司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 夏草の賦(下)

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    長宗我部元親という武将は名前くらいしか知らなかったのですが、読み進めるうちに「もっと早く知っておけばよかった」と思うくらい惹かれました。
    土佐の一領主から四国統一を目指して勢力を広げていく姿はやっぱり面白く、戦が強いだけではなく、いつ攻めるか、誰と組むかを冷静に考えて動いているところに、元親の凄さを感じました。
    ようやく四国統一が見えてきたところで、信長や秀吉というさらに大きな存在が立ちはだかり、「生まれた場所や時代が少し違っていたら」と思いたくなる気持ちも、なんとなく分かる気がしました。
    妻とのやり取りが入ることで、英雄というより、一人の夫や父親としての顔が見えるところも良かったです。
    ただ、著者らしさとはいえ説明が長く続くところもあり、もう少し元親自身の感情を追いたいと感じる場面もありました。
    それでも、どれだけ力をつけても、自分より大きな時代の流れには抗えないということが、歴史のリアルを表しているなとも感じ、勝者の物語というより、大きな夢を持った男の無念のほうが強く残る一冊でした。

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    2026年10月28日
  • 夏草の賦(上)

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    長宗我部元親という武将は名前くらいしか知らなかったのですが、読み進めるうちに「もっと早く知っておけばよかった」と思うくらい惹かれました。
    土佐の一領主から四国統一を目指して勢力を広げていく姿はやっぱり面白く、戦が強いだけではなく、いつ攻めるか、誰と組むかを冷静に考えて動いているところに、元親の凄さを感じました。
    ようやく四国統一が見えてきたところで、信長や秀吉というさらに大きな存在が立ちはだかり、「生まれた場所や時代が少し違っていたら」と思いたくなる気持ちも、なんとなく分かる気がしました。
    妻とのやり取りが入ることで、英雄というより、一人の夫や父親としての顔が見えるところも良かったです。
    ただ、著者らしさとはいえ説明が長く続くところもあり、もう少し元親自身の感情を追いたいと感じる場面もありました。
    それでも、どれだけ力をつけても、自分より大きな時代の流れには抗えないということが、歴史のリアルを表しているなとも感じ、勝者の物語というより、大きな夢を持った男の無念のほうが強く残る一冊でした。

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    2026年10月28日
  • 新装版 最後の伊賀者

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    司馬遼太郎の短篇集。表題作ほか忍者、絵師など歴史にはあまり名を残さぬ人々が主役。
    「けろりの道頓」が絶品。短篇ならではのスッパリと切り捨てた余韻の残るラスト。

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    2026年10月28日
  • 竜馬がゆく(八)

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    坂本龍馬、不思議な人。
    優しさと好奇心に満ちた人だったのだろうか。
    自由気ままに生きてるように見えて実は世の中のなぜをずっと考えてた人なのかも。
    あの後の日本、今の日本に生きていたら何を思うのだろうか

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    2026年10月26日
  • 世に棲む日日(三)

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    ネタバレ

    3巻。
    幕末が舞台。吉田松陰は安政の大獄で亡くなったが、その精神はずっと生きていた。
    高杉晋作が主人公。まさに主人公っぽい。
    時々著者ご本人である司馬遼太郎さんが関係ない話をしてきて、なんかおもろい。
    幕末のこの時期に、西洋は、きっちり幕藩体制の弱点を握っていて、賢いなーと思った。
    このあと30年くらいで列強側に立って中国を蝕む側になるのが皮肉だし、ある程度うまくいってたのもすごいなと思う。
    日本人の運命を高杉晋作ひとりで決めた瞬間があった。まず、長州藩は勝手に関門海峡を抜ける艦隊を砲撃してイギリス人たちを怒らせた。
    それから外国船が関門海峡に集結して報復された。
    和睦のときに宍戸というひとが変な出で立ちで登場した。烏帽子(神社の神主さんがかぶっているカチカチの黒い帽子)と袴で、神主みたいなやつだ。
    担当の英国人は、宍戸なるものはその藩にはいないはずだ、ではこの人は誰かと、不審に思いつつ話を聞く。魔王のような不遜な態度で揺るぎない調子だ。
    その彼が実は高杉晋作だった。
    この交渉は何度か行われた。宍戸はやたらと人気だった。幕府の役人も藩の役職のあるやつらもみんな逃げ腰でなにも決めないなかで宍戸は決めていくからだ。

