あらすじ
口さけ女はいなかった。恐怖の大王は来なかった。噂はぜんぶデマだった。一方で大災害が町を破壊し、疫病が流行し、今も戦争が起き続けている。何でもいいから何かを信じないと、今日をやり過ごすことが出来ないよ――。飛馬と不三子、縁もゆかりもなかった二人の昭和平成コロナ禍を描き、「信じる」ことの意味を問いかける傑作長篇。
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Posted by ブクログ
戦争中もコロナ禍も何が正しくて正しくないのか、誰も判断できなかったし、後々にならないと判断が正しかったかどうかなんてわからない。
自分はちゃんと考えて絶対騙されない!と思っても人はいくらでも騙される。絶対騙されないというのがいかに難しいか。
主人公の不三子が子供たちにワクチンを打っていなかったことを夫に責められる場面では、夫に怒りが湧きました。人任せにしていたくせに後から責めるのは無しじゃないの?じゃあ悩んでた時期に一緒に考えてくれたらよかったじゃない(怒)
未知の出来事に遭遇した時に自分は何を信じて何を信じない判断をするのか、そんなことが出来るのか?読者みんなが考えると思います。本当に素晴らしい小説でした。
Posted by ブクログ
何かのインタビューで角田さんは、「書く時にズルはしない」とおっしゃっていて、それは作中で何かむりやり出来事を起こさせて背景描写をワープして登場人物に自分の書きたい事を喋らせる、みたいな事はしないようにしている、というような話だったと思うのだけど、確かにそう言われてるだけあって、読むほうもズルして斜め読みして分かった気になれないのがこの作品だなと思った。
終盤の、みんな理不尽に耐えられないから、見たい現実を見ようとするし更には作り出そうとまでしてしまうんだ、という部分、確かにそういう人いるなぁと思った。
次読む時はじっくりと丁寧に読んで、このタイトルになった理由を考えてみたい。
Posted by ブクログ
昭和から令和までの出来事を2人の主人公をもとに信条、ライフスタイルを描いたストーリー。
展開はそんなに起伏はないが、事件、出来事など懐かしく読める。
昭和も平成も令和も文明科学は変化しているが、大なり小なり同じようなことを思い、感じでいるなと思った。
Posted by ブクログ
1967年生まれの飛馬、1950年(代くらい?)生まれの不三子、物語が始まった時は何の関係もない2人の人生を、順番に描いていく。
昭和中期以降、平成、そして令和。こっくりさん、口裂け女、ノストラダムス、Y2K…様々なデマが飛び、その度に大騒ぎするがデマは現実にならない。
一方で予想もしなかった現実の事件事故が発生する、大きな台風に洪水、大地震、オウムのサリン事件、原発メルトダウン。
根拠のない噂に振り回され、予想もしない現実に翻弄される2人は、子ども食堂のボランティア活動を通じて交差するのだが、それはもう物語の後半、そしてコロナ。
デマに翻弄される側だったはずが、デマを振りまく側に立っていた2人の姿を誰が笑えようか?
