街道をゆく 7

街道をゆく 7

小説・文芸
770円 (税込)

3pt

甲賀、伊賀、大和、淡路島、そして山陰の砂鉄のみちへ──。歴史の裏舞台で生き、そして支えた、かなしいまでに律義な、日本の職業人、とりわけ物つくり技術者の足跡と、そのありようを語る。

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街道をゆく の一覧

1~43巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~43件目 / 43件
  • 街道をゆく 1
    704円 (税込)
    旅はここからはじまった! 湖西のみち、大和・竹内街道、甲州街道、葛城みち、そして長州路……司馬史観が自在に展開するシリーズ第1弾。
  • 街道をゆく 2
    726円 (税込)
    1971年の連載開始から96年2月の急逝によって未完のまま閉じた司馬さんの旅は、日本国内にとどまらない。日本に最も近い外国・韓国。2000年の長きにわたる交流の歴史を持つ国を歩き、現代から過去へと遡る旅。
  • 街道をゆく 3
    726円 (税込)
    憧れだった東北南部の「陸奥のみち」、日本史に大きな役割を果たした、南九州の肥後と薩摩という、2県を合わせて命名した「肥薩のみち」。かつて日本版図の果てであった地域で生きた人々に思いを馳せる旅。
  • 街道をゆく 4
    726円 (税込)
    近畿・北陸の周辺にのびる古道をたどりつつ、古代から現代にいたる歴史を自在に往還する旅。鞍馬で800年前と変わらぬ形で山を守る清僧と出会い、花背峠で杣料理に舌鼓をうち、武生で自然破壊を憂う。
  • 街道をゆく 5
    726円 (税込)
    少年のころ、夢想の霧の中でくるまっているほど楽しいことはない。そのころの夢想の対象は、東洋史にあらわれてくる変な民族についてだった……憧れだった草原の国を訪ね、悠久の歴史と現在を誌す。
  • 街道をゆく 6
    638円 (税込)
    沖縄県では、本島よりもずっと南西に浮かぶ八重山諸島などを「先島(さきしま)」と呼ぶ。那覇にあって太平洋戦争の傷跡から「沖縄問題」を沈思し、離島を渡り歩き、アジア文化伝来の道を確かめる。
  • 街道をゆく 7
    770円 (税込)
    甲賀、伊賀、大和、淡路島、そして山陰の砂鉄のみちへ──。歴史の裏舞台で生き、そして支えた、かなしいまでに律義な、日本の職業人、とりわけ物つくり技術者の足跡と、そのありようを語る。
  • 街道をゆく 8
    748円 (税込)
    鉄砲は、未開の孤島ではなく鉄産業が高水準の種子島にやってきた。歴史の面白さである……。熊野・古座街道、豊後・日田街道、大和・丹生川街道、種子島など、山間の道、海の道を歩く旅。
  • 街道をゆく 9
    814円 (税込)
    桜井や海野の地名から、中世信濃の武士団の興亡を思った信州佐久平みち、耕作の土地に恵まれなかった人々の苦労の歴史にひかれ、新潟の低湿地を訪れた潟のみち、空海を思った高野山など、各街道を紡ぐ旅。
  • 街道をゆく 10
    660円 (税込)
    東北とは? 中学生のころ、箱根以東はひとつの世界だと思っていた著者が初めて訪れ、念願の最上川と対面する羽州街道。書誌をひもといて、地元の人々も知らない地を訪ねるなど、独自の「佐渡観」をあらわした佐渡のみちを収める。
  • 街道をゆく 11
    638円 (税込)
    地図の中で肥前の島々や浦々をたどっていると、にわかに貿易風の吹きわたるにおいを感じてしまう──唐津から平戸・佐世保をめぐり長崎へ。肥前の浦々を歩きつつ、大航海時代のオランダや英国、ポルトガルについて思いを馳せる旅。
  • 街道をゆく 12
    594円 (税込)
    十津川の農民の不思議さは、主観的には全村が武士だと大山塊の中で思いこんできたことである──奈良・吉野の山奥に広がる十津川郷の知られざる歴史を歩く。天辻峠で天誅組の命運を、上湯で新撰組に追われた田中光顕らを思う興趣尽きない紀行。
  • 街道をゆく 13
    682円 (税込)
    朝鮮半島と日本の間に位置し、古来より鉄の海上輸送の経路となり、神話や伝承の上で不思議な様相を帯びつつ、日韓両国の人と文化の歴史的な交流の舞台となった「壱岐・対馬」。壱岐人と対馬人。性格の違う、この二つの島を訪れて、両国の関係に思いを馳せる。
  • 街道をゆく 14
    616円 (税込)
    伊予は愛比売で、文字どおりいい女という意味である。ずいぶん粋な言葉を県名にしたものだと思うが、おそらく松山の教養人が『古事記』を披いて、その判断資料にしたのではないか……大洲から宇和島、そして土佐との国境を越えて山岳地帯を辿り、四万十川沿いの土地を歩く。
