司馬遼太郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
合理性を追い求めた米露に対して、偏ったこだわり(見た目の美しさ、ディーゼルエンジン)で戦えない戦車を作らせた旧陸軍。
目的の達成のための理性的な判断よりも思想的・抽象的な考え方を好んだ軍司令部。
それらは今の社会にも連綿と受け継がれているという気がする。
無駄な資料、無駄な会議、狭いこだわり、属人化した仕事。
けれど一方で、合理性を追い求めるだけでは物足りないのもまた事実。目的を達成するための合理的判断と、付加価値としてのこだわりや理想の境を明確にし、本当に捨てられないもの(それは魂に通ずるかもしれない)の立場を明確にすることこそ必要なのではないか。
戦時中、軍の無茶な作戦に不満を漏らす者はいなかったという。それを絶望というよりは諦観だったと司馬遼太郎は振り返っている。
諦観。私が何をしてもこの人は変わらない、この組織は変わらない、この国は変わらない。そうして口を噤むのは、身に覚えがあった。
2023/06/15 戦車の話より
-
Posted by ブクログ
「翔ぶが如く」第1巻は、明治維新を詳細に描いた全10巻シリーズです。この第1巻では、川路と桐野、西郷隆盛の偉大さとその離反の理由、征韓論、島津久光、薩摩隼人等がテーマとなっています。
まず、川路と桐野の対立が描かれています。謹厳実直な川路と豪放磊落な桐野の対照的な性格が興味深く、彼らの行動は相手との間合いを保つことで偶発的な戦闘を避ける姿勢を学ばせてくれます。
次に、西郷隆盛の偉大さとその離反の理由についてです。西郷は部下や敵対した藩に対しても尊大な態度を取らず、その謙虚さから庄内藩に西郷遺訓が残りました。しかし、黒田や川路はヨーロッパを見た後、西郷の魅力が薄れたと感じました。新政府の腐敗に失望した西郷の生活ぶりは川路に不安を抱かせましたが、その言動は「命もいらず名もいらず名誉も金もいらぬ人は始末に困るものである」として名を残しました。
征韓論は、西郷が革命の成功による不要なエネルギーを没落した階級への憐憫に向け、外征を通じて救おうとしたと理解されます。朝鮮に攻め込むのではなく、まず大使として東アジア共栄のために話し合おうという意気込みでした。ただ、島津斉彬は、日本の危機を防ぐためには機先を制して支那に兵を送るべきだと考えたことは残念です。これを西郷が信奉していたとは思えません。
島津久光に関しては、西郷と大久保を反逆者として許せず、彼らが島津家を騙したと非難しました。しかし、圧倒的に人気がある西郷を逆臣扱いにした久光の評価は斉彬ほど高くありません。
薩摩隼人については、敏捷性と武士の意味を持ち、今でも鹿児島県人の優しさとして少しは受け継がれています。
最後に、著者の広範な歴史知識がこの作品に深みを与えています。明治維新を好意的に描写し、その後の日本の手本となったことが感じられます。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ著者が「坂の上の雲」を書き始めていたころ、「大阪の料理屋にこの作品に登場するひとびと(正岡子規・秋山好古・真之)のお子さんたち(と言っても54歳~72歳)に集まってもらった。このことは取材というものではなく私としてはかぼそいながらも儀礼のつもりでいた。見も知らない人間が自分の父について書くというのは、気味悪さがあるだろうと思い、せめて作者の顔を知っておいてもらいたいと思ったのである」
その後、そのメンバーのうちの正岡律(子規の妹)の養子となった正岡忠三郎氏夫妻と、彼の旧制二高時代の親友であった「タカジ」(詩人:ぬやまひろし=本名:西沢隆二)らとの交友を描く物語である。
恐らくこの本を読んだ人の感想は、真っ二つに分かれると思う。
一つは、世間では名も知らぬ人のことを、グダグダと書くだけのつまらない話として。他はこのように世に埋もれた人を取り上げた著者の感性に唸り、これぞ司馬遼太郎と、評価する人とに分かれるではないだろうか。
