司馬遼太郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
主人公は松波庄九郎、後の斎藤道三。この方について、私は知りません。
庄九郎、名前が変わります。
法蓮坊→松波庄九郎→奈良屋庄九郎→山崎屋庄九郎→(再び松波庄九郎)→西村勘九郎→長井新九郎
僧侶から油商人ついには武士へと、名前が変わるごとにキャリアアップしています。庄九郎の恐ろしいほどの執念が、野望の青写真をどんどん現実化。この執念、女性に対しても同様です。目をつけた女性は、必ず自分のものにする。これまで読んだ司馬遼太郎作品とは違い、色恋描写が多かったのでちょっとびっくり。肉食系男子の最たるものでした。当時の女性の立ち位置を考えると、悲しいものがあります。
庄九郎、怖いぐらいに弁が立ちます。よく言えば人の気持ちをつかむのが上手い。何事にも抜け目なく完璧かと思いきや・・・・
土岐頼芸の妾であった深芳野のお腹の子が、自分の子であると勘違い?!(いや、腹にいちもつある庄九郎、知らないはずはない)
司馬遼太郎さんの語り口に引き込まれて、あっという間に読み終わりました。
-
Posted by ブクログ
村田蔵六という人物像を際立たせるかのように、周辺の人物の動きが描かれていました。幕末のことをよく分かっていないので、勉強になります。
朴訥で地味だけれど、自分の信念を曲げず突き進んでいく蔵六。いいなあと思いました。
でも、イネと蔵六の再会の場面では、女心に気づかない蔵六の態度がもどかしかった。
本当は気づいていても、態度で示さないと分からないよー( ̄^ ̄)
蔵六の立場や性格を考えればしょうがなかったのかな、それにしても・・・
イネが病理学の講義を蔵六にした5日間は、2人にとって、生涯忘れえぬキラキラした時間であったと想像します。
桂小五郎の人を見抜く目があったことにより、蔵六は表舞台にたつことができました。後半の幕府との戦いの場面では、蔵六の戦術はあっぱれとしか言いようがなく、拍手を送りたい気持ちです。
下巻で、イネとまた会えるといいなあと期待してしまいます。
-
Posted by ブクログ
主人公の村田蔵六(のちの大村益次郎)について、この小説を読むまで全く知りませんでした。
緒方洪庵の門生であった村田蔵六。はじめは医者となり、蘭学を教えるは、軍艦をつくることにも携わるは、目まぐるしく変わる人生と、高い能力に驚きました。
上巻で1番心に残ったのは、シーボルトの落とし子イネとの数奇な出逢いと、その後の関係性でした。蔵六はイネに蘭学を教授します。
イネと蔵六の、男女の情愛や師弟愛を超えたもっと深いものを描こうとする司馬遼太郎さんの筆致は秀逸で、胸に迫るものがありました。イネさんの気持ちを思うと、辛すぎました。
蔵六は、吉田松陰の埋葬日に桂小五郎に見出されます。その現場で蔵六は、女刑死人の解剖をしていた・・・・何という人生の巡り合いの不思議。
蔵六は、宇和島藩から長州藩にひっぱられ、福沢諭吉との付き合いもあり・・・・
村田蔵六の今後の活躍が楽しみです。そして、イネさんとの行く末も気になるところです。
-
Posted by ブクログ
疾風怒濤のごとく戦乱を駆け抜け、自分を信じ続けることができた類いまれな精神。師である吉田松陰への尊敬だけにとどまらず、具現化することができた高杉晋作。
そんな晋作とは真逆な一面(妾の“おうの”とのやりとりや、実母や妻に頭が上がらない)も、4巻では見られました。晋作の、丸ごとの人間性が感じとれました。
本作品を読み始めたときは、名前しか知らなかった吉田松陰や高杉晋作、幕末のドタバタ劇(?)が少しずつ分かってきてとても楽しかったです。歴史に残る事件が小説になっていると、こんなにも面白いのかと思いました。
しかし、晋作が、27年と8ヶ月の生涯を終える最終章を読んでいるときは、感動以外の何もありませんでした。泣けました。そして、松陰の言葉「どの人間の生にも春夏秋冬はある」心に沁みました。
辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」は以前、聞いたことがありました。晋作の一生を垣間見た後で、この句にあらためて接し、そして司馬遼太郎さんが、『世に棲む日日』というタイトルをつけたその心を想像すると、胸に迫るものがありました。 -
Posted by ブクログ
過激な戦略論を持ち、即実行に移す高杉晋作。吉田松陰の遺志を受け継ぎながらも、師を大きく乗り越えていく、すごみがあります。
長州藩の内部状況が、めまぐるしく変化する記述を読んでいると、自分もその中に身を置いているような切迫した気分になりました。
蛤御門の変、四カ国連合艦隊の来襲時、晋作は獄中にいたという事実。長州、薩摩、会津藩の関係性等、小説を読むことで少しずつ理解出来てきたこと嬉しかったです。
晋作は、ちょっとやそっとでへこたれない人であり恐ろしいほどタフ。時勢の波にひょいひょい乗って駆け抜けています。実は時勢の波が、晋作を迎えにいっているのかも知れない。 -
Posted by ブクログ
松下村塾の存続期間が3年だけとういうこと、そのうち高杉晋作がいた期間はたった1年であること、驚きでした。
獄中の松陰と晋作の書簡でのやりとりに、師弟の強い結びつきを感じました。
松陰が死罪になった後の描写が圧巻でした。
「この日、江戸はみごとな晴天で、富士がよくみえた」
どんな苦難も明るく乗り越えていく強靭な強さを持った、松陰の生前の姿を彷彿とさせる一文であると思いました。
主人公は、松陰から晋作へバトンタッチです。
晋作が、自分の生き方に悩んでいるときの胸の内を記したフレーズ
「真の強者の道は自分の天命を知り、みずからの運命に満足することであるかもしれない」
心に響きました。
熱血漢の晋作が、3巻以降どのように行動していくか楽しみです。 -
Posted by ブクログ
・時代が必要とした人物
・受動的 革命家
・聖(ひじり)
が早雲に対する印象である。
出自が不明であり、司馬遼太郎の空想も含まれるが、神格的印象が強い。
社会制度が形骸化した時代だからこそ、早雲のような人材を歴史が求めたと言える。
武家貴族が衰退し、足利家を含め上級武家が私闘に明け暮れる中、生産能力の向上により力を持った農民階級が現場を熟知した衆導者を求めた理想像に早雲があると感じた。
滅私の傾向が非常に顕著な人物。
時代が100年早ければ、おそらく馬の鞍作りとして生涯を終えていたと思われる。
・(敵に対して)村を焼き払うな。こちらも焼かぬ。
・(関東管領 扇谷上杉に対して)早雲は憤りもせず、かといって自分の功を取り立てて言うつもりもなかった。
なんて言動が好きだ。
これからの自分の行動の道標としたい。 -
Posted by ブクログ
全4巻中、1巻は吉田松蔭(吉田寅次郎)が主人公。
松陰は、5歳から骨の髄まで染み渡る教育を施されており、9歳のときには講義をするまでになっていたこと、恐るべしでした。
松陰さん、国防のことを考えながら日本全国を、てくてく歩きます。
日本史の資料集で見た松陰さんは、キツネ目でちょっと気難しそう。その印象は読み進めるにつれ変わりました。師である佐久間象山に、堂々と自説を力説するところ、かっこいいです。
フットワークのいい松陰さん、先見の明があり生真面目な信念の人、うぶで可愛い面もプラスされて描かれ、ファンになりそうです。
1巻の最後で、金子重之助さんと出会い、意気投合してすぐ弟子にします。今後の展開が楽しみです。
以下、印象的な言葉の覚え書き
①「大器をつくるにはいそぐべからざること」「速成では大きな人物はできない。大器は晩く成る」←松陰の生涯の持説
②学問ばかりやっているのは腐れ儒者であり、もしくは専門馬鹿、または役たたずの物知りに過ぎず、おのれを天下に役立てようとする者は、よろしく世間に出てなまの現実をみなければならない。
③地理的環境をくわしくみれば、そこに住む人間集団の大体がわかる。
④「人生において大事をなさんとする者は、和気がなければなりませぬ。温然たること、婦人、好女のごとし」←松陰の好きな言葉
※婦人、好女にようにおだやかな人柄をもつことにおいて、はじめて気魄を養うことができる。 -
Posted by ブクログ