  • 街道をゆく 15
    726円 (税込)
    函館を出発点に札幌、旭川、陸別へ──古代から幕末維新までの長い道のりをたずね歩く旅。原野を切り開いた開拓使や劣悪な環境で労働を強いられた囚人、屯田兵の時代を振り返り、アイヌとの抗争から台頭した松前氏の京風文化を思う。
  • 街道をゆく 16
    682円 (税込)
    「すべてが鬱金色のなかに沈んでいる。……私は、中世の光と影のなかへ連れ込まれてしまっている」。最澄が開き、後に時の権力と真っ向から対峙する一大勢力となった比叡山。法然、親鸞らの反逆者を生んだ中世最大の学林の様々な相貌を描く。
  • 街道をゆく 17
    770円 (税込)
    天草は、旅人を詩人にするらしい。まして詩人が旅人であれば、……若き日の北原白秋たちの面影を追いつつ、吟遊詩人を生む天草の風土を愛で、初期の幕藩体制を揺るがした島原の乱の遺跡をたどりながら、島原・天草の歴史を考える。
  • 街道をゆく 18
    726円 (税込)
    平泉寺の菩提林の美しさには聖と俗の痛烈な戦いがあり、それは幾重にも重なった二律背反の力学の上に成り立っていた……九頭竜川、日野川、足羽川が作り上げた越前の国を散策し、律令時代以降の歴史を振り返り、永平寺で道元を考察する。
  • 街道をゆく 19
    924円 (税込)
    蘇州の美しさの第一は、民家である。──江南(長江下流の南側に広がる肥沃な地域)は、歴史を通じて日本との関係が深かった。大いなる古代文明を築き上げた長江流域である蘇州、杭州、紹興、寧波を巡りながら、日本史とのかかわりを探る。
  • 街道をゆく 20
    748円 (税込)
    かつて劉邦が治め、諸葛孔明が活躍した地・蜀(四川省)。諸葛孔明を祀った武侯祠を訪れ、『三国志』や英雄たちに思いをはせる。また、かつて雲南省で暮らしていた民族「西南夷」が日本人の祖先ではないかとの思いを巡らせ、昆明へ向かう。
  • 街道をゆく 21
    748円 (税込)
    横浜は、時間についての意識をもちすぎているだけに神戸よりも哲学めいている。維新前夜、居留地文化が開花した2つの港の風土を探る「神戸・横浜散歩」。安芸に毛利元就と安芸門徒、備後に古代タタラ集団の足跡を訪ねる「芸備の道」。
  • 街道をゆく 22
    990円 (税込)
    バスクは浮世の国ではない。常世の、本質的な国であるような感じがする──日本史のなかでもっとも印象的だった「南蛮人」の代表、宣教師フランシスコ・ザビエルの痕跡を求め、パリからザビエルの生地であるバスク地方へと訪ね歩く。
  • 街道をゆく 23
    682円 (税込)
    ポルトガルは、いうまでもなく海に依存する国である。海の国であることがはじまったのは、周知のようにエンリケ航海王子からであった──スペイン、ポルトガルを歩き、大航海時代を築きあげた華やかな歴史とその影を追う。
  • 街道をゆく 24
    924円 (税込)
    近代の歴史の舞台、湖東平野を歩き、民家のたたずまいや近江門徒という精神的な土壌や風土から語る「近江散歩」。1000年以上も続いてきた東大寺修ニ会(お水取り)を始め、奈良の寺々を訪ね、仏教文化と哲学世界を考察する「奈良散歩」。
  • 街道をゆく 25
    748円 (税込)
    船は、どの船でも人格を感じさせる。特にジャンクは中国人の思想を具象化したものといえる──福建省の古代名である「びん」。古くは稲作の民にして漂流民でもあった越人の地、そして大航海時代には東西文明の交流の舞台となった地域を歩く。
  • 街道をゆく 26
    770円 (税込)
    古来、京都に定住し、現存する土木技術に多大な影響を与えた渡来系氏族の秦氏について考える「嵯峨散歩」。『奥の細道』に沿うように歩を進め、仙台藩の風儀の奥深さや奥州の武将、北畠顕家や伊達政宗などに思いを馳せる「仙台・石巻」。
  • 街道をゆく 27
    792円 (税込)
    「因幡の白兎」の神話で知られる白兎海岸や万葉歌人・大伴家持のゆかりの地など、古代文化が息づく鳥取地方を歩く「因幡、伯耆のみち」。坂本龍馬ら幕末の志士たちが土佐(高知県)から伊予(愛媛県)へと脱藩した道筋を辿る「檮原街道」。
  • 街道をゆく 28
    814円 (税込)
    ひょっとすると、父母未生以前に、自分はこの耽羅国にいたのではないか──シャーマン、海女、モンゴル馬など、若いころから思い続けていた古代が息づく島、韓国・済州島を2度にわたって訪れ、韓国と日本の文化の原像を探る。
  • 街道をゆく 29
    836円 (税込)
