あらすじ
戦国時代の混沌の中から「覇王の家」を築き上げた家康の、勝者の条件とはいったい何だったのか……。小牧・長久手の戦いで、時の覇者秀吉を事実上破った徳川家康。その原動力は、三河武士団という忠誠心の異常に強い集団の存在にあった。信長や秀吉とは異なる家康の捕らえがたい性格を、三河の風土の中に探り、徳川三百年の精神的支柱を明かしつつ、日本人の民族性の謎にまで迫る。
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下巻ほとんどのページが対秀吉の小牧長久手戦の描写。この戦い、いつ終わるんだ?関ヶ原の戦いと大坂の陣はいつ始まるんだ?という読者の心配をすっ飛ばして、物語は幕府を開き、徳川家を磐石にし終えた後の晩年の家康へ。そこはすでに発表している「関ヶ原」、「城塞」を読んでね、ということらしい
司馬遼太郎が描く家康像は、頼るべきは自分ひとりという孤高の存在。まさに覇王と呼べる主義・主張・振る舞い。秀吉や他大名はもちろん酒井、石川、本多など徳川の有力家臣団すら、信用はしないが、能力は利用する。ということに徹底している。かかりつけの医師すらも信じず、自分で自分を診断し、薬を調合するほど。
織田信長に命じられ、自らの妻と長男を殺害したことが、彼の人生観を大きく変えた。誰も信じることのできない世界に突入した家康。そんな彼が唯一、頼りにしたのは名誉も恩賞も求めず、命令があれば、命を差し出すことも辞さない三河武士団の精神。人や家ではなく、その土地の風土を信じ切ることで、家康は300年続くことになった徳川家を創り上げることができた。
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長い間下巻を借りれず、やっと読めた。
薄い本だけど、内容は家康の若い時から小牧長久手あたりまで、そこから一気にとんで亡くなる直前のはなし、関ヶ原とか大阪の陣は他の本があるからいいのか、一気に家康の人生を駆け抜けた気がする。
泣かぬなら、泣くまで待とうホトトギス
この句に表されるように、辛抱強く待つ、待ってるように振る舞ってるけど、忠臣の部下たちが動き回っている、そして待って勝つ。
ある種の組織としてはいい、形だったのどはないか、と思う。
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革新や創造を悪として前例踏襲の安定を善とする徳川政権が、いかにして出来上がったかを創業者である徳川家康に焦点を当てて論じており非常に分かりやすい。徳川政権の鎖国や重農主義等が270年の平和をもたらしたのか、停滞をもたらしたのかでその功罪が議論されるが、日本が停滞する中で保守的な徳川政権よりも革新的な織田豊臣政権への評価が高まっているように感じる。本著において徳川は功利的ではないが組織の安定に重きを置いて風通しが悪く、織田豊臣は功利的であるが風通しが良く発展性があるように書かれており、昭和の時代に調和を重んじて上手くいっていた社会が、功利的なグローバル社会に負けて価値観が変わってきた現代に本書を読むことで、示唆的なものを感じ司馬遼太郎の底深さを感じた。
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よく比較される「信長」「秀吉」「家康」だが、私は「家康」が好き。
松本潤が似合わないとか取りざたされる「どうする家康」も欠かさず視聴。
好きな理由は何といっても長期にわたる安定政権を築き上げたこと。信長に仕え、秀吉に服従するかに見せかけつつ、じっくり時間をかけて自らの世を作り上げた実績が、後に250年以上の江戸時代となる。
鳴くまで待てるのは、ただ単に気が長いからだけではないことを、その人柄から知ることができた。これは今後の私自身の生き方にも大いに影響すると思う。
少し残念なのは司馬さんは「家康」があまりお好きではないらしいこと。
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三英傑の中では一番馴染みのなかった家康さん。
江戸250年の基礎がここにあったのかと納得でした。
大河ドラマがより楽しく見ることができそうです。
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家康と三河の家来たちの物語。家康は基本的には地方の殿様で、もともと天下を取るような夢も持っていなかったし、それほどの器量があったわけではないとする。確かに、彼は自国を守ることに一杯いっぱいだったし、今川、武田、そして織田に囲まれた環境ではそれは無理もない。そして、三河の国はもともと小さな豪族の集まりで、織田家のような利得に基づく合理的な主従関係はなく、ただ濃密な人間関係が特長であったという。たしかにその観点で、徳川幕府というのは、地方の内向きの政権が大きくなった性格を持っていて、外国との交流を絶ち、ひたすら内部的安定を優先させたというのはその通りかもしれない。