一国の総理大臣が自分の地位のために、SNSを通じて世論を操作する、これが都市伝説ではなくてどうやら現実であり、世界一の経済大国の大統領がSNSを駆使して気違いじみた戯言を発信する時代。
東北地震被災地が復興途上なのに人が来れないオリンピックに建築業者を割く国、能登地震の復興が全く進んでないのに万博に建築業者を割く国
愚かな姿な主人公たちは俺たちである。この小説はほろ苦い上に結末はハッピーでもバッドでもなく、ただただ愚かを続けていくしかない俺たちの薄暮の未来をまざまざとみせつける。
Posted by ブクログ
世の中の流れが早くて、情報も多くて、気持ちも頭も充填されっぱなしになるときがある。
未知なもの、未確定なものがこわくて、
不安や恐怖でいっぱいになる。
不安を払拭したくて、情報に飛び込むと、また不安を煽られる。
そうゆうときはだいたい「べき」とか「常識」「正解」とか「普通」を安心したくなる。
わからないことがあるということを、もっと受け入れないといけないのかもしれない。
飛馬が祖父や父母からつながれてきたもの。
不三子が子供たちにつなぎたかったもの。
飛馬も不三子もそれらから解放されたときに、少し生きやすくなったように見えた。
方舟=次世代へつなぐものだとしたら、この本のタイトルが表すことはなんなんだろう。
また時間を置いて、改めて読んでみよう。
Posted by ブクログ
何かを信じる事の危うさと必要性を感じる読書体験だった。
コロナのワクチンの副作用について疑ったり、陰謀論を信じたりする一方で、目の前で起きている災害には無頓着だったりする。そんな人間の矛盾が、この作品には丁寧に描かれていた。
マクロビオティックで子育てをした女性と、ノストラダムスの大予言やオカルトブームの中で育った男性。二人は特別な人物ではなく、どこにでもいる普通の人たちだ。だからこそ、自分や周囲の誰かと重なる部分がある。
本作には大きな事件や劇的な展開はあまりない。それでも強く印象に残るのは、人が何かを信じる姿がとてもリアルだからだと思う。人は不安な時代を生きる中で、正しさを求め、答えを求め、時には根拠の薄いものにすがる。しかし、その一方で本当に大切なものを見落としてしまうこともある。
読んでいて、人は矛盾の中でしか生きられないのかもしれないと思った。何かを信じることは時に危うさを伴う。それでも人は、何も信じずには生きていけない。
だからこそ最後に大切なのは、大きな思想や正しさではなく、目の前にいる人とのつながりや、ほんの些細な日常の出来事なのかもしれない。ずっと下を向いていたけど、空を見上げたら天気が良かったとか、理屈ではない目の前の人助けだったりとか。「何を信じるか」だけでなく、「生きる為に本当に必要な事」を考えさせられる一冊だった。
Posted by ブクログ
食にこだわったり,何かを信じたり、こだわったり、不三子は自分と重る部分が多々あった。
情報が多すぎて、それが正しいかも怪しい現代。
この本にはないけどさらにAIにまで振り回される世の中になってきている。怖い。
もっと自分で考えて生きていかなければいけないが難しいな。
何を信じるか,選択するのは本当に難しい。
多数派になれたら楽なんだろうけど、それも違う。
二人の人生を長くにわたり丁寧に描かれていて良かった。信じることについて、私も自分自身に問いかける機会になり良かった。
Posted by ブクログ
二つの時代を跨ぎ、それぞれ当時の国の社会情勢を趣きながら2人の主人公からの視点で描かれている。
祖父が預言者であったと信じ、それに見合った男であり続けようとした飛馬と1人の女性に影響を受け、社会の風習や風潮に疑問を抱く望月。
異なる環境下の2人が出会う第二部は胸が躍ったが、そこから迫りくる新型コロナウイルスの話は懐かしさと共に風化させてはいけない出来事だったなと改めて感じた。
2人は出会った先で紆余曲折ありながらも大切にしたいものを選び行動するところには共感を得た。
この本を読んで2つ思ったことがある。
1つは1960年代からの時代を感じることができて良い読書体験になったこと。
2つめは結局なにを信じればよいのか分からないこと。
情報過多なこの時代に誰を信じるか、はたまた疑問持つか。人の生き方は多様化してて追いつけない…。
視野を広く持たせてくれた作品。
だが、
インザメガチャーチでもあった視野を広くすることで行動を抑制するあの感覚になってしまいそうで怖い。
