あらすじ
司馬遼太郎畢生の大長編!
西郷隆盛と大久保利通。ともに薩摩藩の下級藩士の家に生まれ、幼い時分から机を並べ、水魚の交わりを結んだ二人は、長じて明治維新の立役者となった。しかし維新とともに出発した新政府は内外に深刻な問題を抱え、絶えず分裂の危機を孕んでいた。明治六年、長い間くすぶり続けていた不満が爆発。西郷は自ら主唱した“征韓論”をめぐって大久保と鋭く対立する。それはやがて国の存亡を賭けた抗争にまで沸騰してゆく――。西郷と大久保、この二人の傑人を中心軸に、幕末維新から西南戦争までの激動を不世出の作家が全十巻で縦横に活写する。
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Posted by ブクログ
「翔ぶが如く」第1巻は、明治維新を詳細に描いた全10巻シリーズです。この第1巻では、川路と桐野、西郷隆盛の偉大さとその離反の理由、征韓論、島津久光、薩摩隼人等がテーマとなっています。
まず、川路と桐野の対立が描かれています。謹厳実直な川路と豪放磊落な桐野の対照的な性格が興味深く、彼らの行動は相手との間合いを保つことで偶発的な戦闘を避ける姿勢を学ばせてくれます。
次に、西郷隆盛の偉大さとその離反の理由についてです。西郷は部下や敵対した藩に対しても尊大な態度を取らず、その謙虚さから庄内藩に西郷遺訓が残りました。しかし、黒田や川路はヨーロッパを見た後、西郷の魅力が薄れたと感じました。新政府の腐敗に失望した西郷の生活ぶりは川路に不安を抱かせましたが、その言動は「命もいらず名もいらず名誉も金もいらぬ人は始末に困るものである」として名を残しました。
征韓論は、西郷が革命の成功による不要なエネルギーを没落した階級への憐憫に向け、外征を通じて救おうとしたと理解されます。朝鮮に攻め込むのではなく、まず大使として東アジア共栄のために話し合おうという意気込みでした。ただ、島津斉彬は、日本の危機を防ぐためには機先を制して支那に兵を送るべきだと考えたことは残念です。これを西郷が信奉していたとは思えません。
島津久光に関しては、西郷と大久保を反逆者として許せず、彼らが島津家を騙したと非難しました。しかし、圧倒的に人気がある西郷を逆臣扱いにした久光の評価は斉彬ほど高くありません。
薩摩隼人については、敏捷性と武士の意味を持ち、今でも鹿児島県人の優しさとして少しは受け継がれています。
最後に、著者の広範な歴史知識がこの作品に深みを与えています。明治維新を好意的に描写し、その後の日本の手本となったことが感じられます。
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司馬遼太郎作品において正直前評判があまり良くなかったので、期待はしていなかったが、個人的にはとても面白かった。
西郷隆盛という、歴史的偉人について、司馬遼太郎作品らしく、多くの史実や独自の視点から紐解いており、改めて尊敬すべき偉人だと感じる。
ここからどのような展開になっていくか楽しみである。
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久しぶりに読み返したらややイメージが違かった。
学生時代に結構読んだ司馬遼太郎、今読むとまた含蓄が違う。
時代が令和になっても面白い。
情報量が多いので面白かった所は忘れないようにマーキングしておこう。
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秀作。
司馬遼太郎、流石。その中でも長編大作。面白い。
若い頃は、大久保を尊敬していたが、歳を重ねて西郷が好きになってきた。
綿密な調査、凄い。
さすがに長い。
今の日本にも引き継がれている政治家の隠蔽、庶民を騙す手口。政府は信用ならない。計画性なんて無いと疑ってみる。
日本人は、野蛮だと、つい150年前の出来事。忘れてはならない。
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司馬遼太郎の本で一番好きかも。
西郷隆盛という人間が俯瞰して書かれている(と思われる)点がいい。小説にありがちの架空の人間関係があまり登場しないのもいい。
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江戸が終わって明治になっても、日本は国家として成立していなかった。国家を作り国民を作っていく必要があった。
外国を見てきた者は、日本を小さな国と感じて衝撃を受けた。そして居残り組と方向性が食い違ってきた。
