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★再読
2026/08/28
232P
池永康晟
セザンヌは、絵画に一つの正しい視点(遠近法)ではなく多視点を持ち込んだ人で、これは今のSNS社会にも似ていて、万人が自分の視点を発信できるようになり、マスメディアだけが世界の見方を決める時代が終わったんだよね。ある意味、セザンヌは絵画の中でSNS社会をも予言してたんだよ。
ピカソの絵を子供の絵っていうのはピカソも子供もどっちにもろくに関心が無くてバカにしてる感があって苦手。
その時分からなくてもとりあえず機会があれば本物見ておくの大事だと思う。エゴンシーレ初めて見た時、その時は不気味で怖いなというマイナスな感想だったけ...続きを読む ど、他に色んな絵を見たり、時を経るとあれは良いなみたいな感じで違って見えてきてそれが美術鑑賞の楽しさだと思うから。見た時にマイナスな感情持っても見た意味あると思う。
これほんと分かる。モネdisれないよね。物凄い苦し紛れにdisるポイントを探すとすればエロスが無いという事ぐらいだな。政治と宗教が話題のタブーな日本で敵を作らないモネの人気はほんとに分かるよ。
わかる。モネは一目で良いってわかるけど、セザンヌは探求する姿勢みたいなのに感動するんだよね。セザンヌは今見ても一見して良い絵では全然無いけど、感動が深いのはセザンヌ。自分が分からないことに忠実になってて周囲から笑われたとしても追求した結果皆がギョッとする真実に到達した感じ超かっこいい。
青い日記帳(あおいにっきちょう)
中村剛士。國學院大學文学部文学科卒、Tak(タケ)の愛称でブログ「青い日記帳」を主宰する美術ブロガー。1年に300~400の展覧会を鑑賞し、レビューや書評など、幅広いアート情報を毎日発信する。展覧会や美術書のインフルエンサーとして講演、イベント登壇するなど、いまや美術業界では欠かせない存在。著書に『いちばんやさしい美術鑑賞』、『名画のひみつがぜんぶわかる! すごすぎる絵画の図鑑』、『マンガでカンタン!名画の見方は7日間でわかります。 西洋美術編』、『失われたアートの謎を解く』(監修)など。本名は中村剛士。
「ところで、せっかく観に出かけたのに今ひとつ作品がよく分からず、面白くなかったな ~なんて残念な気持ちになったことありませんか。映画でしたら、帰宅途中にスマホでささっとネタバレサイトや口コミに目を通し補完することができますが、展覧会となると公式サイト以外に素の情報を知れるサイトがなく、なかなかそうはいかないものです。映画と展覧会、両方のレビューをブログに書いている友人によると、両者のアクセス数は十倍も違うそうです。映画を観てからのウェブ検索はすっかり定着した感がありますが、美術鑑賞においてはまだまだのようです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「花鳥画の多い日本画に比べ、西洋絵画の場合、そのほとんどが歴史画と呼ばれるジャンルの作品です。歴史画とはギリシア神話などを題材とした神話画と『聖書』やキリストにまつわる事柄やエピソードを描いた宗教画をまとめて指すものです。世界史を専攻していたり『聖書』の隅々まで物語が頭に入っていたりする人でしたら、その絵を観ただけでそれがどのような場面を描いているかすぐに分かるでしょう。しかし、日本人には馴じみの薄いギリシア神話や『聖書』が端から端まで頭に入っている人は、圧倒的に少ないはずです。かく言う自分もそのひとりです。例えば、『聖書』の物語は友人とランチを食べている時に出てくる話題では決してありません。ギリシア神話について語りながらお洒落ランチをとっている OLさんとかいたらちょっとビックリしますよね。ましてや合コンで『聖書』の一節を語り出す男子がいたら……。結果は火を見るより明らかです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「そう考えると、西洋絵画でなぜ宗教画が描かれたのか? ではなく、そもそも宗教画 =西洋絵画であったことが分かるはずです。一七世紀にフランスの芸術アカデミー設立に携わった画家で美術理論家でもあったシャルル・ルブランは、絵画のジャンルを階級分けしたことでも知られています。彼が一位にランク付けをしたのが歴史画(宗教画や物語画)でした(ちなみに二位が肖像画、三位は静物画)。この絵画におけるヒエラルキー(階級)は、印象派の画家たちが登場するまで厳然とした力を発揮していたのです。こうしたことからも宗教画が、なぜこれほど多く描かれたのかが見えてきます。趣味で絵を描いていたわけでなく仕事として描いていたのですから、付加価値があり高値で売れる主題を選んだのも当然と言えば当然のことですよね。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「冒頭で、しっかり描かれている作品はよい印象を残すと書きましたが、どんな時代のどんなテーマの絵画でも一貫して画家の力量を知ることができるポイントがあれば、しっかり描けているかどうかが分かりやすいものです。