国盗り物語(四)
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国盗り物語(四)

小説・文芸
1,210円 (税込)

6pt

すさまじい進撃を続けた織田信長は上洛を遂げ、将軍に足利義昭を擁立して、天下布武の理想を実行に移し始めた。しかし信長とその重臣明智光秀との間には越えられぬ深い溝が生じていた。外向する激情と内向し鬱結する繊細な感受性──共に斎藤道三の愛顧を受け、互いの資質を重んじつつも相容れぬ二つの強烈な個性を現代的な感覚で描き、「本能寺の変」の真因をそこに捉えた完結編。

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国盗り物語 の一覧

1~4巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~4件目 / 4件
  • 国盗り物語(一)
    1,045円 (税込)
    世は戦国の初頭。松波庄九郎は妙覚寺で「知恵第一の法蓮房」と呼ばれたが、発心して還俗した。京の油商奈良屋の莫大な身代を乗っ取り、精力的かつ緻密な踏査によって、美濃ノ国を〈国盗り〉の拠点と定めた! 戦国の革命児斎藤道三が、一介の牢人から美濃国守土岐頼芸の腹心として寵遇されるまでの若き日の策謀と活躍を、独自の史観と人間洞察によって描いた壮大な歴史物語の緒編。
  • 国盗り物語(二)
    990円 (税込)
    気運(しお)が来るまで気長く待ちつつ準備する者が智者。気運が来るや、それをつかんでひと息に駆けあがる者が英雄。──それが庄九郎の信念であった。そして庄九郎こそ、智者であり英雄だった。内紛と侵略に明け暮れる美濃ノ国には英雄の出現を翹望(ぎょうぼう)する気運が満ちていた。“蝮(まむし)”の異名にふさわしく、周到に執拗に自らの勢力を拡大し、ついに美濃の太守となった斎藤道三の生涯。
  • 国盗り物語(三)
    1,045円 (税込)
    美濃を征服した斎藤道三は義理の子義竜の反乱に倒れたが、自らの天下統一の夢を女婿織田信長に託していた。今川義元を奇襲して鋭鋒を示した信長は、義父道三の仇を打つべく、賢臣木下藤吉郎、竹中半兵衛の智略を得て美濃を攻略した。上洛を志す信長はさらに畿内制覇の準備工作を進めてゆく……。信長の革命的戦術と人間操縦、その強烈な野性を、智将明智光秀を配して描く怒濤編。
  • 国盗り物語(四)
    1,210円 (税込)
    すさまじい進撃を続けた織田信長は上洛を遂げ、将軍に足利義昭を擁立して、天下布武の理想を実行に移し始めた。しかし信長とその重臣明智光秀との間には越えられぬ深い溝が生じていた。外向する激情と内向し鬱結する繊細な感受性──共に斎藤道三の愛顧を受け、互いの資質を重んじつつも相容れぬ二つの強烈な個性を現代的な感覚で描き、「本能寺の変」の真因をそこに捉えた完結編。

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国盗り物語(四) のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    終わりに近づくにつれ、読むのがとても怖かった。それは、本能寺の変が起きる事実を知っているから。

    斎藤道三から有望視された、織田信長と明智光秀。信長が主で、光秀が従の関係。互いにリスペクトする部分がありながらも、牽制し合っている、何しろ相性がよろしくない2人。

    明智光秀について、私はあまりにも知らなすぎでした。

    本書の信長像と光秀像は、強烈に印象に残りました。両者のマイナス面、プラス面ともに描かれ、心情の浮き沈みまで伝わるものだったからです。
    光秀が戦国時代の人でなければ、どんなに生きやすかったか。

    辛い板挟み(将軍家の家来でもあり、織田家の家来でもある)の中で精神状態を保ち、限界までがんばりぬいた明智光秀に、私は『国盗り物語』MVP賞をあげたい気持ちです。(戦国武将たちが聞いたら、“そんなの甘いよー”って言われそうなんですけど。どうしても、あげたい!)

    過酷な時代を生き抜く人間の底なしの強さと、抱えきれないほどの悲哀が感じ取れ、読後に言葉を失うほどのインパクトのある作品でした。第四巻は、“織田信長 後編”となっています。しかし司馬遼太郎さんは、明智光秀に心を大きく傾けているように感じました。明智光秀にスポットライトが当てられたこと、画期的であると思います。読むことができて、良かったです。