秀吉との関係のくだりのあと、一気に家康の最期まで話が飛ぶなど、司馬作品としては珍しくバラつき感もある作品ですが、よく知られたエピソードの裏側にある、家康の性格、三河人の気質をえぐりだしているとこは、とても興味深かったです。
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下巻の主要場面は、小牧・長久手の戦い。(家康VS秀吉)戦局の様子を、家康と秀吉の立場からだけでなく、家康の家臣、安藤直次、本多忠勝、石川数正の動きも取り入れて描写されており、真に迫るものがありました。まるで、現場に行って取材してきたかのよう。秀吉が頭を使って、相手方に取り入ろうとするところも印象的でした。(石川数正との関わり)
関ヶ原の戦いや大坂の陣については記されていないため、終盤は“あれ、もう家康の晩年なんだ”という感覚でした。
『関ヶ原』『城塞』の作品をご参照ください!という感じに、時間をとびこえていきます。家康が死に直面する場面での家臣とのやりとりで、最後まで緻密で入念な家康の気質が読み取れました。
私の今までの家康像の中に「独創性がなく、マネが多い」「言葉に出してはっきり言わない」といったことはありませんでした。
本書であらゆる角度からの家康の性格、生き方(体調管理は天下一品、医者に勝る。)を感じとることができました。
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ヒーロー漫画に出てくるようなカリスマ性も無い凡庸な男が、幕府の頂点を極めることになった道筋が独特な視点で語られていて、とても説得力がある。終盤は最晩年のエピソードに飛ぶのだけれど、最期まで己のペースを貫いて人生の週末を整えて逝ったのがいかにも家康らしいと思った。
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家康は自分を1つの機能を持つ器(箱)として見ることで、自分を究極的に客観視していたとする司馬遼太郎の見解が面白い。
自らが凡庸であることを知り抜いて、三河人のため滅私の精神を貫いた。
三河人もまた愚直に滅私の精神を貫いた。
江戸時代300年を通じて、内向的であるが団結した時は恐ろしい力を発揮する三河人の気質が日本人のベースになったのでは感じる。
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下巻はほぼ小牧・長久手に割かれており、その後も知りたかった…感はあるが、家康なる人物像、徳川政権の根本が見えたという点で、それはそれでもよしとする
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とても面白かった。下巻を見てもやっぱり家康だった。気になったのは石川数正。恥ずかしながら、秀吉に降ったことを知らなかった。徳川的閉鎖体制の犠牲者。まさにその通りだと思う。
あとがきで司馬遼太郎さんが家康を「かれの生涯は独創というものがほとんどなかった」と書いている。彼らしいですね。
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下巻は、ほとんどが小牧・長久手の戦だけでした。一番最後に家康の死に際をやりました。それ以外は、小牧・長久手で活躍した武将(安藤直次、本多忠勝、石川数正など)について細かく記してくれていました。
小牧・長久手の戦いの前に、織田信雄の家老3人がすでに秀吉に籠絡されており、戦う前から家老が処分され大打撃を受けながらも、家康は池田勝入斎や森武蔵守長可の中入りを撃破するなど勝利を手に入れる。
秀吉側は、勢いに乗る軍勢ではあるが、ぐらぐらな城壁のような状態で、まだ安定していない。このため、命令を聞かず、半分押し切られる感じで、岡崎への中入りを許してしまう。また、西の勢力の島津や長宗我部がいつ軍勢を向けるかも知れず、不安は山積していた。
一方、家康側は三河衆の結束力の強さがあり、これが勝利への最大の力だったのが伺えます。また、三河衆の忠誠心の強さや欲のなさにも感服しました。
しかしながら、この雰囲気が閉鎖的であり、時に他者を排除するほうへ働いてしまう。石川数正の出奔もそこに由来したようである。
家康は、乗馬が上手であったが、決して無茶はせず、医者を信頼せず薬の調合なども自分でやり、遊女には梅毒を警戒し、絶対に手を出さなかったりといろいろ注意していた。こういう細かなことが、長寿に繋がり天下統一や後の徳川家の繁栄に繋がったんだと思う。
晩年家康が、藤堂高虎を徹底的に信頼していたことははじめて知りました。
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家康のリーダーとしてのあり方は、興味深い。配下との合意形成の仕方、本人は語らず、まずは、意見を聞き、方針を決めていく過程は、部下が伸びる。現代にも通用するリーダーシップのあり方のひとつではないかと思った。
こういう人だから、安定した社会が築けたのだろう思う反面、織田信長や豊臣秀吉が作る社会はどうなっていたんだろう?
