あらすじ
もし、おれが僻地の土佐ではなく東海の地に生れていたならば……長曽我部元親は嘆く。強盛を誇った信長が斃れても、素早く跡を襲った豊臣秀吉によって、営々と築きあげてきた四国に侵略の手が伸びてきた。そして再び土佐一国に、押し込められようとしている――土佐に興り、四国全土を席巻した風雲児の生涯。
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長宗我部家の栄子衰退が臨場感をもってして読める作品。
司馬遼太郎さんの本は何を読んでも本当に面白い。
そして本文後の解説もまさにの内容で良かった。
-----以下解説引用-----
運命をつかさどる女神は、まことに手厳しい。祈るだけのものには、断じて笑みを見せない。情熱を失えば、たちまち「運のころも」を引き剥がしにくる。
運のころもは薄手で、やすやすと破れる。
ひたむきに生きてこそ、ひとは息災でいられる。
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情熱を失わずに人生を全うしたいものだと思った。
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上巻では若さと勢いで四国を統一してしまった長宗我部元親だが、長宗我部家のピークは過ぎ、下り坂に向かっていた。
信長の侵入に敗北を覚悟したものの本能寺の変でちょっと一息。しかし、次なる信長の後継者、秀吉によって多くの領土を没収される。さらに秀吉に命じられた九州遠征で大敗北を喫し、長男の信親が戦死、後を追うように最愛の妻も死去。
これまで努力して広げた領土を失い、期待していた後継者も失う。隠居を目前にしての老人にとって、この仕打はきつい。元親にはこの逆境を乗り越える精神も根気も残ってはいなかった。
どんなに才能がある人間でも、運と老いには勝てないということか。
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長宗我部元親と嫡子信親、偉大な父と、負けず劣らず才能に溢れる息子。信親の最期は悲しく、さらに妻も亡くした後の元親の絶望した様子は切ない。
そういえば先週の真田丸に末子の盛親が出ていたな。田舎者と自らを小さく思っていた元親だけど、遠い真田の人間にもその勇猛ぶりはつたわっていたんだなあと思うとなんだかうれしい。
とにかく面白かったです!おすすめ。
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長曾我部元親の物語です。 司馬遼太郎氏は、元親を、臆病さが生み出した智謀の将として描いています。元親は、天下を夢想し戦乱をかけぬけた英雄ですが、夢半ばで目覚めさせられた悲嘆は想像に難くありません。『戦雲の夢』とともに読んでもらいたい作品です。
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四国の覇王になるまでのサクセスストーリーと、圧倒的な強者である信長、秀吉と対峙し没落していくまでの栄枯盛衰がとても可憐だった。特に元親と信親のすれ違いながらも互いに信頼し合う親子関係にとても惹かれた。司馬さんの小説っていつも淡白だけど、この小説は切なくてジーンときました。
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脇役のない物語だなあと。
追記
元親と信親のお墓をおまいりして 元親初陣の像を見て 岡豊城址を訪ねて
土佐湾を眺める旅をした。
この本を読んで本当によかった。
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土佐岡豊城城主、長曾我部元親が四国制覇を目指す話。
勇ましい武士というより、政治的センスのある思慮深い武士。
合理的で先見の明があるあたり、信長タイプか。
天下統一が叶わぬのは、土佐に生まれたからと嘆くあたりは、なかなかの自信家なのかもしれない。
大河ドラマ龍馬伝を観ていて、土佐の武士に興味を持ち読んでみたが、この元親の影響があるのかもしれない。
