司馬遼太郎のレビュー一覧
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ネタバレ「剣は理から入るほうがいい」
というのが、周作の一貫した教授態度である。この若い流祖は、他の剣客のように哲学的用語をつかったり、剣と宗教と混同したような虚喝(こけおどし)な神秘的態度をいっさいとらない。
「剣は理である」
という態度を一貫してとった。剣禅一如とか神仏の現示などというようなことは口にもしなかった。
その点「小天狗鞍馬流」という流名の宗家を名乗っている鹿子木一閑の兵法に対する態度とはひどくちがうといっていい。
この点について一閑のさしまわした人物らしいのが、
「いかがでありましょう、剣はついに神仏の境地のものであると申しますが」
と、周作の存念をきいた。このころにはすでに -
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ネタバレ周作は、天性の合理主義者らしい。
古来、兵法というものは、その本質が徹底的な合理主義でできあがっているにもかかわらず、どの流儀も、流祖が神の啓示によって一流をひらいたとか、あるいは伝書の表現は組太刀の名称にも神秘的な名をつけたりして、外装を事々しい宗教性で包んでいる。
(それが不快だ)
と、周作はかねて思い、
(自分は、そんなまやかしや誇張のない兵法を確立しよう)
と念願していただけに、柏手のような呪術めいたしぐさをすることや、仏神に、接近することを、自分に禁じていた。
(絶対者(おおきいもの)に随喜し、それに魂をあずけ、究極にはそれに同化してゆくことによって人間の自在の境地が出来、心境 -
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幕末の長州藩について
知りたいと思った。
吉田松陰と高杉晋作、
二人の若者の人生と
苛烈な旅に出た。
「世に棲む日日」は長編だ。
全4巻。そのなかに
吉田松陰と高杉晋作の
短くも波乱万丈な人生が
余すところなく語られている。
吉田松陰。長州藩で生まれる。
29歳で処刑される。
高杉晋作。長州藩で生まれる。
28歳で亡くなる。
吉田松陰は
文政13年8月4日、
1830年9月20日に
長州萩城下松本村で
長州藩士である
杉百合之介の次男として生まれる。
叔父で山鹿流兵学師範である
吉田大助の養子となり、兵学を収める。
大介死亡ののち、
叔父の玉木文之進が開いた
松下村塾で薫陶を受ける -
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司馬遼太郎の長篇。
源頼朝と源義経を軸に、源氏が平氏の天下を覆して鎌倉幕府の基礎を築いていく様を描いた小説。
義経は、父・義朝が平氏との争いに敗れたことで、身分を隠して鞍馬山に入れられ、そこで幼少期を過ごす。元服後、奥州藤原氏に一時滞在した後、挙兵した頼朝の下に参集した。
義経は生まれながらに天才的な武将・軍略家であった。その素質によって木曾義仲を破り(一ノ谷の戦い)、続いて屋島と壇ノ浦の戦いで、戦力的に圧倒的不利だったにも関わらず、平家追討を成し遂げた。
しかし、義経はその軍才とは裏腹に、致命的に政治感覚がなく、それが故に最終的には頼朝に殺されてしまう。
義経には感嘆すべき勇敢さはあ