    0
    2025年08月23日

    Posted by ブクログ

    斎藤道三の"国盗り"に賭けた人生から、"本能寺の変"の真相を筆者独自の新たな視点から考察した作品。
    "美濃の蝮"と通称され悪人として名高い斎藤道三の、目的の為には手段を選ばない戦略が、非道にも見えたことは確かだけれど、個人的には彼の効率的かつ合理的な生き方に好感を抱いた。人と同じことをしただけでは、人と同じ結果までしか得られないものだと感じた。
    そして道三の相弟子である織田信長と明智光秀の、それぞれが師から受け継いだものや、彼との関係の上で与えられた境遇が、どのように影響して"本能寺の変"に至ったのか、単なる史実ではなく、そこに彼らの感情や葛藤など、生々しい人間の姿を鮮明に描きながらその真相に迫る、非常に読み応えのある作品だった。

    0
    2024年06月17日

    Posted by ブクログ

    光秀と信長の関係性の中で、信長が上洛し、本能寺の変まで到達する。彼らの人となりの描写の豊かさはさすがで、時代の激動さも相まって、ほとんど一気に読んでしまった。基本的に光秀の視点で話が書かれているので、光秀が本能寺に向けて出立を決意する辺りの覚悟はかなり来るものがある。この後の秀吉への展開もぜひ読みたい。

    0
    2024年02月23日

    Posted by ブクログ

    明智光秀の不器用さ、織田信長のパワハラ上司っぷり、自分に重ねて泣ける。
    もっと楽しくラクに生きられなかったのか。
    その性格、その時に置かれた状況、最良の方向を各々が進み、それらが偶然に重なり合った結果が人生であり歴史になるのかな。

    0
    2021年10月14日

    Posted by ブクログ

    3巻と4巻は信長の物語。しかし、半分以上は明智光秀の視点が描かれています。斎藤道三の弟子ともいえる二人の天才が主従関係となり、天下統一に向けて才能を発揮するのですが、同じ天才同士ながら、古い秩序や慣習を徹底して破壊する合理主義者の信長と、文化や伝統を重んじる光秀とは、水と油。信長は光秀を重用しながらも、一方で、キザで面倒な奴と感じています。光秀もまた、信長の凄さを頭では理解しつつも、肌が合わないことを実感し、やがてその鬱屈した思いが本能寺へとつながります。

    4巻に渡る大長編。道三、信長、光秀を中心として、細川藤孝、秀吉、家康、信玄、謙信と、戦国時代のそうそうたるスターが活躍する一大絵巻。司馬遼太郎の作品の中でも、やはり傑作中の傑作だと思います。

    0
    2021年02月28日

    Posted by ブクログ

    織田信長と明智光秀の両者の人間像の洞察が、客観的、時に批判的によく分析されている。このあたりがジャーナリストであった作者のニュートラルな視点の賜物と思う(作者が織田信長にも明智光秀にもあまり惚れ込んでいないということもあるのかも知れないが)。「この男、ふだんはこうこうこういう男なのだが、どうやらこういう一面も持ち合わせているようだ」というような、突き放した物言いはシンプルだが、これこそ理屈では説明しがたい人間の矛盾した人格の表現にはうってつけな表現なのだろう。史料などから読み解き、どうにも辻褄があわない、理屈にあわないその人物の行為を強引に解釈するのではなく「よくわからない」と書くことで、本来の矛盾の多い人間らしい姿が描けているところが司馬文学の凄いところだ。それでなくては本能寺の変を起こすにいたるまでの、理屈ではどうにも説明のしようがない光秀の行動原理は描写できなかっただろう。光秀の精神が衰弱していく終盤の心理描写は圧巻。

    0
    2020年07月26日

    Posted by ブクログ

    斎藤道三からの国盗りの流れを、信長と明智光秀が引き継いでいる。特に、光秀がクローズアップされて描かれており、信長の傘下に入り重要な武将まで階段を上がっていく過程での心情変化の模写が素晴らしい。また、保守的な光秀を通して、信長の革新性も再認識することができる。徳川家康と細川幽斎の振る舞いも面白い。司馬遼太郎の本は満足度が高い。

    0
    2020年10月26日

    Posted by ブクログ

    全4巻、戦国時代の斎藤道三、織田信長と明智光秀を描いた著名な歴史小説。

    国民的作家司馬遼太郎の代表作の一つ。全4 巻を再読完了。

    前回20年ぐらい前に読んだ時は斎藤道三のあまりのスーパーマンぶりに辟易したが、歴史でなく「小説」として読めばこれ以上ないぐらい楽しく読むことができた。竜馬だって土方歳三だって誤解する人が多いが史実を基に司馬が造形したキャラクターである。

    第3巻と4巻は織田信長編とはいえ、実際の所明智光秀から見た織田信長。天才の傍にいる一般人視点は映画「アマデウス」のようで分かりやすい。光秀の謀反の動機、過程も理解できる気がする。

    司馬遼太郎作品の中でも何より舞台が戦国時代、そこに人気の秘訣があるのだろう。ただ中年になってちょっと深い読みができるようになった自分。それだけ苦労してきたということだろうか。

