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Posted by ブクログ
角田光代さんの書く言葉からはいつもいろんなことを気付かせられる。
当たり前だと信じているが、本当はそうではないことを心の底では知っている。無意識に目を逸らしてきたことを、登場人物の心の動きに乗せてさりげなく問いただしてくれる。そして、多くの作家が書くきれいな部分だけではない、「本当の気持ち、本当に言いたかったこと」をおしえてくれる。
だから、角田さんの本を読むときはいつも覚悟がいる。一生懸命に何重にも取り繕ってきた自分の感情や人格の本当のところを見透かされているようで、こわい。自分が本当は何を考え、どんな人間であるのか、あるいは何者でもないのではないかということに気付いてしまうのが、こわいのだ。そして、私が角田さんの小説を読むことをやめられないのも、この「気付き」がたくさんあるから。
「三月の招待状」はまさしく私の中で「気付き小説」だった。
登場するのは大学時代をともに過ごした三十歳をとうにこえた男女。
仕事もあり、恋人もいる、端から見れば「成功」している女性なのに、未だに大学時代の恋が片隅にちらついている充留。大学時代から付き合ったり別れたりしたのちに結婚し、結局付き合っていたときと同じような原因で離婚してしまう裕美子。そしてその別れた夫、正道。大学時代に成功を遂げ、周囲からも一目置かれる存在であったが、栄光が過去になってしまった今になっても自分の立ち位置など考えずに自由に生きている宇田男。学生時代はみんなの中にいながらも、ださいと思われないよう必死だった、今では幸せな家庭を築く専業主婦の麻美。
登場する5人が5人とも、それぞれに今を生きているけれど、どこかで過去に縛られて生きている。それぞれが今の自分を認めているふりをしている。けれど、それはただ「認めようと努力している」姿なのだ。この「必死で認めようとしているだけ」という事実を、角田さんはごく自然に露呈してしまう。そして、読者も自分が無意識のうちに過去に縛られて生きているという事実に気付いてしまうのだ。
私は決して特別な人間ではない。けれど、心のどこかで「自分は特別だ」と信じている部分は少なからずあるだろう。しかし、私は、私たちは、本当は何者でもないのだ。だから、過去なんていうちっぽけなものにすがりながら、何者でもない自分に必死で色をつけ、特別なものにしようとするのである。それが自分の意識のもとにはないと思っていても。
ただ、過去に縛られて生きるのも自分であるが、その過去が形成したのが今の自分であることを忘れてはならない。過去は今の自分を作り上げたもの。その過去には感謝しながらも、過ぎ去りしものにいつまでもとらわれることなく、前に進んでいくことこそが何者でもない私たちのすべきことではないだろうか。
変化を怖れず、過去の自分もこれからの自分も本当の自分として受け容れられる人間になりたいと思えた作品だった。
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小説・文芸
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