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薩軍は各地を転戦の末、鹿児島へ戻った。城山に立て籠る兵は三百余人。包囲する七万の政府軍は九月二十四日払暁、総攻撃を開始する。午前七時すぎ、西郷隆盛は二発の小銃弾を体に受ける。一度倒れ、起き上がった西郷は、薩軍幹部・別府晋介をかえりみて言った。「晋ドン――」。そしてその翌年、大久保利通もまた――。激動の時代、ここに終熄。『翔ぶが如く』完結巻。
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Posted by ブクログ
全巻読み終えるのにかなり時間を要してしまった。 改めてこの本を通じ、私個人の維新後や政府の成り立ちについて深く理解が進んだ。 また主題である西郷隆盛について、これまでイメージとして持っていた偉人というぼんやりしたものから周辺の人間関係や思想などをもとに解像度が上がった。ただ著者が記しているようにど...続きを読むこまでいっても西郷隆盛の虚像であり、空を掴むような感覚はあった。 その点、大久保利通や川路らを理解することが結果として西郷隆盛やその時代の空気感を理解させてくれたと感じる。 まだ若い私が読んでも感じ得る部分は限られているのであると思うため、改めてどこかで読み直したいと思った。
これほど慕われ続ける人望と器量を備えているものの、ここに登場するやその厭世に虚しくなる。結果として成し得なかった征韓論には、極めて複雑な背景があり、どうあれ退いてくれたことに安堵するけれど、大久保、岩倉を追い詰め、三条を錯乱させた往時には、その威容を誇る。薩摩に帰郷して後は、何ら光彩を放つことなく、...続きを読むもちろんそのための遁世なのだから、そのまま不動でいて欲しかった。革命の象徴から、新たな革命の虚像へ。そして、演じたのか捨て鉢であったのか、木偶の最期を迎えた。敵味方を問わず西郷を担ぎ、共に逝った者たちの情緒は知れても、西南での西郷の機微に触れることはできなかった。
この本を読むまで西郷隆盛を誤解していた。 大久保利通についても同様。 幕末から維新を知る上で、この本を読まないということはありえない。 しかし、太平洋戦争の日本軍のとった行動心理と、西南戦争における薩摩藩の因果関係はどのようなものがあるのか気になった。同じ感覚を覚えた。太平洋戦争の際には、薩摩の桐野...続きを読むのような爽快さはないのかもしれないが。
木戸孝允病死、西郷隆盛戦死、大久保利通暗殺…維新の志士3人が時を同じくして逝去。武士の時代の鬱積されたエネルギーを西南戦争という日本の歴史上最大の内戦で終わらすことで、日本はようやく明治という近代を迎えることとなります。全十巻完。
「やべーいつ挫折するんだろう!」と恐る恐る読み始めてみたけど、ところがぎっちょん。 最初はどんな牛歩戦術かと思ったけど、後半になればなるほど面白い。 6巻あたりから面白くなってくるので、それまではひたすら耐えるのみ。 どんな鎮台兵かと。 結局のところテーマは「士族の総決算」ということであって、その...続きを読む最たるものが西南の役であり、象徴が西郷を筆頭とする薩摩士族であり、ということなのだろう。 そのピークに向かって、征韓論から徐々に徐々に歩を進めていく感じ。 時折余談にそれながら、何度も同じ話をしながら。 ちょっとした登山のよう。 が、終わりは周知の通りなので、達成感やら爽快感のようなものはない。 それどころか、わかってんのに100%勝算のない反乱を起こしたり(神風連の乱)、鹿児島へ帰る一心で絶望的な包囲を突破したり(可愛岳突囲)、小気味のよさより気持ち悪さが先に立つ。 「もういいんじゃね?」とその度ごとに思うのだけど、まあ諦めの悪いこと。 気持ち悪いと思うのは、そこまで何を賭けているのかが見えないから。多分。 英雄的な武勇に見られる士族の矜持を出しきらせること。 それを圧倒的な火力と兵站で潰し、士族の息の根を止めること。 これをやり切った政府(太政官っていうか大久保)は称賛するべきなのだろうけど、かといって手放しで感心するほど、単純な感情は持ちえない。 なぜなら政治も戦場も、それを表す場としては露わに過ぎるから。 中身が事実かどうかはさておき、考えさせられることは多い。 ただし、フィクションで出してきた女性は不要。
