街道をゆく 2

街道をゆく 2

小説・文芸
726円 (税込)

3pt

1971年の連載開始から96年2月の急逝によって未完のまま閉じた司馬さんの旅は、日本国内にとどまらない。日本に最も近い外国・韓国。2000年の長きにわたる交流の歴史を持つ国を歩き、現代から過去へと遡る旅。

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街道をゆく の一覧

1~43巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~43件目 / 43件
  • 街道をゆく 1
    704円 (税込)
    旅はここからはじまった! 湖西のみち、大和・竹内街道、甲州街道、葛城みち、そして長州路……司馬史観が自在に展開するシリーズ第1弾。
  • 街道をゆく 2
    726円 (税込)
    1971年の連載開始から96年2月の急逝によって未完のまま閉じた司馬さんの旅は、日本国内にとどまらない。日本に最も近い外国・韓国。2000年の長きにわたる交流の歴史を持つ国を歩き、現代から過去へと遡る旅。
  • 街道をゆく 3
    726円 (税込)
    憧れだった東北南部の「陸奥のみち」、日本史に大きな役割を果たした、南九州の肥後と薩摩という、2県を合わせて命名した「肥薩のみち」。かつて日本版図の果てであった地域で生きた人々に思いを馳せる旅。
  • 街道をゆく 4
    726円 (税込)
    近畿・北陸の周辺にのびる古道をたどりつつ、古代から現代にいたる歴史を自在に往還する旅。鞍馬で800年前と変わらぬ形で山を守る清僧と出会い、花背峠で杣料理に舌鼓をうち、武生で自然破壊を憂う。
  • 街道をゆく 5
    726円 (税込)
    少年のころ、夢想の霧の中でくるまっているほど楽しいことはない。そのころの夢想の対象は、東洋史にあらわれてくる変な民族についてだった……憧れだった草原の国を訪ね、悠久の歴史と現在を誌す。
  • 街道をゆく 6
    638円 (税込)
    沖縄県では、本島よりもずっと南西に浮かぶ八重山諸島などを「先島(さきしま)」と呼ぶ。那覇にあって太平洋戦争の傷跡から「沖縄問題」を沈思し、離島を渡り歩き、アジア文化伝来の道を確かめる。
  • 街道をゆく 7
    770円 (税込)
    甲賀、伊賀、大和、淡路島、そして山陰の砂鉄のみちへ──。歴史の裏舞台で生き、そして支えた、かなしいまでに律義な、日本の職業人、とりわけ物つくり技術者の足跡と、そのありようを語る。
  • 街道をゆく 8
    748円 (税込)
    鉄砲は、未開の孤島ではなく鉄産業が高水準の種子島にやってきた。歴史の面白さである……。熊野・古座街道、豊後・日田街道、大和・丹生川街道、種子島など、山間の道、海の道を歩く旅。
  • 街道をゆく 9
    814円 (税込)
    桜井や海野の地名から、中世信濃の武士団の興亡を思った信州佐久平みち、耕作の土地に恵まれなかった人々の苦労の歴史にひかれ、新潟の低湿地を訪れた潟のみち、空海を思った高野山など、各街道を紡ぐ旅。
  • 街道をゆく 10
    660円 (税込)
    東北とは? 中学生のころ、箱根以東はひとつの世界だと思っていた著者が初めて訪れ、念願の最上川と対面する羽州街道。書誌をひもといて、地元の人々も知らない地を訪ねるなど、独自の「佐渡観」をあらわした佐渡のみちを収める。
  • 街道をゆく 11
    638円 (税込)