それはどこだと思いますか? 人物が描かれている場合、それはずばり手です。手の描き方は画家の技量の度合いが表われる重要なチェックポイントのひとつなのです。では、どうして手なのでしょうか。人体の他の部分、顔や容姿は、人種や時代、慣習や流行により違いが生まれるので、一貫して比較するには不向きです。また顔などは個人的な好みもあるので、いくら上手く(美人、美男子)に描かれていたとしても観る人の好みに合わないと「下手な絵」となりかねません。身につけている衣装や体型に注目が行ってしまい、そもそも比べることが困難です。つまり、このように考えていくと人体の中で最も普遍性が高いのは手の描き方なのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「レオナルド・ダ・ヴィンチは人体をより正確に描くために、実際に人体を解剖して骨格から筋肉のつき方まで観察したことで知られています。身近で普遍的な手はまさに生物学的な特徴を捉えて描かないと凡庸なものとなってしまいリアルさが出ません。入試では「落」とされてしまいます。リアルに描かれた手によって、身近にあり、実際に生活を「手助け」している手の存在の大きさに改めて気がつくはずです。手に限ったことではなく、何気ないものにも美しさや面白さを見出すことは、美術鑑賞の基本中の基本です。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「そもそもこの作品は、イタリア人画家フェリーチェ・フィチェレッリが描いた作品をフェルメールが模写したものとされていますが、イタリアに行った形跡のないフェルメールがどのようにしてフィチェレッリの絵を目にしたのかは謎に包まれています。また署名や筆づかいなど専門家から異論を唱える声が上がっています。逆に真作として強く推す研究者もいることから「帰属」としているのです。我々はどうしても本物かそうでないのかに拘泥してしまいますが、帰属とされ留保されていることにより専門家の意見も踏まえつつ、自分の目でジャッジすることができるのです。これだけ名の知れた画家でそうした経験を(しかも上野で!)享受できるとは、なんと贅沢で幸せなことなのでしょう。絵画を観る眼を養うのにこれほどよい作品はありません。世界中のフェルメール・ファン垂涎の作品を世界遺産に登録された国立西洋美術館でいつでも観られる幸せ。本当に贅沢ですよね。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「フェルメールが注目されるに至った二つ目の理由は、その作品が歴史画(宗教画や物語画)ではなく、日本人にとって受け入れやすい風俗画だった点です。一七世紀、一般的な西洋絵画の主題は宗教画や歴史画が主でした。しかし王侯貴族に代わり市民が政治の主導権をいち早く握ったオランダでは、宗教画よりも市民の生活の何気ない一場面を描いた風俗画が好まれたのです。キリスト教の主題やギリシア神話の一場面が描かれていても、『聖書』などによほど精通していないかぎり、何がそこに描かれているのかすぐには理解できません。けれども風俗画はそうした予備知識がなくても絵画の内容を楽しめます。実際には、風俗画にも、「花瓶に活けられた花や骸骨は人生のはかなさや命のもろさ(ヴァニタス)を象徴している」などのように、暗喩の約束事がありました。けれどもフェルメールはこの風俗画の約束事を可能なかぎり排除したのです。 日常の台所風景のひとコマが描かれているだけの《牛乳を注ぐ女》(図 2‐ 2)を前に、この絵のどこがそんなにすごいのか? と疑問に思われる方もいるかもしれませんが、そこにあるのは引き算の美学なのです。余計な情報をそぎ落としそぎ落とし最小限度の事柄で最大限の美しさを発揮させる。引き算の美学、最小限の事柄で最大限の美しさを発揮する──これってどこかで聞いたことがありませんか? そう、これは素材を生かしたシンプルな和食の美学です。フェルメールの作品は、日本的な感性の世界に通じるものがあるのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「さらに引き算の美学を小さなキャンバスに表現した作品を日本人が好まないはずはありません。千年の昔から「ちひさきものはみなうつくし」と清少納言の『枕草紙』で語られているように、小さなものを愛でる DNAを有する日本人の心に、フェルメールは見事に響く作品なのです。 小さいものを愛でる日本人の感性に響くようなフェルメール作品の多くは風俗画であり、宗教画などに比べ驚くほど小さなものが多いのが特徴です。三十数点の全作品中、高さが一メートル以上ある作品は《聖プラクセディス》を入れてわずか五点、そして大きな作品のほとんどが宗教画です。風俗画の大部分は縦五〇センチ未満の小品であり、パリのルーヴル美術館にある《レースを編む女》に至っては縦二三・九センチ、横二〇・五センチしかなくB5判程度のサイズしかありません。広大なルーヴル美術館で何千点もある展示作品からお目当ての《レースを編む女》を探すのは至難の業であり、フェルメールの存在を知らなければ展示されていたことにも気が付かず通り過ぎてしまうほどの小品です。