    0
    2020年05月11日

    Posted by ブクログ

    室町幕府十三代将軍・足利義輝が松永久秀に弑せられた時、明智光秀は「ここが運命の転機」と、奈良一乗院門跡覚慶(十二代将軍・義晴の子)を計略と命懸けの武勇で包囲から救出した!のちに信長はこれを擁して上洛し室町幕府最後の将軍・義昭とした。ところが義昭は、なまじ馬鹿でないだけに「信長を打倒し、自前の幕府を持ちたい」との野望を抱き、諸大名に連絡をとり、両者に仕える光秀を困惑させた …。光秀が旧主を見限るとき「ものに驚く能力」を失なったと見たのが興味深い。対称的に信長は早くから『天下布武』の印を使い、気宇壮大を見せた。

    0
    2026年05月16日

    Posted by ブクログ

    【感想】
    ついに最終巻。信長というよりそれに仕える光秀にスポットライトが当てられて物語は進んでいく。
    「うつけ」と呼ばれ、この本を読むまではいかにも感情的で粗暴なイメージもある信長だったが、イメージとはかけ離れた印象を持った。
    天才、とも少し違うと思う。
    徹底的なまでに現実的で、合理的なものの考え方をしているんだなと思った。
    突飛な戦略の数々も、比叡山の焼討も、その時代であったから突飛で非常識な事だったのだろうが、合理主義の視点で考えると信長はそれに沿って進めていただけにすぎない。
    (まあそれがスゴイのだが・・・)
    また、光秀の苦悩と葛藤、信長に対するコンプレックスから「本能寺の変」が起きたのを思うと、正直光秀の器の小ささを感じざるを得ないなとも思った。

    大きな視点で見て、信長も光秀も大きくトガっていてそこが原因で間違っていたのだろう。
    結局、秀吉や幽斎のように世渡り上手な人間が生き残る・・・それが世の常なのかもしれないと思った。

    余談だが、「心頭を滅却すれば火も亦(また)涼し」という言葉が信長の被害者による辞世の句という事は初めて知った。


    【あらすじ】
    すさまじい進撃を続けた織田信長は上洛を遂げ、将軍に足利義昭を擁立して、天下布武の理想を実行に移し始めた。
    しかし信長とその重臣明智光秀との間には越えられぬ深い溝が生じていた。
    外向する激情と内向し鬱結する繊細な感受性―共に斉藤道三の愛顧を受け、互いの資質を重んじつつも相容れぬ二つの強烈な個性を現代的な感覚で描き、「本能寺の変」の真因をそこに捉えた完結編。


    【引用】
    p23
    光秀が、親族でもある安藤伊賀守を訪ねた際、信長からの待遇に不満のある旨を聞いた。
    稲葉城を去り尾張に戻った信長を「臆病」と罵る安藤に対して。

    (いや、その臆病が怖い。)
    光秀は逆の感想を持った。
    (性格からすれば信長は軍をやること電光石火で、何事につけ激しい男だ。しかし、その面だけではない。
    美濃攻めの事前工作についても自重に自重をかさね、十分すぎるほどの裏工作をしてから城下に入っている。
    しかも短兵急に力攻めすることなく、城下町に放火して丸裸にし、城外を柵でかこって持久体制を取り、あたかも熟柿が枝から落ちるかごとく自然に落とした。
    いわば臆病すぎるほどの理詰めの攻略法である。)

    光秀にとって意外であった。
    桶狭間で冒険的成功をおさめた信長は、それに味を占めず、逆に冒険とばくちのひどく嫌いな男になった。


    p83
    光秀は暗鬱な表情でいった。
    「わしは信長がきらいだ。つねに織田家を避けて今日まできたのは、かの信長とは肌合いがあわぬからだ。」

    「弥平次、いま信長こそ名将と申したな。しかしこの光秀から見れば、どうみても大した人物のように思えぬ。いまここにこの光秀に三千の兵があれば、信長などおそるるに足らぬ。」


    p147
    「織田家に仕えてみてやっとわかったことだが、あの信長というのはどうやら常人ではない。」
    「すべてが本気だ、ということだ。こういう仁も珍しい」
    光秀のいう「本気」というのは、目的に向かって無我夢中という意味らしい。

    ケイ烈な目的意識をもった男で、自分のもつあらゆるものをその目的のために集中する、つまり「つねに本気でいる」男だ。


    p174
    信長は、天兵の舞い降りるような唐突さで京にのぼり、軍政を布いた。
    凄まじい行動力である。しかも、粗豪ではない。
    軍律が、峻烈をきわめた。


    p193
    (幕府はひらかせない。ひらくとすれば、それは俺自身だろう)
    この人物を動かしているのは、単なる権力欲や領土欲ではなく、中世的な混沌を打通して新しい統一国家をつくろうとする、革命家的な欲望であった。

