司馬遼太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
奉天会戦での戦敗の情報がひろがるたびに、ロシア国内の社会不安は深刻になった。開明家ウィッテ。ロシア国家は、偉大な軍隊で統制する以外に治めようがない国である。
陣地に拠る敵を攻撃する場合、攻撃側は敵より三倍の兵力を必要とするというのが兵学上の常識であった。
⇨小泉悠さんが言ってたことと同じだ。
ウドサァになるための最大の資格は、もっとも有能な配下を抜擢してそれに仕事を自由にやらせ、最後の責任だけは自分がとるということであった。⇨組織にいない場合はどうすれば良いのか?育てる必要はないのか?
ロシアの建国精神は土地略奪である。と小村寿太郎がいったことは、同時に児玉の戦慄でもあり、かれがこの無理な戦いへ踏み切った唯一の動機でもあった。
児玉は返答もせず、長岡の顔を見るなり、火をつけた以上は消さにゃならんぞ。消すことがかんじんというのに、ぼやぼや火を見ちょるちゅうのは馬鹿の証拠じゃないか。
ロシアに内兜を見透かされてはつまらん。ということで、むしろ野戦軍は積極的な姿勢だけはとる、というのが基本方針であった。その第一は、ハルビンを占領する。その姿勢をとらねばロシアは講和には乗らないであろう。第二は、韓国内にロシアの一兵をもとどむべからず。第三は、すみやかに樺太を占領すべし。第一軍の一部を東方へ移動する事によって、ロシアをしてウラジオストックを襲われるのではないかという不安を抱かしめるようにする。
英国というのは情報によって浮上している島国帝国であると言うるであろう。伝統的外交方針として、ヨーロッパを操縦するにあたつて、勢力均衡を原則とした。ヨーロッパにおける一国のみが強大になることをおそれ、その可能性が生まれた場合は、すばやく手をうち、その強国から被害を蒙るべき弱国を影に陽に支援してきた。
ロシアが、東アジアにおいてとどまるところのない侵略主義をとってきたために、英国は自国の東アジア市場を侵されることをおそれ、ロシアに対する抑止力として日本を同盟者にえらんだにすぎない。
理性的判断力に富んだ英国政府の要人たちはべつとして、おおかたの英国人の利害と感情を日本が百パーセント満足させようというなら、やってくる機関車も吹っとぶかわりに、石を抱いて飛び込んだ日本人もこなごなにくだけねばならなかった。その両者の残骸のかなたに、英国人にとっては無限の食欲の対象になるシナ大陸のあぶらみのごとくよこたわっている、という風景画でなければならない。
ルーズベルトは当然なことながら日露戦争についてはアメリカの利害を中心に考えていた。ロシアがアジアにおいて強大になることはアジアにおける勢力均衡がくずれることになる。まず日本によってこれを押さえねばならない。英国のたちばにそっくりである。日本は、道具にすぎない。
日本と日本人は、国際世論のなかではつねに無視されるか、気味悪がられるか、あるいははっきりと嫌悪されるかのどちらかであった。
カシニーの性格、という言葉をルーズベルトはしばしば使っているように、倨傲で頑質な性格をもち、たとえは微笑は微笑を表現せず
逆に憎悪や殺意を表現するといったふうの、表情や言葉からその人物の真実や真意を汲み取りがたい性格の男であった。
ロシアの官吏は、もっともかれらが恐るところのものはその国家の専制者、皇帝、とその側近者であり、かれらはつねに体内的な関心のみを持ち、その専制者の意向や機嫌をそこなうことのみを恐れる。
世界の歴史の中で無数の専制者が出たが、そのわずか二、三人のみが優れた政治業績を残した。あとはことごとく専制のために国家をやぶり身の破滅を来たした悪例の歴史があるが、しかし存在としてはすでに悪である専制者たちは、つねに歴史上数例しかない英雄的な、先例を神聖視することによっておのれの専制を正当化する癖がある。
ルーズベルトは、調停というもののむずかしさをこのときほど感じた事は無かったであろう。さらには日本人の国民性の浅薄な部分と、ロシア帝国を動かす暗黒の一団、宮廷というものの性格を、第三者であるだけに、痛いほど感じたに相違いない。