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「フェルメールの人気の理由の最後、三つ目の理由に、現存するフェルメール作品の数の少なさが挙げられます。先ほど触れましたが、日本の代表的なフェルメール研究者である小林賴子先生は三十二点、専門家によって数に若干のばらつきがありますが、多くても三十五点しか確認されていません。その他記録に残っているだけの作品が約十二点。合計しても五十点に足りない非常に寡作の画家だと言えます。 何千枚と生涯に描き残している作家と違い、制作点数が少ない作家はちょっと頑張ればそのすべての作品を実際に観ることが可能なため、新たな鑑賞の愉しみが生まれます。好きなものをコレクションするように、現存するフェルメール作品を世界中を飛び回り観て歩くそんな欲望に駆られませんか。三十数点というのがいい塩梅なんですよね。自分も約十年かけてフェルメール作品を制覇しました。旅に出かける目的は様々ですが、一枚の絵を観るためだけに、十数時間も飛行機に揺られ出向くのも悪くないものです。次の狙いはヒエロニムス・ボスでしょうか。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「その後も印象派の作品の高額落札は更新され続け、近年では、二〇一四年にサザビーズがロンドンで開催したオークションでモネの《睡蓮》に三一七〇万ポンド(約五四億八〇〇〇万円)の値がつき、大きな話題となりました。まさに天井知らずのモネ。美術館で目の前にある《睡蓮》が札束のように見えてこないことを祈るばかりです。 今でこそオークションに出されれば何十億という値段で落札されるモネの作品ですが、その後、「印象派」と呼ばれるようになるルノワール、シスレーといった仲間たちと、自らの新しい絵画を紹介するべく一八七四年に《印象・日の出》(図 3‐ 1)などを出品した展覧会(第一回印象派展)の評判は、目も当てられない惨憺たるものでした。今では信じられないことですが、輪郭線のない色の重なりで光あふれる一瞬の風景を表現した作品に対し、まるでモップで描いたようだと酷評されたそうです。戸外で刻一刻と移り変わる自然の光の一瞬をキャンバスに表そうとしたモネたちの意欲的な試みを認めてくれる人は、当時はほとんどいなかったのです。それはあたかも、私たちが現代アートの作品を観て「こんなの絵画じゃない!」と思ってしまう感覚に近いものがあったのでしょう。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「まず始めに、これまで見てきたグエルチーノやフェルメールと違い、モネが描いたのは主に風景だということに注目しましょう。宗教画や風俗画が、日本人にとってあまり馴じみがないのに比べ、風景画(山や川それに草花など)は予備知識がなくてもひと目でそこに描かれているものが分かり、作品の世界観に入っていくことができます。美術史上では風景画のヒエラルキーは宗教画や風俗画に比べ下位でしたが、今の時代、我々鑑賞者にとってはそうしたジャンルの階級制度はまったく無用なものにすぎません。美術館へ足を運び美術鑑賞をする理由は人それぞれあるかもしれませんが、「美しい絵」を観たいという願望は誰しもが心に抱いているものです。その願いに最も合致するのがモネの風景画なのです。画面全体に広がる優しい色合いや自然美、そして言葉の壁を感じさせない普遍性がモネの風景画にはあります。風景画は、地域や文化的な背景の違いを超越して、すべての人に絵のよさが伝わるという魅力があります。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「山水画に見られるように、東洋の絵画では風景はお馴じみの画題ですが、西洋の美術史上で風景だけを独立して描くようになったのは、一六、一七世紀のフランドル絵画あたりからです。フェルメールらの風俗画と同様、その時代の裕福な市民階級に非常に人気の高いジャンルで、風景を専門的に描く作家も登場します。 フランス絵画でも一九世紀に入るとカミーユ・コローやギュスターヴ・クールベなどいわゆる写実主義の画家により数多くの風景画が描かれました。室内で想像しながら宗教画や神話画を描くのではなく、屋外に出てそこで働く人々や自然を観察し、それをありのままに描こうとした一派が現れます。バルビゾン派が有名ですね。その延長線上にモネを筆頭とする印象派の画家たちがいるわけですが、目の前の現実をリアルに描こうとした写実主義の風景画と印象派の決定的な違いは画面の明るさにありました。農民や労働者をリアルに描いた写実主義は、どうしても暗くなってしまいます。その暗さが実社会の過酷さを表しているのですが、それに背を向け、明るさを求めたのが印象派の画家たちでした。モネたち印象派が目指したのは刻一刻と移り変わる光を描ききることでした。ですから、その画面は自ずと美しくやわらかな色彩にあふれたものになったのです。