あらすじ
熊本めざして進軍する政府軍を、薩軍は田原坂で迎えた。ここで十数日間の激しい攻防戦が続く。薩軍は強かった。すさまじい士気に圧倒され、政府軍は惨敗を重ねた。しかし陸続と大軍を繰り出す政府軍に対し、篠原国幹以下多くの兵を失った薩軍は、銃弾の不足にも悩まされる。薩軍はついに田原坂から後退した――。
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Posted by ブクログ
全巻通読後のレビュー。
全10巻という超大作であるが、もともと毎日新聞に連載された小説であるから、多々同じ記述が見られる。
しかしながら、明治維新後の日本の姿を鳥瞰的手法で世界史と関連付けて論じられている点で、日本近現代の始まりを理解する際の基礎理解には最適の入門書であると考える。
島津久光という超保守派の考え方から、維新を支えた革新派の面々の考え方が手に取るように分かる小説である。重要なのは士族の不満、百姓の不満がどのようなものであったか、であるが、それもこの小説では網羅されている。
物語は維新開始直後から、西南戦争(明治10年)を経て翌年の紀尾井坂の変(大久保の死)、さらに川路利良の病没までを描く。
明治維新は天皇の威を借りた王政復古という形でスタートした。それが後に軍の独走いうものを招くが、この時点ではそうせざるを得なかったということも、小説中で書かれている。
後の日本を支えていく山県有朋、伊藤博文、板垣退助、軍人で乃木希典、川村純義などが登場する。
西南戦争は8巻の半ばくらいから始まる。桐野、篠原ら薩摩隼人に担がれた西郷、悲劇のような最後の激闘である。西郷が桐野や篠原といった兵児(へこ)を最も愛し、彼らと生死をともにしたことは、西郷をうかがい知る上で、見逃せない点である。
西南戦争の中身についての描写は一流である。
時間がない方にも、8~10巻は読むことをお勧めしたい。
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ついに政府軍と薩軍が衝突する。薩軍は高い士気を武器に政府軍を押していくが、弾薬や食料などの必需品が政府軍のそれらよりも乏しく、徐々に勢いを後退していく。桐野を中心として、戦い、退却を繰り返していくが、ついに小部隊が政府軍に旗をあげることとなった。西郷の気分はどんなものだったのだろうか。
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戦も終局が見えてきた。
西郷率いる薩軍が、政府軍によって徐々に後退させられていく。
その中で、戦に命を賭す、士達が感動的だ。
何かに命を懸けられるというのは、強いエネルギーを秘めているだろう。
もちろん、今は命を賭してとは言えないだろうが、それに近いものをもって打ち込んでいくべきだろう。
行動を起こすときに、最も大きな障害は自分自身の保守感だ。
これなら、と思えるものに心酔できれば、自分で足を引っ張ることもなく突き進めるだろう。
昔の日本人気質、武士道をもって日本の美徳としたいものだ。
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クライマックスに向けて期待が高まる。
西郷に関してはとうに意思は失い、薩軍は果たしたいゴールを失い、政府軍ですら熊本城奪還後には虚無感が出てしまっている。
他の戦争も、ビジネスにおいてもこういう部分があるかもしれない。初め掲げていた大義名分が途中からわからなくなり、着地点って何なんだっけ?みたいな感覚なのかも。
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「尊王攘夷」のスローガンで始まった筈の倒幕運動から、明治維新が為ってみたら、幕末からの開国方針が何も変わっていないという、この歴史の流れが、長らく釈然としなかったのだが、これを読んで、漸く腑に落ちたというか――当時の士族達も釈然としなくて、だからあちこちで士族の反乱が起きて、最終的に西南戦争に至ったのね、と。しかし、旧支配層の武士は既得権益を取り上げられ、庶民は税金やら兵役やら負担が激増した、この明治維新という大改革が、よく破綻・瓦解しなかったものだという、新たな疑問が湧いてきた。
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私学党の決起による西南戦争勃発からその激戦を経て薩摩軍の宮崎地方への潰走までの第9巻。西南戦争の生々しい経緯が様々な資料を元に描かれていてまさに歴史資料の感かある。
桐野、篠原、桐野等幹部の無能、と言うよりは薩摩隼人気質と、西郷の沈黙が事態を悪化させていく。村田新八や永山弥一郎のような逸材を含む多数の民を犠牲にしながら。西郷は薩摩隼人が死にゆく原因を自ら作っていることになんの呵責もなかったのか。その存在だけが薩摩軍の一部幹部大いなる価値を生み出すだけである意味において大罪人とも考える。銅像建立までの経緯に興味が湧く。
不謹慎だけど、戦争描写は政治的駆け引きと心理に比べて読み応えがあります。
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物語は西南戦争のまっただ中。
激戦の末に田原坂を失い、物資と人員を欠いた薩軍は、それらを潤沢に補給できる政府軍に押され始めました。
この間、西郷隆盛さんは「神輿」であって、薩軍を指揮した様子は全くありません。
西郷さんが指揮をしないでも、優秀な参謀らが何とかしているってならまだしも、基本的にノープランなうえに、全体を見渡せない人が上に立っている。
これはやっぱり、兎狩りで森で転んで、頭を強打してからの西郷さんはおかしかった…って説が正しいのかな?
