司馬遼太郎のレビュー一覧
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ついに奉天会戦が始まる。圧倒的に兵員、銃火器が勝っていたロシア軍だが、日本の決死の作戦に右往左往しクロパトキン大将は敵の戦略を見誤ってしまう。普通に戦えば圧倒していただろうに、なぜか受け身になってしまって結局ロシア軍は奉天を退却することとなり結果日本軍の勝利となる。ただし陣地を進めただけで大将を捕縛できずロシアはまだ本国に兵の余力があるため日本側はこれ以上の陸戦は厳しくなり第3国に和平を取らせるよう外交活動を行う。バルチック艦隊もついに日本へ到達しいよいよ東郷艦隊との戦闘が始まる。
机上の理論だけで言えばクロパトキンは名将と言われていたが実際の戦地では本国での体裁や名誉を気にするあまり絶好の機 -
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旅順陥落後、満州の黒溝台において日露陸軍が衝突する。それまでに日本陸軍に押されていたロシア軍は大将クロパトキンに加え本国からグリッペンベルグ大将が派遣される。グリッペンベルグは日本軍左翼が弱いと判断し好古ら率いる騎馬隊らに攻撃を仕掛ける。少ない兵をなんとか駆使し最強のコサック兵と立ち向かうが物量で押されていく日本軍。しかし同僚の活躍を妬むクロパトキンはグリッペンベルグに作戦を中止させなんとか日本軍は持ち堪えた。この時好古は騎兵の諜報によりロシア軍が動いているということを把握し本部に伝えていたものの敵が冬には動かないだろうと考えていたため対応に遅れてしまった。児玉源太郎クラスの人でも連戦連勝する
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日露戦争開始。日本海軍はロシア海軍と対峙するが、ロシア海軍は要塞旅順に籠り、バルチック艦隊と合流し日本海軍を撃破する作戦を取る。しかし、本国からウラジオストックへ行け命令が出たり、陸軍からの批判があったりしたことでウィトゲトフは旅順を出ることとなる。そこで東郷率いる日本海軍と戦い日本側は全艦を沈没させることはできなかったもののロシア海軍に大きなダージを与えることとなる。一方陸軍は遼陽、沙河でロシア陸軍と対峙する。少ない砲弾や兵員の中苦戦しながら、またロシア陸軍を率いていたクロパトキンの安全を期し過ぎる性格もあってロシア軍を後退させることに成功する。一方旅順を攻める乃木希典率いる陸軍は無能な参謀
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正岡子規は高浜虚子や碧梧桐などの同郷の後輩に見守られながら死を迎える。その時に虚子が詠んだ「子規逝くや十七日の月明に」という句が印象的。
西郷従道という人物に焦点が当てられていて彼のような上司だったら下の人たちもみんなついて行くだろうなと感じた。海軍には疎い従道が海軍大臣になった際は山本権兵衛に全てを任せ、それを国会で通すことに徹する姿は上司の鏡みたいなもの。これができるのは従道が人を見る目があるからで山本権兵衛が信用に足る人だと確信ていたからからなのか。それのおかげで少ない予算からなんとかロシア海軍に対抗できるように軍拡できたのだから、結果成功だったんだな。
日露戦争前から伊藤博文はロシアに -
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司馬遼太郎氏が若かりし頃の日本のビジネスマンについて描かれる本書は、戦後間もない混乱と復興の時期の話だから、流石に現代のビジネスパーソンとは違った働き方、生き方である。だが会社に属して、会社の中で一本のネジになりきり、給与を貰うというサラリーマンの胸のうちをありありと描く姿、その心は全く現在のサラリーマンにも当てはまるから面白い。当時、司馬遼太郎氏(本名は福田定一)は駆け出しの新聞記者として、記事を書くより人として暮らしていく「生活」が主たる日常の目標となっていた。新聞社という、会社の中で繰り広げられる様々な人間ドラマ、GHQが支配し、戦前の日本とは大きく異なり、女性の社会的立場や家庭での位置
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関ケ原の戦い前後で功績を上げた個性的な武士や民の短編
・『愛染明王』
家康方の功労者。成り上がり大名の福島正則。豊臣方の縁者でありながら、石田三成討伐へと家康方にしむけられ、いいように乗せられ利用されたという感じ。強烈な気性の狂人に描かれている。
戦国の世でなければただの無頼漢。
・『おれは権現』
豊臣秀次方時代。妾の目から見た可児才蔵吉永。
実際人気の高い人物らしい。
妾がなぜ子を儲けようとしないのか聞き出そうとする。
思い込みが強いというか、祈祷によって弱者から強者へと変容した。
・『助兵衛物語』
宇喜多家家臣の花房助兵衛。巫女からみた魅力的な助兵衛。
結局、骨はただのお守りだったの -
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ついに日清戦争が勃発する。甲午農民戦争を機に清と戦争を始めるが当時の清の軍人たちは漢民族ではない国主たちに対しての怠慢などにより日本は勝つこととなる。この時秋山好古は騎兵隊を率いて旅順に侵攻するも負けてしまうが海軍の活躍などもあり旅順要塞を落とす。弟の真之は海軍として参加するも、主力艦には乗っておらず黄海海戦、威海衛戦には参加しなかった。その後真之はアメリカへと行き海戦について研究しまた米西戦争でのアメリカ海軍のやり方を学ぶ。その後北清事変を機に日本および西洋諸国が清へと軍を派遣して好古はその駐在軍を指揮することとなる。
時を同じくして正岡子規は短歌、俳句について持論をホトトギスで論じ紀貫之ら -
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明治維新ごろからの話。松山の徒士家系だった秋山好古、その弟松山真之、真之の同級生正岡子規を中心に物語は進んでいく。日本が文明開花し、先進国に追いつけ追い越せの時代に好古は騎馬隊へ、真之は海軍へとそれぞれ成り行きで進むことになるがこれが後の戦争勝利へどのように作用するのか今後のポイントか。
古来日本において騎馬隊なんてものはなく1から作り上げるという大きな役目を担うことになった好古だが多くは語らない感じがいい。軍自体はドイツ式を採用するものの騎馬方法に関してはフランス式の方が理にかなっていると感じたのも旧藩主の自費留学でフランスに随行したことによる恩恵か。
正岡子規の名前の由来が自身が結核にかか -
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幕末長岡藩の河井継之助という士分の人の話。
本書(上巻)の9割くらいは、陽明学を元にした継之助の考え方、行動、そして人となりを、旅や日常を通して淡々と描いているので、著者自身が本書の中で述べているように、ストーリーとしてあまり起伏がなく、少し面白みに欠ける。
ただ、このあとの継之助の活躍を理解するために、大事な導入部分であるということも理解できる。
本書の残り1割くらいから少し動きがでて面白くなってくる。歴史モノは色々と読んできたが継之助のこと知らなかった。このあとどのように活躍するのか楽しみ。
歴史モノは色々と読んできたが、この人は寡聞にして知らなかったので、このあとどのように活躍するのか楽