テーマ的にも表現的にも後出しじゃんけんではありませんが、風景画のいいところ取りを確立したのがモネたちだったのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「それまで長いこと西洋絵画の基本であった「フォーマル」な描き方をせずに、描くべき対象をざっくりと捉えたモネの作品はまさに「抜け感」のある絵画と言えるでしょう。一見すると《睡蓮》は何が描かれているのか分からず、ごちゃごちゃした印象さえ与えますが、しかしよくよく観てみると、例えば睡蓮の葉などのようにしっかりと描くべきものとそうでないものを分け、一枚のキャンバスに共存させていることが分かります。よい意味で適度に手を抜いている部分があるのです。 作品としてすっきりとまとまっていながら、決して描き込みすぎていません。それにより視線が絵の中を自由に動き回れます。これまでの絵画になかった、「動き」がモネの作品にはあります。着こなす人のセンスがにじみ出るファッションと同じく、同じ印象派の画家たちでもモネほど上手く「着崩し」ている人はいません。 印象派の展覧会は毎年どこかの美術館で開催されています。次回モネやルノワールの作品を観る際には、この「抜け感」をひとつのバロメーターとして鑑賞することをおすすめします。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「写真のような表現がリアルであるのは当然ですが、このようなボヤボヤ感がリアルさを生み出すのは、よく考えれば不思議なことです。実は我々の目には、写真よりもモネの作品の方が近しいからなのだと思います。人間の目はいい加減なもので、視界に入るもののうち自分が見たい対象の一部分しか見ていないものです。セザンヌがモネを讃えた有名な言葉に「 Ce Monet, ce n' est qu' un oeil, mais quel oeil!(モネはひとつの目にすぎない、しかし何という目だろう!)」がありますが、まさに言い得て妙だといつも思います。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「晩年のモネは白内障を患い、著しく視力が低下してしまいます。自宅の睡蓮の池に作った日本風の太鼓橋やバラのアーチを描いた作品が残されていますが、それらはまるで抽象絵画を先取りしたかのように荒々しく何が描かれているのか判別できないほどです。しかし奇妙なことに、その絵の前に立ちしばらくすると描かれたものが見えてくるのです。脳内でモネのボヤボヤ感を変換する装置が、彼の作品を観ているうちに養われるのは、決して都市伝説などではなく本当のことです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「食事の席で宗教と政治の話をしてはいけませんと、小さい頃に親から叩き込まれたものです。どんなに気心の知れた仲のよい友人であっても、宗教や政治の話題となると意見にずれが生じるものです。微細なものであればスルーできますが、信条に反するようであればひと言いわずにはいられなくなり、それが引き金となって諍いになってしまうとせっかくの美味しい料理も台無しです。これは SNS上でも同じことが言えます。 絵画の好みや良し悪しも人によって大きな違いがあるものです。言い争いになるほどではないかもしれませんが、自分がよいと思っている画家や作品のことを悪く言われるのは快いものではありません。印象派の画家についても同じことが言えます。「ルノワールの初期の人物画はよいけど風景画は観られたものじゃないね」とか「川以外を描いたシスレーの風景画は魅力が半減するね」など人によって様々な意見が出てきます。これがピカソやシュルレアリスムの画家たちとなると、机を叩いて怒りだす人も出てきかねません。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「 それではなぜこの山を生涯にわたり何度(油彩画・水彩画合わせると九十点以上)も描いたのでしょうか。簡単に答えてしまうなら、それがライフワークだったからに他なりません。葛飾北斎もライフワークとして同じように富士山を繰り返し描きましたが、そこには様々な富士山をどう表現しようかという喜びや時に遊び心が見られます。一方でセザンヌの描いたサント゠ヴィクトワール山からはそれと同じようなものを感じることはできません。同じライフワークであってもセザンヌの場合そこに単に楽しみを見出したわけではないからです。 彼がこの山を選んだ理由は簡単です。故郷の山であること、そして山は常に姿かたちを変えずにそこに居てくれる存在だからです。人物画を描くにあたりモデルに対し「リンゴは動かないぞ!」と少しでも動くと激怒したという有名なエピソードを持つセザンヌにとって、絶対に動くことのない故郷の山はこれ以上ない優秀な「モデル」だったのです。この不動不変のモデルを通して、厳しく自分の追い求める絵画芸術の真髄を求めたからです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「試しに他の印象派の作品とセザンヌの作品をインスタグラムにアップしたらどちらがより「いいね」をもらえるかは、火を見るよりも明らかなことです。