みんなの命がかかっているのに。
政府では、西郷さんが征韓論で下野した直後と西南戦争の際に大量の警察官を雇用したとは聞いていたけれど、当時の警察は士族採用が基本で、このときは特に旧会津藩士をたくさん採用したらしい。
幕末に統制が取れた武勇でならした藩は薩摩と会津が双璧だったから、西の横綱には東の横綱をってことだけじゃなくて、討幕にあたって薩摩を中心とした「官軍」に苛め抜かれた会津の恨みを利用しようとした感じ。
大久保利通さんて、人間の機微に通じていたんだね。
それって通じ過ぎているのがバレると、お友達がいなくなるどころか、ヘタするとめっちゃ恨まれるよね。
前巻では政府側の乃木希典さんの使えなさっぷりが描かれていたけれど、今回はお金に汚いくせに細かいことにまであれこれと口を出す実は小心者の山県有朋さんが猿回しのサルみたいでした。
西南戦争ってかなり早い段階で薩軍の負けが見えてたんだな~。
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激戦を極めた田原坂の戦いも終わり政府軍の圧倒的物量によって、薩摩軍の先行きも暗くなってきた。
西郷その人の心境も気になるところであるが、桐野利秋の心持ちは如何であっただろうか。
維新に大功ある薩摩旧士族達がこれだけ固陋な思想以外は受け入れずに西南戦争を戦っていたことが驚きである。
維新は成し遂げたが、彼らの中では旧幕時代の薩摩の気色が尊ばれていたのだろう。
薩摩の中でも開明を良しとした者達も、この頃には負けると分かって薩摩武士として戦う以外になかったのだろうか。
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明治維新直後の不安定な時代を描いている。
征韓論から西南戦争にいたる5年間が舞台。
西郷隆盛を始め多数の人物のエピソードと緻密な時代考証にその時代を知る思い。
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西南戦争最大の攻防戦ー田原坂を経て、政府軍の反撃により熊本より敗走する薩摩軍。世界史的に見ても類の無い激戦となった内戦をノンフィクションのように描き出す。農民を徴兵した明治政府軍の物量戦に敗れる旧士族。武士の時代の終焉。
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薩軍が消耗戦に終始するのに対し、増援する政府軍。しだいに力の差が明らかになっていった。
しかし例えば、飫肥藩の小倉処平の献策を実行していれば、歴史は変わっていたかもしれないと思うと、小倉の案に何の決断も示さなかった西郷の奇妙さや、反対した桐野の戦略家としての能力のなさに注目しなければならない。
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西郷は桐野利秋や篠原国幹の政治的狂騒に乗せられ、だまされたに近い苦い思いを持ったのだろうが、西郷自身は島津久光から同じようにだまされたと思われ続けたのである。正に因果は廻るである。西郷のどこに人を惹きつけてやまない魅力があったのだろう。この小説からはそこがよく分からない。
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司馬遼太郎に初チャレンジした作品。が、10作もあり読むのに2ヶ月超もかかってしまったww
舞台は戊辰戦争後の明治初期。西郷隆盛を大きな軸として揺れ動く日本政府の動向をあらゆる人物の観点から追っている。よくもここまで調べたなって感心してしまう
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薩軍と政府軍の戦が本格化し、やがて終局へ向かっていく流れが記されている。
戦争とは、整然とした流れがあるのではなく、
大小様々な小競り合いが複雑に絡み合いながら、
戦局が定まっていくのだという事が読み取れる。
大まかな行軍ルートだけを決め、後は随時、
やみくもに目近の敵に向かっていくだけでは、いずれ弾薬・補給切れ、挟み撃ち等の不利な状況に自然と陥る。
大群を率いるには、大将だけでなく、優れた参謀が必要であるという事である。
薩軍にはそれがなかった事が敗因となる。
また、余談だが、普段縁のない鹿児島・熊本等の風土を知る事ができたのも大きい。
単なる、南国のその他多数の県と思っていたが、
歴史を知ることで、その重みを知る事ができた。
薩摩の武勇・熊本の議論好き。土地柄は今も生きているのだろうか。
また、官軍の鎮台兵一般の教育水準が意外と高いというエピソードは興味深かった。
百姓あがりの青年が、実に精緻な軍事日誌を記入している事に、
国家形成における教育の偉大さと重要性を再認識した。
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西郷は大いなる欠落者であったという司馬の考えに頷くところがあった。
何故、人吉で自害しなかったのか。
西南戦争に参加した会津藩出身者の悲哀に涙が落ちる。
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いよいよ佳境に入ってきた西南戦争。
当事者以外はいい迷惑と思っていたのだろう。
教科書に書かれたこの出来事に、これほどまでに個々人の思惑や感情が積み重なっているとは。よく考えると当然のことではあるが、この長い小説を読みながら、改めて、歴史は人の感情抜きには動かないことを感じている。
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「飛ぶが如く」9巻。田原坂周辺の戦い、熊本撤兵、日向撤退。
物量・補給の偉大さを理解する9巻。
『素人は戦術、玄人は戦略、プロは兵站を語る』という言説をどこかで目にしましたが、兵站の差がそのまま実力の差になってしまうのだな、ということを再確認。
先の言説は、兵站も戦略の一部分なんだから、キャッチーな言い方として作ったんだろうな、と思ってます。
ここまで、軍のお飾りにしかなっていない西郷隆盛。彼が狩猟中の怪我でかつてのような頭脳を発揮することがができなくなっていたのでは、という描写がありましたが、そういう理由でもなければ無為無策の彼を説明できないのでしょう。
「飛ぶが如く」を読んでいて思うのは、こういった情報が資料でなく伝聞として入手できる時代の作品であるのだな、ということ。情報提供者も資料を集めて、その中から有益である部分を伝えてくれているのですが、その収集方法の一つに伝聞があるということです。
有吉佐和子の『和宮様御留』でも同じようなこと感じましたが、西南戦争という明治初期の出来事が、歴史でなく記憶として語られるギリギリの時代の作品なんだな、と
いうのは羨ましいという気持ちがあります。