    象潟から秋田、能代を経て鹿角へ。明治の特異な学者、狩野亨吉や近代東洋史学の祖、内藤湖南を生んだ地を訪ねる「秋田県散歩」。左甚五郎作の彫り物を見て、伝説の匠を思い、高山の町に大名・金森氏の美学を感じた「飛騨紀行」。
  • 街道をゆく 30
    770円 (税込)
    アイルランドにあるのは、無気力、空元気、天才的な幻想、雄弁。また、家々や谷々にいる妖精──。ロンドン、リヴァプールを経て、アイルランドの首都ダブリンへ。隣国イギリスとの長く苦い関係からヨーロッパ文明の光と影を探る。
  • 街道をゆく 31
    748円 (税込)
    アイルランド人は、客観的には百敗の民である。が、主観的には不敗だとおもっている──ダブリンからアイルランド西部のゴールウェイ、アラン島、そそいてケリー半島へ。荒蕪の地で形成された不屈のアイルランド魂とケトル的神秘への道。
  • 街道をゆく 32
    748円 (税込)
    淡路島と四国をつなぐ大鳴門橋で念願のうず潮を眺め、一本釣り漁法やテグスを広めた堂浦の漁師の功績を思う「阿波紀行」。異端のため山を追われた元高野山座主、覚鑁が建てた根来寺から和歌山市へと歩いた「紀ノ川流域」。
  • 街道をゆく 33
    858円 (税込)
    平安朝の貴族や文人、芭蕉らの奥州への憧れの歴史から始まり、幕末の悲劇、会津藩に思いを巡らす「白河・会津のみち」。霊南坂や溜池付近を歩きながら、乃木希典の幼少期や高橋是清の人生などについて触れる「赤坂散歩」。
  • 街道をゆく 34
    792円 (税込)
    後醍醐天皇、一休、利休、狩野永徳、小堀遠州など、多くの貴族、大名、文化人と縁の深い地を散策する「大徳寺散歩」。全国に4万社余りあるという八幡神社の故郷に古代を思い、福沢諭吉の人間性を育んだ道を歩く「中津・宇佐のみち」。
  • 街道をゆく 35
    1,078円 (税込)
    まことに世界は神がつくり給うたが、オランダだけはオランダ人がつくったということが、よくわかる──いち早く自律主義や合理主義、近代的な市民精神を持ったオランダ。レンブラントやゴッホ、スピノザらを生んだ風土や日本に果たした役割を思う。
  • 街道をゆく 36
    1,056円 (税込)
    鳶の頭や木場の筏師、落語などから江戸の時代を生きた人々を訪ねる「本所深川散歩」。ニコライ堂、神田明神、神田神保町の古書店街などをたどるとともに、森鴎外、夏目漱石ら、この町に住み、関わった人々の足跡を訪ね歩く「神田界隈」。
  • 街道をゆく 37
    836円 (税込)
    近代化を急ぐ明治期の日本において、欧米文明を受け入れ地方へ配る「配電盤」の役を担い、さらに日本最初の大学が置かれた街、本郷。往時をしのぶ町並みに、夏目漱石、森鴎外、樋口一葉ら、この街を愛した文豪が書き残した面影をたどる。
  • 街道をゆく 38
    1,078円 (税込)
    私どもの血の中に、北海の怪獣狩人の血がまじっていることを知っただけで豊かな思いを持った──流氷寄せる北海道の海辺に、謎の海洋漁労民族「オホーツク人」を訪ねる旅。北辺に消えた民族を追いつつ、日本人とは何かを地球規模で考える。
  • 街道をゆく 39
    616円 (税込)
    建設中に命をおとした父のあとを息子が受け継ぎ、大事業を成し遂げたブルックリン橋を渡りつつ、勃興期のアメリカ文明を思う。また、ドナルド・キーン教授のコロンビア大学退官に立ち会いながら、豊かに広がった日本学の水脈を遡行する。
  • 街道をゆく 40
    1,078円 (税込)
    国家とはなにか──「古くは国主なき国」だった台湾は、その後、スペイン、オランダ、日本、そして大陸から来た“外省人”に支配され続けた。「奇跡」を経て、“本島人”の国になりつつある変革期の台湾を歩く。李登輝氏との対談を併録。
  • 街道をゆく 41
    968円 (税込)
    縄文の昔は「まほろば」として栄えた本州最北端の地・青森を歩き、風土に即した生活とは何かを問う。太宰治が悲しき国と嘆いた津軽・南部・下北など、「けかち(飢饉)」に悩まされてきた地に、豊饒の歴史の鉱脈を探る。
  • 街道をゆく 42
    836円 (税込)
    武家政権が生まれた地、鎌倉。軍港として、造船の町として昭和海軍を支えた横須賀。三浦半島から発した巨大は栄光の根底にあったものは何か。鎌倉の武士たちと昭和海軍から日本人のありかたの源泉をさぐり、行く末の姿に想いを馳せる。
  • 街道をゆく 43
    594円 (税込)
    名古屋については、信長から書きはじめたい──戦国の世に多くの武将を輩出した美濃、尾張、三河。桶狭間への道で信長と今川義元を思い、徳川発祥の地、松平郷で家康の生涯を考えたが……。著者急逝のため未完となったシリーズ最終巻。

