あらすじ
口さけ女はいなかった。恐怖の大王は来なかった。噂はぜんぶデマだった。一方で大災害が町を破壊し、疫病が流行し、今も戦争が起き続けている。何でもいいから何かを信じないと、今日をやり過ごすことが出来ないよ――。飛馬と不三子、縁もゆかりもなかった二人の昭和平成コロナ禍を描き、「信じる」ことの意味を問いかける傑作長篇。
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Posted by ブクログ
盲信?いや、違う。不三子は自分で納得して、沙苗の提唱する食事法や生き方、ワクチン等々への考え方に賛同し、実践していたはず。良かれと信じて。この生き方こそが、方舟に残る途。周囲の愚かで蒙昧な人々には分からないだろうけど、私たちは違う。いずれ、判明する。あえて困難で煩雑な生き方を選んだ私たちだけが、祝福され、健康で幸せで文化的で、真の意味で豊かな生活を送ることができるのだ……。
できるはずだったのに、ね。不三子、尋常じゃなく頑張ってきたのに
不三子ともう一人、男の主人公がいたのですが、もう不三子しか覚えていません。
コロナ禍の頃、程度の差こそあれ、こういう人が数多く出現したものです。
正しいのは、正解はなんなのか、その時点で誰にも分からない。
リスクを取って、自己責任でどちらかに決めなければならない。
その、どうなるか分からない不確実さに耐えられない人々。
どうなってもいいや、と腹をくくれない人々。
自らの選択によって、悪い結末を招くかもしれない可能性を引き受けられない人々。
こういう人が全力で、誰かに、誰かの教えに寄りかかってしまう。
自分で選んで考えた結果のようで、全然そうではない。
「こうすれば絶対、大丈夫」といった方舟など、ないことに気づけ。
こうして不三子は、目指していた方舟を自ら燃やしました。
あの厳しい節制だらけの「自然派」生活は、何も不三子にもたらさなかった。
けど、高度な調理スキルは残ったわけで。面倒がらないマインドも。
今後の不三子に幸あれ、って言いたいです。
オススメです。
Posted by ブクログ
2026年最初の一冊、
自分が正しいと思うことは時代と共に変わっていく。
物語は、大きな起承転結がなく淡々と時代が変化していく中で、主人公の飛馬と不二子の人生が交互に綴られている。飛馬は母の死の原因が自分の勘違いによること、祖父が災害を予言し町の住民を救ったことがあるかもしれないという出来事をずっと心の奥底に引きずっていた。
一方、不三子は結婚してから出会った一人の女性の「健康は全て食事から」の教えを忠実に守リ家庭をひたすら支えてきた。しかし娘は「自分の不妊の原因は、初めて打ったワクチンが原因である」と思っている。これを聞いたときの不三子の混乱はいかばかりかと思う。
昭和平成令和にあったさまざまな出来事は、懐かくもあり、あの頃はそうだったよな、と自分の人生を懐古しながら2人の生き方を辿っていく。
時代が変化していくこの世に正解なんて存在するのだろうか。現在は、AIがさらに発展を遂げ目に見えるものが真実とは限らない時代だ。
そして、自分が信じるものは、時に世論のイデオロギーと相反するものであるかも知れない。時代に流されることとなく真実を見極める力をつけるには、どうすればいいのか。
多くの人が信じるものが正解とは限らないし、周りに嘲笑されても己が信じたものが、未来で正解になることもある。
作者が伝えたいことが余りにも大きく、深く考えさせられた。
角田光代のメッセージに気迫が感じられた一冊だった。
Posted by ブクログ
2000年問題、地球滅亡、コロナのワクチン問題など我々はどの時代も情報に踊らされる。そして、それら情報に絶対はない。しかし、そんなわけないこともない。
「絶対そうだ」や「そんなわけない」と情報の表面だけをみてすぐに信じたり切り捨てるのではなく、そうかもしれないと情報の中身に目を向ける必要がある。
我々はどんなことでも物語や経緯がないと動くことができない。人に人の物語があり、あらゆることに物語を作ろうとする。そして、自分で作った物語を盲目的に信じようとする。しかし、他人の物語にはつい切り捨てがちで信じしようとしない。
物語は合っていることもあれば間違っていることもある。
だからこそ、自分で作った物語に固執してはいけないし、他人の物語を真っ向から批判するのもいけない。
そうかもしれないという白黒ついていない状態に慣れる必要があり、世の中そんな状態がほとんどであることを理解する必要がある。
Posted by ブクログ
ずっとふわふわ、もやもやしながら読んでいた。なかなか進まなかった。イライラもした。
登場人物の誰にも共感できないと、しんどいんやなと思った。(私の読み方の癖でもあるが)
これはこれで貴重な読書体験ではあったかな。
Posted by ブクログ
昭和、平成、令和…そういえば、こんなことがあったんだ、と思い返しながら読んだ。
文通、無線、ポケベル、ピッチ、携帯電話からスマートフォンへと、伝達?方法だけ取っても、めまぐるしい進歩と変化を遂げて来た、今。
世間を騒がせた事件も沢山あって、震災もコロナ禍も、確かに経験したはずなのに遠い昔のことみたいに実感がわかないのは何故なのだろう。
そんなことを思いながら、一気読み。
家族のことを思い、一生懸命に生きて来た不三子なのに、独り立ちした子どもたちは心まで遠く離れてしまう。
ふとしたきっかけで子ども食堂に携わり、共に活動することになっただけの間柄でも、災害時に老齢で独り暮らしの不三子のことを心配し、矢も盾もたまらず駆けつける飛馬。
つながりって、何なのかな。
家族とのつながりを思うと切ない。
でも決して独りじゃない、ってメッセージも感じることが出来た。