司馬遼太郎のレビュー一覧

  • ロシアについて 北方の原形

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    司馬遼太郎氏が『坂の上の雲』など、ロシアを題材にした作品を執筆する中で感じた彼の国に関する論考がまとめられている。その歴史的な成り立ちや、「タタールのくびき」等の民族的価値観に影響を与えた経緯について、体系的に理解できる。

    ロシアの日本に対する羨望は、領土拡張などの野心というよりも恋慕に近い感情がある。シベリアという巨大な大陸を抱え、そこに暮らす住民たちの飢えや経済交流を極東側の列島に期待してきた歴史があるが、鎖国し毛皮や自然資源をさほど求めてない日本はずっと交流を絶ってきた。

    帝国としては後発で、広大な領土をまとめるためには統制的な絶対君主が必要な国家体制は、実は今も変わっていない。そし

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    2024年04月12日
  • 城塞(上)

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    家康による悪巧みの物語。
    戦国時代の幕引きとなる「大阪の陣」だけど、関ヶ原から十数年後で歴戦の武将はもういない。家康1人が戦国の気風を知っているという書き方になっていて、自軍の若い武将を嘆くところも時代の変わり目というところでしょうか。
    それにしても徹底して家康を悪者にし、豊臣方は無能の集団として描く。近年、これほど無能な「淀の方」は描かれていない。どこで潮目が変わったのかね。

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    2024年03月30日
  • 新装版 王城の護衛者

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    教科書には出てこない幕末の活躍者を描いた短編集。その時代や情勢に振り回されるも陰日向に咲いた英雄たちに胸が痛む。個人的には王城の護衛者、英雄児、人斬り以蔵が好き。

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    2024年03月29日
  • 街道をゆく 37

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    以下引用

    ・主幹線の東海道にくらべ、この副幹線は、途中、大河がない。従って氾濫で足どめされることがないという利点があって、文久元年、将軍家茂に降嫁した皇女和宮の東下のときも、経路として中山道がえらばれた。

    ・光圀があるとき、
    「世間では、尾張・紀伊・水戸のことを”御三家”などというが、甚だしくちがっている。”御三家”とは公方家(将軍家)と尾張・紀州のことをいうのだ。水戸はその三家の後見のようなものである」
    つまりは三家が我儘におよぶときは、意見申しあげる役目の家である、といったという。

    ・かれのロンドン留学時代の憂鬱を一時的にも救ったのは、滞英中の化学者池田菊苗との会話だったことはよく

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    2024年03月17日
  • 坂の上の雲(七)

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    この物語の全体を通して、戦地や各港の位置関係や艦隊の航路を理解するために何度もGoogleマップを見た。それだけでも、知ってるつもりで知らなかったことがまだまだあるものだと思わされる。

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    2024年03月12日
  • 街道をゆく 7

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    甲賀伊賀道、大和と壷坂道、明石海峡と淡路道、砂鉄の道といった複数の諸道が一冊に含まれており、それぞれが連関していると思って読み進めたがそうではなく独立した項目。古代中国朝鮮から日本の山陰地方へ製鉄たたらの技法が伝承した事を論じる砂鉄の道が1番わかりやすかった。おおくの水と材木を必要とする鉄の製造に気候風土的に適していた日本が朝鮮よりも発展していったと論じる鉄と文明の密接な関係性に想いを馳せた。

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    2024年03月11日
  • 空海の風景 下巻 (改版)

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    「空海 高野山 真言宗」
    雲の上の存在の立派なお大師さま、というだけのイメージでしたが、たくましくしたたかに生きる人間味あふれる姿に親しみがわきます。

    今中国語を勉強している私としては、唐に渡る前から中国語が堪能だった空海にあこがれます。
    この時代世界一の都であったろう唐の長安に留学して街を見て学んだ空海はどんなにワクワク興奮したことでしょう。

    西安、高野山、行きたいな。

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    2024年03月04日
  • 坂の上の雲(五)

