角田光代のレビュー一覧
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猫好きでペットを飼っていない私にとってはすごく新鮮で、読んでいて楽しいエッセイだった。
狭いところが好きじゃない猫もいるのかと驚いたり、壁に突進するトトを想像して笑ったり。
仲間意識が強くて留守の家の人の代わりを務めたり、家族会議に参加してくるトトが可愛すぎた。
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生後三カ月で角田家にやってきたアメショーのトトは、粘り強く慎重派で、運動音痴。ああやっぱり私に似てしまったんだねえと同情し、愛猫の寝息に至福を覚え、どうか怖い夢を見ませんようにと本気で祈る。この小さな生きものに心を砕き世話しながら、救われているのは自分の方かもしれない―猫を飼うことで初めてひらけた世界の喜びと発見。愛するものとの暮らしを瑞々しい筆致で綴る感涙の猫エッセイに猫短篇小説も収録! -
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角田光代は20代後半かけて30代までよく読んでいた作家でした。様々の作品が映画化やドラマ化にされていて、女性の感情を丁寧に描く作者だと思いました。堀江敏幸は別の作品でかなり挫折してしまって、角田さんとならきっと挫折せずに読めるんだろうと思い購入。往復書簡だと思いきや、雑誌「dancyu」での散文集でした。それぞれ読書記録の中、「食」に関する内容を紹介するエッセイ。これもまたたくさん触れ合ったことないの作者や作品の中、食べ物や食卓な話が書かれて、短い文章だけどどんどん作品を読みたくなるような描写ばかりでした。
「本来私たちは、病むことではなく健やかであるために食べるのだ、と。」(池澤夏樹 君のためのバラ) by 角田光代
「酒に酔うことは、あとから言葉を組み立てるために必要な、より深い覚醒の場だったのである。」(若山牧水 若山牧水歌集) by 堀江敏幸
作家が読書感想文はどんなものなのか、この一冊は少し垣間見れた。読書は日常として、日々努力を怠らず、だからこうした感受性や文字を手に入れるんだろう。紹介された作品の色に関する描写は、単に美味しそうな描写だけではなく、特に堀江さんが紹介した作品の中、食べるシーンや、またはその食物ですりゃ登場していない作品でも、その一つのヒントがたくさん感想に繋がっていく。また文中と文末に二人の対談も、とても作家らしく、指定されたテーマに沿って描くことに苦労したエピソードも、互いの文章を読んで感じたものも、またこの読書に加味され、互いの人間性や読書に対する姿勢を感じました。 -
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最初の1ページ目を読んだだけで、ああ、やっぱり面白いと思ってしまう。
俺は角田光代の文章が本当に好きなんだとあらためて実感する…
旅行やら出張に出かけて池袋(個人的に思う場所ですが)に着くとものすごく安心して、帰ってきたんだけと感じるのと同じ感覚だと思います。笑
11の様々な恋人たちのとてもリアルな関係が描かれていて、自分の今までの恋愛と共感する部分も沢山あってとても面白かったです。
この小説の帯に芦沢央さんが書いている
「じぶんの欠片たちが口々に騒ぎ始める。
これは私のための物語だ、と。」
さすがですね!まさにこの言葉がこの小説という
感じでございます♪
「サバイバル」の中で
俺たちは何がほしいんだろう?
俺たちって、健吾や俺だけじゃない、目の前の女の子たちも、北原すま子も、あのセンスのぶちこわれた彼女も、いったい、何がほしくて人を好きになって、恋人なんかつくって、いっしょにいようとするんだろう?
