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Posted by ブクログ
単行本は1992年刊。「街道をゆくシリーズ」『モンゴル紀行』の、17年後のスピンオフ。
司馬が少年の頃から憧れ、夢膨らませ続けたモンゴル、その地を初めて訪れたのは1972年。その時の現地ガイドは、笑顔を絶やさない、司馬と同い年の女性ツェベクマさん。今回の旅は、その彼女と会うのが主目的。
前半部分はほぼモンゴルの歴史。古来、モンゴルの地にどのような民族が住み、どのような入れ替わりがあったのか。不明の点も多く、そこは司馬の想像も交じる(最近の分子遺伝学的研究を知ったら、喜悦するかもしれない)。そして近現代、モンゴルをめぐるロシアと中国と日本のにらみ合いと交戦。
ツェベクマさんは後半に登場。ロシアのシベリアにモンゴル族(ブリヤート人)として生まれ、日本占領下の満州(内蒙古)で育ち、戦後はその地で中国人として暮らし、文化大革命では、死を覚悟で、幼い娘を連れてモンゴルへと逃れた。モンゴル国籍を得たのはその10年後。自分は草原の民、笑顔を絶やさず、強い。それが司馬を魅了した。
日本がモンゴルとの国交を樹立したのは1972年。『モンゴル紀行』の取材は、その翌年の73年。今回の取材は90年。17年の間に、モンゴルをとりまく状況(中国もソ連も)も大きく変化した。そうした歴史的な動きも含め、近現代の国家の変化がツェベクマさんの生き方と重なる。
『モンゴル紀行』では、日本語の巧い(ただし来日経験のない)、明晰で、いつも笑顔のガイドのおばさんだった。その彼女が感動的に主役に変身する。司馬が魅せられた人。
Posted by ブクログ
司馬遼太郎いわく、126ページ
日本は1868年の明治維新成立のときは、他国を侵略するような体質要素をもっていなかった。
すべては、朝鮮半島への過剰な日本の妄想からおこったといっていい。
その前の段では、
理屈っぽく言えば、近代日本にとって、満洲は魔の野というべきもので、地理的呼称であるとともに、多分に政治用語であった。
とも書いておられる。
その後のページでは、さらに、
朝鮮が日本の利益線であるという根拠あいまいな数式は日本国民やその政府から生まれてというより、政府や議会から独立した機関である陸軍参謀本部からうまれた。〔略〕日本陸軍は1880年代のドイツの軍制をまねた。この機関は平時にあってたえず戦争計画をたて、有効な情報収集をするというもので、近代日本異常外交のほとんどはこの参謀本部がかかわっていた、
と記されている。
日本異常外交!今にいたる、今なおというか、今も参謀本部や日本会議や新しい教科書を作る会などに連綿と異常ぶりを引き継がれ、国民と関係なく跋扈しているではないか。
と、思いながらも。
モンゴルに純粋に興味を持ち、というかモンゴルもチベット仏教の人々だなとか、ロシア語文字みたいな字を使っているな、とか草原の暮らしと日本の相撲など、さまざまなミスマッチ要素が絡み合う地域として気軽な興味本位で読んだり調べたりすると、必ず日本近現代史のジメジメと暗いところに引っかかってしまう。
とは言え、本書では草原の、蓄財をよしとしない筋肉質なモンゴルがおおらかに描かれており、モンゴルや赤い英雄ウランバートルの街を気体のようだと描いておられて読んでいて知識も得るし気持ちも軽やかになる。
それにしてもブリヤートモンゴル人であり、政治の成り行きで、ロシア満州中華人民共和国そしてモンゴルと国籍が変わる中逞しく自分を貫き生きたツェペクマさんの清々しさと荒々しさよ。人はこのように賢く美しくあるべきと思う、自分の祖国は戦争政治動乱で勝手に変わってしまう、そんなことを歯牙にもかけないというか、そんなことで人の人生も思想も影響されないという反歴史というかなんとも言えないツェペクマさんの生き様に、今のくだらなく矮小な世界を写しそこに住むのは間違いだ、自分の人生は希望だけです、と言い切るツェペクマさんがこの草原の記に遺ることの大切さ。
Posted by ブクログ
打ちのめされました。短い文庫本。
ほとんど「街道を行く」のスピンオフなのかな、という感じなんですが。
モンゴルの女性の話で、どうやら実在の人物で、司馬さんが数回は会っているヒトのお話し。
戦前戦中戦後にかけて、日本とソ連と共産中国とモンゴルの「政治」に翻弄されて家族と人生をズタズタにされた女性の人生。
それを、アンコから入らずに、その人の存在感から語り起こしていく書き方は、舌を巻く小説家の技法だと思いました。ノンフィクションなんだろうけど。
これはまさしく、小説というか文章でしか伝えられない後味。
荒野の中の人間の滋味。政治と個人。
脱帽。
Posted by ブクログ
司馬遼太郎は、1923年生(大正12年)まれ。
大阪外大のモンゴル語科。
モンゴルには、思い入れがある。
匈奴と言われる遊牧騎馬民族がいた。
モンゴル語で、人とは、フンという。それから、フン族となった。
モンゴルは、空と草しかない。
草は、土に根を張り、土を守る。
耕せば、それは、土がむきだしとなり、きびしい太陽に照らされて、
砂として、舞い上がる。そして、岩盤が出てくる。
匈奴は、草を守り、漢民族は、耕す。
会いいれぬ世界観があった。
オゴタイハーンは、いう。
『財宝がなんであろう。金銭がなんであるか。この世にあるものはすべてすぎてゆく』
『永遠なるものとは、それは人間の記憶である。』
『あなたには、物の真贋を見分けるというものがありませんな。』
『ではなぜあなたは財産を蓄えているのです。
人間はよく生き、よく死なねばならぬ。
それだけが肝要で、他は何の価値もない。
あなたは、財産が人間を『死』から守ってくれるとお思いになっているのか』
モンゴル ウランバートルのホテルで渉外係をしていた
ツェベクマさんの数奇な運命。
ソビエトで生まれ、満州で育ち、
日本が敗戦することで、中国人となり、
学校の教師となり、ブルンサインと巡り会う。
日本語を話せるが故に 文革の迫害を受け、
ブルンサインは 監獄に。
そして、最後のブルンサインの死ぬ時に
ツェベクマさんと娘のイミナとあう。
草原は すべてを 空とする。
悲劇も 草原と空は 飲み込んで こつ然と消える。
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