【感想・ネタバレ】私が間違っているかもしれないのレビュー

あらすじ

★33か国で翻訳
★スウェーデン歴史的ベストセラー!
人口1000万の国で44万部!
2020年から3年連続最も売れたノンフィクション本
★台湾年間総合1位!(2024年)
海外書として異例の快挙
★韓国、イギリスなど各国続々ベストセラー!
韓国では特別版を製作するなど異例の熱狂

これは悲観ではなく、
物事を的確にとらえる思考。

あらゆる摩擦は
「自分が正しい」という前提に
立ってしまっていることに由来する。

著者ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド氏
の生涯を通じて、
静謐で穏やかな心に変わる教え。

【本書のあらすじ】
ビョルン氏はスウェーデンでエリート教育を受け、
経済界で若くして成功を収め、
26歳でCFOに就任するなど華やかなキャリアを築く。
しかし、心の空虚感と違和感に耐えられなくなり、
すべてを手放して出家。
タイの森の中の僧院で17年間、
厳しい戒律のもと修行に打ち込む。
金銭、あらゆる欲、娯楽、自由といった一切を
断ったその生活で、彼が得た最も大きな学びは
「自分の考えが常に正しいとは限らない」
という気づきだった。

帰国後は講演や執筆を通じて、内面の静けさと
「私が間違っているかもしれない」教えを説き、
スウェーデン中で一大センセーションを巻き起こす。
晩年にはALSを患い、死と向き合いながらも、
執着から離れた心の在り方を静かに説いた。

「私が間違っているかもしれない」と言える謙虚さの中に
真の強さが宿ることを示した彼の人生とメッセージは、
スウェーデン国内のみならず、世界中で
「生涯の支えになる」「一生の指針」
と今も支持を集め続ける。

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Posted by ブクログ

『私が間違っているかもしれない』を読んだ。

社会で成功したあと、17年間僧侶として生き、再び社会に戻った著者。

でも、社会復帰はうまくいかず、うつ病になり、
「自分には価値がないんじゃないか」
と悩むようになる。

そんな中、僧侶として学んできたことを人に話すようになり、周りから感謝されることで

「自分はここにいていいんだ」

と思えるようになったという。

心に残ったのは、

「人生とは、自分の贈り物を見つけて、それを人に与えること」

という考え。

そして、

良いことも悪いことも、これもまた過ぎ去る。

人は誰でも、人には見えない苦しみを抱えている。

だから、他人には親切にしよう。

書いてあることはすごくシンプル。

でも、実際にやるのは難しい。

自分をよく見せようとするより、今ここにいること。
考えすぎるより、目の前の人を大切にすること。

心がしんどい時に、また読み返したい本でした。

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2026年08月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

間違ったときに素直に認めて謝る習慣を維持したい、そんな素直な人間性を維持したと思って読んだ

父は安楽死、本人はALS、
死と向き合う中で自分の考えが間違っているかもしれないと思いマインドが整っていく本、説得力が凄い本

・マインドフルネスというよりアウェアネス(気づき)
・女性に振られて傷心し仏教にたどり着く物語
・永遠に変わらないものはない、思想や信条なども
・自分の考えに懐疑心やユーモアを持つことで生きるのが楽になる
・ぱっと出るアイデアは、長い間熟考し続けた結果である場合が多い
・ありのままの相手を受け入れる、べき論はよくない
・仏教とは無心で今ある事に集中する事 正念
・出来ごとに意味は無い、人間が意味を与えるだけ(儀式も含め)
・自分の考えにとらわれていると、まっさらな目で物事見れない
・思考を手放す正しいとしても手放すことが必要
・私が間違っているかもしれないと呪文を唱える
・正しい事が重要ではない、人間は本質的に無知であると理解する事が大事
・苦しいと思うから苦しい
・本当の幸せは物がある事ではなく、無い事でもたらされる
・本当に必要な事は時が訪れたら目の前に来る
・これもまた過ぎ去る(ペルシャ王の言葉)
・常に自分の行動が起点になる
・アッラーを信じよ、だけどラクダはひもで括り付けろ
・あなたが誰かを嫌うのはあなたが傷つきリソースを使うだけ、相手は何も感じない
・自分を客観視する、感情に支配されない
★神は宝石を絶対に見つからない所に隠した、あなたのポケットです