日本人が留学して、海外の政治や文明を勉強して、自分たちの国づくりに取り入れていったことが素晴らしいと思った。そのおかげで日本は急速に発展したんだなと。
突然西郷さんが悲しすぎる存在になっている。愛情深く人望が厚い人なのに、幕末から変わらないままでいるせいで周りから取り残され、部下にまで憐れまれている。
少し出てきた木戸さんも取り残されている。日本を変えた雄志たちが、なんだか悲しい存在に描かれていて切ない気持ちでいっぱい。
木戸さんは、蛤御門の変での恨みをまだ忘れていなかったのに、西郷さんのおうちを訪ねて行ったときに、西郷さんの姿に共感したシーンが感動的。
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征韓論を大久保利通、大隈重信、木戸孝允といった新政府高官からの目線と西郷隆盛の目線とを上手く書いている。まだ一巻。これからごう続いていくか楽しみ。
あれだけ多くの犠牲を出した維新が多くの人にとってどのような意味があったのか。起こるべくして内乱は起こる。
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征韓論へと至る経緯や薩長の主要人物の関係性や性格が何となく分かる。
セリフが少なく、司馬先生の考えの分量が多いので、他の小説とは趣向が違う。そのため登場人物に感情移入するよりも歴史の流れを知る、という読み方になる。
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維新の巨魁、西郷隆盛をどの様に描いて良いのか司馬遼太郎も模索しているのを感じられる。
圧倒的な存在感を有しつつ、大きな赤ん坊のごとく描くのが面白い。
・滅私の精神
・自己犠牲
・滅びの美
・豊富な感情量 等
日本人が好きな要素が詰め込まれた人と言えるのか。
以下に、私が好きな文中抜粋を記載します。
・西郷はまるで柿泥棒でもして近所の老人から説教される子供のようにうなだれ、終始木戸の話を聞き、「いちいち、ごもっともなことごわす。」と、一言の弁解もしなかった。
・禅はこの世は仮宅であるとし、生命を含めて全てはまぼろしにすぎない。かといってニヒリズムは野狐禅であり、物事の本来のあり方(真如)を求めることにより真の人間となる。
・西郷の巨大な矛盾
・たかだか才子にすぎない大隈は、西郷ほどに巨大な感情量をもたなかった。
・大久保からすると、西郷は巨大な落魄者であった。
・才略や機鋒の鋭さだけでは仲間は動かせず、世の中も動かせない。人を動かすは人格。
・ぼっけもん
・沼間守一「自分は実はフランス語ができない。我らは活眼さえあればこの文明を見ることができ、その文明を作っている法を察することができる。武士たるか武士たらざるかがあるのみである。」
・変節家ジョセフ・フーシェ
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文中の、大久保が留学中の大山巌に手紙で伝えたなかの「国家の事は、一時的な憤発とか暴挙とかでもって愉快を唱えるようなものではない」ということばが、自分の身にしみました。
「国家」を「自分の人生」に置き換えて、反芻しています。
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これまでの司馬遼太郎作品と比べるとなかなか進まなかったのが正直なところ。
でも巻末に近づくにつれ、島津斉彬に対する西郷隆盛の忠誠心・想い、その想いを汲んだ”征韓論”の位置付けが明確になってきた。
というより、孤島としての日本の歴史に染み付いている畏れみたいなものが見えてきた。
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「尊王攘夷」のスローガンで始まった筈の倒幕運動から、明治維新が為ってみたら、幕末からの開国方針が何も変わっていないという、この歴史の流れが、長らく釈然としなかったのだが、これを読んで、漸く腑に落ちたというか――当時の士族達も釈然としなくて、だからあちこちで士族の反乱が起きて、最終的に西南戦争に至ったのね、と。しかし、旧支配層の武士は既得権益を取り上げられ、庶民は税金やら兵役やら負担が激増した、この明治維新という大改革が、よく破綻・瓦解しなかったものだという、新たな疑問が湧いてきた。
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読めばきっと大久保利通を好きになる作品。
司馬遼太郎の良いところは、好きな登場人物を持ち上げ過ぎないところじゃないかと思う。長州人のこと好きだよね?・・・ね?