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「夏草」は芭蕉の有名な句から
「賦」は歌や詩
まず、素晴らしいタイトルだと思った。
急に来た歴史 戦国武将ブーム(自分の中で)
織田信長 豊臣秀吉 徳川家康 ではなく、もっとマイナーなところを攻めたい(歴史を知っている方からすれば有名で怒られるかもしれませんが)
まずは、長曾我部元親。天野純希さんの「南海の翼」がおもしろかったので、司馬遼太郎さんの今作を読ませて頂きました。
司馬遼太郎さんの本は、なんせ上・中・下 ㈠㈡㈢・・・と大作揃いで敬遠しがち、坂の上の雲って面白そうだと思った時もありましたが、勇気がなく撤退しました。
今作を読んで、「え、全然堅苦しい感じじゃないぞ」「違う作品も読んでみよう」と心が弾んだのは大きい収穫でした。
長曾我部元親は現在の高知県を統治していた戦国大名。四国制覇(未遂)を遂げながらも「高知県の」となってしまうところが悲しいです。
四国統一を夢見み進む元親と時代に飲み込まれ、長男・信親を亡くしてからの元親のあまりにも違いすぎる人生。
「もし〇〇だったら・・・」と考えずにはいられない魅力あふれる人物であり、日本人が好む儚さを持つ生涯を送った傑物でした。
人間味あふれるところも良かったです。
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長曽我部家の激動と衰退を描く下巻。
中盤は元親の迷走により方向感にかける展開に。
元親の若々しい行動力は信長から世代交代した秀吉への屈服ですっかり衰退し世継ぎの信親をも心配させる。信親の若人なりのエピソードと楽しいがその顛末は残念なもので、仙石権兵衛が九州の島津家討伐の総指揮官となった時点で決してしまう。作者の言葉通りここは繊細な配慮にかける秀吉の采配ミスであったろう。
長曽我部家の特徴である「一領具足」と優れた法律「長曽我部式目」について多くを語り、長曽我部家の民族気質についてもっとページを割いて欲しい思いがした。
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長曾我部元親本人の物語だが、正妻となる菜々の視点から話がはじまる。
同じ美濃出身、かつ、妻・母としての生き方だけではつまらない、自分の動きで世を変えたいと思う菜々にかなり感情移入した。
しかし、そんな菜々でも長曾我部家の妻母としてしか、結局生きられていない。
途中で元親に戦に関する意見を求められても、論理的に考えられておらず感情的な意見を述べる。
女性を主人公にした司馬遼太郎の本が読んでみたいなぁ。
Posted by ブクログ
長宗我部元親を描いた歴史小説下巻。上巻は元親が策略を硬軟取り混ぜ、土佐・四国を統一していく様が見ものだったものの、秀吉による四国征伐で土佐一国に押し込められ、毒気を抜かれた感じ。九州征伐の先鋒での敗北・長男の討死と精彩なく、元親死後の長宗我部氏は関ケ原は西軍で組して領地没収、大坂の陣で完全滅亡と精彩なし。史実ではあるものの、小説的にはもう少し盛り上がりが欲しいものですけど。
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下巻は元親の憂悶と葛藤をメインに 悲壮感漂っています…
信長に反攻したものの圧倒的戦力で攻められ とうとう重臣らから「降伏」をすすめられてしまいます。人生の大半をささげた“四国平定”──それによって失われた時間・労力・大勢のいのち。それが無に帰してしまう…そう考えると元親の苦悩はいかほどだったでしょう。しかし国を滅ぼすわけにはいきません、息子・信親に継がせる地を遺さなければなりません。そのためついに元親は信長に対して膝を屈してしまうのです。
その同時期に、明智光秀による本能寺の変が起こり、信長は滅ぼされてしまします。(信長ってほんと・・危機感なさすぎよね!重臣が謀反を起こすとか、考えもしなかったんだろうな)光秀も光秀で、計画性なさすぎ!かなり唐突に行動をおこした感…。もう、信長に苛められ過ぎて、精神失調になってたんでしょうね・・・哀れというかなんというか運もないし色々ひどい。そのあとは御存じの通り、われらが御大将である、豊臣秀吉クンが全国制覇するわけです。ところで司馬史観でみた秀吉が、ユーモラスでチャーミングで情にもろくて気さくなおっさんで、本当にかわいいw司馬先生、秀吉のこと好きだったんだな。