ロシアは世界で最も濃厚な官僚国家であるくせに、官僚機構そのものは銹び腐ってなんの役にもたたなかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレaudibleで再読。通勤の行き返りを利用して聴読。
耳で聞き、映像を思い浮かべながら楽しんでます。
遊学のため土佐藩を出て、千葉道場で剣術の修行をつみ、北辰一刀流の目録を受けたのは、竜馬が23歳のころ。このころには、身体もたくましく、また剣術も道場内でも屈指の達人と認めらる存在となっていたが、悲しいかな遊学の身、期限というものを守らねばならず、道場の重太郎やさな子と別れを告げ、土佐へと戻る。
竜馬が19歳のころ、品川沖で生の黒船を自分の目で見、竜馬は竜馬で異国への恐怖やスケールのどでかさなどを体感しつつも、世の中の「尊王攘夷」の気風の盛り上がりを肌で感じていただろう。道中をともにした市川宇一郎も長州藩の熱烈な「尊王攘夷」論者だった。
時代の空気が「尊王攘夷」に傾いていると感じつつも、リアルな黒船の存在を目の当たりにした竜馬にとっては、「そうは言っても、そう簡単なものではない」と竜馬特有の大局観で、市川の話を聞いたり、世の動きを自分独自のスタンスで消化していたのではないだろうか。時代の流れに飲まれていなかったのか、あるいはまだ未熟だったのか。
帰路途中、京の街に入ると、「尊王攘夷」熱はさらに殺気立っている。憧れのお田鶴さんとの再会と別れを経て、竜馬は故郷・土佐に戻ってくる。そこで旧友・武市半平太と再会するが、武市は「土佐勤王党」を結成し、「尊王攘夷」まっしぐらだった。
一方、土佐藩には土佐藩主の片腕的存在の吉田東洋という大学者で、「尊王攘夷」とは正反対の「富国強兵・開国」論者がいた。若い武市は、この吉田東洋の暗殺計画を企ててでも、「尊王攘夷」を実現しようと考え、竜馬をも仲間に引き入れたいと思う。
しかし、竜馬はどうも武市のように一途にはなれない。それは、おそらく武市達の思いも理解しつつも、ある意味、吉田東洋の思想の裏側にあるリアリティをも感じていたからではないだろうか。竜馬は、結局、武市よりももう一段高く、この国難への解決策をさぐろうと、命がけの「脱藩」を決意する。
時代の流れを察知しつつも、時代の流れに、安易に流されるのではなく、自身の信じる視点で、自分の信念に生きた竜馬。そのような生き方を貫けるところが、竜馬の偉大なところだ。そして、そのような竜馬の生き方のベースを作り上げたのは、乙女姉さんの存在だろう。竜馬の「脱藩」に、なんともろ手を挙げて賛成する乙女姉さんのスケールのでかさ。乙女姉さんこそが、竜馬のスケールの根源に違いない。
あっ、一人重要な人物のことを書き忘れていた。河田小竜、この人物は、乙女姉さんと同じくらい、竜馬に強い影響を与えた人物として、とても興味深い人物だと思う。
河田小竜についての書籍があるのか、調べてはいないが、あればとても興味深く読めるのではないかと思う。
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Posted by ブクログ
最終巻
ついに最後となってしまいました。
大政奉還が成立、まるで天が「竜馬の役目は終わったから、さっさと空へ帰っておいで」といわんばかりに幕末の動乱を見事に治めたらすぐ、天に帰ってしまった・・・。
「坂本さァ」
と西郷は猪首を竜馬にねじまげた。縁側にいた竜馬は、それに応じて西郷のほうへ上体をまげた。(略)
「この表を拝見すると、当然土州から出る尊兄の名がみあたらんが、どぎゃンしもしたかの」
「わしの名が?」
竜馬はいった。陸奥が竜馬の顔を観察すると、近視の目をひどくほそめている。意外なことをきくといった表情である。
「わしァ、出ませんぜ」
といきなりいった。
「あれは、きらいでな」
なにが、と西郷が問いかけると、竜馬は
「窮屈な役人がさ」といった。
「窮屈な役人にならずに、お前さァは何バしなはる」
「左様さ」
竜馬はやおら身を起こした。このさきが、陸奥が終生わすれえぬせりふになった。
「世界の海援隊でもやりましょうかな」
陸奥がのちのちまで人に語ったところによると、このときの竜馬こそ、西郷よりも二枚も三枚も大人物のように思われた、という。
いやぁ!!格好いい!!
