司馬遼太郎のレビュー一覧
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下巻ほとんどのページが対秀吉の小牧長久手戦の描写。この戦い、いつ終わるんだ?関ヶ原の戦いと大坂の陣はいつ始まるんだ?という読者の心配をすっ飛ばして、物語は幕府を開き、徳川家を磐石にし終えた後の晩年の家康へ。そこはすでに発表している「関ヶ原」、「城塞」を読んでね、ということらしい
司馬遼太郎が描く家康像は、頼るべきは自分ひとりという孤高の存在。まさに覇王と呼べる主義・主張・振る舞い。秀吉や他大名はもちろん酒井、石川、本多など徳川の有力家臣団すら、信用はしないが、能力は利用する。ということに徹底している。かかりつけの医師すらも信じず、自分で自分を診断し、薬を調合するほど。
織田信長に命じられ、 -
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ネタバレ1.2巻が陽の気なのに対して、3.4巻は陰が漂っててる。
実のところ信長が常に天下万民のためを思って行動していたことに驚きはした。自分がやっていることが本当に正しいことだと信じてやまなかったんだろうな(信じるも何もなさそうではあるが)。だから光秀が謀反を起こした時もすぐに受け入れたんだろうなと。
光秀は光秀で、前半は義昭と信長の間に挟まれて大変窮屈そうだった。そもそも優しすぎて仲介役に向いてないんだろう。秀吉の方が上手くやれそうだと感じた。
後半は信長に酷使されて心を失っていく姿が見ていて辛かった。こうも大将と性格が合わない中よくここまで登り詰めたものだ...道三も極楽で行く末を見守ってい -
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司馬遼太郎が描く徳川家康。
信長、秀吉の次に登場し、覇者となった家康は忍耐と長寿の人だ。
家康最大のピンチは同盟者、織田信長に武田家への内通を疑われた家康の妻と長男の処分を指示されたとき。しかも、その発端は徳川家の最重要家臣、酒井忠次の裏切りとも言える行動。酒井忠次を排除し、信長へ反旗を翻してもおかしくない場面。が、家康は耐えた。自らの手で妻と長男を処刑し、信長との同盟関係と忠次の従僕関係を維持した。
家康は自らを感情を持つ人ではなく、組織の一機関として客観視することができたのだろう。
その耐えた後に、本能寺の変があり、信長のいない世界へたどり着けたのは家康の長寿のおかげだ。
時代は -
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身長150㎝、猿顔で薄毛、卑賤から生まれた秀吉。内部にある恐ろしいゼロの思想、陽気さ(失うものなどない)に励まされた。
以下に、文中の抜粋を記載します。
・官兵衛、世の中のことは全て陽気にやるのよ。
・人間一生のうち、飛躍を遂げようと思えば生涯に一度だけ、渾身の知恵を絞って悪事をせねばならぬ。悪事を思い切って陽気にやらねばならぬ。
・小早川隆景『この場合、弾丸を送るよりも恩を送る方がはるかに当家百年のためになる。』
・毛利本軍は無傷のまま本国に帰られよ。因幡の国侍どもに対しても一指も触れぬ。それぞれ郷村へ帰り安堵すべし。
・この男は稀代の人好きであった。悪人は悪人として、臆病者は臆病者として -
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終わりに近づくにつれ、読むのがとても怖かった。それは、本能寺の変が起きる事実を知っているから。
斎藤道三から有望視された、織田信長と明智光秀。信長が主で、光秀が従の関係。互いにリスペクトする部分がありながらも、牽制し合っている、何しろ相性がよろしくない2人。
明智光秀について、私はあまりにも知らなすぎでした。
本書の信長像と光秀像は、強烈に印象に残りました。両者のマイナス面、プラス面ともに描かれ、心情の浮き沈みまで伝わるものだったからです。
光秀が戦国時代の人でなければ、どんなに生きやすかったか。
辛い板挟み(将軍家の家来でもあり、織田家の家来でもある)の中で精神状態を保ち、限界までが -
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斎藤道三と義竜(義理の子)の戦いまでにいたる人間模様、壮絶でした。
勝負師としての道三は、確かにスゴイ。しかし、自分の野望のために踏み台にした人々、特に妾の深芳野が不憫でなりません。
道三VS義竜では、怨念がこもった深芳野の魂も、参戦していたのではないかと思います。血の涙を流し耐えていた女性たち、悲しすぎます。
道三の死後は、主要登場人物が明智光秀と織田信長にバトンタッチ。両人とも道三、お墨付きの人物。智力に長けている光秀、破天荒ではあるけれど、地盤のある信長。二人の人物像を比較できたので、理解が深まりました。続く4巻で、どのように2人が絡んでいくか楽しみです。 -
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おもしろすぎる『国盗り物語2』です。
“まむし”と呼ばれるようになった、庄九郎(斎藤道三)。フットワーク良く動きます。「神技のような行動性」と記されていました。女性を手のうちに入れるのも神技級。美濃のトップに立つ野望達成のために手段を選びません。ついに上司である頼芸を追放することに。庄九郎の頭はキレッキレで恐るべしです。そのような一面は、すごいなぁと感心しきりですが、そのかげで泣いている女性もいる。その女性の悲しみを思うと辛いです。
司馬遼太郎さんお得意の余談、炸裂でした。今回の余談の中に、素の司馬遼太郎さんの気持ちが出ていて興味深かったです。
※「しかし四十を越えると、妙なことがある。 -
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主人公は松波庄九郎、後の斎藤道三。この方について、私は知りません。
庄九郎、名前が変わります。
法蓮坊→松波庄九郎→奈良屋庄九郎→山崎屋庄九郎→(再び松波庄九郎)→西村勘九郎→長井新九郎
僧侶から油商人ついには武士へと、名前が変わるごとにキャリアアップしています。庄九郎の恐ろしいほどの執念が、野望の青写真をどんどん現実化。この執念、女性に対しても同様です。目をつけた女性は、必ず自分のものにする。これまで読んだ司馬遼太郎作品とは違い、色恋描写が多かったのでちょっとびっくり。肉食系男子の最たるものでした。当時の女性の立ち位置を考えると、悲しいものがあります。
庄九郎、怖いぐらいに弁が立ちます