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Posted by ブクログ
台湾旅行から帰ってきてこの本を読んだ。自分の旅先と「街道をゆく」シリーズの旅先とが重なったとき、旅の前後に手に取ることが多い。
司馬遼太郎は風土を重視する。地理、気候から産業、歴史を踏まえたうえでその土地に詳しい案内人と共に各所を訪れる。
50年間の日本統治時代に生きていた台湾の人々は、皆かつて"日本人"だったことがあるということであり、本書の中ではもちろん、私が行った現在の台湾でもその痕跡を辿ることができる。
司馬遼太郎は台東に住む原住民の"大野さん"に「戦前風の日本人」を感じ「このさびしさの始末に、しばらくこまった。」と書いている。私も旅先の台南で日本統治時代の痕跡を見て、さみしさ、傷み、捨ててきた故郷のような感覚を持った。
司馬遼太郎は、車中で会った青年から李登輝さんまで、台湾の風土の中にその個人を落とし込んで描き出す。
私は地元の人の生活を垣間見る事ができるような旅がしたいと思っているが、「街道をゆく」の影響が大きかったのかもしれない。
Posted by ブクログ
「街道をゆく」シリーズ、ついに台湾。「週刊朝日」に1993年7月から94年3月まで連載。台湾取材は93年の1月と4月。司馬遼太郎にとっては、最後の海外取材になった。
「紀行」と聞くと、なにやら優雅な旅の思い出を連想するが、本書はさにあらず。かなり重い歴史紀行。しかも訪ねる先々で、みなが涙を流す。司馬はそうした自分たちを「涙袋」と称する。これまでの「街道をゆく」シリーズにはなかったような光景が展開する。
冒頭に登場するのは葉盛吉。司馬と同じ1923年の生まれ。日本統治下の台湾で育ち、旧制二高(仙台)を経て東大医学部入学、そして敗戦。帰台し、台湾大学医学部を卒業、マラリア研究所で研究するも、50年に銃殺刑。27歳。
台湾にはずっと支配者がいなかったが、清が領有権を主張、日清戦争で日本に負けたため、日本の領土となった。戦後は、蒋介石一党が大陸から逃れてきて、台湾を支配するようになった。そこで起こったのが1947年の二・二八事件。これが契機になって、反体制とみなされた者は数年のうちに一掃された。犠牲者は2万とも3万とも言われる(上記の葉盛吉はそのひとり)。驚くことに、1987年まで台湾には戒厳令が敷かれていたのだ。いまの台湾からはとても想像できない。
連載時、台湾の総統は李登輝。司馬と同じく1923年生まれ。旧制台北高校を経て京都大学で農業経済学を学ぶも、学徒出陣。終戦後帰台し、台湾大学農学部を卒業。二・二八事件に参加。その後アメリカの大学院で学び、台湾大学教授。50歳にならんとする時に、政治の世界に足を踏み入れた。司馬とは初対面なのに、旧知の友人のように語り合っている。しかも旧制高校時代の話し方で。
連載には安野光雅による台湾の風物のスケッチが添えられていた。安野は、司馬の台湾行きに同行するも、ほぼ別行動で写生して回っていた。司馬は、敬愛の念も込めながら「俗事に無頓着な画伯」と表現している。挿画は『台湾小景』(朝日新聞社)として刊行されている。
Posted by ブクログ
司馬遼太郎は苦手で作品を読まない。
台湾を知りたいの一環でこの本を手に取ったが、結果は大変良かった。
この作品の通奏低音は、台湾は中国ではない、中国は単なる侵略者だ、、と私は理解した。(ついでに日本も侵略者 だが後の国民党があまりにひどかったので親日派が多いのだろう)
あちらこちらを巡って風俗にふれ歴史を紐解くと、さらにこの想いが強くなっていったようだ。
最後の李登輝との対談には大満足。ここは絶対に読むべし。
よくも中国ベッタリの朝日新聞でこのような主張の本が出せたのか不思議。
ウクライナがロシアの一部ではないように台湾も中共の一部では無い。