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街道をゆく 7 のユーザーレビュー

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    Posted by ブクログ

    ▼「砂鉄のみち」が強く印象に残っています。「銃・病原菌・鉄」でも読みましたが、「鉄が文明を、歴史を呼ぶ」というようなお話。島根県、鳥取県あたりに砂鉄の採取場が多い。それは朝鮮から渡来した技術である名残が?と。


    ▼(本文より)木器や石器が道具の場合、人間の欲望は制限され、無欲でおだやかたらざるをえないのである。木の棒で地面に穴をあけてヤムイモの苗を植えたり、木製のヘラで土を搔いて稲の世話をしているぶんには、自分の小人数の家族が食べてゆけることを考えるのが精一杯で、他人の地面まで奪ったり、荒蕪の地を拓こうなどという気はおこらないし、要するに木器にはそういう願望を叶える力はない。鉄器の豊富さが、欲望と好奇心という、現象的にはいかにもたけだけしい心を育てるのではないか。 日本は室町期から戦国期にかけて、農業生産高が飛躍する。農業者一人が、何人もの非農業者──武士、商人、馬借、車借、遊芸人、僧侶など──を食わせるだけの余剰分ができた社会といえるであろう。 商品経済の賑わいは、空前といっていい。たとえば桶という商品を大量に作るにしても、指物道具という鉄器が無数に要る。それによって桶問屋という流通をにぎる者ができ、多くの桶職人をかかえた。 この時代の一特徴は、数寄屋普請や城郭建築の盛行だったが、この技術をささえるためには、多種類の大工道具や指物道具を必要とした。これも、鉄である。鉄が少なければ、ひとびとを駆ってこういう建築を嗜好せしめたり、自分も建てたいと願望させたりすることはできない。さらにはこの時代に勃興した商品経済が江戸時代にひきつがれて日本的充実を見、明治の資本主義の導入を容易にする