セザンヌ作品は「いいね」を押す指を躊躇させるはずです。目に心地よいわけではないのですから。モネ、ルノワール、セザンヌがそれぞれインスタをやっていたとするとフォロワー数に歴然とした差が出ることでしょう。 しかし、一般受けはしなくても絵画を読み解く面白さで見れば間違いなくセザンヌ作品に軍配が上がります。それには多少の慣れと理解が必要ですが。美術史の流れを大きく変えることになったセザンヌですが、彼が意図的にそうしたのでは決してなく、自分の考える作品世界を徹底的に追究した結果、時代が後から彼についてきたのです。時折、美術鑑賞をしていると人生訓のようなものを学べる時がありますが、セザンヌの生き方は仕事や勉強で行き詰まった時にとても有用な指標となるはずです。二〇世紀に活躍した多くの芸術家に影響を与えた「セザンヌ画」の魅力は表現的・技術的なことだけでなく、どちらかというとそちらにあるのではないでしょうか。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「例えば日本人にも高い人気を誇る「ムーミン」の作家トーベ・ヤンソンがフィンランド人であることを知れば、ぐんと理解が深まるのと同じです。グローバル化が叫ばれる昨今ですが、結局最後に残るのはローカルに根ざしたものであると薄々気づいてきたはずです。芸術作品もその作品が生まれた土地を知ることで、より一層鑑賞の幅が広がります。今では調べればすぐに手元でその町の位置や情報を確認することができます。わずかな手間をかけるだけで、より深く作品と向き合うことができる便利な時代となりました。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「九十一歳で亡くなるまで制作を続けたピカソ。何を描いても高い評価を得たピカソ。間違いなく二〇世紀最大の画家と言えるでしょう。しかしその名声とは裏腹に、彼ほど正しく理解されていない画家も珍しいのではないでしょうか。どうしてこの絵が名画なの? なぜこれが何億円もするの? と常に疑問の対象となるのがピカソです。 確かにこのポーラ美術館所蔵の《花売り》という作品も一見何が描かれているのか理解に苦しみます。タイトルから察するにどうやら花を売り歩いている女性のようだと分かっても、どうしてこんな描き方をしたのかという疑問は解消されぬばかりか、ますます謎は深まるばかりです。 もちろん様々なスタイルで絵を描いたピカソのことですから、中には直観的に「ああ、いい作品だな ~」と素直に思えるものもありますが、その数は決して多くはありません。例えば同じポーラ美術館所蔵の《海辺の母子像》は「青の時代」に描かれた作品ですが、静かで深い悲しみを帯びた表情、海辺をさまよう目の見えない母親と赤ん坊というモチーフ、陰鬱なブルー、抜群のデッサン力、たいへん分かりやすく、多くの人の胸を打つ作品です。けれども、この抒情性豊かな「上手い絵」を描いていた初期の時代に早々と見切りをつけ、ピカソは生涯新たなスタイルの作品に挑みました。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「勉強ができる優等生は時にスポーツも万能で何をやらせても優れた才能を発揮するように、ガレも幼い頃から生物学そして文学においても優れた能力を発揮していました。ガレの作品にはボードレールやユーゴーといった詩人の言葉が引用されているものがあります。詩(言葉)を元にしてガラス作品を作っていったのですから驚きです。そこにはアール・ヌーヴォーやジャポニスムだけでは語り尽くせないガレの幅広い才能の一端を垣間見ることができます。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「繰り返しになりますが、写真技術の発達とともに、目の前の像を正確に二次元の画面に写しとるという絵画が担っていた役割が急速に薄れていくことを、多くの作家が危ぶんでいました。ピカソ自身もただならぬ危機感を抱いていました。天真爛漫で自分の好きなように生き、絵画を描いてきたイメージのあるピカソですが、実は決してそうではないのです。写実を超える新しい絵画のあり方を見つけるため、古代スペインや古代エジプトなどのプリミティヴな彫刻に興味を持ったり、スペインのディエゴ・ベラスケスら過去の巨匠の作品の連作模写を制作するなどしました。 ピカソが十四歳の頃に描いた《初聖体拝領》(ピカソ美術館蔵)をかつて展覧会で観た際に、あまりにも完成度の高いリアルな描写に舌を巻いた覚えがあります。ネットで検索すれば画像が出てきますのでぜひ調べてみて下さい。しかし、子どもの頃からこれだけの画力があったピカソでさえも(いやピカソだからこそ)、新しい絵画とは何なのかを追い求め続けずにはいられなかったのでしょう。そしてそれは時代的必然性でもあったのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「ピカソに決定的な影響を与えたのが、第 4章で紹介したポール・セザンヌでした。