    ここでの活躍がやがて、明治政府をつくり、日本が形を変えていくことになる。大袈裟かもしれないけれど、でも多分、その解釈で合ってる。なぜなら、その一行のなかに初代総理大臣になる人物や、明治政府の大臣たちが名を連ねているからだ。

    こんなにどうしようもない状況から日本政府を作り上げて、直接自分達につながっていくのが不思議でたまらない。いま生きてるこの世界をこの目で見ていることが、すこし辿ればこんな状況のなかで、魔王こと宍戸こと高杉が、英国人あいてに引き下がらずになんとかしてきたと思えるのが、感慨深くもあり、不思議でもある。江戸時代から明治政府へ移行するときは、本当に綱渡りだったんだなぁ。

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    2026年10月24日
  • 新装版 播磨灘物語(3)

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    有岡城の様子や、藤の花の話がとても良かったです。辛かったに違いありませんが、官兵衛が生きてくれて本当に良かった。

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    2026年10月23日
  • 新装版 播磨灘物語(4)

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    これまでのゆったりした話から打って変わり、最終巻は激動がありおもしろかった。清水宗治や毛利両川(吉川元春、小早川隆景)、元春の息子元長がとても魅力的だった。本能寺の変前後の歴史が変わるシーンはとてもワクワクした。関ヶ原前後の如水もとても魅力的です(ここは小説関ヶ原に通ずる)。官兵衛という人物にどっぷり浸かり水の如く進んだ物語、とてもおもしろかったです。

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    2026年10月23日
  • 新装版 王城の護衛者

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    司馬遼太郎は短篇でも凄腕。長篇の素材にも十分になり得る幕末の英傑たちを描いた短篇集。
    表題作の松平容保のほか河井継之助、大村益次郎、岡田以蔵などの大物たちのドラマ。
    歴史を見つめる司馬遼太郎の筆致にどこか司馬遷の史記と同じ匂いを感じる。

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    2026年10月09日
  • 関ヶ原(下)

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    三成は最後までかっこよかった。しかし三巻読み終えると、家康のかっこよさに気がつきました。終始悪役と言える存在でしたが、実は平和を願っていたのではないか。泰平の世を作るということに、三成とは違った家康の義があったのではないか。そう考えると家康が大好きになりました。最後に官兵衛が美味しいところを持って行くのも堪りません。様々な武将のキャラが立っていて、本当におもしろい作品でした。

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    2026年10月07日
  • 関ヶ原(中)

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    戦いが近づくに連れて様々な武将の事情を知ることができます。この巻で好きな場面は「俠見たけりゃ会津においで 会津若松お発ち飯」のところ。周りに振り回されない上杉の家風、景勝、そして直江兼続がとてもかっこいい。私の推しである豊前の人、黒田官兵衛も出てきます。

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    2026年10月07日
  • 関ヶ原(上)

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    いま、おもいだしている。
    このフレーズから一気に引き込まれます。三成はなぜ人に好かれないのか、家康がどう外堀を埋めていったのか。左近や清正ら周りの武将たちの人となり。秀吉死後に関ヶ原へ向かっていく様子が多角的に書かれていてとてもおもしろいです。

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    2026年10月07日
  • 梟の城

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    昭和34年 初期の司馬遼太郎の作品。司馬遼太郎といえば、綿密な調査を通して、作品中でもメインのストーリー周辺の詳細な情報を提供するスタイルが思い浮かぶが、この作品ではストーリー中心でグイグイと読者を引っ張っていく。司馬遼太郎という作家の力量を感じさせる。ラストの主人公と秀吉との絡みは、特に読み応えがあった。