    地図の中で肥前の島々や浦々をたどっていると、にわかに貿易風の吹きわたるにおいを感じてしまう──唐津から平戸・佐世保をめぐり長崎へ。肥前の浦々を歩きつつ、大航海時代のオランダや英国、ポルトガルについて思いを馳せる旅。
  • 街道をゆく 12
    594円 (税込)
    十津川の農民の不思議さは、主観的には全村が武士だと大山塊の中で思いこんできたことである──奈良・吉野の山奥に広がる十津川郷の知られざる歴史を歩く。天辻峠で天誅組の命運を、上湯で新撰組に追われた田中光顕らを思う興趣尽きない紀行。
  • 街道をゆく 13
    682円 (税込)
    朝鮮半島と日本の間に位置し、古来より鉄の海上輸送の経路となり、神話や伝承の上で不思議な様相を帯びつつ、日韓両国の人と文化の歴史的な交流の舞台となった「壱岐・対馬」。壱岐人と対馬人。性格の違う、この二つの島を訪れて、両国の関係に思いを馳せる。
  • 街道をゆく 14
    616円 (税込)
    伊予は愛比売で、文字どおりいい女という意味である。ずいぶん粋な言葉を県名にしたものだと思うが、おそらく松山の教養人が『古事記』を披いて、その判断資料にしたのではないか……大洲から宇和島、そして土佐との国境を越えて山岳地帯を辿り、四万十川沿いの土地を歩く。
  • 街道をゆく 15
    726円 (税込)
    函館を出発点に札幌、旭川、陸別へ──古代から幕末維新までの長い道のりをたずね歩く旅。原野を切り開いた開拓使や劣悪な環境で労働を強いられた囚人、屯田兵の時代を振り返り、アイヌとの抗争から台頭した松前氏の京風文化を思う。
  • 街道をゆく 16
    682円 (税込)
    「すべてが鬱金色のなかに沈んでいる。……私は、中世の光と影のなかへ連れ込まれてしまっている」。最澄が開き、後に時の権力と真っ向から対峙する一大勢力となった比叡山。法然、親鸞らの反逆者を生んだ中世最大の学林の様々な相貌を描く。
  • 街道をゆく 17
    770円 (税込)
    天草は、旅人を詩人にするらしい。まして詩人が旅人であれば、……若き日の北原白秋たちの面影を追いつつ、吟遊詩人を生む天草の風土を愛で、初期の幕藩体制を揺るがした島原の乱の遺跡をたどりながら、島原・天草の歴史を考える。
  • 街道をゆく 18
    726円 (税込)
    平泉寺の菩提林の美しさには聖と俗の痛烈な戦いがあり、それは幾重にも重なった二律背反の力学の上に成り立っていた……九頭竜川、日野川、足羽川が作り上げた越前の国を散策し、律令時代以降の歴史を振り返り、永平寺で道元を考察する。
  • 街道をゆく 19
    924円 (税込)
    蘇州の美しさの第一は、民家である。──江南(長江下流の南側に広がる肥沃な地域)は、歴史を通じて日本との関係が深かった。大いなる古代文明を築き上げた長江流域である蘇州、杭州、紹興、寧波を巡りながら、日本史とのかかわりを探る。
  • 街道をゆく 20
    748円 (税込)
    かつて劉邦が治め、諸葛孔明が活躍した地・蜀(四川省)。諸葛孔明を祀った武侯祠を訪れ、『三国志』や英雄たちに思いをはせる。また、かつて雲南省で暮らしていた民族「西南夷」が日本人の祖先ではないかとの思いを巡らせ、昆明へ向かう。
  • 街道をゆく 21
    748円 (税込)
    横浜は、時間についての意識をもちすぎているだけに神戸よりも哲学めいている。維新前夜、居留地文化が開花した2つの港の風土を探る「神戸・横浜散歩」。安芸に毛利元就と安芸門徒、備後に古代タタラ集団の足跡を訪ねる「芸備の道」。