この言葉は、彼女がいる時には全然考えないんだけど、しばらく彼女がいない(現状…)に考えてしまうんですよね、見た目の美しさ、可愛らしさ、ファッションのセンス、笑いのツボ、嫌いなものが一緒、
何をもって人は人を好きになるんでしょうかね…
最近本当にわからなくなってきました。
40歳もすぎたので、恋愛ぐいぐいって感じでも無くなってるのは勿論ありますが、
「二者択一」の中で
サラダ油に酢を入れて、ぐるぐるかき混ぜる。
なかなか混じり合わない両者は、数秒でちゃんと融合してどろりと白濁したドレッシングになる。
三十四、五年で培ってきたそれぞれの生活は、
油と酢のようにくっきりと独立した何かで、両者を混ぜ合わせるにはそれ相応の気負いと行為が要る。
けれど白濁したドレッシングを放置すればまたすぐに分離してしまう。
譲歩も変更も、新しい習慣も入り込む余地のない何かを、私たちはそれぞれ相手の中に見つけ出してしまう。新鮮で興味深い新発見の連続ののちに、
さほどよろこばしくもなくどちらかというと厄介な新発見が、さらに発掘され続ける。
誰かと暮らすとは、そういうことらしい。
とても長くなってしまいましたが、この部分は
三十代以上の人なら納得のいく真理みたいなものだと思ったので、抜粋させてもらいました。
また、しばらく角田光代から離れて他の作家さんへの旅に出ようと思います。
すぐに安心できるホームに帰れるようにちゃんと
積読してありますので… -
Posted by ブクログ
ネタバレ原作・向田邦子さん、文・角田光代さん、絵・西加奈子さんという豪華な顔ぶれの絵本が出たと知ったときから手に取りたかった一冊。
ストーリーは知っていましたが、どんな絵になるのか、装丁になるのか興味しんしんでした。
西さんの絵が温かみがあってしみじみ佳いです。
厳しくて怖いお父さんが、小さなかぼちゃを取ってしまったらいつもは怒るお父さんが、小さくなった小さな妹をだきしめて、おおんおおんと泣くシーンは何度読んでも涙が出ます。
悲しみややりきれなさ、戦争に対する理不尽さも込められた泣き声なのではないでしょうか。
読後、表紙の可憐なたんぽぽにまた涙が誘われてしまいます。 -
Posted by ブクログ
この作品のあらすじを見てみると、
“一見幸せそうに見える二人に、ふとした瞬間に訪れる微かな違和感や不信感”
“不完全な恋人たちの、キュートでちょっと毒のある11のラブストーリー”
くぁぁぁぁぁーー!
これだけでビール3杯はいける。
また、帯にはこうある。
“大好きなのに、どうしても許せないことがある”
くぅぅぅぅぅーー!
レモンサワー追加だ。
芦沢央さんの解説の言葉をお借りすると、ここに詰まっているのは、「ドレッシングが分離した後、互いに混ざり合わない存在として向き合わざるを得なくなった油と酢たちの物語なのだ」。
この、「ドレッシング」を使った表現は、本作品の中の「二者択一」に出てくる表現だ。主人公が35歳でわたしと同年代というのもあり、この「混ざり合わない存在」同士で生きていくことの難しさの表現として、群を抜いているように思う。
好きだー!って気持ちで付き合い始めたものの、一緒にいると、付き合いたてでは見えてこなかった様々なことが見えてくる。
・風呂に入らず、腋毛も剃らずに生活することが平気なキタハスマコとその彼氏おれの章「サバイバル」
・記念日フェチのクマコと記念日大っ嫌い彼氏おれの章「昨日、今日、明日」
・買い物依存症のリョウちゃんと折り合いがつけられない彼女あたしの章「お買いもの」
・公表していいことと悪いことの区別がつけられず、なんでも人にぺらぺらしゃべってしまうナミちゃんと暮らす彼氏ぼくの章「57577」
・ハルっぴの迷信に振り回されて、過去の罪悪感と向き合い続ける彼氏おれの章「雨と爪」
・”たかだか”野球の一勝に生活の全てを支配される木幡敦士と彼女あたしの章「100%」
・万引きをやめられないカナエと、それを認めていくべきかどうかで揺れ動く彼氏ぼくの章「共有過去」
・お菓子を食べ続ける仁絵と、”たかが”お菓子につっかかってしまう彼氏ぼくの章「糧」
・下戸の上野くん(34)と酒豪の私(35)の章「二者択一」
・長年付き合っていた者同士が嘘みたいに海外旅行でいがみ合う章「旅路」
・周囲に反対されながらもいわゆるダメ男ミネオと付き合い続ける彼女私の章「未来」
この11編、順序なんてつけられないほど、ひとつひとつが愛おしくて痛々しい。大切な人と一緒に生活をするということ。そこにあるのは決して、嬉しい、楽しい、大好き!だけじゃない。同時に、たくさんの違和感と傷つき、不信感も同居している。それらは、P295「できうる限り好意的に解釈して受け入れようとする。だが、時間が経ち、激情が薄れ、相容れないものが日々の生活にじわじわと入り込んでくる中で、その受け入れがたさが浮かび上がってきてしまうのだ。」
わたしには11編全部別れちまえ!と思えたけれど、それは、わたしの器の小ささなのだろうか?