正確性や客観性が保障されるかは別として、その時代の空気を触れる近づける、というのは素敵だと思います。小説の読み手として。
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薩摩兵士による精神論の限界と物量バランスの崩れを見せつけられている感じ。
何事もバランスであって、極端なものはダメなのだろうと思うが、現代で言えばいわゆる体育会系のノリ?の危うさみたいなものだろうか。
いよいよ長かった旅もラスト…
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「翔ぶが如く(9)」(司馬遼太郎)を読んだ。
『要するに田原坂の激突は薩人が残らず死ぬまで繰りかえされるべきものであり、薩軍の将帥にはそれ以外に思慮がなかった。』(本文より)
(私は根が単純なので)怨嗟をこめて叫びたくなる。
彼だけが悪いんじゃないが。
「き〜り〜の〜!!」
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田原坂の戦い~人吉での戦い~日向まで撤退という流れ。文章を読むと、薩軍は確かに強い軍隊であるが、戦いのための信念という点で統一されていなかったことが敗因だと思う。もし、西郷がこの戦いに乗り気で薩軍が西郷の下に一致団結していたらと思うと残念な感じ。戦いは情勢をきちんと認識している点と戦う理由が大切なのだなと思った。次は最終巻。西郷の末路がどうなるのか。引き続き読んでいきたい。
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西南戦争も佳境に入った。会津の山川浩や佐川官兵衛がでてきてテンションUP↑UP↑↑ 西南戦争は戊辰の復讐戦だぁ!
ちょいちょい日露戦争に繋がる情報が出てくるところが司馬遼太郎。歴史の繋がりを感じる。だから明治維新は面白い。
さらに、この頃の間違いが繰り返されているなぁと良く感じる。
太平洋戦争はまさに同じ様相である。兵士の勇猛さに頼っただけの戦略。戦略じゃねぇ。でもこういうセンセーショナルなことの方が人々のハートをキャッチしちゃうんだなぁ。
次巻、最終巻。長かった…。たのしみ、たのしみ。
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薩軍熊本退却
この頃の軍人は降伏すると、敵側に付き働くと言う日本古来の合戦の習慣の様なものがあった。駒をとればその駒を使う将棋のルールに似ている。その後、日露戦争の時も捕虜になった日本兵が簡単にロシア側に寝返ることもあり日本軍の弱点として意識され続けた。この事が捕虜になることを極度に卑しめる教育をするもととなった。
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読むスピードがぐんぐん上がってきた。前半など、1ヶ月近くかかった巻もあったのに。
いよいよラスト2巻、クライマックスに近づいてくる。有名な田原坂の戦いも事細かに描かれている。
私にとって嬉しいのは、佐川官兵衛や山川浩(大蔵)など今年の大河ドラマ「八重の桜」にて主要人物だった元会津藩士がしっかりと取り上げられていることである。もちろん、政府側。薩摩と会津は幕末期に血みどろの因縁があり、その怨恨を政府側は上手に利用するのである。佐川や山川にとっては憎き薩摩であり、戊辰戦争での恨みを晴らさんと意気込む。
残念ながら佐川はこの西南戦争で戦死するのだが、大河ドラマでも中村獅童が凄絶な演技を見せてくれていた。また、山川は玉山鉄二がクレバーな雰囲気をぷんぷん醸し出しており格好良かった。
また、山川浩の実弟である山川健次郎が第5巻に引き続き登場。会津藩出身者に人望があるということで、岩倉具視から「陸軍少佐になって会津で兵を募り、薩摩征伐に行って欲しい」と依頼されて断ったというエピソード。「八重の桜」ではそんなものはなかったと思うが。
このように、「八重の桜」のお陰で、一般的にはイメージしづらい会津藩士をしっかりと頭に思い描くことができたのだ。ドラマと書の相乗効果っているのはそんなところなのだろう。
本作品で一つ注文を付けさせていただくならば、元新選組の斎藤一が登場しないという点。彼は「八重の桜」では新選組全盛期の京都時代、助っ人としての会津若松城籠城戦、そして会津藩出身者であり新島八重の幼なじみでもある高木時尾と結婚と、ドラマ内において重要な役どころが与えられていたが、彼もまた、西南戦争に従軍して打倒薩摩の想いを晴らしているのだ。ラストの10巻で出てくるのかな…。ちょっと望み薄である。佐川や山川繋がりで登場してこなかったのだから。
あらら、いつの間にか、「翔ぶが如く」の感想というより、「八重の桜」の感想になってしまっている。今年は仕方ないか(笑)。
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薩摩軍撤退。西郷が立ち上がる。ラストサムライの最後の戦いシーンが思い浮かぶ。武士であり続けるのはかっこいいが、時代の変化に着いていけなかったとも言える。
西郷はどうありたかったのか。真相は不明だが、隠居して後は大久保に任せたかったのでは。しかし、周囲に担がれてしまった。勝ったとしても、今後の日本をどうしたいとの構想もなく、時代に求められた負けだった。
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昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。
坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。
ネット上での解説を少し転載します。
明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。
ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ
「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり
誰もその意見には反対しなかったという。
ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて
「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、
その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。
西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。
本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。