  • 街道をゆく 22
    990円 (税込)
    バスクは浮世の国ではない。常世の、本質的な国であるような感じがする──日本史のなかでもっとも印象的だった「南蛮人」の代表、宣教師フランシスコ・ザビエルの痕跡を求め、パリからザビエルの生地であるバスク地方へと訪ね歩く。
  • 街道をゆく 23
    682円 (税込)
    ポルトガルは、いうまでもなく海に依存する国である。海の国であることがはじまったのは、周知のようにエンリケ航海王子からであった──スペイン、ポルトガルを歩き、大航海時代を築きあげた華やかな歴史とその影を追う。
  • 街道をゆく 24
    924円 (税込)
    近代の歴史の舞台、湖東平野を歩き、民家のたたずまいや近江門徒という精神的な土壌や風土から語る「近江散歩」。1000年以上も続いてきた東大寺修ニ会(お水取り)を始め、奈良の寺々を訪ね、仏教文化と哲学世界を考察する「奈良散歩」。
  • 街道をゆく 25
    748円 (税込)
    船は、どの船でも人格を感じさせる。特にジャンクは中国人の思想を具象化したものといえる──福建省の古代名である「びん」。古くは稲作の民にして漂流民でもあった越人の地、そして大航海時代には東西文明の交流の舞台となった地域を歩く。
  • 街道をゆく 26
    770円 (税込)
    古来、京都に定住し、現存する土木技術に多大な影響を与えた渡来系氏族の秦氏について考える「嵯峨散歩」。『奥の細道』に沿うように歩を進め、仙台藩の風儀の奥深さや奥州の武将、北畠顕家や伊達政宗などに思いを馳せる「仙台・石巻」。
  • 街道をゆく 27
    792円 (税込)
    「因幡の白兎」の神話で知られる白兎海岸や万葉歌人・大伴家持のゆかりの地など、古代文化が息づく鳥取地方を歩く「因幡、伯耆のみち」。坂本龍馬ら幕末の志士たちが土佐(高知県)から伊予(愛媛県)へと脱藩した道筋を辿る「檮原街道」。
  • 街道をゆく 28
    814円 (税込)
    ひょっとすると、父母未生以前に、自分はこの耽羅国にいたのではないか──シャーマン、海女、モンゴル馬など、若いころから思い続けていた古代が息づく島、韓国・済州島を2度にわたって訪れ、韓国と日本の文化の原像を探る。
  • 街道をゆく 29
    836円 (税込)
    象潟から秋田、能代を経て鹿角へ。明治の特異な学者、狩野亨吉や近代東洋史学の祖、内藤湖南を生んだ地を訪ねる「秋田県散歩」。左甚五郎作の彫り物を見て、伝説の匠を思い、高山の町に大名・金森氏の美学を感じた「飛騨紀行」。
  • 街道をゆく 30
    770円 (税込)
    アイルランドにあるのは、無気力、空元気、天才的な幻想、雄弁。また、家々や谷々にいる妖精──。ロンドン、リヴァプールを経て、アイルランドの首都ダブリンへ。隣国イギリスとの長く苦い関係からヨーロッパ文明の光と影を探る。
  • 街道をゆく 31
    748円 (税込)
    アイルランド人は、客観的には百敗の民である。が、主観的には不敗だとおもっている──ダブリンからアイルランド西部のゴールウェイ、アラン島、そそいてケリー半島へ。荒蕪の地で形成された不屈のアイルランド魂とケトル的神秘への道。
  • 街道をゆく 32
    748円 (税込)
    淡路島と四国をつなぐ大鳴門橋で念願のうず潮を眺め、一本釣り漁法やテグスを広めた堂浦の漁師の功績を思う「阿波紀行」。異端のため山を追われた元高野山座主、覚鑁が建てた根来寺から和歌山市へと歩いた「紀ノ川流域」。
  • 街道をゆく 33
