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口さけ女はいなかった。恐怖の大王は来なかった。噂はぜんぶデマだった。一方で大災害が町を破壊し、疫病が流行し、今も戦争が起き続けている。何でもいいから何かを信じないと、今日をやり過ごすことが出来ないよ――。飛馬と不三子、縁もゆかりもなかった二人の昭和平成コロナ禍を描き、「信じる」ことの意味を問いかける傑作長篇。
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Posted by ブクログ
身近にいる困っていそうな人に手を差し伸べる。 差し伸べられた手に、申し訳なさを感じながらもすがる。 そんなことが、いつからこんなに難しくなってしまったのか。 自分が何を信じているのか、自分が大切にしていることは何かを認識すること。そしてそれを俯瞰し、時には疑う目を持つこと。 何より、これだけいろいろ...続きを読むな情報があふれるなかで、自分が信じるものは何かを自分の頭とこころでちゃんと考えること。 それができないと、本当の意味で人とつながることはできないのかもしれない。
何を信じるか、誰を信じるかが人生を大きく左右する。 二人の主人公、飛馬も不三子さんも真面目なだけに妄信的になり、そこまでしなくても、そこまで前のめりにならなくてもという危うさを抱えている。 でもこの二人は経験から色々なことを学んでいる。 不三子さんの「どんなに頭がよくたって、ただしいことが何かなんて...続きを読む、私たちにはわからないときがある。いいことをしようと心から思ったって間違うこともある」という言葉がその証しだ。 思い込んで突っ走るのは止めよう、時々立ち止まって考えてみよう、とこの本を読んで思った。
読んでて怖かった〜 コックリさんもノストラダムスの予言もなんだか当たり前に信じていたような気がする。 だってみんなそうだったから。 周りが信じていることをそのまま信じていることで楽に生きられる、そんな子ども時代だった気がする。親の価値観をそのまま信じていたというか。 結婚して子どもを育てていく中で、...続きを読むとても悩んだ。なにがいいのか、なにを信じればいいのか、そんな気持ちを思い出して夢中で読み進めた。 『本当のことなんかわからないし、人は信じたいものを真実だと思うだけ』 確かにそうだなと思った。
飛馬と不三子の昭和から令和にかけての人生を通して「信じる」とは何かが問われる。オウム事件や震災等実際の出来事を絡める事で2人が実在していたかのようにリアルに感じられる人物造形が素晴らしい。デマやフェイクに溢れるネット時代の今こそ読むべき一冊。
さすが角田光代。同世代なので、ウンウンと頷きながら一気読み。「信じる」について俯瞰して考えることができた。
世代は違うけど、不三子さんと自分の考え方が凄く似ていて、共感どころか別の自分のような気持ちで読んでいました。何を信じるかによってものの見え方は変わってくるし、自分でよく考えて決めることの大事さを描かれた小説な気がして、そういう小説ってあまりないのでとても貴重だし多くの方に読んで何かを感じてもらいたい...続きを読むなと思うお話でした。
ああ、字が小さい、読み終えることができるかなと思いながら読み始めたけれど…。 いつもの如く、読み始めの数行で角田ワールドにあっという間に引き込まれてていった。 ココロの何処かがヒリヒリと痛む感じのまま読み進めていく。切ない…とも何か違う。イタい?それは登場人物に対して抱く感情なのか。 とにかく角田さ...続きを読むんの小説は、次に次にとどんどん読んでいってしまう。
昔から人は予測不可能な未来を少しでもコントロールするために、何かを信じてそれに縋ることで、不安定な気分を落ち着けてきたのだと思う。 その信じる対象がデマと呼ばれるようなものではなく、科学的に証明されたと言われるものでさえ、後から間違っていたことが判明することもある。 月並みな言い方だが、この世の中に...続きを読む絶対的に正しいものはないとなると、人はそれがたとえでっちあげだとしても自分自身に信じ込ませるしかなくなってしまう。 本作の主人公の女性のように、はじめから何かを疑ってかかることは、時には何か別のことを危険なまでに信じ込むことにもつながるうえ、そのような姿勢で日々を過ごすと精神的にも疲弊してしまうように思う。 そのような世の中で正しい姿勢というものもないが、何か生きやすくなるような考え方があるとすれば、人間は小さな存在であり、他者と助け合うことでしか生きていけないのだという謙虚な姿勢なのではないかと思う。
交わることのなさそうな鳥取出身の男と玄米菜食を信奉する専業主婦の生きた軌跡を描きながら、後半2人が交わることにより、それぞれ影響を受けて癒されていくといった話。 ほんとうに丁寧に、どうしてこうなっていったのかが描かれており、物語への求心力は相変わらず強い。 『タラント』でも描かれていたが、人が人を救...続きを読む済することの是非、ボランティアの罪悪感といったテーマが根底にある。(2作品ともキリスト教を題材のタイトルだし) この情報量の多い時代に何を信じて、何を信じないのか、戦争中の軍国主義を信奉して生徒を死に追いやったことの後悔から死ぬまで離れられなかった実母と対比させて浮かび上がらせている。 個人的には、人が人を助けて、そしてそのことに快感を覚えるのはホモサピエンスの本能というのもであると思うし、何を信じるかは、その時々によって変わって当然のものだと思う。ここで描かれているのは信仰といってもいいほどの思い込みに囚われている人。どんな情報、体験をもってしても考えを曲げられない人。こんなに頑固な人、本人も周りも苦しいだろうな。
嘘、デマ、ブーム、健康にいいこと、私たちの周りに溢れているそれらを浴びて生きてきた二人。一人は1967年生まれ、鳥取育ちの飛馬。一人は1951年生まれ(多分)の不三子。二人の生きざまが交互に語られる。これが、特になにも起こらないのに引き込まれる。どちらにも少しずつ共感し、反発する。飛馬は母が小学校の...続きを読む時に亡くなり兄と父とで過ごし成長するが、いつも危ういものに心惹かれる(だいたいぎりぎりで向こうに行かない感じ)。不三子は妊娠していたころ地区センターの料理教室でマクロビオティック的な食事の思想と出会い、ひたすら邁進するのが読んでいて危うさしかない(子どもの給食やおやつ、ワクチン等々)。425ページのうち、第一部が半分くらいの230ページ、1984年くらいまでで、だいたいここまでで二人の生き方や信じるものの選び方、接し方が入ってくる感じ。第二部は一気に飛んで2016年から。二人が出会い、生き方が交差してくる。 ハラハラしながら最後まで読んで、その印象のまま終わって、まとめは自分の中でって感じでした。途中で眠くならなかったから面白かったんだろうけど、うーーん、重かった。私も吹き出物が出やすいとか、皮膚が荒れやすいとかあって、極力添加剤の入っていないものを作ったり石鹸っぽいものを選んだりしているけど本当に大変なんですよ、これが。石鹸洗剤も子が小さいうちしか使わなかったし。だから、自分の信義とはいえ不三子ほど徹底できるのはすごいことだと思います。そんな私でも不三子のやりすぎ感半端なくて、読んでいて胸が苦しくなった。周りとの寄せ方が問題なんだよね。 問題となるような表現はないとは思うけど、これを小学生に読ませて読書が好きになるとは思わない。高校以上かな。中学校でも興味があれば読ませていいと思いました。
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