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Posted by ブクログ
1992年刊。「週刊朝日」連載(1991.8.9~92.2.28)。
ごちゃごちゃ言わずにさっと撫でてゆくのが、このシリーズの特徴。今回は本郷「界隈」、本郷、湯島、千駄木や根津などをめぐっている。
頻繁に顔を出すのが鷗外と漱石。その作品には本郷界隈を舞台にしたものが多く、彼らの住まいもそのあたりで何度か変わっているからだ。たとえば、千駄木の家では、漱石は『吾輩は猫である』を書いた(この家には十年ほどまえに鷗外が住んでいた)。この小説には近所のことも登場するが、なかでも有名なのが落雲館中学の生徒と苦沙弥先生が対決する場面。このモデルはいまもある郁文館、そこにも寄っている。
本書、最初のほうには、エドワード・モースも登場する。無学歴ながら博物学を志し、アメリカの大学の先生にまでなり、39歳の時にシャミセンガイの調査研究のために3カ月の予定で日本にやってきた。そしたら大森貝塚の発見、さらにはできたばかりの東大に乞われて教授になってしまう。のべ2年半ほど日本にいて、大きな足跡を残す。日本で最初に進化論を講じ、『日本その日その日』という名著も著した。
なお、本郷と言えば東大だが、東大はキャンパス内の加賀屋敷跡と三四郎池を訪れているだけ。
Posted by ブクログ
以下引用
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・主幹線の東海道にくらべ、この副幹線は、途中、大河がない。従って氾濫で足どめされることがないという利点があって、文久元年、将軍家茂に降嫁した皇女和宮の東下のときも、経路として中山道がえらばれた。
・光圀があるとき、
「世間では、尾張・紀伊・水戸のことを”御三家”などというが、甚だしくちがっている。”御三家”とは公方家(将軍家)と尾張・紀州のことをいうのだ。水戸はその三家の後見のようなものである」
つまりは三家が我儘におよぶときは、意見申しあげる役目の家である、といったという。
・かれのロンドン留学時代の憂鬱を一時的にも救ったのは、滞英中の化学者池田菊苗との会話だったことはよく知られている。池田菊苗は薩摩藩士の子で、大学は漱石よりすこし先輩である。ドイツ留学をし、やがて食べものの味には五味のほか”うまみ”というのがあるはずだと着想し、コンブのうまみ成分からグルタミン酸ナトリウムを発見した。商品名の”味の素”がそれである。
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