司馬遼太郎のレビュー一覧
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昨年、1年見続けていた「どうする家康」。物語の大サビである「関ヶ原の戦い」が、なんとなくサラッと描かれていて、もう少し深掘りしたく読み始めました。
尾張派(北政所) VS 近江派(茶々) の代理戦争であったこと、滋賀の小さい一大名の石田三成が徳川家康と対等に戦えるまでになったこと、各諸大名にもそれぞれのドラマがあること(真田は生き残るために兄弟でどっちにもついたり)など、興味深いことが多いです。
西軍について敗北した毛利(長州)、島津(薩摩)、長宗我部(土佐)から討幕の動きがあることを考えると、関ヶ原って250年も影響し続けて、ほんとに天下分け目やったんやなと思うとります。 -
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満天の星空の空の下、ゴビに立つパオの中で眠る夜。
地球の自転の音だけが聞こえるようなこのゴビ草原で眠るのは、、
と書かれている。同じパオに泊まったとしても地球の自転の音など思いつかないだろうとと思う。全ページ流石な文章である。
そしてツェベックマさんが登場するシーン、その、機知に富みユーモアとシリアスとモンゴルへの愛を体現する女性、その方との会話やその方を描写するシーンが本作でも素晴らしい。ツェベックマさんのことを読みたくてこの本を選び読んでいる。
時々登場する司馬遼太郎氏の夫人もユーモアあり、本作の旅で同行されている画家の須田さんの存在感がゴビの砂漠やモンゴルの草原に劣らず悠大なのもまた面白い。
ラクダの顔のくだりなどは笑って腹が捩れる。ラクダの顔というより個体差を全て何頭でも覚えるということだが、少し違うけどチベット映画タルロの羊飼いの男を思い出した。
とにかく大陸の砂漠、草原、高原、地形だけではなく人の、歴々と繋がり紡がれてきた人の、力の雄大さよ。 -
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▼大政奉還実現に奔走して、一方で「長崎で海援隊が英国人斬殺の冤罪に問われる事件」があり、新政府の閣僚まで人選交渉し、そして暗殺に倒れます。まさに歴史の花道を駆け抜ける終盤戦。
歴史小説の素晴らしさでありミステリー、「大まかどうなるのか全部分かっているのに、オモシロイ」という見本です。やっぱりそれは、語り口であり、節回しであり、言ってみれば声色なんですね。
▼第1巻から登場する、便利使いの子分「寝待の藤兵衛」というキャラがいて、「エンタメ系司馬作品」にはこのようなキャラが(女性が多いけど)主に序盤だけ出てその後いなくなる(笑)というパターンが多い気がしていましたが、今回の再読で、
「ああっ!8巻でも出てるっ!ちょっとだけどっ!」
というのを発見して、妙に感動。
▼どうやら史実でしょうが、途中でいろいろのひょんなことで竜馬が高知に帰るんです。時世変節、脱藩他の罪科を解かれ、数日だけ、実家に帰ります。十年ぶり?くらいに、父親代わりの長兄、乙女姉さん、などなど家族親戚と再会します。物語はもう8巻だし、維新は目前だし、つまり竜馬は間もなく、あと100ページくらい?で、死ぬことが読者は分かっています。
実家に帰った竜馬は、歓迎されて楽しく過ごします。司馬さんの語り口の中では、たれも政治も国家も論じずに他愛もなく過ごします。竜馬さんも、嬉しい。司馬さんの描く竜馬さんは、姉乙女を筆頭に家族親戚に対して複雑な屈折なく育ってきた、言ってみればボンボンである、と描いていて、そんな竜馬が脱藩して天涯孤立の漂白歳月の中でも、家族親戚への他愛もない手紙を欠かさなかった。
▼手紙は、保存され残っているので、司馬さんは読んでいます。そこから作り上げたであろう<司馬竜馬>を味わってきた身としては、この、「第8巻の里帰り」の下りは、なんだかグッと来てしまいました。
今回、恐らく人生で3度目か4度目の通読で、しかも恐らく10年以上ぶりなんですが、この下りでこれほど胸打たれたことは、今回が初めてです(こういう場面があったこと自体、憶えていなかった)。
こちらが経年変化したってことなんでしょうね。平たく言うと、トシを取ったんで。こういうところで泣けるようになりました(笑)。 -
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▼第6巻に引き続き、第7巻もわくわく山場です。まあつまり、文庫版全8巻で言えば、竜馬さんは5巻までは準備運動だったとも言えます。その5巻までは面白く読ませる「節回し」「語り口」こそが、小説竜馬がゆくの凄みと言えましょう。という訳で、そりゃ面白いに決まっている第7巻。
▼話は「第二次長州征伐で、長州軍(竜馬も参加)に、幕府側は負けてしまった。講和交渉」から始まります。つまり、7巻から、幕府が倒れていく。日本中の大名たちが「えっ…幕府弱くね?こりゃマジで薩長雄藩が天下取っちゃう?幕府の言うこと聞いている意味なくね?」と気づく。この巨大な「ムード」の展開がわくわくします。