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西南戦争の物語。全10巻なので導入の導入という感じ。
日本の近代史は、明治維新という輝かしい改革に始まり、太平洋戦争の敗北という悲劇的結末に終わる。
生命は生まれた時に死も内包しているというが、大日本帝国にしてもそうだろう。
西欧列強に伍さんと近代化を目指すことは是としても、アジアへの進出は後世では侵略として語られることになってしまっている。
現代の価値観で裁くことは愚かだが、それでも別の方法があったのではないか。
それを成さんとしたのが西郷隆盛だったのである。
・・・と、大袈裟かもしれないが、私はこのように読んでいる。続きが楽しみ。
Posted by ブクログ
~全巻通してのレビューです~
主人公の西郷隆盛が捉えどころのない茫漠たる人物として描かれているので、読後の感想も何を書こうかといった感じで難しいですね。
西郷は征韓論を言ってた頃はわりとはっきりした人物像でしたが、西南戦争が起こってからは戦闘指揮をするわけでもなく神輿に乗ってるだけでしたから。
司馬先生ももっとはっきりした人物が浮かび上がってくる見込みをもって描かれたのではないでしょうか。
もう一人の主人公ともいうべき大久保利通は一貫して冷徹で寡黙な人物として描かれてます。
台湾出兵後の清との交渉では、大久保の粘り強さと決断力炸裂で面白かったですね。
あとは、やはり最後城山で薩軍が戦死する場面が良かったかな。
テロリスト桐野や狂人のような辺見はずっと見てきてお腹いっぱいに感じてたので、やっと終わるかと。
読んで爽快感が得られる本ではないので、評価はなかなか難しい作品かと思います。
でも、この日本という国を理解するうえでは、読むに欠かせない作品かと思いました。
Posted by ブクログ
さすが、司馬遼太郎だないう感想。
期待を裏切らない。
あまり前知識を入れずに読み始めたために、
西郷や大久保、木戸孝允が話に絡んでくるまで、話に入り込めなかった。
しかし、少しずつ話に入り込むと、明治日本を作った人間たちのそれぞれの思いや行動に、時には納得し、時には疑問に思うこともありながら、それぞれの正義に向かって進んでいく姿勢にワクワクしつつ読み進めてしまう。
Posted by ブクログ
p.194-195
かれは一方では自分のつくった明治政府を愛さざるをえない立場にあり、一方では没落士族への際限ない同情に身をもだえさせなければならない。矛盾であった。
矛盾を抱えたまま、西郷隆盛はどのような道を歩んで行くのか…。残り9巻。ゆっくり楽しんでいこうと思います。
Posted by ブクログ
全10巻の1巻だから、本当に序盤の序盤。
まだ面白いかどうかは、判断はつきにくい。
今、毎週 大河ドラマも観ているからその内容と同じ?と思ったけれど、こっちはもっと先の維新後からのスタートだった(あらすじは、よく読みましょう;;;)
今年、維新を迎えてから150年目の節目に当たる。先人達の熱い息吹と、血潮を感じてみるのも良いものである。
Posted by ブクログ
以前、鹿児島に住んでいた時に読んだので、15〜16年振りに再読。御一新が成就して新たな時代がスタートし、盟友の西郷さんと大久保さんの関係に距離が出てきた。最後にあった師匠とも言える島津斉彬公のお話は興味深く、征韓論は斉彬公のアジア同盟構想からスタートしたことは、なるほどと思わせることはあり、久しぶりに照国神社に行きたくなった。