    ▼(本文より)神武天皇というのはむろん架空の存在であるが、『日本書紀』に出てくるその皇后の名がおもしろい。姫蹈韛五十鈴姫ということになっている。名からすればタタラ技術集団の親分の娘といった印象なのである。 

    ▼(本文より)十七、八世紀のイギリスの例でもそうだが、木炭による製鉄業者はつねに森林のそばへそばへと移動する。一つのその森林を食いつくしてしまうと他の森林へ移動し、たとえばウエールズ地方のディーンの森などは十八世紀には丸裸に近くなったという。 

    ▼(本文より)朝鮮民族というすぐれた民族が寡少な農具にあまんじていたということは、さきの章で述べたことを繰りかえすようだが、砂鉄を吹いて鉄にするための樹木がすくなかったことによる。くわしくいえば、日本地域とは異なり乾燥地帯であるために山の木の自然的復元力が無いにひとしいというためであり、要するに、地域が乾燥しているかあるいは湿潤であるかによって、朝鮮地域にすむアジア人と、一方日本地域に住むアジア人とが、歴史の長い時間での様相を異にし、さらには民族性をも異にしてしまったというところへ私の妄想はつづく。

    ▼(本文より)資本主義にも効用があった。資本主義の胎内から生れたものが合理主義であるということである。合理主義は資本主義社会でなければ生育しないといわれているが、私はこれに多少つけ加えたい。資本主義の前段階として商品経済時代を置くとすれば、商品経済の旺盛な社会もまた、不完全ながらも合理主義に近似したものは育つのではないかとおもう。 日本の場合、室町期に成立した商品と流通の旺盛な経済は、織田信長という合理主義の権化のような男を作り出したし、江戸期になると商人の世界だけでなく諸藩の経済思想にまでそれが入った

    ▼(本文より)乾燥した中国内陸部や、鴨緑江流域をのぞく朝鮮は、いったん森林をほろぼすと、容易に復元できないのである。 この点、梅雨期から夏にかけて高温多湿な日本は、山そのものが多量の水をふくんでいわばスポンジのようになっており、こんにちの強力な土木機械による自然破壊がはじまるまでは、日本では禿山にしようとするほうが至難だといわれてきた。このため上代以来、はるかにのちの石炭を燃料とする熔鉱炉の出現まで、砂鉄によって鉄をつくるのに木炭が不足などということは、全国をおしなべていえばまったくなかったといっていい。この意味では、明治までの日本の鉄は、日本の豊富な水がそれをつくってきたということが言える。 明治以前、中国、朝鮮そして日本の鉄の生産量は、それを比較すべき資料があるはずがないが、もし腰だめでいえるとすれば、日本はよほど多量に生産していたに相違ない。

    ▼(本文より)日本中が、マツタケをよろこび、越前ガニを美味であるといい、牛肉は松阪にかぎると言い、すしのたねにウニが欠かせないというふうに、味覚までがマスコミ化して全国にゆきわたる大現象がおこるのは、昭和三十年代以後のことではないか。 このために、ウニが高級なものになった。 

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    2026年01月12日

    Posted by ブクログ

    表題作のほか「大和・壺阪みち」「明石海峡と淡路みち」を収録。砂鉄の~は出雲の旅で、鉄の一般化が農地開拓を容易にし、増大した収穫が農業以外の産業を生み出した。なるほどなぁ。古代における朝鮮民族との交流も興味深い。

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    2012年09月13日

    Posted by ブクログ

    今日はこれから、高校の時の同級生と桜井駅から談山神社から飛鳥へと歩く予定。
    大和・壺阪みちを感じつつ、楽しい一日になりますように。

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    2023年11月23日

    Posted by ブクログ

    甲賀と伊賀、岡山や島根などにまたがる砂鉄の道を取り上げている。後者がとても印象に残った。
    古代から近世まで、いや現代でも鉄というのは技術の塊であり、農業、軍事などの面で欠かすことのできないものだった。それが日本にどう伝わり、どのように生産されたか、司馬遼太郎氏の考えが穏やかに伝わってくる。観光ガイドには出てこないような、中国地方の小さな町を訪れたくなるような本だと思う。