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2026年08月02日

Posted by ブクログ

ネタバレ

元エコノミストが出家して僧侶に。その後、スウェーデンに戻り普通の生活へ。上手くいかず、鬱に。その後、人生が好転しだすも難しい病に。

帯には、[山奥で隠遁生活を送った経済人の最も感動的な人生体験]とある。

啓蒙書の類だが、偏屈な自分でも驚くほど心にスッと入ってきた。著者はスウェーデン人だが、仏教の考え方が元になっており、日本人である私たちも受け取めやすい。

まず、この本をよく表しているのが、題名にもなっている「私が間違っているかもしれない」という言葉だ。

私たちは無意識のうちに、心のどこかで自分のことを全知全能の存在だと思い込んでいる。と作者は言う。
◯他人がどうあるべきかを知り尽くしていると信じているので、もし誰かがそれに従わなかったら辛くなってしまう。つまり、私たちは他人のことを考えているようでいて、実際には自分のことしか考えていないのだ。

凝り固まった思い込みや傲慢さを振り返り、「私が間違っているかもしれない。」と柔軟に物事を捉え直すことは、なかなか難しいけれど、確かに自分に必要だと感じた。
◯この言葉は、思い出したとき私を謙虚で建設的な方向に導いてくれる。

他に、物事を自分の思い通りにしようとすることを減らし、何かを信頼することを増やす大切さも書かれている。

そして、一番心に響いたのが次の文章。
◯10歳の子供でも、多かれ少なかれ、人間の心の美しさとは、何かを知っているだろう。忍耐力や寛大さ、親切さ、(略)。私はこれらの価値を訴えたい。背筋を伸ばして自分の中にある最も美しい特性を引き出すことを意識して生きる。今世界がこれ以上必要としているものがあるだろうか?

◯世界は、私たちが何を考え、どんな行動をしたかに敏感に反応する。私たちが発信したものは、結局は自分に戻ってくる。世界はただ存在しているのではない。世界はあなたの写し鏡なのだ。294

今、恐ろしくなるほど、日毎に世の中が壊れていっている感覚がある。一昔前の日本の良識に基づいた秩序が、目に見えて壊れていっている。日本人の中だけでさえ良識が通用しなくなって来ていた中、移民関連で崩壊してしまってきた。でも、その流れに惑わされたくない。この本は、今まさに人間に必要な一冊だと強くお勧めする。
拙い紹介文で、この本の素晴らしさを全然伝えきれないのが悔しい。他にも沢山の知恵が書かれているので、私も繰り返し読みたいと思う。


以下、備忘録

・あらゆる摩擦や争い事は「自分が正しい」と言う前提に立ってしまっていることに由来する。
・「拳を強く握り、力を抜いて、手のひらを広げる。」物事や感情、考えなど、自分が強くしがみついているものを手放す
・私たちは静寂の中で学ぶ嵐が来たときに、それを思い出せるように
・人生で進むべき道を見つけようとしている時、「信頼」と「瞬間の知性」の2つが私にとっての羅針盤になる。
・これもまた過ぎ去る
・肉体は自分という意識を包み込む宇宙服のようなものだ。
・誰も見ていなくても、自分が見ているという意識で、自分の言動に責任を持ちたい。

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2026年06月22日

Posted by ブクログ

華々しいキャリアを築いていた26歳の時、彼は決断する__「タイで出家して僧となる」
多くのものを手放したが、それ以上の気づきで心は満ちていく。
タイからイギリスへ修行の地を移したら、僧への待遇が全然違う...など未知の世界の話を知れて良かった。最後はまさかの結末だったけど、彼が手に入れた受け入れる心に感服しました。
仏門で培った価値観、力強い人生の歩みは多くの人に勇気を与えるだろうなと思います。