信長亡きあと元親は、この秀吉公に仕えるわけですが、かつての才気はみるみる失われます。つまり老いてしまうのです。かわりに息子君つまり弥三郎信親が活躍を始めます。
弥三郎で一番おもしろかったシーンは、やっぱり嫁さん選びのシーンでしょう!ww女慣れしなさすぎ20すぎて童貞なのを両親が心配し、わざわざ夜伽の女性をあてがう、っての なんかすごいよね…
そのあとは秀吉の揮下で九州は島津討伐にでかけ そこで弥三郎をうしない元親は失意のもと人生の幕を閉じてしまうのでした…。
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晩年の元親は切ないけど、人間らしくていいと思う。信親の戦死のシーンは泣ける。元親が秀吉を心の広い方と認めるのはさすがだと思う。それにしても司馬さんは秀吉好きなんだなぁ。
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元親の気持ちが少しわかる。今の時代でも同じように感じるときがある。この時代ならより強かったと思う。最後の方は読んでて辛かった。人間味いっぱいの元親は同じ郷土の偉人として1番。
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人生の虚しさを味わえる小説。
題名と史実で覚悟はしていたが、虚しくなってしまった。
菜々が茶釜を蹴りあげて後妻打ちが始まり、
その話を聞いた元親が笑い転げた場面ですら、
セピア調の悲しい光景だったかのように思える。
それにしても司馬先生はやっぱり
秀吉が好きで信長と家康は嫌いなんだなあ。
醜悪な人物にされた仙石久秀は少々気の毒。
Posted by ブクログ
「男は、夢のあるうちが花だな」悲運に見舞われた戦いで信親を失い、夢破れた男の一言に哀愁を感じる。元親は脅威となっていた信長が斃れたにも関わらず、情勢を見抜く事が出来ずに機会を逃し、新たな脅威となった秀吉の戦力と度量に領土も心までも呑まれてしまった。一領具足制度は農民の気持ちを奮い立たし四国全土へと領土を拡大していったが20年もの間戦いに明け暮れ国土が疲弊してしまった。でも無駄ではなかったのだろう。天下を目指した、長曾我部武士のその情熱と誇りが幕末での土佐の郷士たちの風雲に繋がったのではないだろうか。
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強盛を誇った織田信長も本能寺で明智光秀に打たれる。しかし、その跡を襲った豊臣秀吉による四国征伐で土佐一国に押し込められた長宗我部元親。秀吉に屈服した元親は息子・信親に期待を込める。
秀吉による島津討伐の先陣として仙石秀久の元で戦う長宗我部親子。
信親が真っ直ぐで微笑ましい。下巻は菜々やお里の出番が少なくてちょっと残念。
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長宗我部は盛親が西軍に属して終わりのイメージが強くあった。
元親に関してはやはり息子が亡くなるまでが元親の物語だと思う。亡くしてからの話は聞かないし、やっぱり息子というかけがえのない存在の喪失は強い遺恨、思いも失わせてしまうのか。
司馬遼太郎のいい所は焦点を当てる人物の隆盛をしっかりと描いて蛇足的な衰退していく所は描かないのが好きな所。
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下巻はちょうど本能寺の変で、信長が斃れたあたりから始まる。
信長が斃れても四国統一は認められず、秀吉の四国征伐、降伏して土佐一国に押し込められることになる。
秀吉が元親を完服させるために、大阪城を案内するあたりが読んでいて面白い。秀吉の人となりがよく描かれていると思う。
最後は最愛の息子信親が戸次川で島津軍に討たれてしまうことになるが、島津の家老新納忠元が打ったことを悔やみ、泣いて詫びるところが、哀愁がある。