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    2022年04月25日

    Posted by ブクログ

    甲賀伊賀道、大和と壷坂道、明石海峡と淡路道、砂鉄の道といった複数の諸道が一冊に含まれており、それぞれが連関していると思って読み進めたがそうではなく独立した項目。古代中国朝鮮から日本の山陰地方へ製鉄たたらの技法が伝承した事を論じる砂鉄の道が1番わかりやすかった。おおくの水と材木を必要とする鉄の製造に気候風土的に適していた日本が朝鮮よりも発展していったと論じる鉄と文明の密接な関係性に想いを馳せた。

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    2024年03月11日

    Posted by ブクログ

    再読。言わずと知れた紀行文学の金字塔、司馬遼太郎の『街道をゆく』である。

    出張やら旅行やらで地方に出かけるとき、もしこのシリーズで踏破されている土地であるならば、事前にパラパラとめくっておくことが多い。

    本書の初版刊行はおよそ半世紀も前。紀行文の場合、通常ならばあまりに内容が古くなり、読書に耐えられなくなるものだが、本シリーズに限ってその心配はあまりない。なにせ、紀行文ではあるのだが、現代(当時の)パートは口直しで、メインディッシュは司馬さんが縦横無尽に語り尽くす歴史談義だからである。

    特に本書「砂鉄みち」は、史料の乏しい古代史であり、司馬さんの空想混じりの噺が際限なく続く。こんなオジサンが親戚にいたらさぞ面白かろう。

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    2024年01月04日

    Posted by ブクログ

    以下抜粋
    ・室町末期から織豊時代にかけて、日本は、世界史的な大航海時代の圏内に入った。対明貿易が活発になり、堺や博多が貿易港になり、また松浦諸島のうちの平戸や福江は倭寇貿易の基地になった。この当時、日本側が持っていく商品には、・・・、なんといっても需要が最も多かったのは刀剣で、それに干鮑だった。

    ・鉄が作られるためにもっとも重要な条件は木炭の補給力である。樹木が鉄をつくるといっていい。
    さらに、その社会で鉄が持続して生産されるための要件は、樹木の復元力がさかんであるかどうかである。この点、東アジアにおいて最も遅く製鉄法が入った日本地域は、モンスーン地帯であるため樹木の復元力は、朝鮮や北中国にくらべて、卓越している。

    ・朝鮮人は歴史的にも優秀な民族だし、また手工芸においても高い能力をもっていることはいくつもの例で証明できるが、しかしその能力を十分に反映した社会を近世まで持ち得なかった理由の一つは、鉄器の不足にあるといってよく、同時に鉄器の不足が農業生産力を飛躍させず、旺盛な商品経済を成立せしめず、せしめなかったこそ、李朝五百年の儒教国家がゆるがなかったともいえるかもしれない。このことは、中国のながい停滞を考える場合にも、多少は通用するかもしれない。
    同時に、裏返せば、日本列島に住むわれわれアジア人が、他のアジア人とちがった歴史、そしてときには美質であり、同時に病根であるものを持ってしまったことにもつながっている。要するに、砂鉄がそうさせたことではないか。

    ・スサノオを奉じて出雲にやってきたのは新羅の製鉄者集団であったとすれば、かれらはこの航路をつたって出雲にきたであろう。
    かれらが移動してきた理由は、ほっとすると韓国の採鉄場付近の森林が尽きてしまったからであるかもしれない。

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    2023年05月14日

    Posted by ブクログ

    甲賀と伊賀のみち
     伊賀上野から御斎峠を経て紫香楽宮跡に至ります。
    甲賀と伊賀で戦場諜報の技術が発展した共通点、一方で伊賀衆よりも時勢の中で立ちまわりに長けていた甲賀衆という対比がとても興味深いものでした。