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2026年06月13日

Posted by ブクログ

自分は他人に対して厳しいジャッジをしてしまうところがあるな…と最近よく思っていた。(なので、好き!と思える人がすごく少ないことに困ってもいる。)
自分にも他人にも、こうあるべき!を持っていたことに気づかされた。
受容する力、だいじ。

手放すことは自分を健やかにすること。
ネガティブな感情を無かったことにする必要はないけど、それに心を占拠されないようにすること。

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2026年06月04日

Posted by ブクログ

ふとセラピストがくれた「All sickness is home sickness」という本を思い出しました。私たちは常に、本当の自分に帰るための旅をしている、そしてそれは自分自身を許すことにつながるのかもしれない、と深い気づきを得ました。

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2026年05月30日

Posted by ブクログ

「あらゆる摩擦は「自分が正しい」という前提に立っていることに由来する。」
表紙に書いてある言葉だが、とても腑に落ちる。世界を変えることはできなくても、自分を変えることはきっとできる。
大切で深く刺さる文章もたくさんあるけれど、そうでもないこともたくさん書いてある。それが筆者を理解することに繋がるとは思うものの、もう少し短くまとめても良かったかもしれない。
しかしながら、そこを差し置いても読む価値のある一冊だと感じた。

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2026年05月11日

Posted by ブクログ

手放すことの大切さと難しさを感じていたなか、この本は一つのガイドラインになり得ると思った。仏陀の思想や主人公が人生を通じて得た知恵が、今の自分に必要なものだと感じる。特にまたこれも過ぎる/This too shall pass.はとても本質的且つ今の自分を救ってくれる考え方。喜びも悲しみもいつかは終わる。無常の世界を歩んでいると自覚することで、勇気と尊さを感じさせる。そんな仏教の素晴らしさの端に触れる機会となった。

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2026年05月04日

Posted by ブクログ

私は正直、かなり天邪鬼な人間で、
「泣けた」「感動した」「心に深く刺さった」
そんな絶賛の声が上がれば上がるほど、
むしろ冷静になってしまうところがある。

でも、これだけは声を大にして言いたい。

今の自分が読むべき本だった。
凝り固まった価値観を、少しずつ手放したくなる一冊だった。



『私が間違っているかもしれない』
ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド

このタイトルに、すべてが集約されている気がする。

「私が間違っているかもしれない」

もし人類みんなが、ほんの少しでも
そう思えたなら、世界はきっと大きく変わる。
諍いも、戦争も、今よりずっと減るのかもしれない。

でも、
「自分が間違っているかもしれない」と思うことは、
きっと成功している人ほど、
多くを手にしている人ほど難しい。

会社で例えるなら、
ペーペーの平社員やアルバイトなら
「自分が間違っているかもしれない」と考えるのは、
まだ比較的たやすい。
けれど、成功している管理職ほど、
自分の意見を覆すのは難しいのではないだろうか。

日本には昔から
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
ということわざがあるけれど、
それを本当に実践できる人は、きっと多くない。

でも、この本の著者は
もともと“すべてを持っていた側”の人だった。
エリート中のエリートで、
将来を約束されていたような人が、
その輝かしいキャリアを手放して僧侶になった。



たった数十年の短い人生。
死は、誰にでも平等にやってくる。

そんななかで、何に重きを置くのか。
物質的な豊かさなのか。
それとも、精神的な安寧なのか。

なぜ人間は、
こんなにも「自分が正しい」と思いたがるのだろう。

無意識のうちに傲慢になりがちな自分に、
いったん立ち止まれと教えてくれる。
今の私には、とても必要な一冊でした。

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2026年04月11日

Posted by ブクログ

永遠に変わらないものは何もない。困難な時期でさえも。
奇跡が起こる。余地を残しておくのを忘れないで
これもまた過ぎ去る this too shall pass

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2026年04月06日

Posted by ブクログ

僧になった著者の経験を通じて、心を落ち着ける方法を学べる本。参考になることは多いが、著者が仏教を「道具」と呼ぶことには違和感を覚えた。文化が違う西洋人にとって、仏教は格言満載のただの道具箱なのかも知れない。