画家は画家と関係して画家となるものです。それはピカソに限ったことではなく、ひとりの画家の作品を観るということは、その背後に複数の画家の作品を合わせて観ていることになるのです。このつながりが分かってくると美術鑑賞の面白さがぐんと増します。「この画家の作品は苦手だから観ない」というのは、結果として自分の好きな作家の理解の幅を狭めてしまっていることになります。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「偏った食事は健康を損ねる原因となりますが、美術の世界でも同じです。ともかく好む好まざるにかかわらず、作品はたくさん観たモン勝ち! 嫌いなら、嫌いでもよくて、嫌いなもの、苦手なものは、「嫌い」「苦手」としっかりインプットしておけばいいのです。けれども苦手な画家が、自分が好きな別の画家に影響を与えたりしているドラマがあるのが美術史の世界です。せっかくの休みの日に訪れた美術展で、「好みの絵ではなかった、損した」とがっかりすることはありません。なぜならその体験自体は、決してマイナスにはならないからです。その時好みでなかったとしても実際に目にしておくことで、何年かたって、別の視野で苦手な画家の作品が観ることができるようになり、新しく評価できる時が必ず来ます。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「少々脱線しましたが、セザンヌの絵画理論がピカソに与えた影響には、計り知れないものがあります。セザンヌの存在なくして二〇世紀の巨匠ピカソは成り立たなかったはずです。絵画から「リアルであること」を取り払い「理論」で構成したセザンヌの最も分かりやすい影響が見られるのは、複数の視点を一枚の作品の中に取り入れることでした。ピカソはそこから、すべてを立体として捉え、キュビスム(立体派)へと発展させるのです。ここで、ポーラ美術館の《花売り》を観てみましょう。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「 綿密な絵画理論に基づいて描かれたピカソの絵と、子どもが自由奔放に描いた絵をさも同列のように扱うことは、どちらの絵に対しても失礼なことであり、それぞれの絵を正しく理解することを放棄しかねません。子どもに見えている世界及びその表現と、ピカソのそれが同じであるはずがありません。「ような」という比喩的な表現であるので、そこまで目くじらを立てることもないように思えるかもしれませんが、百歩譲って見た目は同じようであったとしても、中身はまったく違うものです。 私には、「子どもが描くような絵」と言うことが、本来、理論で読み解かねばならぬピカソ作品に対する理解を、その難解さから放棄してしまう手立てとしてしまっているように思えます。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「日本でも、例えば、「日付絵画」なるものを描き続け、世界中にその名を馳せた河原温がデュシャンの末裔です。「日付絵画」とはその日の西暦と月日をキャンバスに描いただけの作品です。それ以上でもそれ以下でもありません。しかもその作品はまるで印刷された活字のようで、画家が描いた痕跡がまったく見当たりません。そんな作品(失礼!)でも高値で飛ぶように売れるわけですから、現代アートは普通の一般常識では計ることのできない世界です。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「自分のような素人美術ファンでも美術鑑賞を何年かしていると、どうしてもいつかはデュシャンと対峙しなければならない時が来るものです。デュシャンと言えばよく話題に上るキュビスム的な作品《階段を下りる裸体 № 2》やレディ・メイド作品《泉》であれば、何とか自分の納得のゆく解釈ができるものですが、《大ガラス》が相手となると、どこをどう捉えたらよいのか手がかりさえ摑めない状況に陥れられます。どうしても《大ガラス》のことを理解したくて、いろいろな本(それも難解な)を随分と読み漁ったものです。もちろん明確な答えなど出てこないのですが、それでも格闘するように《大ガラス》について考えることは、美術ファンの大事な通過儀礼であるように思えるのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「それにしてもこれだけ後世に大きな影響を与える作品を連発したデュシャンですが、一九二三年に《大ガラス》の制作を投げだし、プロのチェス競技会へ出場すべく真剣にトレーニングに没頭するようになります。年齢的に三十代半ばですからまさに芸術家としては下地も整い、これからという時期に、自らバスを降りてしまったのです。こうした生き様もまたデュシャン神話に拍車をかける要因とも言えます。本当に超ツンデレ系ですよね。 しかしデュシャンはチェスや旅行を楽しむ傍ら、秘密裡に《( 1)落下する水、( 2)照明用ガス、が与えられたとせよ》(通称《遺作》、フィラデルフィア美術館蔵)と題する作品を制作していたのです。