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    2026年10月03日
  • 義経(上)

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    読みやすい文章ながら難しい言葉も多く、そこも含めて司馬遼太郎らしい読み応えがあった。

    義経がこの先どのように描かれていくのか、そして自分の義経像が下巻でどう変わるのか楽しみにしたい。

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    2026年09月27日
  • 坂の上の雲(一)

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    正岡子規と夏目漱石が同級生で後に共同生活をするとか知らなかった。正岡子規が結核に侵されていたことも短命だったことも恥ずかしながらこの作品で知った。

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    2026年09月26日
  • ロシアについて 北方の原形

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    ロシアについての考えが変わった。
    アメリカ、イギリス、中国などの国を論ずるならロシアを論ずる場合、本書は必読である。
    モンゴルなどの遊牧民によりロシアに大きな政権ができるまでには14-15世紀まで待たなければいけなかった。西欧との大きな違いである。また、そのモンゴル族の統治を受け継いだのが農奴であり、日本の大名などとは全く異なるシステムである。騎馬民族は鉄砲、大砲などの火器により駆逐された。このことがロシア人を大砲好き、現代ではロケット好きにさせた。
    モンゴルは長らく清帝国のもとにあったが、騎馬民族としての強さを失ったところにラマ仏教をいれて、20世紀初めのウランバートルには乞食だらけだった。かつてのモンゴル帝国では考えられない。清はモンゴルを隷属させたが繁栄させなかった。あまりの貧困化に一部のモンゴル人がロシアに泣きついた。ここからがすごい。
    ロシアは、民族の一部が泣きついた場合、そこに干渉しロシア化する。そうしてロシアそのものを膨張をしてきた歴史がある。まさにウクライナでも同様の手口で拡大し戦争が起きている。
    40年前の書籍であるが、ロシアの歴史を知ることで今のロシアを知ることができた。良書である。

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    2026年09月22日
  • 竜馬がゆく(二)

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    竜馬は、藩邸の門を出た。
    空は、雲ひとつない。


    月が雲間から吐き出された。
    風が出ている。
    薄の穂の群れが、銀粉を噴きだすようにそよいだ。

    こういう背景描写が好きだなぁ。

    いよいよ竜馬が脱藩した。家族もなみなみならぬ決心が要っただろう。この本では、伝家の宝刀を渡したのは2番目の姉さんだった。心が動かされる一場面だった。

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    2026年09月26日
  • 城塞(下)

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    ネタバレ

    三巻構成の第三巻目。
    家康の策略により、外堀、内堀を埋められた大坂城は裸城と成った。

    淀殿と、取り巻きの女官、大野修理などの執行部が、
    城塞と成るべき城の堀を自ら埋めてしまうという歴史に類を見ない失態を行った。
    もはや勝機は残されていないなか、真田幸村、毛利勝永、後藤又兵衛らは、死を覚悟し、家康の首一つを狙って数十万の東軍に向かっていく。

    家康の極悪振りは、もはや勝ったも同然の中、秀頼が先陣を切って戦場に現れるのを阻止するため、常高院(淀殿の妹)を通して「降伏をすれば、秀頼を助け、大和一国を与える」というウソを大坂方へ伝えた。
    それを信じた淀殿は秀頼の戦場への出馬を抑えた。
    これを聞いた幸村は「古今の悪人とは駿府翁のことかな」と息子の大助にもらしたとか。
    大坂方の死を決した戦士たちの心をくじくということを遣ってのける家康は、まさに極悪人。