なんだかんだ言っていちばん好き。 日本の統治機構は、政府というべきなのか、それとも「官」といったほうが語感として本質に近いものなのか、ここ十五、六年来、すこしづつ考えてきて、その濃度がやや濃くなったときに、「翔ぶが如く」を書く気になった。 こう書いていて、まさしくそんな感じ。 でもこれは...続きを読む、深いようで浅い。まぁ浅いままなのは、不作為故かもしらんが。 政治家や革命家が一時代を代表しすぎてしまった場合、次の時代にもなお役に立つということは、まれであると言っていい。西郷は倒幕において時代を代表しすぎ、維新の成立によって局面が変わると後退せざるをえなくなったという当然の現象が、一世を覆っている西郷の盛名と同時代に存在しているひとびとには、容易にわからなかった。まして西郷ひとりを生かした場合、かれ自身の内面がなお生き続けることに堪えられるかどうかなどということに、傾倒者たちは思い至る余裕がなかったにちがいない。 さすが。
征韓論から西南戦争までを書いたもの。当初「時代小説」だったものが著者の興味が膨らみ方向転換したことで、最終的には「歴史伝」になった不思議な書。 歴史は、歴史学のように資料に残る事実のみで「科学的風」に分析、解釈することが正解とされる。しかしこの著者は、資料を「詩的」と評される歴史人物への共感と、自ら...続きを読むが生きる現代社会への経路の想像によって、歴史を紡ぐ。これは小説というジャンルでは許される技法であるが、歴史書としては「違法行為」とされる。しかし本書を読み感じたのは、「歴史の事実など、本当にとらえられるのか」「人間にとって『歴史』とは何か」である。この大長編でありながら夢中で読める本書は、現在「司馬史観」と揶揄されるこの作風の魅力と、今を生きる我々にとって歴史とは何なのかを根本的に問うてくる。 古来、一万人の大軍で、経済のことをほとんど考えなかった軍隊は史上西郷軍だけである。これは革命軍というより壮士気分の集合体か、単に暴動的な一揆勢に過ぎない。金欠した西郷軍は「西郷札(軍票)」をつくったり、南九州の公人を拷問したり、殺害して公金を奪った。そのなか、桐野は楼閣に通いつめ三人もの遊女を落籍させていた(西郷札で払った)47 『西郷隆盛ゃ イワシかジャコか タイに追われて逃げてゆく』西南戦争中、政府軍の警察隊と鎮台兵で流行った戯れ唄。タイは「鯛/隊」。この当時使われ始めた「隊」という言葉は「庶民/百姓の兵」という意味だった。これの最初は「奇兵隊」。武士の兵は「組」だった。警察隊と鎮台兵は百姓など平民出身者が多かった。101 和田越の決戦で初めて西郷は前戦にたった。そこで政府軍の戦いを見て「あの百姓町人の兵隊の強さを見よ」「これで、外国の軍隊が攻めて来ても大丈夫」と言った132 宮崎八郎亡き後を継いだ協同隊の崎村常雄主幹は、和田越で西郷の解散命令が出た時、隊で会議を開いた。切腹などの案が出た中で、崎村は「投降して捕虜になり、裁判を受ける」と決裁した。切腹などは文明の野蛮を象徴しているし、民権を旨にする我が隊の理論に反する。文明・民権を考えれば潔く捕虜になり、その後堂々と裁判で自分たちの立場を主張するべきである。とした。これはこの時期の日本では注目すべき動態と言える。143 突囲するため深夜に登山を始めた西郷軍。西郷も四つん這いになり岩を登った。その時西郷は「夜這いみないだな」と一言言って、敗残兵たちは多いに和んだ157 薩摩帰還の山中行軍での西郷の出で立ち。竹の籠に乗り、浴衣を着、脇差だけを帯び、『言志録』一冊。そして竹筒に焼塩を入れていた。