従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、
まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。
薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ
その者に一切の業務を任せてしまう。
次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。
そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。
万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。
日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。
日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。
細かいところまで口を出す殿様は
家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。
でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。
世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。
スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王
ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も
部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。
古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?)
私も大きな組織で働いているが
トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。
そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん!
1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。
いや〜〜長かった。
面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。
「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。
新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。
本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは?
と思ってしまいました。
[読んで思ったこと1]
本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。
著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。
しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。
[読んで思ったこと2]
西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。
当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。
しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。
一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。
しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。
両者が激突するとどうなるのか。
短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・
古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。
いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。
仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。
この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。
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西郷どんは温泉町によく見かける狸の置物なのか、それも人物大の巨大な狸を思わせる。死に場所を求めて戦をするにしては、あまりに犠牲者が多すぎはしないだろうか、そこを考えると政府軍と戦をして勝利するつもりでいたのは明らかである。ならばこの体たらくはいったいどうしたことか、どこの国の革命家も晩年は誰もがさえない幕切れを迎えるのだ。
8巻で、西郷どんが木の切り株で頭を強打したとある、その後15日ほど寝たことはあまりしられていないという内容の手紙が残っているらしい。9巻では全てのページを割いて、西南戦争の悲惨さを記している。そんな状況を尻目に、呆けた西郷が奥座敷に狸の置物になっている姿はあまりに痛々しい。
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政府軍の進撃を早からしめた理由のひとつは、各地で降伏した薩軍の小部隊が、降伏するとともに政府軍の道案内をつとめ、薩軍の配置などを教えたからであった。べつに政府軍が強制したわけでもなく、「降伏したからには、官兵として働きたい」と、かれらが積極的に望んだからであり、その口上はさらに情緒的で「万死を冒して前罪を償いたい」というものであり、一種、奇妙というほかない。このことは日本古来の合戦の慣習であったであろう。降伏部隊は鉾を逆にして敵軍の一翼になるというものであり、駒を奪ればその駒を使うという日本将棋のルールに酷似している。ついでながらこの古来の慣習はその後の明治陸軍の弱点として意識されつづけ、日露戦争のときも捕虜になった日本兵は日本軍の配置を簡単にロシア軍に教えた。とくに敵中へ深く入りこむ騎兵斥候が捕虜になる場合、騎兵の特質上味方の配置を知っているために、かれらが口を割ることによって日本軍の作戦がしばしば齟齬した。この体験が、昭和以後、日本陸軍が、捕虜になることを極度にいやしめる教育をするもとになったといっていい。