この歳になっても、やっぱ竜馬は恰好いい! -
Posted by ブクログ
久しぶりに大長編を読み終えたという満足感もさることながら、この2~3ヶ月、坂本竜馬という人とずっと一緒にいたような感覚になりながら小説を読み進めていたからこそ「近江屋」の3文字が出てきた時には「ああ…いかないでくれ…」という気持ちになったり、読み終えた時はお別れの寂しさにむせび泣いてしまった。
読み物として面白くする上で脚色があることは承知の上で、坂本竜馬という人の魅力は海のように広い鷹揚さと、かと思えば小さいことで意地を張ったり、背中の体毛を見られるのが恥ずかしかったりといった人間らしいところが同居しているところなんだろうな、と思いました。人として生きるならかくありたい、と思わせてもらえたことも、竜馬がゆくという作品を読み終えて得られたもののひとつだと思ってます。自分の中の価値観がアップデートされる書籍は文句なしに面白い。
学生の頃、世界中の歴史なんか覚えきれるわけがないんだから日本ひとつに絞った方が絶対楽でしょ~、という理由で日本史専攻して学んだ程度の知識しかないので、正直なことを言うと1巻から8巻まで、その当時ならではの表現や名詞が出てきたり、難しい話になるたびに目は滑り続けてました。登場人物が着ている衣装の詳細な描写や幕府や朝廷の役職の話で知らない単語がわんさか出てくるけど、そこで立ち止まってスマホで意味を調べたりすることもせず「多分こういうことだろう」と雰囲気で理解した気になって、竜馬という人物の生き様のみを追い求めるような読み方をしちゃいましたが、それでも楽しめたのは司馬遼太郎先生の筆力なんだろうなぁと。昔読んだ燃えよ剣もすごく面白かったので、他の作品も読んでみようかな。 -
Posted by ブクログ
ロシアは何故負けるのか、専制政治による独裁者の妄想にブレーキを掛けられない仕組みと、軍人が背後に気を遣い勝利よりも政敵の失敗に努力する事が理由とのこと。またロシアは皇帝と貴族が土地と人民を私物にし、ヨーロッパの概念である国民が存在しなかった。先制国家は滅びると世界的常識になっていたそう。日露戦争当時、ポーランド、フィンランドの様にロシア総督を迎えたくなかった日本。ポーランドの農民はどんどん徴兵され、危険な場所にやられ、真っ先に死ぬことを強要された。ロシアは属国に内乱が起こると、他民族を使って征伐させるので、半目しあう。革命の機運が高まっていた中、革命の毒気を抜くためにちょっとした戦争として日露戦争を利用した内務大臣プレーヴェ。ガポンを信じきっていた教育の程度の低いロシア大衆は、血の日曜日事件によって殺された。革命勢力はこれを利用。ロシアは義和団の乱を利用して鎮圧目的で軍を送り南満州を武力占拠した。日本も戦争は際どい綱渡りで、砲弾が常に不足。ここまで読むと、日露戦争に勝てたのはかなりギリギリだった様に見える。
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Posted by ブクログ
読み終えてすごく達成感があります。素晴らしい作品でした。
司馬遼太郎さんが何を願い、如何に苦労してこの作品と向き合ったか。ずっしりと伝わり、深い感動を覚えました。
(文庫版だと筆者の「あとがき」が最後の8巻に全てまとまっていますが、単行本は最初6冊で刊行されてその巻ごとにあとがきがあったようです。なので、文庫版で1巻から読み始める方、途中で8巻のあとがきを読みにいくのも良いと思います!)
最後まで読んで、あぁ、この描写の意図はこういう事だったんだ、と納得する場面も多々ありました。
私が途中で読むのが辛い(戦争で劣勢にあり被害が酷い場面)などと感想を書いたりしていましたが、それこそに大事な意味があるんだと思い知らされました。事実を徹底的に調べ上げ、明らかにし、そこから学ぶべき事を私たちに残してくれました。とにかく一人でも多くの人に読んでほしい。
魂を削ってこの本を書いてくださった司馬遼太郎さんに感謝。