    家康の首一つを求め、家康の本陣を責めた幸村、毛利の軍団は家康の本陣を蹴散らした。
    しかし、圧倒的な人数の東軍は持ち直し、幸村、毛利勝永は戦死した。

    本丸に居た、淀殿、秀頼は敗戦の報を聞いた。
    やがて、東側に内通する者により、台所から火付けをされて大坂城は炎上した。
    淀殿、秀頼と男女三十人ほどが、土蔵の中に身を隠した。
    大野修理は千姫を助け逃した。これにより秀頼、淀殿の助命を画策した。
    家康と秀忠は芝居を打って、助命とも死刑とも宣言することはなく、その場を去った。
    やがて、蔵へ鉄砲と大砲が撃ち込まれ、悲嘆した淀殿、秀頼、付き人三十人は自刃し、大野修理が用意した火薬によって、糠蔵は全て灰となった。
    後に家康は「秀頼も妙なところで果てたものよ」と言ったとか。

    筆者が語る、この大坂夏の陣は、家康の極悪人振りを顕す、格好の題材であったようだ。

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    2026年09月20日
  • 竜馬がゆく(一)

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    夏休みに思い立ってひと月。やっと読めた。
    人の心をよみ、戦術を練る竜馬の芯が描かれていて、ますます読み進めたくなった。
    この一ヶ月交渉ごとにあたることがあったが、これを読み切ってからことにあたればよかったと後悔する。
    交渉は自分ひとりで作戦をたてようというのが、自分の答え。ひとりで熟考しよう。

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    2026年09月20日
  • 豊臣家の人々 新装版

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    秀吉のもっともよかったところで終わるのが、読後感もいい感じ。今話題の勝家の最後に関してもしっくりくる展開。
    小牧長久手は、信雄領というファクターもあったんだという発見もあったし、面白い。用意周到さを持つ秀吉いいなと思わせるものがある

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    2026年09月18日
  • 街道をゆく 5

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    ▼1973年。2026年現在からは53年前。まだ冷戦、ソ連、だった時代。日本人の小説家がモンゴルに行きました。その旅行&思索記。モンゴルは当時、ソ連寄りの社会主義国でした。
     大変に面白かった。国家とはなんだろう、歴史とはなんだろう、というのが一つの主題。
     それは、国家や歴史に翻弄されてきたモンゴルだから、という意味合いも深く。そしてこの頃のモンゴルは、ソ連と切っても切り離せない関係です。
     (その後、ソ連崩壊とともにモンゴルも一応民主化されているそうで。例えば、チンギスハンはこの1973年当時、タブーだった。なぜか。ソ連の歴史においては、とんでもない侵略者だったから。2026年現在は、解禁むしろ郷土の英雄という扱いだそうです)

    ■(本文より)
    大国(複数)の理屈は、庶民レベルでは子供の遊び仲間でも通用しない。ところが国家間の対立の感情や論理は、近代から現代にくだればくだるほど、ときに子供の遊び仲間以下の内容になる場合がある。

    ■(本文より)
    外国に対する国家行為というものはしばしば子供の思案に似る。このことはこんにち、他の国々でもつづいている。

    ■(本文より)
    私は、敗戦のときにソ連が多数の日本人を捕虜にし、シベリアからウクライナ、あるいはモンゴルにいたるまで、広大な地域で奴隷労働をさせたことについて、言いがたい感情をもっている。そのソ連の国家行為をむしろ正当化する言い方はある。反省すべきは日本帝国主義の罪悪のほうではないか、とたとえ言われたところで、私は大人だから、子供のように言いくるめられるわけにはゆかない。連れてゆかれた人が私と同世代のひとびとだっただけに、国家次元の問題よりも、人情としてやりきれない思いを持たざるをえず、国家論抜きのいわば婦女子の情としてである。 当時のソ連は、旧満州でひっからげた日本人捕虜をモンゴルにも配給した。モンゴルだけでその数は一万三千八百四十七人だったという。二カ年の抑留中、そのうちの一割強(千六百八十四人)が死んだ。


