることに。その雪山で起きる連続殺人に、ワトソン役の和夫は真実に辿り着けるのか!?
これこれ!こういうの!!
本格ミステリーを待っていた!!
しかも作者からメッセージにはトリックが仕掛けられてて、ホームズが星園ではない、麻子なのでは?と途中で気づけた時は、やった!って感じで面白かった。
よくある館もののクローズドサークルものだけど、図が多くて推理しやすい工夫も良かった。
逆に、ドキドキ感、絶望感は少し薄めで、ほんとにサスペンスじゃなくてミステリーを重視した内容。
バランスも良く、かなり満足出来たが、登場人物にもう少し個性が乗っかっていれば、文句なしの出来だったかと思う。 -
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本屋で出会った本です。
二人の女の子
ダイアナと彩子の心と身体の成長物語
お互いがお互いを羨み憧れ
大好きなのに
少しのすれ違いで絶交してしまいます。
後になってもお互いに憧れて
羨んでけれど、話しかけることすらお互いできず
遠くから見ている
心のどこかではつながっている
少女二人が別々の道を歩きながら
だんだん大人になっていき
いろいろな経験していきながら
それに伴い
一番近い存在の
親に反発や反感を持って
それをバネに頑張り続ける二人
大人になって初めて
親に対する見方も苦労や大きさも温かさも少しづつ気づいていく
読みながら
本当にこの二人が愛しくて
可愛くて
たまりませんでした。
私の
大好きな赤毛のアンシリーズの話もポイントポイントで出てきて
まさしく私好みの本すぎて
終わったあとも本を握りしめてました。 笑
また大好きな本が増えました。 -
匿名
ネタバレ 無料版購入済みいい意味で裏切られた(笑)
閨教育っていうからどんな話かと思ったら、ちゃんと閨教育してるのに卑しさの欠片もない、しかも笑えるってどういうこと!?っていう感じのおもしろさにハマりました(笑)
噛み合わない感もおもしろすぎるし、ぽわんとしてるのにそんなハッキリ言います?みたいな閨トーク。
なんか斬新なお話に出会えて嬉しいです。
今後に期待してますヽ(=´▽`=)ノ -
Posted by ブクログ
これを読んで月岡ツキさんがさらに大好きになりました。
もともとすごく読みやすい文章で、題材も興味あるものばかりだったのですが、
今回の文書を読んで、考え方とか生き方とかが勝手ながら似ているなと感じ親しみを感じてしまいました。
初めていつかお会いしてみたいと思い、
ツキさんの書く文書をもっともっとたくさん読ませてもらいたいと思ってしまいました。
◾️心に残った文書
やっぱり私って会社員に向いていないのかもしれない。
できない側の人間なのかもしれない。
崩壊寸前の自尊心をなんとか持ち直すために周りの人を見下して、意図的に人より早くワークを進めた。
私は他の人とは違う。
いつもそうして焦って人と比べてやがて疲れ果ててしまって、ここまで来たのではないか。
休職してよかったとも、するべきじゃなかったとかも思わない。
けれど私を構成する重要な要素として空白たちは今日も小さく白くぼんやり光っている。
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Posted by ブクログ
十四年前に起きた産院放火事件。その被害者遺族三名を誘拐したのは、加害者の息子・湊川潤だった。
取調べを担当する警視庁の羽山圭司と高尾署の森垣里穂子に対し湊川は加害者家族として歩んだ過酷な日々を一方的に語ったうえで問う。
「殺人事件の加害者家族と被害者遺族ー一つ選べと言われたら、あなたはどちらになりたいですか?」
二人が湊川の真意を掴めぬうち、管轄で新たな凶悪事件が起きてしまい。
『トリカゴ』の刑事たちが辿り着いた慟哭の真相とは。
辻堂ミステリの新たなる到達点!
ー以上単行本うらすじより引用
ーーーーーーー
犯人は最初からわかり、警察署につかまっているのに第二、第三の殺人事件が起きます。
共犯者がいるのか…?
一体誰なのか…?