正岡忠三郎は、文学者の素養があるにも関わらず、「子規の跡継ぎ」が、下手な文章や詩歌で恥をかくことは避けたいという信念から、京都大学では経済学部に進み、実直なサラリーマンとしての人生をおくる。
もう一人の主人公である「タカジ」こと、詩人のぬやまひろし(本名:西沢隆二)は、旧制仙台二高を中退し、非合法の共産主義にのめり込んだ。
彼は、敗戦後に釈放されるまでの12年間獄中で、非転向を貫いたことで英雄視され、その後共産党幹部になるが、のちに危険思想視され共産党を除名される。
司馬は、西沢と接触するうちに、党派主義とは無縁な人間性に惹かれてゆく。
西沢はマルクス主義以上に「個人の解放」をめざし、長幼の序列はそれを妨げると考え、姓抜きで名を呼び合う関係を理想とし、子や孫まで自分(西沢隆二)を「タカジ」と呼ばせた。
戦前の投獄された時に、子規に目覚め、その後の高度成長期にも革命を追い求める生涯は、我々の常識を大きくはみ出している。
そのような「タカジ」に敬意を持って対話を続けた司馬遼太郎という人間の包容力の大きさを痛切に感じた。
またある批評家は、司馬は「保守」と思われているが、この本を読めば、そのような党派主義に捉われないリベラルな思想家であるのが分かるとも言っている。 -
Posted by ブクログ
誰よりも早く洋式を取り入れた継之助。
一方、志や思考・思想は誰よりも武士だった継之助。特にこの下巻ではその色が濃くなる。
継之助は完璧主義でもなければ適当主義でもない人なのだろうと思う。あえていうなら最適主義といった人物。
複数の方が書いているが、幕末や明治維新の時代、学校の勉強ベースや歴史の書籍ベースだと、殆どといってよいほど、倒幕側の目線、あるいは幕府側の目線で書かれている。それがこの『峠』では長岡がとった『中立の立場』として描かれており、同じ時代でも全く違った世界を知ることが出来る。
峠の主人公である河合継之助、同じ時代を生きた坂本竜馬、うつけと言われた信長、皆若い頃は総じて周囲から『変わり者』と思われる人間だったと思う。つまり天才とはそういう者だ! -
Posted by ブクログ
全8巻を読み終わっての感想
竜馬の凄いところは、この時代にあって世界という大局観を持っていたことに尽きると思う。まだこの本を読まず、何となく坂本龍馬のことを知っていた時は「薩長同盟の立役者」「北辰一刀流の達人」「昔はアホだった」位の認識しかなかった。もちろん小説だということを認識した上で、英仏が日本を狙ってることを認知し、幕府の体制は既に腐敗し限界だったことを説き、尊皇攘夷でも佐幕でもなく近代化への絵図を諸藩の英雄に認めさせ、仲間を増やして討幕に至る。この流れが非常にスリリングであった。竜馬には多くの人生の師匠が登場する。乙女姉さんを始め、千葉貞吉、勝海舟、松平春獄などなど。特に勝海舟から受けた影響が最も強く出た小説だと言えるだろう。竜馬は最も自由であり、彼ら師匠の影響を受けて自分というものを作り上げていった。
史実とは異なる部分も多いのだろうから、史実から見た坂本龍馬を勉強してみたいと強く思った。 -
Posted by ブクログ
天によって登場させられた人物
馴染みのない単語や厄介な言葉の羅列しかない今作だが、これほどまでに面白さがあるのは、やはり司馬遼太郎その人のおかげである。
徳川慶喜を歴史の授業で習ったのは小学生の頃。当時は坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟の物語に魅せられ、徳川慶喜など敗者くらいにしか考えていなかった。
しかし、今作を読んで別の一面があると思った。
それは"宮廷史劇"ぽいところである。
このやりすぎなくらいの物語が現実で実際に起き、他の人物と照合しても辻褄の合う面白さに興奮を隠せない。
理解者のいない苦悩とそれをものともしない胆力。
羨ましくもあり悲しい慶喜の人生に初めて魅せられた。