なんと二十年もの長きにもわたって! 一九六六年に完成したこの作品は、デュシャンの遺言に従い、彼がこの世を去った一九六八年にフィラデルフィア美術館で人々の前に現れました。外観は一枚の木製の扉しかありません。これもまたお得意のレディ・メイド的な作品かと思いきや、扉には小さな覗き穴があけられており、そこから中を見る仕組みとなっていたのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「「国宝展」や「茶の湯展」でもそうですが、日本美術の展覧会へ足を運ぶと、牧谿、夏珪、馬遠、梁楷、玉澗といった中国南宋時代に活躍した絵師の作品を目にします。なぜ日本美術の展示に中国人絵師の絵が展示してあるのか、不思議に思われたこともあるかもしれません。それは彼らの作品は室町時代以降の日本美術のお手本とされ珍重されたからであり、その証にその多くが日本の国宝、重要文化財に指定されているのです。 室町時代から江戸時代に至るまでの日本の美術に大きな影響を与えた中国美術の画家たちのことを知らないのは残念すぎます。せめて名前だけでも憶えておき、作品に出会えたら目を皿のようにし展示ケースに食らいついて観てみましょう。はじめのうちは縁遠く感じるものですが、何度か観ていくうちにそのよさに気がつくはずです。美術鑑賞は、数を重ね経験値を上げることで、より高次へ歩みを進めることができるものです。初めの頃は好き嫌いせずに何でも観ておくことはとても大事なことです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「しかし、そうしたいわゆる変色さえもひとつの作品の味と捉えてしまうところが、日本美術の面白く魅力的な点でもあります。美魔女という言葉が流行った時にどうも納得がいかない感じを抱いた方の多くは、もしかして日本美術ファンなのではないでしょうか。もちろん自分もそのひとりです。歳を重ねてこその美しさ、魅力というものがあるにもかかわらず、ただ若く見られたいと思うことがどれほどナンセンスなことか。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「それにしても、「琳派」という流派名に一番驚き戸惑っているのは尾形光琳自身ではないでしょうか。ちなみに「琳」という漢字には「美しい玉」という意味があるので、日本美術の珠玉の作品といった意味なども込められているそうです。 改めて説明するまでもありませんが、琳派の特徴はズバリその洗練されたデザインと鮮やかな色彩による装飾性にあります。何の知識も持ち合わせず展覧会で偶然目にしてもその美しさに思わず足を止め、どこかホッとしてしまうのは、そんな琳派の特徴ゆえのこと。描かれている場面の由来が分からなくても大胆な意匠や斬新な装飾性だけで観るものを魅了するからこそ、現代の我々にも高い人気があるのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「会田誠は《群娘図' 97》(個人蔵)という、《燕子花図屛風》の花々をなんと女子高生に置き換えた作品を描いています。《群娘図》というタイトルは《燕子花図屛風》の花に用いられている群青を意識し付けたのでしょう。とても美しく、こうした琳派の継承もまたあるのだなと思わせる作品です。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「なお、京都生まれ京都育ちの光琳は生涯その地で暮らしていたように思えますが、一七〇四年から数年間江戸で生活をしています。光琳が四十七歳から五十二歳にかけての頃です。年齢的にもわざわざ慣れ親しんだ京の都を離れ、江戸に行く積極的な理由は光琳にはありませんでしたが、その当時のパトロンであった中村内蔵助が江戸勤務となったので仕方なくついていった形になります。 江戸の町では大名から作品制作の依頼があったりとそれなりに多忙な日々を送った光琳ですが、都育ちの超お坊ちゃまが粗野な江戸の生活環境に馴じめるはずもなく、滞在中も何度か京都が恋しくなり戻ったりしています。そこで思い出すのが先ほどの『伊勢物語』第九段の東下りの物語です。一身上の都合で京都にいられなくなった主人公が仕方なく東国(江戸)に下る姿と自分のことを光琳は確実に重ね合わせていたはずです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「絵画の展覧会には積極的に行かれる方でも、茶碗など工芸の展覧会だと二の足を踏んでしまうことも多いのではないでしょうか。展示されている茶碗というと、真っ黒や渋い色のものがずらりと並んでいる様子が頭に浮かび、どうしても地味なイメージになってしまいます。そして何より、そこにどうやって面白さを見出したらいいのか分かりません。 そもそも、安土桃山時代に茶の湯を芸術のひとつとして完成させた千利休の「佗茶」の様式自体が小さい茶室に雑器のような簡素な器、と地味なのです。だからこそ「佗茶」と呼ばれ精神性が重視されました。 