司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 関ヶ原(下)

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    disney+の将軍を観て、司馬遼太郎の関ヶ原を読み返しました。情報戦・調略により、東軍の勝ちは確定しているのに、色々そうだったんだ的な気付きも多く愉しめました

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    2024年05月25日
  • 翔ぶが如く(七)

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    いよいよ西南戦争が勃発するかというところまできた。権力拡大とと士族の暴走による暴動で抑え込めなくなった西郷が下山し、戦闘状態へ突入していく…

    ちなみにここで出てきた伊東祐亨、こちらも坂の上の雲に出てくる重要人物。猪瀬さんの本だったかコメントだったかで、ある人について知るには2世代前から遡れとあったことの意味を理解する。なるほどこんなに繋がってるんだなとその片鱗に触れる。

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    2024年05月20日
  • 翔ぶが如く(六)

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    神風連の乱までのストーリー
    あっけなさが伝わるようにこのシーンは数10ページで完結してしまったが…
    ここまできたのでなんとか読み切りたいが、勉強になると思いつつ少し単調…
    坂の上の雲で出てくる児玉源三郎や乃木希典とか出てきたのがおっ!ってなったくらい

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    2024年05月15日
  • 城塞(中)

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    大坂方の中枢にいる大野修理は、この土壇場にありながら、戦略より政略でいこうとしていた。豊臣家の威光がなお、有効だと信じて。「不幸な計算ちがい」(p266)である。

    この大坂方のおバカさんを利用することで、狸おやじである家康の本領が発揮される。冬の陣の和睦の席で、なんと家康は本多正純(上野)に対して「上野も修理にあやかれ」(p522)と修理をたてにたてた。戦国を生き抜いた一代権力者におだてられ、修理は「一大感動を発してしまった」(p523)。もちろん大ウソである。しかしこれが、家康の大いなる布石。バカを中枢に留めておき、真田幸村らの意見が通らぬようにする策略だった。

    家康の意図通りになる大坂

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    2024年05月08日
  • 城塞(下)

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    家康の布石は見事に効いた。
    おバカの大野修理をおだてることで、幸村ら能力者の意見はしりぞけられていく。

    『和漢いずれにせよ、衰亡してゆく権力が過去にたどってきた法則的な道を、豊臣家はあらためて法則どおりに辿ろうとしていた』(p38)

    普通にやれば勝てるはずの戦で、家康は、「さらにもう一手」を打つのを怠らない。その周到さ!

    家康によって最後の手段である秀頼出陣を阻まれた幸村は『古今の悪人とは駿府翁のことかな』(p467)と嘆じた。この物語で最も残酷で悲しいシーンの一つではなかろうか。

    しかししかし、それでも、ぎりぎりまで運をみすてない幸村の執念には、驚嘆するほかない。その姿から、生きる力

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    2024年05月10日
  • 街道をゆく 37

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    司馬遼太郎の街道をゆくシリーズ。
    東大のキャンパスは加賀藩の江戸屋敷の跡地で、赤門は徳川十一代将軍の家斉の娘が加賀前田家に降嫁したときに建てられた屋敷の門。そのほか夏目漱石、森鴎外、樋口一葉などが家を構えたトリビアなどを描く。
    本郷には足を踏み入れたことがないが、ここで学生生活を過ごした人にとっては「へー」と思うこと満載だろう。

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    2024年05月06日
  • 翔ぶが如く(四)

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    内乱(革命)を達成した後のエネルギーが行き場をなくして外征へ向かう…この歴史は何度も繰り返されており、明治維新における薩摩も同様と見える。。それを抑え込むための征韓論であり…というのが要旨。
    10巻あるのでまだ西南戦争も始まっていないのだが、やや長い…

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    2024年05月06日
  • 街道をゆく 10

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    以下抜粋~
    ・中央政権は奥州征伐というものを繰りかえしたが、要するに弥生式農耕をすすめてまわる運動だったといってよく、その意味からいえば初期律令国家というのは水田農耕を推進して租税の増収をはかる公社といったような性格があった。
    その公社に順った者は、「山夷」に対する言葉として「田夷」とよばれた。

    ・江戸期、佐渡は一円に能がさかんで、百姓たちが能狂言の役者になり、あるいは歌い手になり、かつ見物者としても楽しんだ。京や江戸でもここまでの謡曲の普及はみられなかったに相違いなく、この意味では佐渡は濃厚に江戸文化を沈殿させた土地といっていい。

    ・日本文学史における伝奇的空想力は中国のそれとくらべると

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    2024年05月05日
  • 新装版 風の武士(下)

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    上巻に続き主人公が抜けているところがよい。安羅井人が主人公を評するところ(258-259ページ)が的を得ている。読者を飽きさせない展開がさすが司馬さん。

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    2024年04月30日
  • 城塞(上)

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    戦国時代の終結を告げる大坂の陣を題材にしながら、実に現代的な本だ。
    大坂方の中枢は、世の中の流れが完全に関東にいっていることが分からない。「豊臣恩顧」などという論理も、力でくつがえるという現実を見ようとしない。そんな沈む舟から、脱出する人がいる。裏切って内通する人がいる。(総大将に指名され、すぐに逃げた織田信雄には笑うしかなかった)。昭和体質を捨てられず、没落する日本企業を見る思いだ。
    一方で、関東方には、権力のためならいくらでも学問をねじ曲げる御用学者がいる。ようは勝てばいい、政権が続けばいい。そんな権力中枢のリアルが描かれる。現代日本政治を見る思いだ。「関ケ原」とあわせて読みたい。名品。