ヒューマンドラマを描いた作品で、淡々と読み進めやすい作品であった。
Posted by ブクログ
不三子の考えが全然わからんくて??が多かった。
沙苗の考えは正しいけど、宗教とは違うから他人には強要しないってスタンスなのかと思いきや口出したりとかするし。
湖都もなぜ母よりヤバくなったのかも不明。
Posted by ブクログ
1967年生まれの柳原飛馬と1950年代生まれの望月不三子の2人を主人公とする小説で、恐怖の大王や口さけ女、マクロビオティック、ワクチンの危険性など、何かを「信じる」ということをテーマとして、昭和から平成を経て、令和のコロナ禍での2人の邂逅に至るそれぞれの人生を描く。
自分は1980年代生まれで主人公2人より若いが、時代が重なる部分もあり、世相を感じつつ、それぞれの人生を追体験するような深みのある読書体験となった。特に、望月不三子の独自のマクロビオティックをある意味押しつける子育ての経過(子が幼い時は同じものを共有していると思っていたのに、いつしか遠い存在になってしまう)には、幼子を育てる身として、考えさせられるものがあった。
また、陰謀論や似非科学っぽい考えを持っている人にもいろんな人生上の背景があるんだろうなということを思わされた。
そして、神様の世界は秩序だっているが、現実はそうではなく、わけのわからない世界をやり過ごすために誰もが何かを信じようとしているという本書のメッセージに得心のいくところがあった。
Posted by ブクログ
柳原飛馬と望月不三子の人生を昭和、平成、令和までそれぞれ交互に追っていく。
年代も違い、読み始めはこの二人がどう繋がっていくのか全くわからなかったが、後半にやっとつながりお互いに影響する。
どちらも全く違う人生なのに、親の影響を強く受け、方や反面教師のように母のようにはなりたくないと思いながら生きていき、方や父にずっと言われ続けてきたことが頭から離れず、自分はそう生きねばならないと思い込んで生きていた。
この本を読んでいて、親の子どもに与える影響の大きさに改めてにも引き締まる思いがする。
一方で、どんなに自分で考えて選んだ道でも間違うこともあるし、どうにもならないこともある。ギリシャ神話の方舟になぞらえてタイトルにある通り、神さまが選んだ人だけが生き残りほかの人類は死んでしまう。海に沈むという噂を信じるのか信じないのか。みんなが信じる方を自分は信じるのか、信じずに生き残ろうとするのか。
確かにこの時代は、ノストラダムスの大予言があって、オウムがあって、コロナがあって、大変な時だった。
今読み返しても、混乱が続いて異常だったし、急に決まったことに対して、議論の余地も考えるゆとりもなかった。
そういったことを本で読み返すのって、本当に大事だと思う。
SNS 等で繋がっているようで、自分から動かないと繋がれない時代。不三子は子ども食堂に行かなかったら、きっと孫や亮に不満を抱きながらくすぶっていたんだろうと思う。自分を活かす道があってよかった。飛馬も父の呪縛?から放たれて、自分の本当にやりたいことをやれそうでよかったと思う。今までもいいと思っていたことかもしれないが、自分の生き方や方向を考え直すいいきっかけになると思う。
Posted by ブクログ
お母さんへの対応とコロナ禍での情報の扱い方をリンクさせてるのすごい、まさかここに繋がるとは。誰もなにが正解か分からない、そういう時の行動の仕方、考え方、自分だったらどうできるだろうと考えた。そして案外、人生ってむしろ分からないことだらけで、そのなかで生きているのだよなと。考え過ぎても考えなさ過ぎても、極端に反対するのもただ数に流されるのも、よくなくて。そして正解なんて最後まで分からない。それが生きているってことなんだなぁと。
そしてものすごく取材とかしてるのだろうなと思わせる、出来事の詳細さ。本当にリアル。こども食堂の活動や役所のお仕事…
食事は幸せを作る。身体に良いものを食べる。なにを食べるかを自分で選択できる。自分が正しいと思って100%の善意で行動することも、それが他の人にとってはどう受け止められるかが違う。家族でさえ。
考えさせられる本でした。少なくとも、ちゃんと自分の頭で考えて選択しないといけないと、それだけは思った。
Posted by ブクログ
朝井リョウ氏がイン・ザ・メガチャーチ関連の記事で共鳴を感じインプットにもなった?と言う作品。