    858円 (税込)
    平安朝の貴族や文人、芭蕉らの奥州への憧れの歴史から始まり、幕末の悲劇、会津藩に思いを巡らす「白河・会津のみち」。霊南坂や溜池付近を歩きながら、乃木希典の幼少期や高橋是清の人生などについて触れる「赤坂散歩」。
  • 街道をゆく 34
    792円 (税込)
    後醍醐天皇、一休、利休、狩野永徳、小堀遠州など、多くの貴族、大名、文化人と縁の深い地を散策する「大徳寺散歩」。全国に4万社余りあるという八幡神社の故郷に古代を思い、福沢諭吉の人間性を育んだ道を歩く「中津・宇佐のみち」。
  • 街道をゆく 35
    1,078円 (税込)
    まことに世界は神がつくり給うたが、オランダだけはオランダ人がつくったということが、よくわかる──いち早く自律主義や合理主義、近代的な市民精神を持ったオランダ。レンブラントやゴッホ、スピノザらを生んだ風土や日本に果たした役割を思う。
  • 街道をゆく 36
    1,056円 (税込)
    鳶の頭や木場の筏師、落語などから江戸の時代を生きた人々を訪ねる「本所深川散歩」。ニコライ堂、神田明神、神田神保町の古書店街などをたどるとともに、森鴎外、夏目漱石ら、この町に住み、関わった人々の足跡を訪ね歩く「神田界隈」。
  • 街道をゆく 37
    836円 (税込)
    近代化を急ぐ明治期の日本において、欧米文明を受け入れ地方へ配る「配電盤」の役を担い、さらに日本最初の大学が置かれた街、本郷。往時をしのぶ町並みに、夏目漱石、森鴎外、樋口一葉ら、この街を愛した文豪が書き残した面影をたどる。
  • 街道をゆく 38
    1,078円 (税込)
    私どもの血の中に、北海の怪獣狩人の血がまじっていることを知っただけで豊かな思いを持った──流氷寄せる北海道の海辺に、謎の海洋漁労民族「オホーツク人」を訪ねる旅。北辺に消えた民族を追いつつ、日本人とは何かを地球規模で考える。
  • 街道をゆく 39
    616円 (税込)
    建設中に命をおとした父のあとを息子が受け継ぎ、大事業を成し遂げたブルックリン橋を渡りつつ、勃興期のアメリカ文明を思う。また、ドナルド・キーン教授のコロンビア大学退官に立ち会いながら、豊かに広がった日本学の水脈を遡行する。
  • 街道をゆく 40
    1,078円 (税込)
    国家とはなにか──「古くは国主なき国」だった台湾は、その後、スペイン、オランダ、日本、そして大陸から来た“外省人”に支配され続けた。「奇跡」を経て、“本島人”の国になりつつある変革期の台湾を歩く。李登輝氏との対談を併録。
  • 街道をゆく 41
    968円 (税込)
    縄文の昔は「まほろば」として栄えた本州最北端の地・青森を歩き、風土に即した生活とは何かを問う。太宰治が悲しき国と嘆いた津軽・南部・下北など、「けかち(飢饉)」に悩まされてきた地に、豊饒の歴史の鉱脈を探る。
  • 街道をゆく 42
    836円 (税込)
    武家政権が生まれた地、鎌倉。軍港として、造船の町として昭和海軍を支えた横須賀。三浦半島から発した巨大は栄光の根底にあったものは何か。鎌倉の武士たちと昭和海軍から日本人のありかたの源泉をさぐり、行く末の姿に想いを馳せる。
  • 街道をゆく 43
    594円 (税込)
    名古屋については、信長から書きはじめたい──戦国の世に多くの武将を輩出した美濃、尾張、三河。桶狭間への道で信長と今川義元を思い、徳川発祥の地、松平郷で家康の生涯を考えたが……。著者急逝のため未完となったシリーズ最終巻。