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2026年09月11日

Posted by ブクログ

生きていく中でとても大切な気持ちをわかりやすく、押しつけがましくなく、伝えてくれる本。
時々、読み返してみたいと思う。

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2026年09月06日

Posted by ブクログ

人の悩みは尽きないけど、
悩みにとらわれず、今何が起きているのかを見つめ、そしてそんな状態になっている今を生きているだけ(心配しても仕方ない)、という考え方で

少しでも辛さを軽くできる気がします。

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2026年09月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

この本には、バリキャリだったスウェーデン人男性が、タイで僧になり17年修行し、母国に戻って普通の生活をしようと思ったら鬱になり、家族や友人に助けられ、講演会などで自分が学んできたことを語る機会が増えてきたが、ALSになり、死を目の前にしたときに、感じたことや考えたことが綴られている

僧として長年修行したとしても、感情は動くし、悩むこともあるんだな
だったら修行したことのない私の感情が動いて悩んであたふたするのは当たり前だな、と安心した

p124
今度 誰かと衝突しそうになって心に葛藤が芽生えたらこの呪文を3回 真摯に自分に言い聞かせるように繰り返してほしい そうすれば 夏の朝の草のつゆのように不安は蒸発するだろう
私が間違っているかもしれない
私が間違っているかもしれない
私が間違っているかもしれない

怒りが湧いた時に試してみたけど
「何が間違ってるの!?誰か教えて!」
となって、不安は蒸発しなかった
修行が必要だ

ありのままを受け入れる

むずかしいことだけど、
そうしようと努めることで
現実は変わる気がした

p320
ヒンドゥー教のことわざ
神は、最も貴重な宝石を、あなたが決して探すことはないだろうと思われる場所に隠した
それはあなたのポケットの中だ

大切なことは、長い修行の先にあるのではなく
意外と近くにあるのかも
気づけるどうか、なのかも

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2026年08月28日

Posted by ブクログ

【ひとこと感想】
どの本でもいうことは一緒。
外に幸福を求めるのではなく、自分の中にだけ幸福を求めること。
【印象に残ったこと】
世界はただ存在しているのではない。世界はあなたの写し鏡なのだ。だからこそ、自分が見たいものになるように努めるべきだ。
この言葉が当たり前だけど素晴らしい。
世界は理不尽で残酷なので、自分の思い通りにはならない。
なぜ自分ばかりと思う。
でも、世界の見方だけは自分次第で変えられる。
変えられないことは変えられないので、自分だけを変えてみる世界を少しでも良いものにしていきたい。
【考えたこと・感じたこと】
分かってはいるけどまだまだ外に求めたり、外に感情を影響されてしまうことが多い。
もっと自分に自信をもって、もっと自分を愛して生きていきたい。

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

ここまで波瀾万丈な人生だと、自分に重ねることは難しいのではないかと感じたが、この本の内容を本当の意味で消化できた時、自分で自分の人生を静かに受け入れることができるのではないかと感じた。
また自身が最近鬱状態になったこともあり、鬱の描写、そこからの立ち直りに希望をもらえた。

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

おれは自分がいつも正しいと思っているしそう思うためにすごく努力してるから、自己啓発ってそれはてめーの場合だろうがよ!とイラつくから大嫌いなんだけど、これはなるほどねと自分の行動を振り返れて大変よかった。

理性は召使であり、直感は神の贈り物である
I may be wrong

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2026年08月03日

Posted by ブクログ

ネタバレ

・人間の脳は「何かについて考えないように」という命令をそのまま受け取れない。それでも私たちは、思考を手放す方法を学ぶことはできる。そして、それはとてつもなく役に立つものになる。

・「これからの人生の大きな指針は、自分自身でいることを楽に感じられるような人間になることだ。自分らしくいることに安らぎを覚えられる人、自分の考えに支配されていない人、"こんな人と親友になりたい”と思えるような自分になりたい」