嫌だって気持ちとそれに対して器が小さいと思うことは別のこととして考えるよう、先日カウンセラーの先生に言われたけど、わたしの中に存在する理想の自分が、誰かを受け入れられないことを許せない。
この、他人を受け入れられない自分を許すとするならば、わたし自身がP201「世界で一番自分が正しいと思って」いる、「ナルシストでファシスト」であることを認めることなのかもしれない。
そこで顔を出すのは「他人を受け入れる仕事をしている自分」である。その自分は、小さなことを許せないわたしを、はるか上空から見下(くだ)している気がするのだ。“そんなことも許してあげられないの?”と。わたしは、他人との距離感を考える前に、自分の中にある正論(理想の自分)と、上手に距離をとることができていない。人生に折り合いをつけて生きていく前に、まずは自分の中で折り合いをつけることが必要なんだろうか。
お菓子、お酒、野球…
他人からしたら笑ってしまうような、バカバカしいものたち。
たったそんなことで。人は言う。だから「たったそんなこと」と、その時は思う。小さな違和感なんて、見て見ぬふりをしてしまう。
けれど、2人で過ごす日常の中にどっしりと横たわるそれらを、どうしても見て見ぬふりはできない。
これは、受け入れていくべきものなんだろうか。それとも、受け入れられなくとも、仕方のないものなんだろうか。その答えは、個人の中にのみ存在するし、出した答えが、個人の中の答えと合致するとは限らない。 -
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ネタバレ本当に素晴らしい小説だった。
一人の女性と、その周辺(おもに家族)の、戦時中の子供時代から平成の老後を描いた長い物語。
主人公の左織は、戦時中には家族と離れて疎開を余儀なくされ、父親も戦争で亡くしているが、それ以外はごく平凡で、親からも兄姉からも愛されて育った普通の女性。特に悪いこともしていないし、特に何かに努力して自分を高めようともしていないけれど、まぁ昭和の時代の「普通の母」たちはみんなそんなものだったんじゃないか…。主婦(妻そして母)として、一生懸命家庭を守り、子育てをしている。なのに、なんだかうまくいかない。まず、第一子である長女百々子と異常に相性が悪い。あまり可愛いと思えず、第二子の男の子柊平の方がかわいいと思ってしまうことを自覚している。
この子育て奮闘記に、昭和時代の社会のできごとがいろいろ絡めてあるだけでも面白いのだが、ここに「風美子」という個性的な女性が深くか関わってくる。風美子は疎開中に左織に助けてもらったと言って、そのお礼がしたかったというが、左織自身はまったく覚えていないし、風美子をきっかけに忘れていた疎開中の出来事を思い出すと、リーダー格の上級生に言われるがまま、自分もいじめに加担していたような気もする。肝心なことがよく思い出せずに苦しみもする。いつも自分では何も決められず、誰かに決めてもらっていた。年の離れた兄や姉が、「あなたはいいから」となんでも先にしてしまったせいでもある。それで母が死んだとき、姉のすることにちょっと口をはさんでみたら、姉とは決定的な溝ができてしまう。(これは小説中特に、とてもとても悲しいエピソード)。
夫を信頼できずにいるのも、娘の百々子とうまくいかないのも、風美子のせいにしてしまいそうなできごとが数々出てくる。
読者も、「風美子っていったい何者なの?」と佐織と一緒になって疑いそうになる。
でも、風美子は風美子なのだ。左織が左織であるのと同じように。自分の人生は、他の誰のものでもない、自分の人生なのだ。それに気づくのが、左織は、遅すぎたのだろうか?