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街道をゆく 2 のユーザーレビュー

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    Posted by ブクログ

    日本が韓国を一方的に支配したのは歴史上の事実であり、そのやり方があまりに非道であり誤りだったことは認めざるを得ないけれども、戦後何十年も「あの時は…」という恨みに凝り固まって、反日感情をむき出しにするのはどうなの?と思っていました。
    中国にもそれは言えるし。

    この本を読んで、いろいろ判りました。
    中国も韓国も、日本のことをずっと野蛮国と思って嫌っていたのですね。
    その証拠が「倭」であり「卑弥呼」という文字。
    小さいという意味を持つ「倭」を当てたのは、日本人の背が低いからなのか国土が小さいからなのかはわかりませんが、少なくとも対等とは考えていなかった。

    何しろ儒教精神が行きわたっている漢民族も韓民族も、人前で上半身裸に褌一丁であぐらをかくなんてのは言語道断。
    年長者を敬えない、礼儀を知らない倭人は、東アジアにおけるがん細胞のように忌み嫌われ、人として見下されていたそうです。

    そんな国が、やっぱり長幼の序を無視して上から目線で支配者として君臨していたわけですから、これは屈辱以外の何物でもない。

    それと、「倭」には『従いやすい』という意味もあるそうですが、もともとの倭人はものすごく弱肉強食の社会で、「勝てば官軍」「勝利こそ正義」とばかり、勝ち組になだれ込んでいく性質があるのですって。(思い当たること多々あり)
    だから日本としては、イギリスに負けた清国(中国)に従ういわれはなく、(あるていど)対等に外交を行っている自分たちの方が上、と思うわけですが、儒教的精神で言えば、何がどうあろうと上下関係は固定なわけで、ここがずっとすれ違っているのですね。

    それから儒教では、「天は公のもの」という考え方があって、「だから当然地も公のもの」という考えなので、日本のように自分の土地だからせっせと土地改良をする、という考え方はなく、ただその地で農業をするだけだったので、里山を育てるとか灌漑とかはされなかったらしい。
    だからもしかすると、中国や北朝鮮などが共産主義と結びつきやすかったのかもしれないと思った。

    ちなみに朝鮮半島の三国時代、新羅と百済は韓民族で、高句麗は北方の騎馬民族の国だったんだって。
    言語は同じツングース語族。もちろん日本語も。

    この本とは直接関係ないけど、韓国は英語でKOREAというけど、どこから来た言葉なのだろうと思っていたが、多分、韓(から)からだね。
    中国のCHINAは巡り巡って秦が由来らしい。
    日本のJAPANは日本を中国語読みで(ジツポン)と読んでいたのを、マルコ・ポーロがジパングと言い、そこからジャパン。

    本に戻って、論理的思考ではなく、観念的な部分で頭に血が上って逆上しがちなのはツングース語族の特徴らしいです。
    司馬遼太郎の肌感覚なのではないかと思うけど、だから日本と韓国の問題は難しいんだなあと思いました。
    勉強になった一冊です。

    0
    2026年06月03日

    Posted by ブクログ

    歴史好きのオジ様のバイブル司馬遼太郎先生!
    どうも日本史に造詣がないため、イマイチ手が伸びなかったのだが、紀行文という手があった。
    これはいい!私が知りたかった民族・語族・地政学的な話がてんこ盛り。
    これを今の私の年齢で書いたというのだから、やはり司馬遼太郎先生は凄すぎる。自分の薄っぺらさ加減がイヤというほど分かってしまう。かの人のように懐深く、厚みのある人物というのは今の日本にはほぼいないのではないだろうか。2019.6.19

    0
    2019年06月19日

    Posted by ブクログ

    司馬遼太郎さんが、1971年から1972年にかけて連載した、旅行エッセイ。「街道をゆく」第2巻。
    ちょうど「韓国現代史」という本を読み終えた後だったので。1971年と言えば、まだまだ軍事政権の圧に揺れながら、経済成長を胎動している韓国だったんだなあ、と思いながら読みました。
    司馬さんは、当然リアルタイム目線で1971年当時の韓国を見ながら、韓国と日本の遥か遠い歴史の風景を見つめています。
    ところが読むほうは、2015年の感覚で、1971年当時という歴史の風景の中で、更に茫然たる歴史を眺めている司馬さんを眺めることになります。
    この入れ子構造がなかなか楽しめました。