・意識的に自分の注意を何かに向けること、その対象を何にするかを選択することは、困難に直面したときに私たちができる、最善かつおそらく唯一のことだ。

・これは”心に従うこと”や”直感”と呼ばれたりもするが、私は"瞬間の知性”と呼びたい。(略)私たちは、この知恵の声に耳を傾けられる。だからこそ、私たちは人間なのだ。にもかかわらず、この声を聞いていない人はあまりにも多いー特に、自分の外側に答えを見つけるのが簡単なこの時代では。

・「知識は、知っていることすべてを自慢する。知恵は、知らないことすべてに対して謙虚になる」

・簡単には物事に動じないような芯の強さが心の中で育まれてきているように感じた。それは、いつも私と一緒にいて、私の幸せを願ってくれる何かだった。

・奇跡が起こる余地を残しておくのを忘れないで。(略)これまでの人生の中で最高に素晴らしかったものはたいてい、自分の力の及ばないところからもたらされたものだ。

・私たちは自分の内側で一番大声で叫んでいるものに注意を向けてしまうようになる。けれども落ち着いた環境の中で思考を手放す方法を学び、注意をどこに向けるかを選ぶ訓練をすれば、頼もしい味方をつくれる。

・今日では、私と体との関係はまったく変わった。私たちはもうずいぶんと長いあいだ、苦楽を共にしてきた。もうどちらも若くない。今は、感謝の気持ちでいっぱいだ。自分の体を称えてやりたい。

・私たちが"誰かと永遠には一緒にはいられない”ということを真に理解するには、死を間近に感じなければならないのかもしれない。もちろん私たちは、頭では“人はいつか死ぬ”という事実をよく知っている。しかし、その知識を頭だけでなく全身で理解するには、生涯をかけた努力が必要だ。そして、それは努力する価値のある仕事である。

・「怒りは起こりますが、それで心がいっぱいになることはありません」(略)感情と自分を同一視するのをやめて、心を感情に占拠されないようにすることだ。

・人は、自分がどれくらい周りの人に感謝されているかをよくわかっていないものだ。だからこそ、それを伝えてあげるべきだ。

・それがいつであっても、私が最後の息をする日が来たら、私に死と戦えとは言わないでほしい。その代わり、私がすべてを手放すのを手伝ってほしい。「私は大丈夫だし、あなたとはこれからもずっと一緒にいられる」と言ってほしい。

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2026年07月16日

Posted by ブクログ

生きていると、家族、友人、職場、地域社会、その場限りで会う人など、いろんな人間関係がある。
いろんな人がいる中で、腹の立つことや悲しいことなど、感情が乱れることも多々ある。
人間関係だけでなく、思い通りにならない出来事もたくさんある。

そんな中で思い出したい言葉がこの本の中にはたくさんあった。その一つが「私が間違っているかもしれない」。実際に自分が間違っているかどうかは問題では無く、そう思うことで冷静さや謙虚さを思い出すことが大事なんだと感じた。

他にも本書には、「正しいことが重要なのではない」「人生を信頼し、予想外の出来事を受け入れながら生きていくということだ」など、印象的なフレーズがたくさんあった。
これからも読み返したい一冊だった。

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2026年06月07日

Posted by ブクログ

「人間万事塞翁が馬」
社会人で初めての異動の際、上司が送ってくれた言葉です。

今起きた出来事が、本当に良いことか悪いことかは、すぐには分からない。出来事に「絶対的」な意味はない。
だから、物事に一喜一憂せず、目の前のことに真摯に向き合いなさいというメッセージと受けとっています。

本書はスウェーデンで26歳にして大企業役員で成功をおさめていたビョルン氏が、心の空虚感、違和感に耐えられなくなり、タイの森の中の僧院で17年間、修行に打ち込む物語です。

この本では「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。」という表現で、先ほどの塞翁が馬の話が出てきます。

起きた出来事に対してもですが、自分が正しいという気持ちに対しても「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。」と考えてみる。

強さは、正しさを振りかざすことではなく、自分の未熟さを認められることなのかもしれません。

17年の厳しい修行の際に辿り着いた思考の境地。おすすめです。

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2026年05月15日

Posted by ブクログ

私は最近傲慢なのでこの本を読んでとてもよかったです!
大前提に私が間違っているかもしれないと謙虚な姿勢でいることは新たに誰かから学びを得るきっかけになることにつながるなんて!たしかに!

