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Posted by ブクログ
▼ずっと「週刊朝日」に連載されていた、旅エッセイ、とでも言うべきものです。うーん、旅エッセイ&地理歴史ノンフィクション文学、という方が伝わるかもしれません。この巻は和歌山県熊野周辺、大分県日田周辺、奈良県西吉野周辺、鹿児島県種子島、です。1975年当時の文章なので、いまとなっては貴重な「1970年代の民俗学的資料」と言える側面もあります。
つまり、「ブラタモリ」というのは、「街道をゆく」をタモリさん版にしたものであると言えます。
▼いつもどおり、旅行記、歴史考、文明評論、というものがふくよかに錯綜する作りですが、まだ「街道」も初期なので、なんというかやや後半のものにくらべると、力の入ってない?気楽さも感じられました(一篇づつが短いというのもあります)。
▼大まか前半は、恐らく長編小説「翔ぶが如く」の執筆時期とかぶっていたのか、「若衆宿」という近世的?俗習慣についての考察になります。が、そういった「主題」と関係ない面白さが多数。
▼以下、本文より
▼(本文より) 牛頭天王が疫病はらいの神であるために、真夏、伝染病が流行するときにこの神の霊験をたたえるために祇園会(祇園祭)が営まれるようになった。(中略)
平安初期か、あるいは奈良期に、西域とよばれる西アジアからキュウリがつたわってきた。真夏の食べものであるキュウリは、暑気よけにいいとされ、疫病ばらいにも効くとされた。
(中略)祭礼も、京都の祇園祭とほぼ同時期の七月半ばにおこなわれる。この季節が、疫病の最盛期であるためである。
▼(本文より)かつて私どもが沖縄へ行ったとき、沖縄の鉄器時代は室町期からはじまったという事実が、現地で痛いほどにわかった。 沖縄学の始祖である伊波普猷によれば沖縄のすべてを決定しているのは「孤島苦」であるという。経済的にも文化的にも「孤島苦」であることが、たとえば鉄器時代という、今となれば何でもないこの文明の到来をそのように遅らせた。さらには、遅れた理由の一つは沖縄では砂鉄がとれなかったということもあるであろう。
鉄は、本土の人間が持ってきたらしい形跡がある。玉鋼のかたちで持ってゆき、島々で加工するのである。鍛冶の技術も、本土の人間が持ちこんだらしい。鉄の道具ができてからようやく沖縄で構造船ができ、やがて室町期をいろどる琉球王国の大航海時代がはじまるのである。
▼(以下、本文より)田舎の小さな神社などは、祭神がときどきかわるのである。神社であればそれでいいという信仰が固有にあって、祭神が八幡であれ、祇園(スサノオノミコト・八坂神社)であれ、また天満天神(菅原道真)であれ、かまわないというおおらかなところが、古神道の基調としてあったような気がする。
Posted by ブクログ
以下抜粋~
・結局、川へはダムの底の水が流れこむために濁るだという。ダムの底の水は水温が低く、自然、古座川の水温も低くなってそれまで淡水魚の宝庫といわれたこの川に魚があまり棲まなくなったというのである。なるほど氾濫はふせげたが、差引すればどうだろうかという疑問が村々にある。
「河川土木に限りませんが、自然に手を加えるというのは、むずかしいものですな」
・インド神である牛頭天王は、祇園精舎の守護神で、とくに疫病をふせぐ神であった。
京都の八坂神社は日本の神であるスサノオノミコトよりも、その本地であるインドの牛頭天王を信仰していた。
これによって八坂郷がインドの地名の祇園とよばれるようになったわけである。
・徳川幕府の草創のときの大方針の一つは、水軍を絶滅させることにあった。織田・豊臣家の水軍である熊野水軍の九鬼氏を、丹波の山奥に移封させたように、久留島氏(伊予の来島水軍)も、この豊後森というような海とはまったく無縁の山奥に移されたのである。
・薩摩は士族文化の国で、その士族文化というのは、つきつめていえば相手に対する優しさと鄭重さにあるように思われる。
・朝鮮侵略が、焼物戦争といわれるゆえんはそれで、その焼物戦争以前の日本の食器など諸道具というのはほとんど漆器だったことを思うと、日本文化はかれらに負うところが量り知れぬほど大きい。
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