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    2024年05月08日
  • 翔ぶが如く(三)

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    西郷隆盛が東京を離れて薩摩へ帰る。
    まだ政府組織が確立されていない中での重要人物の下野、様々な人間が自身の思惑で動き、
    政府を強くしようとするもの、壊そうとするもの、作り替えようとするもの等…
    激動の時代、明治になったら維新完了…みたいなノリで捉えてる人は読んで欲しい。
    明治憲法の制定まではまだまだ長い…

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    2024年04月29日
  • 胡蝶の夢(一)

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     江戸時代末期に江戸で蘭方医学を学んだ医師と、そのもとに弟子入りをして蘭語を学んだ若者の物語。どちらの人物も一般的に広く知られた人物ではなく、私も初めて耳にする名前だった。物語の展開もそれほど派手なものではなくて、少なくともこの上巻を読んだだけでは地味な話だった。

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    2024年04月28日
  • 竜馬がゆく(二)

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    江戸に入っても恋は難しいものなのだなぁと感じた。武士等の家格がまだ残っており、ゆきずりしかできないと思うと悲しくなる。

    当時の脱藩も想像以上に一大事で驚き。
    その人だけかと思ったら家全体にとてつもない影響を及ぼすと考えると竜馬の行動がとても大きな決意なのだと改めて感じる。

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    2024年04月18日
  • 関ヶ原(上)

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    石田三成の目線で描かれた関ヶ原の合戦前。日本人なら誰でも知る一大決戦を司馬遼太郎の小説として読めるのがありがたく、徳川家康の狡猾さなど読み応えがあった。中下巻も楽しみたい。

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    2024年04月13日
  • ロシアについて 北方の原形

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    司馬遼太郎氏が『坂の上の雲』など、ロシアを題材にした作品を執筆する中で感じた彼の国に関する論考がまとめられている。その歴史的な成り立ちや、「タタールのくびき」等の民族的価値観に影響を与えた経緯について、体系的に理解できる。

    ロシアの日本に対する羨望は、領土拡張などの野心というよりも恋慕に近い感情がある。シベリアという巨大な大陸を抱え、そこに暮らす住民たちの飢えや経済交流を極東側の列島に期待してきた歴史があるが、鎖国し毛皮や自然資源をさほど求めてない日本はずっと交流を絶ってきた。

    帝国としては後発で、広大な領土をまとめるためには統制的な絶対君主が必要な国家体制は、実は今も変わっていない。そし

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    2024年04月12日
  • 城塞(上)

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    家康による悪巧みの物語。
    戦国時代の幕引きとなる「大阪の陣」だけど、関ヶ原から十数年後で歴戦の武将はもういない。家康1人が戦国の気風を知っているという書き方になっていて、自軍の若い武将を嘆くところも時代の変わり目というところでしょうか。
    それにしても徹底して家康を悪者にし、豊臣方は無能の集団として描く。近年、これほど無能な「淀の方」は描かれていない。どこで潮目が変わったのかね。

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    2024年03月30日
  • 新装版 王城の護衛者

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    教科書には出てこない幕末の活躍者を描いた短編集。その時代や情勢に振り回されるも陰日向に咲いた英雄たちに胸が痛む。個人的には王城の護衛者、英雄児、人斬り以蔵が好き。

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    2024年03月29日
  • 街道をゆく 37

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    以下引用

    ・主幹線の東海道にくらべ、この副幹線は、途中、大河がない。従って氾濫で足どめされることがないという利点があって、文久元年、将軍家茂に降嫁した皇女和宮の東下のときも、経路として中山道がえらばれた。

    ・光圀があるとき、
    「世間では、尾張・紀伊・水戸のことを”御三家”などというが、甚だしくちがっている。”御三家”とは公方家(将軍家)と尾張・紀州のことをいうのだ。水戸はその三家の後見のようなものである」
    つまりは三家が我儘におよぶときは、意見申しあげる役目の家である、といったという。

    ・かれのロンドン留学時代の憂鬱を一時的にも救ったのは、滞英中の化学者池田菊苗との会話だったことはよく

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    2024年03月17日
  • 坂の上の雲(七)

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    この物語の全体を通して、戦地や各港の位置関係や艦隊の航路を理解するために何度もGoogleマップを見た。それだけでも、知ってるつもりで知らなかったことがまだまだあるものだと思わされる。

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    2024年03月12日
  • 街道をゆく 7

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    甲賀伊賀道、大和と壷坂道、明石海峡と淡路道、砂鉄の道といった複数の諸道が一冊に含まれており、それぞれが連関していると思って読み進めたがそうではなく独立した項目。古代中国朝鮮から日本の山陰地方へ製鉄たたらの技法が伝承した事を論じる砂鉄の道が1番わかりやすかった。おおくの水と材木を必要とする鉄の製造に気候風土的に適していた日本が朝鮮よりも発展していったと論じる鉄と文明の密接な関係性に想いを馳せた。

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    2024年03月11日