古い時代の話から始まるので、あまり今の自分の感覚とは違う世界と思っていたが、気がつくと現代になり実は自分と同世代でもあるあたりに驚く。
育った土地や環境が違っても、同じ時代背景には同じような感覚があるというか共感が湧くというか。
また、不易なことも見えてくる。合わせて葛藤も。いつでも孤独は苦しいし、何かを求めるし、それでいいのかと内側から外側から確認していく。そして何に踏み込んで生きるのか。踏み込みすぎたり、それ以前に己を確認出来ていなかったり、踏み込み方が分からない場合に人はこうなるな、とを事例を見せられた。
何れにせよ、どんな場合も正しさなんて己が決めるのだ、と自分軸の在り方を問いただす名・現代本。
Posted by ブクログ
2人の男女のそれぞれ約50年間の人生を追ったストーリー。
「信じることとは何か」を問いかけられる作品。朝井リョウのインザメガチャーチを彷彿とさせる題材。
ノストラダムスの大予言、地下鉄サリン事件、東日本大震災、コロナ禍など、実際に起きた出来事が背景として描かれながら、この2人がどのように生きてきたのかが語られる。そのため、当時の自分は何を感じていたかを思い出しながら読むことができる。
ノアの方舟の物語は、ノアが神のお告げを信じて舟に乗ったから助かった=信じる者は救われる、という話だと思う。
しかしこの本は、タイトルが示すとおり「方舟を燃やす」。
信じること=救われること、ではないということに、最後に2人が辿り着いたように感じた。
私たちは誰しも不安の中で生きていて、何かしら生きることや世界に意味付けをしながら生きている。
その行為自体が、「信じること」に近いのではないかと思った。
信じることは、安心を与えてくれる一方で、ときに人を縛るものにもなる。その両面を描いた小説だと感じた。
Posted by ブクログ
ほんとに最後の方まで、この話がどう終着するのかさっぱりわからないままページを捲った。
群れで生きる動物として、何を信じて、他人が信じるものとどう付き合っていくのか。
あまり考えたことのないテーマだったけど、色んな〝正しさ〟が終始ぶつかり合う今、考えないといけないなぁと思った。
自分は納得できなくても、相手の信じるものを簡単に否定しちゃいけない。
みんなそれぞれ自分が生きてくために信じるものを一生懸命選んでる。それが正解か間違いかなんて本当のことは誰にもわからない。
Posted by ブクログ
何を信じるかということがテーマの本なのだけれど、「信じる」という言葉よりも「信仰」かな。
不三子は、添加物や着色料、肉などを使わない料理法に出会い、それに強く傾倒していく。幼少期に母親に十分に構われなかった辛い記憶を反面教師にするように、彼女は過保護な親になる。ただし不三子にとっての子育ての成功とは、娘や息子が自分の価値観の範疇に収まっていることだった。
そのため、親へ反発し家を離れ、再会した際には山奥で社会との関わりを断ち共同生活を送る新興宗教の信者となっていた娘・湖都の生き方や、結婚した息子が嫁を優先することを、不三子はまったく理解できない。結果として「自分は子育てを間違えたのではないか」と思うし、他人に比べて不幸だという思考になる。
そういう何を信じて生きてきたかと、そもそも何を信じるかを考えるひっかかりがなく生きてきた人たちとのちょっとしたズレをコロナや子ども食堂を通して浮き彫りにしてる。
信仰の奥底には「自分が信じたい現実」がある、というまとめに行き着くけど、考え代が多く苦しい小説だった。
少し話はずれるけれど、アイドルに対して行き過ぎたファンもまた、強い信仰心を持った人たちだな、とも思ったりした。
Posted by ブクログ
2026年最初の一冊、
自分が正しいと思うことは時代と共に変わっていく。
物語は、大きな起承転結がなく淡々と時代が変化していく中で、主人公の飛馬と不二子の人生が交互に綴られている。飛馬は母の死の原因が自分の勘違いによること、祖父が災害を予言し町の住民を救ったことがあるかもしれないという出来事をずっと心の奥底に引きずっていた。
一方、不三子は結婚してから出会った一人の女性の「健康は全て食事から」の教えを忠実に守リ家庭をひたすら支えてきた。しかし娘は「自分の不妊の原因は、初めて打ったワクチンが原因である」と思っている。これを聞いたときの不三子の混乱はいかばかりかと思う。