    が、義昭は違う。
    義昭は中世的な最大の権威である「室町幕府の復興」ということのみに情熱をかける、いわば過去の亡霊であった。


    p370
    信長は、わが身に過ぎにし事をふりかえってあれこれと物語る趣味は皆無であった。
    つねにこの男は、次におこるべき事象に夢中になっている。

    人生を一場の夢のように見ているこの男は、このつぎ何事がおこるのかということが、新作の狂言を期待するようにおもしろいのであろう。


    p464
    ・比叡山の虐殺
    「法師どもがいかに淫乱破戒なりとは申せ、比叡山には三千の仏がまします。仏には罪がございますまい。」
    「罪がある。左様な無頼の坊主どもを眼前に見ていながら、仏罰も当てずに七百年このかた過ごしてきたというのは、仏どもの怠慢ではないか。わしはその仏どもに大鉄槌をくだしてやるのだ。」

    「十兵衛、そちゃ、本気で仏を信じているのか。あれは、金属(かね)と木で造ったものぞな」
    「木は木、かねはかねじゃ。木や金属で造ったものを仏なりと世をうそぶきだましたやつがまず第一等の悪人よ。」


    p467
    叡山の虐殺は酸鼻をきわめた。
    「摺りつぶせ」と信長は命じた。一人も生かすことをゆるさなかった。
    もともと非合理というものを病的なほどに憎む信長にとって、坊主どもは手足のついた怪物としか見えなかった。

    「この者どもを人と思うな。ばけものであるぞ。神仏どとは怠慢にして彼等を地獄に堕とすことを怠った。神仏・坊主ともに殺せ。信長がかわって地獄がどういうものかを見せてやらんず」

    (信長は魔神か。)
    この瞬間ほど光秀は信長を憎んだことはなかった。


    p482
    ・唐崎の松
    光秀と秀吉、前線における最も有能な二人の司令官が、松一本を敵地から盗む競技に遊び呆けたことについて。

    双方に送った使者の返答。
    秀吉はたいそうな恐縮ぶりで、切腹するとまで散々謝罪をし、近江で採れた山菜や魚介を進上した。

    光秀は唐崎の松がいかに名高きものであるかを説き、奇行の釈明をするだけに留まった。

    「愛嬌の秀吉」と「理屈の光秀」
    こんな他愛ない事でも、その差が生じてしまった。


    p513
    光秀から手紙が届いた。内容は、細川藤孝の密告である。
    将軍義昭は今日を出て近江で公然と信長打倒の兵をあげるという。
    殺すか。と最初に思ったのは、いわば衝動である。殺せば、主殺しとして斎藤道三や松永久秀のような悪名を天下に流すだろう。

    (おれの目的は天下の統一にある。そのために必要とあれば主といえども殺さねばならぬ。
    しかし殺せば悪名を着る。往年、道三はそのために蝮の異名をとり、ついに美濃一国の主人で終わり、天下を心服させるような男になれなかった。
    おれは道三のへまを繰り返してはならぬ。悪名は避けねばならぬ)


    p514
    すでに信長は将軍を復活し、その権威によって諸大名に号令し天下を統一しようという気持ちを失っている。
    将軍は使いにくい。
    (道具になりきらぬ)と信長はつくづく思った。

    その点、天皇はいい。
    その存在の尊さを天下の大名どもは忘れているが、天皇は兵馬を欲しがらず、権力も欲しがらない。
    ただひたすらに無害な存在である。

    信長は将軍義昭を討つ口実として、天皇の尊大さを謳い文句にした。


    p605
    ・心頭を滅却すれば火も亦涼し
    快川紹喜(かいせんしょうき)という山梨の恵林寺の長老が、織田から逃れてきた者をかくまい、それ故に火あぶりの刑に処された時の辞世の句。

    「安禅かならずしも山水を用いず、心頭を滅却すれば火も亦涼し。」


    p686
    (なんと人の好い、うかつな男であることか)
    幽斎の感情は複雑であった。敵としてではなく、友として光秀の政治感覚の欠如を歯がゆく思った。
    所詮は光秀は最も優れた官僚であり最も優れた軍人であっても、第三流の政治家ですらないのであろう。
    (あの男は、前後の見境いもなく激情のあまり信長を殺した。それだけの男だ。天下を保てる男ではない。)


    p707
    幽斎は、徳川政権にも行き、細川家は肥後熊本五十四万石の大藩として巍然たる位置を占めた。
    二つの時代には生きられないといわれるこの混世において、幽斎はその一代で足利・織田・豊臣・徳川の四時代に生き、そのどの時代にも特別席に座り続けた。
    もはや至芸といっていい生き方の名人であろう。

    0
    2019年01月31日

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