日本は、もっと早く国際化の波に飲まれていたんだろうか。
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主に豊臣政権になるまでを丁寧に描かれており、そこからいきなり晩年になってしまったのでちょっと残念。
小牧長久手の戦いについてあまり知らなかったので興味深かった。
あとやっぱり著者の描かれ方にもよるけど魅力的な人物ではない(笑)
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■司馬遼太郎による家康やその家臣、秀吉などの濃密な描写。
■関ヶ原や大阪の陣のところなどがない。恐らく、人間的な描写ができる歴史書類が残っているところをつなげているのではないか。
■覇王の家というより、覇王の人という題名の方が相応しい、という感じの本。読み応えはあった。
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小牧・長久手の戦いがメインになっていて、大阪夏の陣や関ヶ原についてはほとんど触れていないことに驚いた。ただ、その分、家臣の裏切りなどの反応など、人間臭さを感じる部分が多く、本当にこうだったのかもしれないというリアルな小説だった。
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小牧・長久手の戦いで秀吉を事実上破った家康から晩年の家康までを描き、家康の本質に迫る。
信長や秀吉に比べると、英雄的な魅力が感じられない家康ですが、この作品を読んでその理由がさらにわかった気がします。
同時に自分に置き換えてみると、家康のようにあるべきなのではないかと思う自分がいました。
司馬史観でとらえた家康像のように、自分を客観視しながら自分をあるべき姿に行動させること、それはそれで人としての大きな力になるのではないかと考えさせられました。
また、家康の配下の武将の運命からは、人生の岐路でどう歩むのかが大切であることも感じました。
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戦国時代の天下取りで争いあった信長、秀吉、家康。これら天下人の元に仕える光秀などの家臣達。
単に徳川幕府三百年に及ぶまでの争いを描いただけでなく、何故、家康が長きに亘る政治を治めることが出来たのかを、信長や秀吉と違った三河人の忠誠心の強さを表現していて、面白かったです。
NHK大河(どうする家康)も、そうした家康の人間性を前面に表現したかったと聞きました。
ドラマも色々話題になっているようですけど、楽しみに見ています。
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秀吉を、陽とするならば、家康は、陰に分類されるのでしょう。共通項を強いてあげるのであれば緻密な計算力、その計算によって導かれた解を実行する力といったところなのかな。
小牧・長久手の戦いは、家康のその後の生涯にとって最大の資産。三河衆の団結力、一体感は圧巻。徳川幕府は、進歩と独創を最大の罪悪として、三百年間、それを抑圧。異を立ててはならないというのが徳川幕府史をつらぬくところの一大政治思想、そのもとを家康がつくった。
脇を固める、石川数正、酒井忠次、本多平八郎、榊原康政、井伊直政。
家康と秀吉の外交が描かれたのち、すぐに最期のシーンに移ってしまう。間にある出来事については関ヶ原、城塞の順に読んで埋めていくことにする。
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小牧長久手のあと、秀吉と微妙な駆け引きをしたあと、関ヶ原や大坂冬の陣夏の陣をすっ飛ばして最期のシーンで終わる。
上巻に続き、戦よりも三河人の矮小さや、家康の性格に重きをおいていている。
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大河ドラマ『どうする家康』を観るようになって再読しました。
改めて読むと、家康のイメージが少し変わったような気がします。
でも、大河を観るほどでもないか・・・
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『覇王の家』とはどういう意味なのかを探りながら読んだ。特に『家』は風土、文化、三河気質というもので、覇者である家康を作り上げた土台をいうのであろう。「三河」という場所については田舎者的な意味で使っているが、そこで培われた「徳川」が「幕府」という大きな家にまで発展していく過程が描かれていると思った。
また、数人の家臣についても細かく描写しているのは、「徳川」という家を作り上げたのは忠臣の力でもあると読める。家康という個人を描きながら、江戸幕府は一人が作り上げたものではなく、三河のTEAM徳川という「覇王の家」の力によるものだと思った。
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下巻を読み終えた。
数ある司馬作品の中でもあまり人気がない−少なくともひぐ的には“主要な作品”に入れていない−理由がわかった。作者自身が家康に好意を抱いていないからだろう。家康の能力や人柄はさておき、没後270年あまりも続いた幕府を築いたという業績に関心がある。それにしても、小牧・長久手の戦いの冗長とも思える記述の後、いきなり74歳で没する最期に飛ぶのは構成的に興ざめだ。
Posted by ブクログ
上下巻読み終えた。下巻では小牧長久手の戦いの描写が詳しく書かれており、この合戦についての背景や概要を知らなかった為概要を知る事ができた。また、石川数正や本多忠勝といった重臣にも視点が置いてあり人物や三河衆も知ることができてよかった。
Posted by ブクログ
小牧 長久手の戦いで時の権力者秀吉に勝った家康。秀吉の懐柔策にのらず、三河、遠江、駿河、甲斐、信濃、5か国をしっかりと基盤を固める。この小説での家康は、関ヶ原の決戦などでの豊臣家に対しての策略や陰謀などは出ず、権力への欲望は感じられない。部下の考えをよく考え、はっきり自分の考えを言わないところは、信長とも秀吉とも違う。上巻ほどの面白さは感じられなかったかと思う。
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小牧・長久手の戦いにおける記述が長い。。。 そこが覇王へのターニングポイントだったという事ではあるのだが。 譜代の家臣への寛容性に、気付きと学びあり。
Posted by ブクログ
覇王というくらいだから、大坂の陣であるとか、関ヶ原であるとかの詳細まで書いてあるのかと思いきや、小牧長久手の戦いに終始。
個人個人、家康とそれを取り巻く人たちの性格、性根の機微が描かれた小説でした。
ただ、エンターテイメント性は低いかなと。
司馬遼太郎好きのおとんもあまり好評価ではなかったし、理解しました…