Posted by ブクログ
歴史は倫理ではなく感情の結果として成るという形容のままに、維新前後に現れた天才達の心理描写を深く描いている。
坂の上の雲でも描かれた郷土意識なくして明治時代は語れないようです。
主な登場人物を整理して読むと理解しやすい。
〈備前佐賀〉
江藤新平
大隈重信
大木
〈薩摩〉
大久保利通(日本最大の策士)
東郷平八郎
島津斉彬
島津久光(保守主義)
川路利良(警視総監)
〈公卿〉
岩倉具視
三条実美(さねとみ)、新国家の首相
〈土佐〉
板垣退助
坂本龍馬(既に死せる)
〈長州〉
木戸孝允(たかよし、桂小五郎)
井上馨(かおる)
山県有朋
大村益次郎(首相、暗殺)
高杉晋作(既に死せる)
伊藤博文
副島種臣
桐野利秋(陸軍少将)
氏の作品らしく、その他多くの人物が登場して知的好奇心を十分に満たしてくれ、この時代に大いに興味を掻き立てられる。
しかしこの流れで10巻もあるなんて、しかも維新成立後からの物語とは。。
Posted by ブクログ
来年の大河ドラマの主人公、西郷隆盛についてここのところ何冊か読んでいるが(海音寺潮五郎氏の西郷隆盛・伊東潤氏の西郷の首等)やはり司馬遼太郎作品「翔ぶが如く」に尽きますね。10年ぶりくらいに読み直しです。
Posted by ブクログ
【あらすじ】
明治維新とともに出発した新しい政府は、内外に深刻な問題を抱え、絶えず分裂の危機を孕んでいた。
明治6年、長い間くすぶり続けていた不満が爆発した。
西郷隆盛が主唱した「征韓論」は、国の存亡を賭けた抗争にまで沸騰してゆく。
征韓論から、西南戦争の終結まで新生日本を根底から揺さぶった、激動の時代を描く長編小説全10冊。
【内容まとめ】
1.西郷隆盛・大久保利通の出生からではなく、明治維新後の物語
2.薩摩隼人という現代日本人とは一線を画す民族の詳細
3.薩摩隼人は「得たいが知れない」!!
【感想】
日本史はとても面白い。
いつの時代も魅力的だが、やっぱり個人的に特に好きなのは、幕末から明治初期にかけてのこの激動の時代だな!
とは言え、坂本竜馬を主人公とする「竜馬がゆく」以外はあまり詳細を知らなかったこの時代の出来事。
戊辰戦争?鳥羽伏見?うーん、新撰組の終焉なども含めて、この数年はポッカリと穴が開いたようにあまり詳しく知らない・・・
「翔ぶが如く」の主人公は、西郷隆盛・大久保利通を始めとする薩摩っ子たち!
桐野利秋、川路利良(としなが)も、やや属性は違うものの薩摩の血を強く感じる魅力的なキャラクター。
余談にそれる度に彼らと疎遠になってしまうので、余談は楽しいけど寂しさが勝ってしまうんだよなぁ・・・
また、「はじめに」の内容が面白すぎる。
筆者・司馬遼太郎でさえ主人公である薩摩隼人の全貌が分からないというのだ!!
・行動が俊敏
・「自分たちこそが日本人」という確固たる優越感
・やさしさとユーモア
・気性の荒さと残忍性
確かにこの人たちは「得たいが知れない」よね!!笑
同じ時代にこんな奴らが居たとすれば、こんな安穏とした生活は送れなかっただろう。
余談にそれなければ、半分、いや3分の1程度のペースで物語が終結するのではないか?