でも本当は自分のことを傲慢とちゃんと認識できてるだけで偉い!とも思ってるので難しいですね

作者はとても周りの人に恵まれているなと思いますが、それも行動によっての巡り巡っての奇跡ということなのかなと

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2026年05月03日

Posted by ブクログ

タイトルに惹かれて読みました。

スウェーデン出身の、森林派の仏教僧侶を経験した著者の経験談。

人と人との関係性の中でどうしたらよいのか、モヤモヤした気持ちを抱えていたときに読み、もつれていたものがふっと緩む感覚がありました。

日々が少しでも穏やかであるように、本書で紹介されていることを実践していこうと思います。

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2026年04月06日

Posted by ブクログ

著者の半生とその中で彼が悟ったことを紹介している。後半が良かった。
いいこと言うなーと思う部分もたくさんあったが、常にその心の状態や姿勢を保つことは自分には難しそう。

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2026年04月06日

Posted by ブクログ

ネタバレ

自分の心を守るための考え方を示してくれている本。題名の「私が間違っているかもしれない」も、その一つである。こうした考えや気づきが、本書にはたくさん出てくる。

特に印象に残ったのが、「思考は自分自身ではない」という気づきだ。嫌なことがあったときや、悪い考えが頭をよぎったとき、それをそのまま「自分の考え」だと受け取るのではなく、一歩引いて客観視する。これは多くの人が持っておくべき考え方だと思う。自分の中に浮かんだ思考と、自分自身を同一視しないだけでも、心が少し楽になるのではないだろうか。

一方で、著者の主張を読み進めるうちに、少し引っかかる部分もあった。

著者は17年間にわたって僧侶として生活し、心の在り方について学んできた。しかし、僧侶を辞めた直後に鬱になり、1年半もの間、引きこもっていたという。親から金銭的な援助を受けられたことや、信頼できる友人がいたことによって、そこから社会復帰することができた。もちろん、信頼できる友人がいたのは著者自身の人間性によるところも大きいだろう。ただ、それでも環境に恵まれていたのではないか、という印象は残った。

何より、「心の在り方を17年間も学んできた人でも、心の病になるのか」と思ってしまった。このエピソードを知ってから、著者の主張を以前ほど絶対的なものとして受け取れなくなった。

ただ、むしろこの経験があるからこそ、本書の考え方には別の意味があるのかもしれない。どれだけ心について学んでも、苦しむときは苦しむ。修行を積めば、人生の苦しみから完全に逃れられるわけではない。

著者自身も本書で述べているように、特別な修行をする必要はなく、日々の生活の中に気づきはある。17年間修行しても病むときは病むのだから、自分の実態に合った気づきを、自分の生活の中で少しずつ取り入れていけばいいのだと思う。

「心を守るための考え方」を知っていることと、実際に心を守れることは、きっと別の話なのだろう。それでも、苦しいときに「私が間違っているかもしれない」「この考えは自分自身ではない」と一歩引いて考えられるだけで、少しだけ生きやすくなるのかもしれない。

すべてを信じる必要はない。著者の経験や主張に疑問を持ちながら、それでも自分にとって使える考え方だけを拾っていく。それくらいの距離感で読むのが、自分にはちょうどよかった。

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2026年08月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

「I may be wrong(私が間違っているかもしれない)」というタイトルが印象的。

僧侶として長年修行を積んだ著者が、人生のさまざまなエピソードを通して学んだことを教えてくれる一冊。少し冗長に感じる部分もあったけれど、心に刺さる言葉も多かった。

特に印象に残ったのは、長年にわたって心の修行を続けてきた著者自身が、ある時うつになったという経験。

「どれだけ心の修行をしていても、うつになるときはなるんかーい!!」と、ある意味で衝撃を受けた。でも同時に、心が軽くなった。どれだけ努力しても、心が折れることはある。それを知れたこと自体が、自分にとって大きな救いだった。

そのほかにも、「心の奥にある平安を鍛えること」「どこに意識を向けるかを自分で選ぶこと」、
自分が正しいと思いすぎると視野が狭くなり、孤独になる。「もしかしたら自分が間違っているかも」と思えることで、少し力が抜けて、謙虚になれる、が心に残りました。!