昭和平成令和にあったさまざまな出来事は、懐かくもあり、あの頃はそうだったよな、と自分の人生を懐古しながら2人の生き方を辿っていく。
時代が変化していくこの世に正解なんて存在するのだろうか。現在は、AIがさらに発展を遂げ目に見えるものが真実とは限らない時代だ。
そして、自分が信じるものは、時に世論のイデオロギーと相反するものであるかも知れない。時代に流されることとなく真実を見極める力をつけるには、どうすればいいのか。
多くの人が信じるものが正解とは限らないし、周りに嘲笑されても己が信じたものが、未来で正解になることもある。
作者が伝えたいことが余りにも大きく、深く考えさせられた。
角田光代のメッセージに気迫が感じられた一冊だった。
Posted by ブクログ
昭和〜平成〜令和のコロナまで
2人の主人公の人生の物語
口裂け女、コックリさん
ノストラダムスの大予言
雑誌の文通コーナー
そうそう、あったあった
と懐かしみながら読んだ
口裂け女は、話がどんどんふくらみ
みんな本気で怖がった事を思いだした
大震災や、カルト教団が背景に描かれるが
背景にあるだけで、
巻きこまれるわけでもない
たんたんと2人の生き様が描かれる。
終盤2人の人生が交差し
コロナに振り回され
デマに振り回されたりする展開は
読み応えあった
世の中にあふれるデマや噂
いざと言う時に右往左往しないように
何を信じるのか、
自分の価値観をしっかり持たないといけないよ…
と、優柔不断な私は終始問いかけられてるような気がした
Posted by ブクログ
なんと抑揚のない………
でも凄くリアルな話だった
最初に母が亡くなってウルっときて、途中に不三子が他人からご飯の事で頼られ嬉しがれたときウルっときた。母親って凄いよな。
不三子はちょっとやり過ぎだけど。
あとコロナワクチンね。
あの頃はきつかったなー、私が打ってないと知ると、「え?うそやろ?」みたいな反応で。いやいやそれはこっちのセリフ!って言葉を飲み込んだ。今後も自分で意志で決めよう。とにかく、抑揚はあまりないけどリアルな二人の人生の話だった。飛馬の考えも凄くよくわかる、無意識に人との予防線ができるように自分でいいように解釈したり、そういうところが人を遠ざけてしまっている。身に覚えがあるから落ち込む。
Posted by ブクログ
自分の記憶や信念を疑わない人間と、自分自身の感覚すら信じられない人間。どちらにも共感しきれずずっと歯痒さを抱えたまま読み進めたけど最後まで解消されず、人間の不完全さだけが強く印象に残った
Posted by ブクログ
どの情報を信じるのか。
その情報は真実なのか。
病院でおばさんの会話を鵜呑みにした飛馬、マクロビオティック料理を信じた不三子。
そのせいで2人共、大切なモノを無くしてしまう。代償が大き過ぎた。
情報に振り回されるのは昭和も平成も令和も変わっていない。戦時思想も口裂け女も反ワクもある意味、同じなのかもしれない。(ノストラダムスの大予言も信じてたなぁ。)
自分が信じて行って来た事は果たして良かった事なのか。家族が離れてしまって自問自答する不三子に、胸が苦しくなった。
情報が氾濫する今日、真実の見極めはより難しくなっている。冷静に考えて行動しないといけない、と感じた。
Posted by ブクログ
長い…。大きな出来事があるわけでもなく、2人の人生が繋がった意図もわからない。それぞれのモヤる観点はわかるけど、共感できず。同じ時代を生きた身としては、苛立ちの方が強かったかなぁ。
昭和から令和のものすごい激動のなか、いろいろ悩んで動いてみたけど、結局自分の考えは変わらない、自分が信じたいこと、居心地いいことを選んでいきます、って話。
子供の為に徹底した生活を送って、盲信しすぎて押し付けが強くて、みんな離れていったけど。
信じたことを一生懸命やった結果、身近な家族の愛し方がわからなくなったけど。
信じたことを言ったら、批判されたり愛する人を壊したり、信じることをやってもまわりを苛立たせたりするけど。
自分の信じる道は自分で選びたいよね、って話?
題名からは、
信じてた日常があっけなくなくなり、信じた神もウソだったり、神も仏もないような時代。何を信じればいい?
方舟に乗れば生きながらえるなんて、信じない奴らには死を、なんて。自分の信じる道を進めばいいけど、それ以外は受け入れない社会なんて、どうなの!?