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    軍人としての乃木の能力が本当にいまいちなのか否かは置いておいて、同世代の軍人仲間から慕われたり心配されたり、敵将を敬ったり敬われたり、無口だけど漢詩などの表現のセンスに長けていたり、といった人としての魅力に富んだ人だったのかな、そしてその点は司馬も認めていたのかな、ということが感じられた。

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    2024年03月03日
  • 坂の上の雲(四)

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    自分は乃木さんに関する知識をまったく持っていないですが、地名になったり神社まである人が本当にこんなふうに無能だったのかなというのは疑問に思った。乃木さんの他の評価も知ってみたいという思いと、司馬さんの評価の背景(エビデンスが何かということではなく考え方とか感じ方のパーソナリティ)も興味深いなと思った。

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    2024年02月29日
  • 胡蝶の夢(四)

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    戊辰戦争が始まり、良順は佐幕軍に従軍し会津若松で軍医をする一方、関寛斎は官軍野戦病院長として働くこととなる。伊之助は佐渡で鳥羽伏見の戦いで官軍が勝ったことを聞いて横浜の佐藤泰然の元へ行きそこで英国医師ウィリスなどの通訳として働く。戦争後伊之助は語学塾を開き新政府が新たに設立した大学東校でドイツ医師ホフマンらの通訳としても働くがこれと言った成果もなく最終的には結核でなす所なく死んでいく。
    全話通して話が脱線する箇所が多くテンポが悪いように感じ少し読みづらかった。良順と伊之助が主人公なのかなと思ったけど後半は寛斎の記述が多くなっていって作者は誰かにフォーカスを当てるというよりも蘭学が江戸時代後期に

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    2024年02月29日
  • 街道をゆく 1

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    司馬遼太郎大好きだがなかなか読み進められず…半年くらいかけて読んだ気がする
    一昨年と今年滋賀を旅したが、なかなか風土が残る味のある土地だと思う
    また行きたい

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    2024年02月25日
  • 胡蝶の夢(三)

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    長崎から江戸に戻った松本良順は伊東玄朴らが創立した西洋医学所の頭取となる。そこでポンペ式の授業を取り入れようとするも保守的考えが根強い当時の書生から反発を受けることとなる。その後幕末の動乱の中、京都に滞在していた一橋慶喜の主治医として京都に上る。その後江戸に戻るも、征長戦争のため将軍家茂が大坂に向かうのに帯同することとなる。
    一方伊之助は祖父の伊右衛門によって平戸から佐渡へ連れ戻されてしまう。佐渡でも他の漢方医を敵に回してしまうように、人間関係はうまくはいっていない。
    伊之助は斜視と性欲の支配によって素晴らしい才能も無にきしている感じがあるな。
    幕末の混乱は今じゃ想像もできないくらい酷いものだ

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    2024年02月25日
  • 坂の上の雲(六)

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    ロシア帝政の瓦解のはじまり。
    日露戦争時、遼東半島や南満州の戦場だけでなく、ヨーロッパでも勝利のために活動する日本人がいたのですね(このくだり、ちょっと長かった...)

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    2024年02月25日
  • 胡蝶の夢(二)

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    長崎の地でポンペに師事した良順はオランダ式の病院を長崎に作ることにした。長崎奉行の岡部の力もあり見事完成し順天堂から学びにきていた舜海や関寛斎らと共に活動する。一方伊之助は一度読み聞きしたものは記憶するという類稀なる能力でポンペの講義を他の塾生に翻訳して伝えたりしていたが、人間関係に興味がなく他の塾生やポンペから毛嫌いされてしまい追い出される形で平戸へと旅立つ。そこで同じ塾生だった岡口等伝の娘と結婚することとなる。
    オランダ式の病院を導入することによって日本の封建社会が覆され平等意識が民衆に芽生えるきっかけになったというのは驚きだった。

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    2024年02月20日
  • 坂の上の雲(三)

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    いよいよロシアとの戦いは避けられない気配が濃くなって開戦する。そんな中でも個人間では敵国の知人をリスペクトしたり、国家間でも戦いながらも相手の大将の死を悼む雰囲気もあったというところが示唆深い。