    大和・壷坂みち
     橿原市に位置する今井の街並みから、高取山の高取城へ。高取城跡に残る石垣から、加藤清正の堅牢な一級品の石垣に思いを馳せます。

    明石海峡と淡路みち
     大都市はほぼ例外なく平地に築かれていて、もし、山中に大都市が発展したらどんな街になるのだろうかと想像したことがあります。
     現在の中心感覚は、行政の府を内陸部から湾入した海浜に持ってきた豊臣秀吉の感覚を祖としており、中世の武家の本拠地は内陸の要害地がおおかった、という記述にふと空想が掻き立てられました。
     肥沃な土地を好む照葉樹林と貧なる土地を好む松。人の手が入り整備がされると土地が痩せて松が優勢に、やがて人の手が離れ自然状態になると照葉樹が優勢にという話はなかなかに民俗を感じました。

    砂鉄のみち
     日本はもともと鉄に関しては後進の国で、大陸側の中国・朝鮮は早くから製鉄の技術が育まれていたという。
     鉄を作るには火力がいる。火力を得るには木材がいる。樹木が育つには水がいる。このことから「樹木が鉄をつくる」との言葉には含蓄を感じます。水が豊富な日本は樹木に恵まれ、製鉄技術が伝えられたのちには大きく鉄器が発達する。乾燥、湿潤という地理条件による鉄器の発達の差はなるほど、感じました。
     「木器や石器が道具の場合、人間の欲望は制限され、無欲でおだやかならざるをえない」「鉄器の豊富さから欲望と好奇心という、現象的にはいかにもたけだけしい心を育むのではないか」という鉄器にみる文化性の違いも面白かったです。
     熱田神宮に素戔嗚尊を祀った南新宮社というお社があり、その脇に曽志茂利社があります。当時はその聴き慣れない名前に違和感を覚えたものでしたが、本書の素戔嗚尊の出身地が「ソシモリ」との記述を読み、名の由来はここからかと謎の一つにヒントを得ました。

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    2022年01月23日

    Posted by ブクログ

    (01)
    媒体は週刊朝日,本書収録分は1973年から75年頃に取材され,記述され,掲載されたものである.三重,滋賀,大阪,奈良,兵庫(淡路),島根,岡山などへの旅の記録であるが,筆はもちろん周囲の地域や,海や島,半島や大陸へと及んでいく.
    彼らの旅行は,著者のほかにも,挿画家,編集者などのほかに,ところどころの郷土史家(*02)が伴われ,取材や描写は,経営者をはじめ,道で出会った人,そこで働く人たちまでに及ぶ.
    昭和50年代にかけては,鉄道やバス,旅客船など,ひととおりの公共交通手段も整っていたであろうが,彼らは主に自動車での移動を試みている.
    こうした条件のもとに描かれる風景は,それでもなお懐かしい.著者が歴史作家であるという理由もあるだろうが,古代から中世近世を経て,近現代までの土地土地の風景や,人が住まうにいたった情景をさらりと描いている.
    「街道をゆく」というテーマであるから,土地への執着は深くはない.それは自動車という移動手段にもより,時にはどたばたと強行な移動もしているから,土地と土地のつながり,人がどこから来てどこへ行こうとしているのか,という観点や目線による浅さでもある.
    その浅さは,思考や発想の軽さを容易にし,多くの場面で著者の大風呂敷な文明観が開陳される.砂鉄の話,漁法の話,松や楠の話,戦闘と防御の技術の話などは注目に値する.
    心安く,数々の印象的なエピソードを楽しみながら旅行記として読むのも楽しいだろうが,大風呂敷の歴史的な空想が広げてくれた世界観を楽しむのも本書の読み方のひとつであろう.

    (02)
    宮本常一のテグスをめぐる説,四手井綱英の松枯れについての言及など,歴史的な史料だけでなく,著書が,当時の最新の学説等も漁ったうえで,これらの旅行記を執筆していることは覚えておいてよいだろう.

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    2017年10月28日

    Posted by ブクログ

    甲賀と伊賀が峠ひとつ境にしているだけであることを初めて知った。歩き比べてみるのも面白いかもしれない。
    砂鉄のみちで森林資源が豊富だからこそ、鉄を作れたのだというのになるほど。鉄を作るのには大量の木が必要なのだ。タタラ場を中心とした文化に興味が出た。

    0
    2014年02月01日

街道をゆく 7 の詳細情報

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