    司馬さんのお話は、いつも通り自由に。旅の現実と歴史的過去の風景を往来します。

    「韓国の農村が見たい。そこから、日本と韓国の遥か古代な繋がりかなにかが見えるのでは」
    というのが旅のテーマだったようです。

    「日本と朝鮮半島」という関係は、日露戦争後の韓国併合以来(いや、それをさかのぼって、閔妃殺害以来かも知れませんが)、デリケートで有り続けています。
    大まかに言うと、朝鮮側の一部の人は、「日本は悪逆横暴であって、かつその責任を取っていない卑劣漢だ」ということになる。
    日本側の一部の人は、「野蛮悪逆たる朝鮮を文明化してやったのであって、あるいはそうでないにしても、彼らが言うほど悪いことはしていない」ということになる。
    そして双方に「あいつらは基本的に民族的に歴史的に悪であり劣等である」という感情論がよこたわっています。

    司馬さん。
    まずは「対馬」という日本と朝鮮半島の間で生き抜いてきた島の歴史からひもときます。
    これが実に面白い。
    つまり、対馬が生きていくためには、どっちにもいい顔をするしかなかったんですね。
    というわけで、必死で二股をかけて生きてきた。
    そんな対馬という、一生懸命に生きた小大名のような人格とともに、倭寇や、中国とのかかわりが見えてくる。
    倭人というイメージが見えてくる。

    そして、イッキに天智天皇の時代まで急降下。
    「百済」「任那」という国はどういう国だったのか。そして日本との関わりはどうだったのか。
    白村江の戦いはいったい何だったのか。
    大化の改新とは、古代日本が短期的に試験した封建制の解体、律令制への挑戦だった。の、だけど、あっという間に失敗に終わった…などなど。
    司馬さんの古代史も実に語り口は迷いなく面白い。
    そして考古学的?な正誤は判りませんが、司馬さんが、日本の歴史と同じように興味と感心、愛情と観察の眼差しで、朝鮮を見ていることがとても好感が持てます。

    そして、漢民族的中国という大国と、チンギス・ハーン的好戦的な蒙古的中国とに翻弄される中で、支配の秩序として儒教をまとった朝鮮の歩みが、すごく判りやすく語られます。
    これほどまでに読み易い、「朝鮮半島の歴史」という本は他にちょっと無いのでは。
    司馬さんは、政治体としての韓国政府なり、李氏朝鮮王朝なり、というのは弁護も擁護も批判もしません。
    ただ、興味と関心を持って考えているだけです。
    そんな司馬さんの筆で、漢民族と蒙古民族に翻弄され、20世紀は中国・ソ連・アメリカに揉まれて、北から南まで、文化遺産含めて焦土と化した、悲しいというにはあまりにも惨すぎる歴史がつづられます。

    一方で。
    明治以降の日本と朝鮮の関わりから、1971年当時に、日本と韓国の間に横たわっている感情的な溝。
    これもまた、平易に受けれいている感じがします。無理に「ともだちになろーよ」なんて思ってない。
    そんな空気感が、旅の道案内の韓国人女性との淡々としたやりとりにそこはかとなくにじみ出ます。そんなことだけでも、実に面白い旅行記です。