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    2024年02月20日
  • 胡蝶の夢(一)

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    江戸後期の松本良順と島倉伊之助が主な登場人物。幕府の奥医師として働く良順のもとに佐渡から伊之助が弟子として赴くも、他の人の感情や礼儀を知らない伊之助はすぐに良順の実父の泰然が起こした蘭学塾順天堂へ移され、そこでも周りから不快がられることで佐渡へと帰ることになる。一方良順は幼少期から蘭学を学びオランダ流医術を行いたいと思うも、鎖国中の幕府内では異国の医術は行えず渋々漢方医学を行っていた。そこにペリー来航に伴う長崎での海軍設立を期に長崎へ赴きポンペイに師事することとなる。良順は長崎に伊之助を呼ぶところで話は終わり。
    世襲制を長く続けると才能のない者が蔓延る事例がちょうどこの時代で勝海舟がこれに大い

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    2024年02月15日
  • 梟の城

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    司馬遼太郎 菜の花忌
    菜の花みたいな黄色花が好きだったみたい。
    「中外日報」連載 1960年

    織田信長により一族惨殺された伊賀忍者。
    忍者の夜行性と単独性を梟と見立てる。
    伊賀者として生きる重蔵と武士への道を模索した五平。対照的な生き方を選んだ二人の忍者。
    豊臣秀吉の暗殺の依頼を受けた重蔵は相弟子だった五平と敵対する事になる。
    戦乱の世のスパイ合戦。
    戦国末期の暗闇の争い。
    伊賀と加賀の忍者の気質の違い。
    金で動く表に出ない忍者を小説の中央に置く。
    この二人に二人の女性がたびたび絡むのだけど、思いの外、女性に甘めなのではと思ってみたり。
    ラストは、五平を囮として秀吉を追い詰めた重蔵。孤高の伊

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    2024年02月12日
  • 十一番目の志士(下)

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    この小説でこの作家はどうしても天堂晋助という架空の人物を描きたかったのかな?
    どことなく煮え切らない感じで、いまいちその熱量というか、想いが感じられなかったなぁ。
    ただ幕末の主要人物の論点整理ではないけれども、この人物を駒にして人物評的紹介が一通りなされていて、その観点で幕末の簡単な外観図を手っ取り早く頭に入れたいというリクエストには十分に応えられるものかと。

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    2024年01月11日
  • 故郷忘じがたく候

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    ネタバレ

    故郷忘じがたく候

    著者:司馬遼太郎
    発行:2004年10月10日
    文春文庫
    *1976年文庫の新装
    短編小説3編『故郷忘じがたく候』『斬殺』『胡桃に酒』

    有名な小説だけど、読んでいなかった。鹿児島県日置市の苗代川焼(苗代川は川の名ではなく地名)の有名陶芸家、沈寿官のお話。現在の当主は第15代だが、4年前に他界した14代はマスメディアでも見かけ、知っている人も多い。2008年放送の「鶴瓶の家族に乾杯」では、たまたま鶴瓶がトイレを借りに入った家が沈寿官氏の窯で、14代が出てきて驚いた。ただ、番組上は〝たまたま〟としているが怪しい。

    14代は著者、司馬遼太郎ともこの作品をきっかけに(?)交流が

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    2024年01月08日
  • 街道をゆく 7

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    再読。言わずと知れた紀行文学の金字塔、司馬遼太郎の『街道をゆく』である。

    出張やら旅行やらで地方に出かけるとき、もしこのシリーズで踏破されている土地であるならば、事前にパラパラとめくっておくことが多い。

    本書の初版刊行はおよそ半世紀も前。紀行文の場合、通常ならばあまりに内容が古くなり、読書に耐えられなくなるものだが、本シリーズに限ってその心配はあまりない。なにせ、紀行文ではあるのだが、現代(当時の)パートは口直しで、メインディッシュは司馬さんが縦横無尽に語り尽くす歴史談義だからである。

    特に本書「砂鉄みち」は、史料の乏しい古代史であり、司馬さんの空想混じりの噺が際限なく続く。こんなオジサ

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    2024年01月04日