▼そして、「いろは丸事件」という、紀州徳川藩の居船と竜馬の船の海上事故の交渉物語を交えながら‥‥。「後藤象二郎登場」→「幕府びいきだとまずいと思った土佐藩が、竜馬に連携をお願いする」→「それに応えて、大政奉還案を竜馬が出す」「船中八策で、倒幕後の国のありかたを示す」というのが中盤~終盤のわくわく。
▼これまでに比べて、竜馬さんが天下の名士になっている。その落差みたいなものも楽しい。ちょっと眩暈がするような、
「思えば遠くに来たもんだ(©中也)感傷」
を味わえるのが、大長編だけが持つ醍醐味。
それにしても中原中也の日本語センスのなんて良いことでしょうねえ。 -
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▼疾風怒濤、涙、涙、の最終巻。
▼高田屋嘉兵衛は、ひょんなことからロシア軍艦に「拉致」されます。なんてひどいこと。ところが、ロシア軍人の側も、別段「悪の権化」なわけではありません。彼らなりの事情と道理があって、拉致った。(そのあたりの事情のために、第5巻めいいっぱい全部使ってますから)
▼嘉兵衛は、全く言葉が通じないのに、なんとなくロシア下士官と、「信頼と友情」を作り上げてしまう。ここンところが理不尽にすごい。
▼ただ、それでもストレスと不信感で大変に疲弊する。やがて、日本に戻れる日が来る。人質の交換が狙いなんだけど(ゴローニン事件)、ここでまた嘉兵衛が大活躍して、
「人質じゃなくて、俺を交渉人にしろ。俺を信用しろ。解放しろ。そしたら俺が、日本に軟禁されているロシア下士官を解放してくる」
という無茶苦茶な交渉を、なんと飲ませてしまう。ここがすごい。
▼そして有限実行、全てを成し遂げてしまう。このあたりは歴史の流れの「幸運」も、もちろんありますが。そして、いろんなことがあった、1年以上にわたった、ロシア人たちとの、別れ。ロシア人たちの「大将!ウラー!」の大合唱。
▼この事件が終わったところで、この小説、晩年の司馬節は、しゅるしゅるしゅる・・・・と融通無碍に終わってしまいます。さささささっと、嘉兵衛の余生。ゴローニン事件から10年以上平和に長生きしたんですが、死の間際に「たいしょう、うらー、とさけんでくれ」と言って亡くなった。
▼これは、分かりますね。その時期の生死ぎりぎりの色々な出来事と、人間関係が、いちばん刻み付けられた愛着のある風景だったんでしょうね。実に芳醇な人間ドラマでした。パチパチ。この枯淡の深みは、司馬さんの小説群の中でも晩期のものにしかない味わい。 -
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▼司馬さんの「語り口」が全て。それが良く分かる巻かも知れません。
▼どうしてかっていうと、「主人公は、ほとんどなにもしないから」ですね。長州の京都での没落とか、土佐藩の武市一派の没落などが、実にドラマチックに描かれますが、竜馬さんは、ぜーんぜん関わってない。
▼そして竜馬さんは脱藩してうろうろしていますが、まあ簡単に言うとなんにもできてない。勝海舟の使いっ走りをしているだけです。
▼だからまあ、列伝というか。もちろんそういう竜馬以外の状況を分かってないと、竜馬さんが幕末史の表舞台、七三花道スポットライトに躍り出たときに、訳が分からないから。それにしても語り口が上手い。ダイジェスト講談版幕末史、ですね。 -
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▼司馬さんの「節回し」が聴かせどころの作品だなあ、と第1巻の感想に書きましたが、節回し絶好調です。
▼幕末物の難しさは、「で、結局なにをしたの?なにがあったの?」というのが難しいんですね(笑)。合戦やって勝ち抜きました、という戦国とは違うんで。「政治」ですから。
▼その上、第2巻の竜馬なんて、要するに「剣道ま無茶苦茶強くて地元のヤンキーの代表っぽくなってあちこちうろうろしてただけ」ですから(笑)。すっごい簡単に言うと、「あちこちで色んな話を聞いて勉強してました」というだけです。
▼それがこんなに面白くなる。省略の妙、18歳くらいで始まったお話がいつのまにか成人して脱藩して歩き出す。
▼それにしても、司馬作品中随一、「主人公の理不尽モテ男ぶり」がすごいというか(笑)。もうほとんどそこだけで言うと「ゴルゴ13」とか本宮ひろしの世界。司馬さんの作品中でもなかなかここまでのものは、無いですね。
(いちばん売れているのはそれが理由かも知れません・・・・) -
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日本史上の劇的な革命であった明治維新を題材とした小説は多いがほとんどが維新側から見た歴史ばかりで、維新側の視線で当初劣勢であった薩長側が、どのように情勢をひっくり返し維新を成立させたかに焦点が当てられていて、いかに幕府側が腰砕けの政権であったかが強調されている。
本小説は、多勢の幕府側がなぜ劣勢の薩長に破れていったのか、そして世界史の中ではほとんど見られない流血を伴わない革命がなぜ成立したのかが、敗軍の将である慶喜側の目線で理路整然と書かれている。慶喜は頭脳明晰という評価がありながら、長州征伐や鳥羽伏見の敗戦、その後の敗戦処理など政治的評価が低くその矛盾を不思議に感じていたが、慶喜がなぜそのように振る舞ったのかが掘り下げられており、幕末期の理解が深まる小説であった。