…っていうメッセージを感じるけど、内容はふわっとしてて読みにくかった。
Posted by ブクログ
第59回吉川英治文学賞受賞作品。
1950年代生まれの女性と1960年代後半生まれの男性が、噂や信仰に翻弄されて昭和、平成、令和という怒涛の時代を生きていく話。
というと大河ドラマみたいですが、等身大の私小説で年代や感性が自分と近くて共感しました。
ノストラダムスの大予言、口裂け女に始まって最後はフェイク映像と、世間を騒がせた似非情報に右往左往しつつも、本当の災厄といえる自然災害や人災などは対岸の火事っぽい距離感があるのがリアルでした。
別々の世代の二人が、人を助ける「こども食堂」で出会い、それぞれ正しい事とは、人助けとは何かを考えていくのも普通の人っぽいです。
地に足がついている小説だと思いました。
Posted by ブクログ
ながい!でも読みやすい。
ちょっと母親が自然食とか重なるところがあってすごいわかるわかる!ってことちゃんに感情移入したり…
過去から今まで、結局人は人が生み出した曖昧で確証がない、だけどどこか真実味があるものに突き動かされてしまうんだなって思った。
ツールと速度が違うだけで昭和も令和も変わらない。
結局正解なんてわかんないんだよなぁ、、、
Posted by ブクログ
昭和期の都市伝説、世紀末ブームを経て、SNS経由で“ニュース”が広がる時代へ。何かを信じることと、信じたことを人に伝えることの間にある一線に鈍感であっていい時代などなかった。食、子育て、災害…迷いも決断も個人のものだけど、社会的責任は? 答えに詰まる作品。
理不尽な出来事の理由や意味が分からない不安から、信じたい現実を信じる。分かるけれど、クリスチャン的には、だからこそ信仰が必要、とも改めて思った。全てを制御できると考えず、すべきことをしたら人知を超えた存在に委ねる。どうにかできるという驕りを捨てないと、理不尽な世界で絶望せずに生きることは難しい。
Posted by ブクログ
2000年問題、地球滅亡、コロナのワクチン問題など我々はどの時代も情報に踊らされる。そして、それら情報に絶対はない。しかし、そんなわけないこともない。
「絶対そうだ」や「そんなわけない」と情報の表面だけをみてすぐに信じたり切り捨てるのではなく、そうかもしれないと情報の中身に目を向ける必要がある。
我々はどんなことでも物語や経緯がないと動くことができない。人に人の物語があり、あらゆることに物語を作ろうとする。そして、自分で作った物語を盲目的に信じようとする。しかし、他人の物語にはつい切り捨てがちで信じしようとしない。
物語は合っていることもあれば間違っていることもある。
だからこそ、自分で作った物語に固執してはいけないし、他人の物語を真っ向から批判するのもいけない。
そうかもしれないという白黒ついていない状態に慣れる必要があり、世の中そんな状態がほとんどであることを理解する必要がある。
Posted by ブクログ
ずっとふわふわ、もやもやしながら読んでいた。なかなか進まなかった。イライラもした。
登場人物の誰にも共感できないと、しんどいんやなと思った。(私の読み方の癖でもあるが)
これはこれで貴重な読書体験ではあったかな。
Posted by ブクログ
[私たちは知らない。ただしいはずの真実が、覆ることもあれば、消えることも、にせものだと暴露されることもある。それだけではない、人のいのちを奪うことも、人に人のいのちを奪わせることも、あり得る。]
[自分が大人になるまでに、ポケットベルができて携帯電話ができてパソコンができて今はみんながスマホを持っている。あのころには考えられなかったスピードで他人とやりとりできるようになった。これほど大きく世界が変わっているのに、なぜ、見知らぬ人とかかわりたいという気持ちは変わらずあるのだろう。もしかしたら、こんなふうに幼稚な罵雑言があふれかえるところを見ると、見知らぬ人に向けた悪意や憎悪や、名もないネガティブな感情は、進化した世界で人類があたらしく獲得した何かなのだろうか。飛馬はまとめサイトをくり返し読みながら、そんなことまで考えた。]
ポケベルの時代からコロナ終息までを、2人の登場人物の目線で交互に追っていく。
どこで2人が繋がるのか、楽しみにしながら読み進めた。
人は自分が正しいと思うものを追い求めていく。だけどそれは、誰かにとって必ずしも正しさではない。