司馬遼太郎のレビュー一覧
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司馬遼太郎が描く徳川家康。
信長、秀吉の次に登場し、覇者となった家康は忍耐と長寿の人だ。
家康最大のピンチは同盟者、織田信長に武田家への内通を疑われた家康の妻と長男の処分を指示されたとき。しかも、その発端は徳川家の最重要家臣、酒井忠次の裏切りとも言える行動。酒井忠次を排除し、信長へ反旗を翻してもおかしくない場面。が、家康は耐えた。自らの手で妻と長男を処刑し、信長との同盟関係と忠次の従僕関係を維持した。
家康は自らを感情を持つ人ではなく、組織の一機関として客観視することができたのだろう。
その耐えた後に、本能寺の変があり、信長のいない世界へたどり着けたのは家康の長寿のおかげだ。
時代は信長政権から秀吉政権へ。そんな新政権に惹き込まれる家康の家臣、石川和正が心情の変化を見せつつ、下巻へ続く。 -
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身長150㎝、猿顔で薄毛、卑賤から生まれた秀吉。内部にある恐ろしいゼロの思想、陽気さ(失うものなどない)に励まされた。
以下に、文中の抜粋を記載します。
・官兵衛、世の中のことは全て陽気にやるのよ。
・人間一生のうち、飛躍を遂げようと思えば生涯に一度だけ、渾身の知恵を絞って悪事をせねばならぬ。悪事を思い切って陽気にやらねばならぬ。
・小早川隆景『この場合、弾丸を送るよりも恩を送る方がはるかに当家百年のためになる。』
・毛利本軍は無傷のまま本国に帰られよ。因幡の国侍どもに対しても一指も触れぬ。それぞれ郷村へ帰り安堵すべし。
・この男は稀代の人好きであった。悪人は悪人として、臆病者は臆病者としてそれぞれのおかし味を愛し、その愛し方は、茶人が唐渡りの薄汚い茶碗を賞味するかのごとく愛し、時にはよだれをしたたらさんばかりの態度をとる。もっともそれは特に婦人の場合であったが。
・猿の最大の美点はあくまでも陽気だったことだ。
・猿は「昔の飢えに戻るよりもましだ。叩かれてようと今の境遇がどれだけいいかわからない。」 -
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終わりに近づくにつれ、読むのがとても怖かった。それは、本能寺の変が起きる事実を知っているから。
斎藤道三から有望視された、織田信長と明智光秀。信長が主で、光秀が従の関係。互いにリスペクトする部分がありながらも、牽制し合っている、何しろ相性がよろしくない2人。
明智光秀について、私はあまりにも知らなすぎでした。
本書の信長像と光秀像は、強烈に印象に残りました。両者のマイナス面、プラス面ともに描かれ、心情の浮き沈みまで伝わるものだったからです。
光秀が戦国時代の人でなければ、どんなに生きやすかったか。
辛い板挟み(将軍家の家来でもあり、織田家の家来でもある)の中で精神状態を保ち、限界までがんばりぬいた明智光秀に、私は『国盗り物語』MVP賞をあげたい気持ちです。(戦国武将たちが聞いたら、“そんなの甘いよー”って言われそうなんですけど。どうしても、あげたい!)
過酷な時代を生き抜く人間の底なしの強さと、抱えきれないほどの悲哀が感じ取れ、読後に言葉を失うほどのインパクトのある作品でした。第四巻は、“織田信長 後編”となっています。しかし司馬遼太郎さんは、明智光秀に心を大きく傾けているように感じました。明智光秀にスポットライトが当てられたこと、画期的であると思います。読むことができて、良かったです。 -
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斎藤道三と義竜(義理の子)の戦いまでにいたる人間模様、壮絶でした。
勝負師としての道三は、確かにスゴイ。しかし、自分の野望のために踏み台にした人々、特に妾の深芳野が不憫でなりません。
道三VS義竜では、怨念がこもった深芳野の魂も、参戦していたのではないかと思います。血の涙を流し耐えていた女性たち、悲しすぎます。
道三の死後は、主要登場人物が明智光秀と織田信長にバトンタッチ。両人とも道三、お墨付きの人物。智力に長けている光秀、破天荒ではあるけれど、地盤のある信長。二人の人物像を比較できたので、理解が深まりました。続く4巻で、どのように2人が絡んでいくか楽しみです。 -
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おもしろすぎる『国盗り物語2』です。
“まむし”と呼ばれるようになった、庄九郎(斎藤道三)。フットワーク良く動きます。「神技のような行動性」と記されていました。女性を手のうちに入れるのも神技級。美濃のトップに立つ野望達成のために手段を選びません。ついに上司である頼芸を追放することに。庄九郎の頭はキレッキレで恐るべしです。そのような一面は、すごいなぁと感心しきりですが、そのかげで泣いている女性もいる。その女性の悲しみを思うと辛いです。