勉強になるし、学校では絶対教えてもらえない歴史の内面が詳しく知れて楽しいし、なによりそれが司馬遼太郎作品の良いところなのは否定できないが・・・
早く物語の続きが見たい!!!!笑
長編ですが、のんびり読もうと思います。
【引用】
「君たちは得体が知れない」
隼人と呼ばれるほど行動が敏捷で『自分たちこそ日本人の原型である』という優越感を持ち、優しさとユーモアが共通していて、不思議としか言いようのない気配を歴史の上に投影した薩摩藩民の物語。
こういう機微が分からなければ、うかつに薩摩のことは書けないとまで思い悩んだとのこと。
p75
大久保は執拗な性格を持っている。
物を考えるときには眼前の人間を石のように黙殺することができた。
彫りの深い端正な顔には無用の肉はすべて削ぎとられていて、どうやらそのことは容貌だけでなく精神もそのようであった。
彼は仕事をするためにのみ世の中に生まれてきたかのようであり、他に無用の情熱や情念を持たず、そういう自分の人生に毛ほどの疑いも持っていなかった。
p82
・隆盛は間違い、父の名前
通称 吉之助、名乗りは隆永
西郷は訂正しにもゆかず、彼自身は常に吉之助を称していた。
自分の名前などどうでもいいという桁外れたところがこの兄弟にあった。
Posted by ブクログ
明治維新後の日本政府を様々な視点から書いた歴史小説。歴史小説というか歴史資料と言っても差し支えない程、詳細に説明している。
第一巻では主に、それぞれの観点からみた「征韓論」について述べている。征韓論は国を滅ぼす危険性を持つという考えや、士族のやり場のないエネルギーの矛先となり日本を活気づけるという考えなど様々なものがあった。
この時代に列強国へ赴き、自国の遅れと向き合い未来の日本のために事を為そうとした人がいた。その一方で、幕末の革命の熱気に当てられ続け、先の時代を見据える事が出来ていない者たちにも焦点を当てていた。今日、もしかすると自分は後者なのかもしれない。未だに学生時代を引きずり前に進めていないのかもしれない。これを期に先の時代に目を向けられる大久保や川路、岩倉のようになりたいとかんじた。
Posted by ブクログ
鹿児島に行く機会があり、新政府軍に反旗を翻した人物でありながら、なお薩摩の英雄として厳然と存在感を放っている西郷隆盛という人物についてもっと知りたくなり、手に取った。
小説というよりは、司馬遼太郎の維新論が述べられている風だか、やはりきちんと小説として話が進んでいる手法は流石である。
英雄としての西郷ではなく、人間西郷が描かれている。続きが気になる。
Posted by ブクログ
「翔ぶが如く(1)」(司馬遼太郎)を読んだ。
あの遥けき時代・・・明治。
現在の日本国の礎を築いた「異能者」達がいた。
私は日本人にあるまじき程に「西郷隆盛」という人物について無知である。
全10巻かあ。長っ!!
Posted by ブクログ
「小さく撞けば、小さく鳴り、大きく撞けば、大きく鳴る」とは龍馬が行くで龍馬の西郷評だが、その人となりを第一巻では色々描写している、島津斉彬との関係、盟友、大久保利通との立場の違いなど。来年の大河ドラマの予習になった。
Posted by ブクログ
明治維新後の日本の話しで、幕末に活躍した人達のその後の生き方を知れるということが面白い。続「竜馬がゆく」を読んでいるような感覚だ。作者の個人的感情がだいぶ入っているが、伊藤博文や大隈重信や板垣退助など、エラいことをやったと思われている人達の欠点を欠点としてはっきりと書いていて、彼らもその他と大差ない人間だということが感じられるというのは新鮮な感覚だ。教科書はその人間が行った実績や事実は書くけれども、その人はどういう人間であったかということまでは書かない。どこまでが真実でどこまでが司馬遼太郎の私見なのかはわからないけれども、明治の、今に名が残っている人々の生き方を知ることが出きるというのは面白い。