    そして、2015年現在の日本の、「安倍政権的レッツゴー右翼愛国、嫌韓憎中」の風潮で言いますと、感嘆するくらいこの本は、サヨク的である、と石を投げられるのでは。
    個人的には別段、サヨク的とは思わないのですけれど。。。
    何しろ、朝鮮併合から十五年戦争に至る、1971年当時で言うとかなり「近過去」の出来事で言うと。
    「何の言い訳も無く、日本は朝鮮半島の人々に悪いことをした。酷いことをした」とスラっと書いちゃってます。その一言を政治が言うために、ひょっとしたら100年かかるかも知れません。
    そして、確実に古代の時間では、文化的にも制度的にも中国及び朝鮮に追随して、おこぼれを貰ってきた日本史も冷静に見つめています。
    ただ、そこに一点の卑下もなくて。
    おこぼれを貰いつつ、地理的に孤立しているが故に、非常に独自の咀嚼の仕方をした日本のひとびとを、面白がっておられる。
    何が善とか、何が悪とかではなくて。
    そういうつながりがある。そういう事実がある。きっとこういう気持ちだったのかな。
    事実と考察と妄想の風合瀬に、一点の原理主義も交えない。そういう歴史の風景を感じることの面白みが、炙り出されてきます。
    大勢が生きたことも死んだことも、鳥瞰の目線で考えて語る。一方で、その最果てを目前の村落や、対面するひとりひとりの人々に感じる。
    「冷たい」と嫌う人も居るかもしれませんが、僕は十分に、抑制しきれない司馬さんなりの感情があるなあ、と。
    薄味の上方のお吸い物の味わい。深い。

    司馬さんは、戦車下士官としての従軍時、中国大陸も踏んでいます。
    その道中に、朝鮮も通過しているんですね。
    そんな体験も踏まえて、外語大でモンゴル語を専攻していて、戦後は京都の寺院で仏教を咀嚼して過ごした。
    司馬さんのような作家を持ち得ただけでも、昭和という時代は豊穣だったのでは、と思えてしまう筆致。読書の快楽でした。

    ###

    テレビ番組などで、ずっと疑問だったことがあります。
    どうして、韓国や中国の人、スポーツ選手などを、日本では「漢字の日本語読み」で放送するんだろうか。
    誰も、その人を知っている人は、そんな音でその人のことを呼ばないのに。
    大変に失礼だし、傲慢なんじゃないかと思います。

    この本では、大量の朝鮮半島の人物と地名が出てきます。
    司馬さんは物凄くデリケートに、そして当たり前のように、「現地で呼ばれいてるであろう音」で表記しています。漢字と並列だったりします。
    僕はそれだけでもすごく気持ちよかったです。

    逆の立場で考えたときに。
    あなたの名前をアルファベット表記したときに、日本で誰もあなたのことをそんな音で呼ばない音で呼ばれたら、愉快では無いと思います。
    親が、その親が、その音で呼ばれるイメージでつけた名前ですからね。
    そういうところでは、当たり前に気を付ける文化であって欲しいなあ、と思います。
    本人がどう呼ばれたいか、が、呼び名を決めるべき。
    そんな当たり前のことを踏みにじって、「改姓」を強要した大日本帝国の記憶を、忘れずに他山の石としたいですね。
    それがたまたま自分の国の政治体だったのかどうか、というのは、僕たちの今とこれからの、集団としてのプライドには何も関わらないと思います。

    0
    2015年11月11日

    Posted by ブクログ

    今回の紀行では、国交正常化して6年後の1971年に韓国を訪ねる。
    でも「韓国」ではなく、「韓のくに」紀行である。
    著者は加羅、新羅、百済といった古代国家の残滓を求め、各地を巡る。
    時折、日帝支配36年とその後の韓国の反日政策による波紋が、街道をゆく司馬氏を襲う。しかし著者は感情的に反発するでも過度に萎縮するでもなく、かといって傍観するでもなく、淡々とその出来事を咀嚼し、その思考に身を浸す。
    そこに流れる静かなる冷徹さはいつも乱れることがない。
    故に我々は、その筆の軌跡を追いたくなるのだと思う。