司馬遼太郎さんお得意の余談、炸裂でした。今回の余談の中に、素の司馬遼太郎さんの気持ちが出ていて興味深かったです。
※「しかし四十を越えると、妙なことがある。他人さまを平気できらいになってしまう。他人だけでなく、自分をふくめて、どれもこれも少しずつ峻烈に気に入らなくなってきた。」「どうも四十を越えれば自制心のたががゆるみ、愛憎ともに深くなりまさるものらしい。」(余談より抜粋)
全体を通して、ストーリーの展開がおもしろく、するっと読み終えました。 -
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主人公は松波庄九郎、後の斎藤道三。この方について、私は知りません。
庄九郎、名前が変わります。
法蓮坊→松波庄九郎→奈良屋庄九郎→山崎屋庄九郎→(再び松波庄九郎)→西村勘九郎→長井新九郎
僧侶から油商人ついには武士へと、名前が変わるごとにキャリアアップしています。庄九郎の恐ろしいほどの執念が、野望の青写真をどんどん現実化。この執念、女性に対しても同様です。目をつけた女性は、必ず自分のものにする。これまで読んだ司馬遼太郎作品とは違い、色恋描写が多かったのでちょっとびっくり。肉食系男子の最たるものでした。当時の女性の立ち位置を考えると、悲しいものがあります。
庄九郎、怖いぐらいに弁が立ちます。よく言えば人の気持ちをつかむのが上手い。何事にも抜け目なく完璧かと思いきや・・・・
土岐頼芸の妾であった深芳野のお腹の子が、自分の子であると勘違い?!(いや、腹にいちもつある庄九郎、知らないはずはない)
司馬遼太郎さんの語り口に引き込まれて、あっという間に読み終わりました。
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村田蔵六という人物像を際立たせるかのように、周辺の人物の動きが描かれていました。幕末のことをよく分かっていないので、勉強になります。
朴訥で地味だけれど、自分の信念を曲げず突き進んでいく蔵六。いいなあと思いました。
でも、イネと蔵六の再会の場面では、女心に気づかない蔵六の態度がもどかしかった。
本当は気づいていても、態度で示さないと分からないよー( ̄^ ̄)
蔵六の立場や性格を考えればしょうがなかったのかな、それにしても・・・
イネが病理学の講義を蔵六にした5日間は、2人にとって、生涯忘れえぬキラキラした時間であったと想像します。
桂小五郎の人を見抜く目があったことにより、蔵六は表舞台にたつことができました。後半の幕府との戦いの場面では、蔵六の戦術はあっぱれとしか言いようがなく、拍手を送りたい気持ちです。
下巻で、イネとまた会えるといいなあと期待してしまいます。
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主人公の村田蔵六(のちの大村益次郎)について、この小説を読むまで全く知りませんでした。
緒方洪庵の門生であった村田蔵六。はじめは医者となり、蘭学を教えるは、軍艦をつくることにも携わるは、目まぐるしく変わる人生と、高い能力に驚きました。
上巻で1番心に残ったのは、シーボルトの落とし子イネとの数奇な出逢いと、その後の関係性でした。蔵六はイネに蘭学を教授します。
イネと蔵六の、男女の情愛や師弟愛を超えたもっと深いものを描こうとする司馬遼太郎さんの筆致は秀逸で、胸に迫るものがありました。イネさんの気持ちを思うと、辛すぎました。
蔵六は、吉田松陰の埋葬日に桂小五郎に見出されます。その現場で蔵六は、女刑死人の解剖をしていた・・・・何という人生の巡り合いの不思議。
蔵六は、宇和島藩から長州藩にひっぱられ、福沢諭吉との付き合いもあり・・・・
村田蔵六の今後の活躍が楽しみです。そして、イネさんとの行く末も気になるところです。
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疾風怒濤のごとく戦乱を駆け抜け、自分を信じ続けることができた類いまれな精神。師である吉田松陰への尊敬だけにとどまらず、具現化することができた高杉晋作。
そんな晋作とは真逆な一面(妾の“おうの”とのやりとりや、実母や妻に頭が上がらない)も、4巻では見られました。晋作の、丸ごとの人間性が感じとれました。
本作品を読み始めたときは、名前しか知らなかった吉田松陰や高杉晋作、幕末のドタバタ劇(?)が少しずつ分かってきてとても楽しかったです。歴史に残る事件が小説になっていると、こんなにも面白いのかと思いました。
しかし、晋作が、27年と8ヶ月の生涯を終える最終章を読んでいるときは、感動以外の何もありませんでした。泣けました。そして、松陰の言葉「どの人間の生にも春夏秋冬はある」心に沁みました。
辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」は以前、聞いたことがありました。晋作の一生を垣間見た後で、この句にあらためて接し、そして司馬遼太郎さんが、『世に棲む日日』というタイトルをつけたその心を想像すると、胸に迫るものがありました。