焼塩は陣中で牛を屠って食べる時のため170 桐野利秋。彼は光り物が好きで刀などを金銀こしらえして、また香水も使っていた。かれは痛快なほど無内容な男だっただけに、外観を飾ることに、子供か未開人のように関心があった。西郷は村田新八から送られた海外制の豪華な金時計を持っていて、これを落とした。桐野はこれを異常に欲しがった。西郷は逃走中落として「拾ったものにやる」といった。それを拾った兵士がいたので、桐野はこれを300円(現在の価値で700万)で買った。この期に及んでこんなことをしている桐野には気味悪さをも覚える173 桐野は城山に入った時も、野戦病院を遅い、対処していた政府側役人が残した礼服とシルクハットを盗み、身につけた208 実は西郷は切腹に否定的であった。薩摩武士は戦死こそ崇高と考えていた229 この10巻になる書ては女がほとんど出てこない。芦名千絵が前半出てくるが、いつの間にかドロップアウトした。これは著書が大衆小説⇒歴史小説⇒歴史そのものを描く、と連載中、興味が移っていき、「維新前後の歴史では女子供が端役」であった事実から捨てられたのではないか367(解説) 上野西郷像。西南戦争を起こして征伐された西郷が、それほど時間を置かず東京の中心地に銅像にされ、その除幕式には政府高官も出席した。このことに在日中の外国人たちは驚愕した370(解説)
「尊王攘夷」のスローガンで始まった筈の倒幕運動から、明治維新が為ってみたら、幕末からの開国方針が何も変わっていないという、この歴史の流れが、長らく釈然としなかったのだが、これを読んで、漸く腑に落ちたというか――当時の士族達も釈然としなくて、だからあちこちで士族の反乱が起きて、最終的に西南戦争に至った...続きを読むのね、と。しかし、旧支配層の武士は既得権益を取り上げられ、庶民は税金やら兵役やら負担が激増した、この明治維新という大改革が、よく破綻・瓦解しなかったものだという、新たな疑問が湧いてきた。
西郷一行が宮崎に逃げ延びたところから西南戦争集結と大久保利通、川路利良の末路までの最終巻。 新聞の連載物であるが故に繰り返されるキーエピソードや、作者が調べ上げた話の本筋とかけ離れた人物描写が多すぎて物語としてのテンポが非常に悪い。 解説の方も述べているが、歴史書として扱うなら作者の類推と史実を区別...続きを読むした解説本がなければと思う。 ただ、読者の殆どはやはり読み物として手に取るだろうし、自分もその類であるからもう少し簡素であって欲しい。 ただ、維新後の真の革命である10年を描く本作は、近代日本を形作る重要な年月であり、西郷という虚像を取り巻く群像劇として見ることで人間の本質を垣間見ることもできる。 本巻だけでも印象に残る人物を列挙する。 人たらしの才能のみで君臨し、取り巻きに翻弄され続け、人を見る目がない西郷隆盛。 西郷と城山で散る同士たち、すなわち 桐野利秋 村田新八 別府晋介 辺見十郎太 西南戦争での薩摩側の良心で、生き延びて読み手のスクイとなる野村忍助。 熊本の自由民権運動者、宮崎八郎 官軍側では、 内務卿大久保利通 慎重過ぎる戦略により戦争を無用に長引かせた臆病な官軍総督、山県有朋 西郷暗殺の刺客を送った大警視川路利良 薩摩出身の海軍総師川村純義 西南戦争の最中に病で没した木戸孝允 西郷の人となりをここまで深く掘り下げた人はこれまでなかったようだが、そういう言う意味でも価値ある小説である。 廃藩置県、地租改正などにより国民の新政府に対する不満が蔓延し、その暴発を薩摩藩が担い、その敗戦をもって革命が区切りを迎えるという激動の時代がよく理解出来た。
薩摩軍は転戦の末、鹿児島へ帰る。終焉地・城山に籠る薩摩兵は3百余人、包囲する政府軍は7万、西郷に続き桐野利秋、村田新八、別府晋介らは斃れ西南戦争は終焉する。反乱士族を鎮圧した大久保利通も翌年、凶刃に斃れる。
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