角田光代のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
空也は異動になりボクシング雑誌の部署へ異動する。興味なかったボクシングだが、ジムに通い出し、ボクサーたちとの交流、試合でボクシングの世界に魅力されていく。
主に立花という選手を追いかける形で話は進む。
主人公の空也はなよなよな男だけど、心理描写は私も同調して、共感できた。
立花の試合の描写では、後半になるにつれて、いけ!いけ!と、近くで見ているかのように感じて応援したくなる。
角田さんて女性なのに、ボクシングの小説とは意外で内容も臨場感あってすごいなーと思ったが、ボクシングをしていたことがあるらしく、だからと言ってやっぱりすごいなーと思った。
いやー、面白かった。
文庫本ではタイトルが変更「拳の先」 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本は、私がまた「本読んでみようかな」と思った一冊である。
私は昔、本好きの小学生だった。
しかし、元々というわけではなかった。
私を本好きに変えたのは小3の頃に出会った友達である。
その子はとても本を読む子で、私に本の面白さを教えてくれた。
中学校はその子と離れてしまい、私はあまり読書をしなくなった。
なかなか面白い本に出会えなかったこともあるかもしれない。
(武者小路実篤の「友情」とあさのあつこシリーズは面白かったけど)
でも、一番の理由は
その友達のような、一緒に本を語り合える友達が周りにいなかったからだと思う。
高校はその友達と一緒だったが、彼女は入学してすぐ留学に行ってしまった。
私は中学と同じような理由でほとんど読書をしなかった。
浪人生で友達が面白い本を教えてくれまた読書にハマったが、浪人生が終わると読書をしなくなった。
そして大学生になり出会った、久々の面白い一冊。
寝るのも惜しんで、とにかくひたすら読んだ。何回も読んだ。
まあ〜読んだきっかけはちょっと秘密だけど(笑)
こんな本に出会ったのは久しぶりで、それから、角田さんのエッセイをいろいろと読んだ。
そして今も角田さんのいろいろな小説やエッセイを読んでいる。
この本は、私をまた本を読むことに引き戻してくれた
いわば「命の恩人」的な存在なのかもしれない。
「こんなに面白い本があるなら、他にも自分が好きになる本や作家さんを見つけたい」
それが今、私の読書する理由である。
こんな風に思わせてくれたこの本は、私の人生の中で確実に大切な一冊になるであろう。 -
Posted by ブクログ
あとがきを最初に読んで、読者からの投稿を読んで
13番目(最終話のような…)から読み始める。
居酒屋に行くだけも立派なデエトなんてね〜(100人アンケートより)
にしても、8ページで〜フリースに対する手厳しさと優しい説明を読み、感激!
一緒にいて〜素でいられて、一緒にいるかわからなくなるくらいが幸せなんだってねー。
すごく共感してしまったー
色々と複雑な世の中で(複雑を容認して)〜
なるべくシンプルで小さな幸福を見つけてゆきたいなー。
あと、主人公の兄と妹が8歳差ってところが偶然にも一緒で、
僕も妹が22,3歳になってきたら面白そうだな。 -
Posted by ブクログ
角田光代さんの書く言葉からはいつもいろんなことを気付かせられる。
当たり前だと信じているが、本当はそうではないことを心の底では知っている。無意識に目を逸らしてきたことを、登場人物の心の動きに乗せてさりげなく問いただしてくれる。そして、多くの作家が書くきれいな部分だけではない、「本当の気持ち、本当に言いたかったこと」をおしえてくれる。
だから、角田さんの本を読むときはいつも覚悟がいる。一生懸命に何重にも取り繕ってきた自分の感情や人格の本当のところを見透かされているようで、こわい。自分が本当は何を考え、どんな人間であるのか、あるいは何者でもないのではないかということに気付いてしまうのが、こわいのだ。そして、私が角田さんの小説を読むことをやめられないのも、この「気付き」がたくさんあるから。
「三月の招待状」はまさしく私の中で「気付き小説」だった。
登場するのは大学時代をともに過ごした三十歳をとうにこえた男女。
仕事もあり、恋人もいる、端から見れば「成功」している女性なのに、未だに大学時代の恋が片隅にちらついている充留。大学時代から付き合ったり別れたりしたのちに結婚し、結局付き合っていたときと同じような原因で離婚してしまう裕美子。そしてその別れた夫、正道。大学時代に成功を遂げ、周囲からも一目置かれる存在であったが、栄光が過去になってしまった今になっても自分の立ち位置など考えずに自由に生きている宇田男。学生時代はみんなの中にいながらも、ださいと思われないよう必死だった、今では幸せな家庭を築く専業主婦の麻美。
登場する5人が5人とも、それぞれに今を生きているけれど、どこかで過去に縛られて生きている。それぞれが今の自分を認めているふりをしている。けれど、それはただ「認めようと努力している」姿なのだ。この「必死で認めようとしているだけ」という事実を、角田さんはごく自然に露呈してしまう。そして、読者も自分が無意識のうちに過去に縛られて生きているという事実に気付いてしまうのだ。
私は決して特別な人間ではない。けれど、心のどこかで「自分は特別だ」と信じている部分は少なからずあるだろう。しかし、私は、私たちは、本当は何者でもないのだ。だから、過去なんていうちっぽけなものにすがりながら、何者でもない自分に必死で色をつけ、特別なものにしようとするのである。それが自分の意識のもとにはないと思っていても。
ただ、過去に縛られて生きるのも自分であるが、その過去が形成したのが今の自分であることを忘れてはならない。過去は今の自分を作り上げたもの。その過去には感謝しながらも、過ぎ去りしものにいつまでもとらわれることなく、前に進んでいくことこそが何者でもない私たちのすべきことではないだろうか。
変化を怖れず、過去の自分もこれからの自分も本当の自分として受け容れられる人間になりたいと思えた作品だった。