大久保には厳乎として価値観がある。富国強兵のためにのみ人間は存在する、それだけである。かれ自身がそうであるだけでなく、他の者もそうであるべきだという価値観以外にいかなる価値観も大久保は認めてない。
なんのために生きているのか。
という、人生の主題性が大久保においてはひとことで済むほどに単純であり、それだけに強烈であった。歴史はこの種の人間を強者とした。(p.76)
薩長の士は、佐賀人とは政治体験がちがっていた。個々に革命の血風のなかをくぐってきて、「才略や機鋒のするどさだけでは仲間も動かせず、世の中も動かせない」ということを知るにいたっている。むしろなまなかな才人や策士は革命運動の過程で幕吏の目標にされて殺されるか、そうでなければ仲間の疑惑をうけて殺された。たとえば幕末に登場する志士たちのなかで出羽の清河八郎、越後の本間精一郎、長州の長井雅楽、おなじく赤根武人といった連中は、生きて維新を見ることができたどの元勲よりも頭脳が鋭敏であり、機略に長け、稀代といっていい才物たちであったが、しかしそれらはことごとく仲間のために殺された。結局、物事を動かすものは機略よりも、他を動かすに足る人格であるという智恵が、とくに薩摩人の場合は集団として備わるようになっていた。(p.155)
江戸期の武士という、ナマな人間というより多分に抽象性に富んだ人格をつくりあげている要素のひとつは禅であった。禅はこの世を仮宅であると見、生命をふくめてすべての現象はまぼろしにすぎず、かといってニヒリズムは野孤禅であり、宇宙の真如に参加することによってのみ真の人間になるということを教えた。
この日本的に理解された禅のほかに、日本的に理解された儒教とくに朱子学が江戸期の武士をつくった。朱子学によって江戸期の武士は志というものを知った。朱子学が江戸期の武士に教えたことは端的にいえば人生の大事は志であるということ以外になかったかもしれない。志とは経世の志のことである。世のためにのみ自分の生命を用い、たとえ肉体がくだかれても悔いがない、というもので、禅から得た仮宅思想と儒教から得た志の思想が、両要素ともきわめて単純化されて江戸期の武士という像をつくりあげた。
西郷は思春期をすぎたころから懸命に自己教育をしてこの二つの要素をもって自分の人格をつくろうとし、幕末の激動期のなかにあってそれを完成させた。(p.220)
長州人の集団というのは薩摩人集団とちがい、頭目を戴くということを習慣としてもっていない。幕末、長州藩を牛耳った革命集団は書生のあつまりであった。かれらの師匠は死せる吉田松陰で、死者だけに頭目としての統率力はもっていない。長州の革命秩序は、せいぜい兄貴株の存在をゆるす程度であった。この兄貴株が、すでに亡い高杉晋作と、明治後まで生きて元勲になった当時の桂小五郎、いまの木戸孝允である。
木戸がもし薩摩にうまれておれば悠揚たる親分の風格を身につけたにちがいないが、長州人集団ではそういう型の人間を許容せず、書生気分を維持することを必要とする雰囲気があった。木戸は、あくまでも書生気質を維持している。(p.226)
斉彬はライフル銃を作ろうとした。かれは帰国の前日、幕閣に、ぜひ、そのめずらしいものを拝見したい、と乞い、一挺を借り、一晩でそれを分解して図面に写しとり、幕府に返し、帰国した。帰国後、からは「集成館」と名づけているかれの工場に、「これを三千挺つくれ」と命じた。集成館には、この小銃をつくるだけの工作機械がそろっていたのである。ペリーも、かれが愚弄した日本国のなかでライフル銃を大量製造しうる侯国が存在していることを想像すらできなかったであろう。物理学や化学などの基礎学問や応用化学や機械学などもアメリカのハイスクールやその種の職業学校程度で教えられているぐらいの内容のものは、肥前佐賀藩や薩摩藩ではすでにもっているということもペリーは知らなかった。(p.300)
大隈重信の描写に難あり
司馬氏が早大出身者に私怨でもあるのだろうか。必要以上に大隈重信のことをあしざまにけなしている点が見苦しかった。司馬ファンであるだけに実に残念だった・・・。