    ■(本文より)
    私は日頃、昼風呂に浸って手足を伸ばすような気分でのアナーキーな衝動というのをのべつ感じていて、この気分が奪われることだけは勘弁して貰いたいと思っているが、権力というのは元来、そういう気分を好まないらしい。「米英撃滅」「欲しがりません勝つまでは」などと、念仏かお題目のように、権力が人民に唱えさせていた時代が日本にもあって、なかなか盛大なポスターばやりの時代だった。そういう国家にあっては、敵である米英よりも、内部のアナーキーな気分(人間は大なり小なり、気分的アナーキストなのだが)のほうがむしろ敵だった。むろん、敵である米英にはとても勝てっこない。しかし人民には勝てるという事情もあり、だからこそかさにかかって「米英撃滅」などと軍国政権が、人民という弱敵に斉唱させていたにちがいない。 極端にいえば、権力が標語ポスターを考えたり作ったりする創作意欲というのは、根を洗っていえば、人民こそ敵だと思うときに──逆説だが──はじめておこる(創作意欲が)のではないか。





    ▼当然ながら、思索ばかりではなく(旅行記なので)。司馬さんご一行が、ソ連を経由してモンゴルに行く。ソ連経由以外、行くすべがこの頃はない。旅のトラブルがいろいろ起こる。ウランバートルにつく。モンゴル平原に行く。そこの「パオ」で泊まらせてもらう。そんな体験記が面白おかしく読みやすく。
     そして文章がうまい。
     ただの描写っていうのは、意外と読む側に入らない。だけど、司馬さんは例えば、モンゴル平原の「夜」について、下記のように描く。
     すごい文章力。

    ■(本文より)
    夜は、たとえば夜になった、というようなおだやかな表現で済まされるようなものでなく、夜が物理力のようにひたひたと襲ってきて、この食堂という、心許なげな人間の営みを押しつぶそうというような感じだった。





    ▼歴史のいろいろな見方。
    秦の始皇帝の、「焚書坑儒」がなかったら・・・中国全土が「ひとつの文化」になることはなかったのかも、という論。
    なるほどなあ、と。


    ■(本文より)
    秦ノ始皇帝は、かれにとってくだらない儒書をあつめさせて焼き、かれのためには無用有害の存在である儒者を生きたまま穴埋めにした。そのかわり、雑多な漢字を整理し、文字を統一することに努め、その努力のおかげで、中国大陸のどの地方──燕であれ、趙であれ、楚であれ、呉であれ──にいる漢民族でも、たがいに音がちがいつつも文字さえ見れば意味が通ずるようになった。すべての漢民族を一つの文化にはめこんだ功績というのは大きい。 毛沢東が始皇帝を称揚するのは、ともすれば分裂しがちな漢民族世界を強固に統一してゆこうという政治的意図が多分にあるのであろう。しかし秦ノ始皇帝がもし存在しなければ中国大陸の政治習慣のなかに統一ということがなかったかもしれない、という想像は十分正当性をもっている。「この大陸は、統一しうるものだ」 という気分が、人心のなかにおこった。








    ▼あと、この本は週刊誌連載の「街道をゆく」の一冊なのだけど、この旅に出てきた通訳の「ツベクマさん」(だったと思う)という50代くらい?の女性が大変に魅力的に描かれています。司馬さんが「魅力的だな」と感じたからでしょう。ツベクマさんは、中国、日本、モンゴル、ソ連、という国家間に翻弄された人生の持ち主です。彼女の物語は、「街道」に収まらない熱を司馬さんに与えたようで。後年、「草原の記」という、ツベクマさんについての中編小説を書かれています。そっちの方を実は先に読んでしまっていて、今回順番逆ながら納得した次第。

    ▼「草原の記」は、、、、、国家と戦争というのものが、大きく黒く、ひたひたとせまってきて、人間・家族の営みというそれこそ心許なげなものを物理的に押しつぶしてしまう。そんな息苦しさと大地の風とが印象に残る読書でした。これも、それも、いずれも名作。

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    2026年09月13日