信親が生きていれば四国はどうなったのか、思わずにいられない。
ちなみに、漫画のセンゴクで、長宗我部は格好良く描かれていたので、私の脳内ではそのキャラ造形で再生していた。
そういえば、センゴクでは元親の都市計画が語られており、すごい興味深かったが、この司馬さんの物語ではあまり語られていなかったのが心に残った。
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秀吉の前では、元親はもはや赤子のようだ。
上巻では四国にて獅子奮迅の働きを見せていた元親も、天下人とその取り巻きにはなかなか勝てそうもない。
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本能寺の変で辛くも信長の手から四国を守った元親だったが、信長に代わり秀吉が四国へ攻めてきた。
家臣に説き伏せられ、また土佐一国になった元親。秀吉に登城を命じられ秀吉の器の大きさ、土佐の貧しさ、田舎ぶりを思い知る。
夢を失い、土地も失い、多くの犠牲への報いもできず、鬱々と過ごす元親。
唯一の希望は匂やかな美丈夫に育った弥三郎だったが。
まっすぐで清すぎる息子に不安も感じる。
「腹中に三百の悪徳を蔵った一つの美徳を行じよ。それが大将への道だ。」
弥三郎に女をモノのように扱えといいつつ、菜々を大事にしている様子が微笑ましい。
大阪ほど金品に恵まれてはいなかったけど、家族としては幸せそうな長曾我部一家だったのに。
「おのれのみが正しい」と頑なになっていく元親。
そうそう自治会の会合で意見がまとまらないのって元お偉い様だった男性陣の頑ななさのためなんだよね。
情報を得て使うことにしても、今と通じることが多いな。
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土佐統一までは良かったですが、四国制覇になると人間関係があまり描かれていないので不完全燃焼ですね・・・。他の武将(たとえば十河存保)との確執について書いてほしかったです。
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四国の大名長曾我部元親の一代記。淡々と進んだ上巻と比較すると、元親本人の葛藤などが手厚く描写されているように思うが、時既に天下の情勢が定まった後なので、元親の保身と先進的な人々との感覚のズレが話題となり、なにかとあきらめ気味の彼の行動は、読んでいて悲しくなるほどである。
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四国平定に向け20年をかけてきた長宗我部元親も圧倒的兵力を持つ秀吉の前では、平伏すしかなかったのか。何万もの兵力を戰で失い、結局土佐に押し込まれた長宗我部元親の無念がよくわかる。
長宗我部は結局生き残ることはできなかった。奥州の伊達のようにはなれなかったのだろうか?
ただ、四国の自然をみると、長宗我部元親の生き方も、考えもわかるような気がします。
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戦国時代のメインストリートから外れたサイドストーリー。信長や秀吉が主人公の立場の本を読んでいたし、長曽我部が滅んだ後に土佐の大名になった山内一豊の紆余曲折サクセスストリーも読んでいたので、天下を取ったり、出世していく武士の影に、武運悪く滅びゆくものを描いたアナザーストリーがとても感慨深い。現代に置き換えると、成長していたベンチャー企業が、突如、先に大きな成長を遂げたベンチャー企業に飲み込まれてしまったような感じかな。
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土佐、長曾我部元親の生涯を描いた歴史小説。下巻は本能寺の変から九州討伐で嫡男を失うまで。秀吉に屈服し現実主義者に変わり、若き頃の志を失いつつある時に嫡男信親を失う。
元親の後年、つまり信親を失ってから豹変する時代は描かれておらず、その意味では消化不良の感もある。
どうしても、次は未読の「功名が辻」を読まなくてはならない。
以下引用~