もし「何でも人のせいにしようとして自分で努力しなかった」せいで、「娘から決定的に嫌われ、息子にも裏切られ、家族がみんな去ってしまい、一人ぼっちになった」という物語の結末であるならば、あまりにも重い代償だと思わざるを得ない。だって左織は、勇気がなく、平凡を望んでいただけで、ごくごく普通の主婦ではないか。あまりにも悲しすぎるではないか。
でも、左織の物語は続いていく。まだ人生は終わったわけではない。どうやって生きていくのか、どうやって死を迎えるのか、自分で決めることができる。自分の人生は自分の人生なのだから。 -
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小中学生の時に表紙と題名に惹かれて買った本。女性が一生のうちにもらうプレゼント(形あるものだけではない)に纏わる短編集。風景の表現が鮮やかかつ分かりやすい、夕焼けに照らされる木々を『金粉をふりかけられたように〜…』って表現したりしている。どの話も良いけどランドセルの話が一番好き。ランドセル貰った当時はなんでも入る!私の全財産(ぬいぐるみとか本とか)余裕で入る!何かあってもランドセルに大事な物詰めて逃げれば生きれる!って思ってたのに大人になってよく考えたらランドセルって一泊旅行の荷物すら入らないよね、当時の身軽さにビックリしちゃう。そんな「分かる〜」って懐かしい気持ちになったり「これから先こんなプレゼントが待ってるかも!」って思えるお気に入りの1冊。
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Posted by ブクログ
ネタバレかなり前の短編集。
角田さんのイメージは、最近では事件を扱ったような社会的な長編も多く、過去にはこんな感じの恋愛小説系がよくあった。
この短編集、さすが角田さんと思った。
心理描くの、うまい。
途中から坂道を転がるように加速して悪化していく感じ。これは今も変わらない。
恋人同士が、お互い完璧な相手だと思いながら続けていくのは難しい。
妥協が必要だ。
他の人から見たら、そんなヤツとは別れた方がいいって思っても、人によって許せるところ、許せないところは違うのだ。
1番共感できたのは『旅路』
共感できるから、なんだか最後に椅子を譲ってくれた青年の優しさと自分の狭小な気持ちが情けなくて、泣けた。
普段の生活なら、この相手は間違いないって思てたのに、旅の仕方の違いで、その旅行のスムーズにならない環境下でお互いがイライラして、相手を責め立てるような気持ちで充満する。
最近、読んだ短編集で、ウィリアム・トレヴァー『異国の出来事』の中の『三つ巴』でも、夫婦の旅での苛立ちが書かれていて共感できた。
旅は計画的に余計なイライラをしないように準備しておきたい派と、行き当たりばったりになってもそれを楽しむ派に分かれる。
私は計画派で、行き当たりばったりになってイライラして時間を無駄に過ごしたくない。お金を無駄にしたくない。
でも、行き当たりばったりで旅を楽しむのも楽しそうだとは思う。
ただし、それはあらかじめ行き当たりばったりで旅をすると決めてからじゃないと嫌だ。
角田さんは、両方の気持ちと心理をうまく描いていて、すごいなー。
1番共感できなかったのは『未来』
若いうちはありがちだけど、30過ぎるとちょっとやめた方がいい。自分のこと棚に上げて人のやってること悪口言ってる。くだらない生活で生きてるのに、人のことを悪く言うのだ。そんなふうにずっと生きていると、くだらない人しか周りにいなくなるだろうなぁ。目標とか、充実とか追い求めないから、人のそういうものを馬鹿にして生きていくしかないんだろうなぁ。