里穂子たちは真相を見抜けるのか…。
被害者遺族より加害者家族の方がつらいのだと主張する、哀しき若き殺人者。
自首した理由。
陰にいるはずの共犯者。
そしてドンデン返し。
また、ドンデン返し。
読み終えてあまりにやるせなくて思わず大きなため息をついてしまいました。
辻堂ゆめさんの社会派ミステリー。
星は5にさせていただきます。
最近、読むのが遅くなり4日もかかってしまいました。
皆さん読まれるの速いから焦ります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレワシントン・ポー刑事の第七弾。
前回のお話で、密輸を防ぐために漁船への立ち入り検査をする業務に飛ばされていたポーは、無事事件捜査に戻され、
フリンとティリーとのチームが戻ってきた。
長距離射撃銃による連続狙撃殺人がイギリスのあらゆるところで繰り返され、
国中の警察機関あげての捜査にも関わらず犯人が逮捕されていなかったので。
魚を使った銃の密輸を捕まえたり、
犯人からとされる電話が捜査本部内部の者からの偽電話だと見破ったりと、
序盤からポーは飛ばしていたが、
犯行現場を無作為に決めるために二十面体にサイコロを使い、
それゆえ犯人は「テーブルトーク・ロールプレイングゲーム」を趣味としている、
というティリーの証明にはついて行けなかった。
それはこのゲームが日本ではあまりメジャーではないこと、
ティリーは天才だから凡人の自分には理解できないということなのかもしれないが。
(下巻へ続く) -
Posted by ブクログ
地下鉄サリン事件で被害に遭った3800人の中から村上春樹氏が62名の方にインタビューを行い、1年かけてまとめた本です。筆者は「一九九五年三月二〇日の朝に、東京の地下でほんとうに何がおこったのか?」(687P)を知るためにこの本を書いたということでした。
私が特に感銘を受けたのは、被害に遭った明石志津子さんが入院している病院で筆者がインタビューを行った場面です。
お兄さんが付き添ってくれていたのですが「重度の障害に悩む妹の姿を赤の他人に見せるのが、肉親としてどれほど切ないことか、僭越ながらおおよその想像はつく。(略)私はこの文章を書くことに、一人の作家として大きな責任を感じている。(略)私は誰かを傷つけたりすることなくこの取材を行うことができるのだろうか?」(203P)という筆者の苦悩もありました。
インタビューが終わり、筆者は志津子さんの手をもう一度握らせてもらう様子が描かれています。
『「最後にもう一回握手をしていいですか?」と彼女に尋ねた。「いい」と彼女はきっぱりと言った。車椅子のとなりに立って手を差し出すと、彼女は前よりももっと強く、私の手を握ってくれた。前よりももっとしっかり何かを伝えようとするかのように、長いあいだ彼女は私の手を握っていた。そんなに強く誰かに手を握られたのはほんとうに久しぶりのことだった。その感触は、病院からの帰り道にも、家に帰りついてからも、私の手にずっと長く残っていた。まるで冬の午後の、日溜まりの温かみの記憶みたいに。実をいえばそれは今でもまだかすかに残っている。あるいはこれからも残り続けるかもしれない。今こうして机に向かって文章を書きながら、その温もりによってずいぶん助けられているように感じる。」(217P)
という部分です。私は握手についてここまで深く書かれた文章というのは見たことがありませんでした。
なお、志津子さんはサリンによって「食事を口からとることはまだできない。水も飲めない。舌と顎がまだうまく動かせない」(207P)という状態です。
現在「彼女の脳の機能の一部が損なわれている」「それが将来回復可能なのかどうかはまだわからない」(206P)ともあります。志津子さんはディズニーランドに行くことを楽しみしているようです。(215P)私は一刻も早く回復して志津子さんに日常が戻って来て欲しいと思っています。
「一九九五年三月二〇日、月曜日。気持ちよく晴れ上がった初春の朝だ。まだ風は冷たく、道を行く人々はみんなコートを着ている。昨日は日曜日、明日は春分の日でおやすみ―つまり連休の谷間だ。あるいはあなたは「できたら今日くらいは休みたかったな」と考えているかもしれない。でも残念ながらいろんな事情で、あなたは休みをとることはできなかった」(29P)という部分に、深く共感します。
休みの前後にある一日というのは、休みたいという方が多いのではないかと思っています。たまたまその日にその電車に乗り合わせたために被害に遭った方もいます。すべて巡り合わせがあったということになるのでしょうか。この本は、被害に遭った方の心境、そして前に向いて進んでいこうということの大切さが分かる本です。
素晴らしい本を書かれた筆者と出版社の方に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
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