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2026年08月26日

Posted by ブクログ

ネタバレ

途中、修行の話ばっかりになったところで飽きてしまった
海外の人が書く特有の例え話もわかりにくくて文を読むのに疲れるところがあった
ラスト人生の最後を迎えようとするところが
文章ではあまりにも穏やかに書かれていて
それまでの修行があったからかなと思った
自分の肉体に感謝の言葉を言っているところも印象的だった

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2026年07月28日

Posted by ブクログ

古典には、仏門に入り、そこから世間というものを、ある意味客観的に見つめていく姿が、割とよく描かれている。

そう思うと、今の世の中は、リタイアすることが即ち負け組のように感じられるからか。
はたまた、仏門に入るということ自体に、縁遠さがあるからか、そうしたルートを意識することは、ほとんどない。

ッティコさんの持つ、ビジネスマンだった頃の自分と、僧侶としての自分という視点は、そういう意味で貴重である。

そうして、閑かに生きることの大切さを感じさせてもくれる。

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2026年07月11日

Posted by ブクログ

すごく目新しい金言の数々に出逢えたかと言えば、手放しに肯定することは難しいが、既に頭ではこうしたマインドセットでいるべきだと思っているようなことも改めて言葉にして語られることで幾分気持ちが軽くなるものだと思った。

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2026年07月06日

Posted by ブクログ

【自分の大切なものを見直せる本】

企業で働く青年が仕事を辞めて、森林仏教の僧侶となり、世界を見つめ直すドキュメンタリー。

僧侶としての生活の中で、自分の当たり前だと思っていたことが、違っているかもしれないと感じていく。

何かが起こった時に、これは良い、悪いと意味付けする考えを信じない。

混沌は人を惑わせる。だが、無理に秩序を強制しようとすれば全てが台無しになる。

嵐は永遠には続かない。これもまた過ぎ去る。

ビジネス書では決して得られない、大切な教えを得た。

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2026年06月07日

Posted by ブクログ

日曜日の夕方、理由のない不安に襲われることはありませんか?
あるいは、誰かと意見が食い違って「自分が正しいのに!」と、イライラが止まらなくなることは?

この本は、そんな“頭の中のざわざわ”に疲れた人へ、静かに寄り添ってくれる一冊でした。

『私が間違っているかもしれない』の著者ビョルン・ナッティコ・リンデブラッドは、スウェーデンで若くして成功したビジネスエリート。しかし、そのキャリアを手放し、タイの森で17年間、修行僧として暮らします。

ただ、本書が素晴らしいのは、「悟った人の立派な話」で終わらないところです。瞑想中に眠くなったり、食べ物の妄想をしたり、感情に振り回されたりする姿がとても人間らしい。だからこそ、彼の言葉は“教え”というより、“実感”として胸に入ってきます。

中でも印象的だったのが、タイトルにもなっている
「私が間違っているかもしれない」という言葉。

これは、自分を否定するための言葉ではありません。「自分の考えだけが絶対ではない」と認めることで、心に少し余白をつくるための言葉なのだと思います。

SNSでも仕事でも、私たちは「正しさ」を求められ続けています。でも、この本は「少し力を抜いてもいい」と教えてくれる。勝ち負けではなく、自分の心を守るための考え方を示してくれるのです。

読後、自分の頭の中に浮かぶ「不親切な声」を、一歩引いて眺められるようになります。
「思考は自分自身ではない」。
この気づきだけで、明日の朝が少しだけ明るく見えるはずです。

忙しい毎日に心が固くなっている人に、そっと寄り添ってくれる一冊でした。

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2026年05月18日

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