一つの中国なんてものは幻想でしか無い。
Posted by ブクログ
李登輝さんが亡くなったことを受け、改めて読み直す。本シリーズは、紀行文のようでありながら、その実、司馬さんがとめどなく語り尽くす歴史の蘊蓄が魅力である。この台湾紀行は特にその感が強く、台湾の歴史、台湾に関わった日本人、市井の名もなき人たちが、パッチワークやコラージュのようにつなぎ合わされ、台湾という「国のかたち」が浮かび上がってくる。
司馬さんは、自分の作品を「22歳の自分への手紙」と言う。終戦時に抱いたこの国はどうしてこうなってしまったのかという強烈な疑問への回答という意味である。台湾について語る場合、当然、日帝時代は避けて通れない。ただ本書では、あくまで台湾にフォーカスが置かれているように感じる。
20年ほど前、私がまだ学生だった頃、台湾の留学生に招かれて食事をした際、唐突に日本が台湾を植民地にしていたことをどう思うと聞かれ、言葉に窮した苦い記憶がある。その後、彼に本書をプレゼントしたところ、いたく気に入り、決まっていた卒論のテーマを変えてこれで書くと言い出し、慌てた指導教官に止められていた。何かが彼の琴線にふれたのだろうと思う。
本書には、李登輝さんと司馬さんの対談も特別に収録されている。蒋政権からまだ5年足らず、台湾総統が日本の、それも小説家に会うということで、当時は小さくないニュースになったという。それから四半世紀経ち、中国が強大化し、台湾は薄氷を踏むようにあり続けている。そもそも台湾という名称自体便宜的な地域名に過ぎず、当然、日本との国交もない。
Posted by ブクログ
【司馬さんがゆく 台湾編】『竜馬がゆく』等の作品で、若い世代の間でも変わらぬ人気を獲得し続けている司馬遼太郎が、台湾を歩きながら感じたことを綴った作品。「国家とはなにか」という大きな問いを手掛かりとし、歴史の奔流の中をたくましく生きてきた台湾について考えを巡らせていきます。
ときには広く名も知られていない個人と、国家や民族、そして歴史という大きな思念の間を、鷹揚に、そして自由に行ったり来たりしながら思考の幅を広げてくれるとことが司馬作品の魅力だと思うのですが、本作ではその魅力が台湾という彩りを伴って、格段に増しているように感じました。これからも『街道をゆく』シリーズに手を出してみようかなと。
〜「日本はなぜ台湾をお捨てになったのですか」と、大きな瞳を据えていわれた。たずねている気分が、倫理観であることは想像できた。考えてみると、彼女の半生をひとことでいえば、水中の玉のように瑩として光る操なのである。こういう人の前では、答えに窮したほうがいいとおもった。〜
考えのヒントをこんなに与えてくれる土地も珍しいのではないか☆5つ
Posted by ブクログ
2016年11月に台湾に行った。台湾の事をより知りたくなったので読んだ。
司馬さんが台湾を訪れたのが1993年くらい。当時の台湾は、民主化から日が浅く、大陸出身でない人間、つまり台湾人が初めて国のトップになってからいくらも経っていない時だった。この紀行は、その当時の、司馬さんの目、つまり外から見た台湾を、教えてくれる。司馬さんの目…というのは、司馬さんが書いたんだから当たり前なんだけど、それこそがこの本の一番の魅力と思う。司馬さんの目から見た台湾、を当時の日本人から見た台湾、と言い換えてもいいかもしれない。なぜなら2016年11月に自分が行った台湾では、この本に書いてあることは(知識不足は大いにあれど)ほとんど感じなかったから。アジアのお隣さんで、日本のものに溢れてて、気さくで親切な国、だったから。
台湾という国、と暮らす人々、はきっと司馬さんの頃から変わっていないけど、自分が知らない台湾が、台湾紀行には書いてあった。
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