しかし、ここで取り上げる「曜変天目」と称される茶碗は、その佗茶が成立する前の室町時代、あの金閣寺や銀閣寺を建てた足利将軍たちに最も高い評価を受けただけあり、キラキラと輝くように派手で見栄えのする茶碗です。茶碗の良し悪しなど分からない自分をもひと目で虜にしてしまう蠱惑的な魅力を湛えています。 曜変天目の「曜」という漢字には、漢和辞典で調べると「かがやく」という意味があります。実際に茶碗の中の紋様が満天の星のように輝いているのです。また「曜」という文字を用い日・月と火・水・木・金・土の星をあわせ七曜と呼びます。まさに輝く天体を中に閉じ込めたかのような茶碗がこの曜変天目なのです。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「しかし、フェルメール作品を観るには海外へ行かねばなりませんが、曜変天目はありがたいことに三点とも日本国内にあります。三点とも国宝指定を受けているため、隠し持って秘蔵することができません。つまり公開される機会があるのです。国内にあり、年がら年中観られるよりも、年に一、二度観られるかどうかというこの微妙な匙加減がさらに曜変天目観たさに拍車をかけるのかもしれません。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「そもそも曜変天目の「曜変」はもともと「窯変」と記されることもあり、窯の中で焼いている途中に突然変異を起こした茶碗だったのです。緑茶をより味わい深いものにするには、漆黒の闇のような黒い茶碗が最も適していたことは想像に難くありません。ところが見込みにこんな派手な紋様が出ていたら果たしてどうでしょう。見込みに予期せず突然現れた青や虹色に輝く文様を持つ茶碗を、どう受け止めるかにより価値は自ずと変わってきます。単なる失敗作と見るのか、窯変を面白いものとして見るのかによって。想像の域を出ませんが、完璧を求める中国人は前者と捉えたのに対し、偶然の美や非対称なものに美しさを見出す日本人は後者と捉えた結果、現地へ赴いていた日本の修行僧たちが持ち帰ることができたのでしょう。 しかし、どうやら中国人もこの窯変した茶碗を忌み嫌っていたわけでもないようです。「不気味であったから中国では避けられ、それがすべて日本に運ばれてきた」という説も、二〇〇九年に杭州の宮廷関連施設で曜変天目(全体の四分の一程度の欠損はありますが、写真で見てもその美しさに魅了されます)が発見されて以降は、学術的には正当性が疑問視されてきています。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「なんでも分かってしまう世の中にあっていつまでも捉えることのできない謎があってもよいと思います。謎はこの茶碗を観る者に想像の翼を与えてくれます。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「一九世紀に海外で高い評価を受けていた並河靖之作品はじめとする明治工芸に、二一世紀になってようやく自国の目が向けられるようになりました。俗物扱いされてきた春画が同様に西洋で評価され、二一世紀になってから国内でも展覧会が開催されるようになったのと同じ構図です。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「 ある時代、ある国における美意識は単体ではなく複数あることを認識し、「複眼」で作品に向かい合うことは、日本美術だけでなく西洋美術を鑑賞する上でもとても大事なことなのです。あのパリの印象派の時代にもクラシカルな作品がしっかりと描かれていたのですから。村上春樹風に言うなら「完璧な美などといったものは存在しない。完璧な醜が存在しないようにね。」となるでしょうか。芸術鑑賞はとどのつまり、自分の美意識に希求されるものです。料理の美味い不味いはある程度コンセンサスを得られるものですが、芸術に関しては大きく意見や好みが分かれてしかるべきで、知識を有しつつ「常識」に捉われずに向かい合えるようになりたいと常日頃思っています。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著
「何人もお気に入りの現代作家はいますが、その中からここでは池永康晟(一九六五年─)を紹介していきたいと思います。「池永康晟さんってどんな画家なのですか?」と問われたら「好きなものを好きなように描いている作家です」と答えるようにしています。至極当たり前のように聞こえるかもしれませんが、画家が自分の好きなものを好きなように描けた時代は実はほとんどなく、教会や王侯貴族、パトロンの意向に合うように、リクエストに応じて制作してきました。今の時代そうした縛りはないかもしれません。しかし、筆一本で生計を立てていくには、資本主義社会の中では高値で売買されるような「客の好みに合った作品」を描かざるを得ません。作家は、マーケットの要望に応えるべく描きたくないモチーフを量産するそんなジレンマに陥ってしまいかねません。」
—『いちばんやさしい美術鑑賞 (ちくま新書)』青い日記帳著