全巻読み終えるのにかなり時間を要してしまった。
改めてこの本を通じ、私個人の維新後や政府の成り立ちについて深く理解が進んだ。
また主題である西郷隆盛について、これまでイメージとして持っていた偉人というぼんやりしたものから周辺の人間関係や思想などをもとに解像度が上がった。ただ著者が記しているようにどこまでいっても西郷隆盛の虚像であり、空を掴むような感覚はあった。
その点、大久保利通や川路らを理解することが結果として西郷隆盛やその時代の空気感を理解させてくれたと感じる。
まだ若い私が読んでも感じ得る部分は限られているのであると思うため、改めてどこかで読み直したいと思った。 -
Posted by ブクログ
▼割と近畿です。
【洛北諸道】要するに京都の北らへんです。
【郡上・白川街道と越中諸道】京都から富山にかけてのあたりです。
【丹波篠山街道】つまり兵庫の北部あたりです
【堺・紀州街道】大阪府から和歌山県です
【北国街道とその脇街道】滋賀県から福井県あたりです。
▼だからなのか、天皇さんについての話が多かった印象。
・南北朝正統論。南朝が正統である、と、決めた明治帝は北朝の子孫。その裏話。
・南北朝から応仁の乱、天皇家の貧しさ、困窮。一方で「足軽」という新しい勢力の台頭。
(このあたりは、正規雇用というシステム?が壊れつつある2020年代にも通じるのかもなあとも思いました)
・古代。継体天皇とはなにものだったのか。朝鮮との関係を踏まえての考察。
などなど、どれもわくわくするお話でした。
(って・・・・歴史、司馬遼太郎、みたいなことに興味が無い方からすれば、「それでいったいどうしてわくわくできるの?」という感じでしょうが・・・・) -
Posted by ブクログ
現在の国際情勢にもつながるロシアという国の原型を学ぶことができました。ロシア社会の始まりが、十三世紀のはじめのチンギス・カンの襲撃などの外敵におびえざるをえない状況からはじまっているとう解釈は、なるほどと思いましたし、非常に面白かったです。今回、あらためてですが、遊牧民の強さ(と残虐さ)を再認識できました。そして、なぜ彼らが強かったのかの知見も深まりました。元寇でモンゴル(南宋)の襲撃を防いだ鎌倉武士団は、本当に強かったと思います。ただ、冷静に考えて、日本が島国であったことも撃退できた大きな要因だったんだなと思いました。もし、日本が陸続きで、主戦力がモンゴルの騎馬部隊だったとして、どちらの弓が遠くに飛んで、そして、技術を含めてどちらの弓が強かったのか、とても興味があります。日本とロシアの外交の始まりが、シベリアにおける飢えと渇えからおこっているというのは初めて知りました。ロシアは、日本に開国してほしかったのだと思いますが、ペリー(アメリカ)のように乱暴な手段やハッタリを使わなかったのは好感がもてました。あと、ロシア人の毛皮に対する情熱というか執着には、ちょっと笑いました。ある意味、命をかけて毛皮をとりにいくそのモチベーションは、やはり寒冷な土地に住んでいるからこそでしょか。現在も日本とロシアは国境を接していますし、領土問題もかかえています。今回、この書籍を読んで、やはりあまり過激な行動をするのは得策ではないと思いました。それは決して、弱腰ということではなく、相手を怯えさせないようにする、これは武士道精神にも通ずる姿勢ではないかと思いました。
-
Posted by ブクログ
本能寺の変で、信長という重しを取っ払い、身軽となった秀吉は知略、軍略をフル回転。織田政権内での上位の者たち、明智光秀、滝川一益、丹羽長秀、柴田勝家といった面々を次々と追い抜いていく様は、高い木を駆け上る猿のようだ。
そして、そのテッペンには徳川家康。秀吉の駆け上がるスピードはやや滞るも、それも一瞬。小牧・長久手の戦いで家康に負かされたはずの秀吉だが、いつの間にか、家康に頭を下げさせてしまう。
天下統一へ突き進む秀吉のさえ渡る才能の爆発。
が、晩年の秀吉はその才能を枯らしてしまい、老いに悩まされる。という史実を作者は描きたくなかったのだろう。家康を配下に組み入れたところで、太閤記は結末。