(仙石権兵衛)「元親どののようにひっこみ思案で、よくぞまあ四国を切り従えたな」といった。元親はかるく笑い、
「将の戦法に、勇敢さも臆病さんもござらぬ。勇敢である、臆病であるというのはそれは槍ばたらきをする武将どものことでござる」
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四国統一を成し遂げた、長宗我部元親の生涯。上巻が嫁取り~四国統一、織田と敵対。下巻が本能寺の変~九州出兵、元親の死まで。
臆病だからそれゆえにと戦の才。癖があるけど人間くさい人柄が描かれつつ、勝つための準備を万全に整えてこそ勝つ、ということを実践していく。しかし、他の有力な地方大名と同じく、生まれた立地の運に直面せざるをえなかった人。また、優れた行政官としての一面も伺えて興味深い。
戦国の四国と秀吉の統一下を生きた元親の目には何が映ったのだろう。「家」を基盤とする大名であり、優れた才を示した人物が、息子の信親を失った九州出兵以降の晩年には何にも興味を示さず、長宗我部家が短くして滅んだということにも世の無常を感じる。そして時を経、幕末の動力源の一つとなるのはどんな因果か。
嫁取りから始まる、正室・菜々とのやりとりが面白おかしい。
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「ながい歳月、ご苦労さまに存じあげ奉りまする」
「言うな」
「申しあげる言葉もございませぬ」
「おれの生涯はむだであった」
元親は、あおむけざまにころんだ。なんのための二十年であったであろう。
「死者二万」
すさまじい数である。この岡豊から身をおこして以来、元親のために死んだ者は二万前後というおびただしい数にのぼっている。かれらの骨は四国の山野でむなしく枯れ朽ちてゆくだろう。
「おれが酒に痴れ、女に痴れるようなただそれだけの男にうまれておれば」と、元親はつぶやいた。
「土佐のものは幸いだったろう。人は死なず、それほどの苦労もせずにすんだ。いささかの志を持ったがために、かれらの死屍はるいるいと野に満ちている」
「天運でございますよ」
「おれに運がなかったというのか。おれは身をおこして以来、百戦百勝した」
(しかし最後の一戦で力が尽きられた)
と菜々はおもった。小運にはめぐまれたが、ついに大運がなかったのであろう。(p.132)
元親はかねて上方の文化にあこがれ、かれが土佐を手におさめるや、京から、
読書、弓馬、謡、笛、鞠、連歌、鉄砲、囲碁、
などの武芸や学芸の師匠たちをふんだんによび、一門子弟にそれをならわせた。しかし、元親自身が上方にのぼることがなかった。
(のぼるときは征服するときだ)
と、この男ははげしくそれを自分に言いきかせ、ひと目でも上方の文物をこの目でみたいという衝動に堪えてきた。
が、いまは降伏して上方へのぼる。このみじめな姿を元親はかつて夢にもおもったことがない。
「わしはな」
と、元親は低い声でいった。
「京をおさえるつもりでいた。正気で、それをおもっていた。笑うか」
「いえいえ」
藤四郎ははげしく首をふった。
「笑うな」
「め、めっそうもございませぬ」
「そのわしがいま弓をすて、軍門にくだり、その会釈をすべく上方にのぼってきた。見物をする気がおこるかどうか」
「殿様・・」
と、叫び、絶句し、藤四郎は泣きだした。志の薄い者はこの元親の悲痛さを滑稽とみてわらうであろう。しかし悲痛と滑稽のない者は英雄とはいえない、と藤四郎は泣きながら何度も心中でおもった。(p.139)
「殿、お元気を出されませ」
と声を大きくして励ましたが、元親は苦笑してうなずき、
「無理さ」
と、小声でいった。もともと四国制覇が秀吉の進出によってむなしくやぶれたことが元親をして落胆させ、世を捨てたおもいにさせたのであったが、その心の傾斜が、信親の死によっていっそう大きくなったらしい。
「男は、夢のあるうちが花だな」
「左様な」
ことはございませぬ、と谷忠兵衛はなにか言おうとしたが、元親はかぶりをふり、
「その時期だけが、男であるらしい。それ以後はただの飯をくう道具さ」
といった。年少のころから激しく生きすぎただけに、それだけにいったんの頓挫で人並以上に気落ちをしてしまうのであろう。(p.309)