    0
    2010年05月07日

    匿名

    購入済み

    韓国紀行ではなく「韓(から)のくに紀行」というタイトルの通り、司馬が行くのはかつての新羅と百済の故地であり、しかも都市部ではなく農村ばかり。首都ソウルは出てこない(ついでに言えば高句麗の故地=北朝鮮も当然出てこないが)。かつての新羅や百済だった土地を周り、そこにかつての日本との関係を空想していくスタイルで描かれている。司馬遼太郎はモンゴルもそうだけど、大昔中華王朝から見下されてた北東ユーラシアの諸民族(「倭人」もまあその一部だろう)への深い関心や愛着があるんだなと思えた。

    0
    2025年10月17日

    Posted by ブクログ

    「街道をゆく」第二巻。1970年台の韓国ということだからか、主に農村を周っているからか、今の私が知っている韓国のイメージとは違った雰囲気を感じる部分も少なくない。

    百済新羅高句麗の三国時代の話や白村江の戦い前後の考察も面白かったが、秀吉の文禄の役の際に軍団ごと李氏朝鮮に降った「沙也可」とその末裔の村の話は、全然知らなかったし色々と想像力を掻き立てられて面白かった。

    0
    2022年12月04日

    Posted by ブクログ

    某所読書会課題図書:韓国の旅行記だが、観光地を巡るのではなく農村を主体に訪れているのが良かった.日本との関わりを冷静な視点で描写している点に感心した、刊行時と今では状況が違うが、ハングルでの表記がないことに違和感を感じた.小生、ハングルは何とか読めるので地名だけでもハングル表記が欲しかった.

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    2022年09月28日

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    司馬遼太郎 「 街道をゆく 韓のくに紀行 」 日本人ルーツの旅。加羅→新羅→百済 の地に倭の痕を探している感じ

    面白い。韓国紀行が これだけ面白いと、同じく日本人ルーツがテーマとなりそうな モンゴル紀行、北海道、壱岐対馬、沖縄も面白そうな気がする

    ホテルのフロントに ぼったくられたときの言葉がうける「朝鮮民族は権力の座につくと、居丈高になる癖がある〜日本人とやや似ている〜これは決して悪徳ではない。癖である」


    著者は 「政治的論理の鋭い 韓国の人との対話は困難」としながらも、毅然と日本人としての正論を論じている

    「別に好きこのんで日本人に生まれることを選択したわけではない。たまたま日本国籍を持っているだけであり〜過去の日本国の罪悪をすべて背負いこんで、一個の観念像として立っていなければならないのは、どうにも困るのである」

    「日帝は三十余年にすぎない〜李朝五百年が朝鮮人の心を停滞させた影響力の方がはるかに大きい〜すべての不幸は日帝がもたらしたとする自分自身の抜け落ちた議論は〜物を生み出すものではない」

    「朝鮮にとって、加藤清正と伊藤博文が 盗賊の象徴であることは賛成するが、この2つの象徴だけが日本と朝鮮の関係のすべてではない」

    「日本人は議論が下手〜だれかが決めるがままに従って日本史を作り上げてきた〜韓国人は議論が好きで、結局 何も作り出すことができなかった」



    本貫の地とは、姓の故郷
    金姓の中でも 金海の金、慶州の金などがあり、同地の同姓は娶らず


    倭とは 国家概念が生じる前に 朝鮮半島に存在した 古代日本人または古代朝鮮人の集団のこと

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    2021年04月01日

    Posted by ブクログ

    朝鮮半島の歴史と日本との関係がメインの巻でしたが、殆ど知らなかった内容ばかりで非常に興味深かった。
    韓国人と日本人の国民性の違いをこのように理解して互いに受け入れれば、昨今の関係ももう少しマシになると思う。

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    2019年02月28日

    Posted by ブクログ

    暫く前に読んだ台湾紀行に続いてのこのシリーズ。今から約45年も前、もちろん軍事政権だった時代に韓国に渡って様々な人たちなち触れながらも冷静に文化を見つめる眼差しの温和だけれども眼光の鋭さにはドキドキする。

    0
    2017年09月30日

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