角田光代のレビュー一覧
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読み終わってから少し心が重い。
経済的に安定したとき、前より自信がついた気がした。なぜだろう。収入が多ければ自分の価値が上がるとでもいうのか。そんなことを考えた。自分の言動を振り返った。無自覚だった変化に気づかされた。自分の価値、自分がどんな人間なのか、誰がどうやって決められるのか。誰かが決めることでもないが、稼げるお金、身なり、住んでいる家、社会的地位・役割など、分かりやすいもので比較し、満足したり不満に思ったりしてしまいがちだろう。これがあれば満足というものはないから、何かをきっかけにバランスを崩してしまえば、求める心を止められなくなる。 -
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ネタバレ手が、震えています。
本と人との繋がりを描いた短編集。
私の話ではないのに、どこかむず痒い気持ちになるような思い出の数々に頁を捲る手が止まらず一気読みしました。
私も幼稚園の頃から一人で本を読むことを好んでいた人間だったので、あとがきで角田さんの話に共感しながら読んでいました。すると突然知っている名前が出てきてびっくり。鳥肌が立ちました。某書店の名前が出てきたからです。最初は私も本が大好きで、本とお客様を繋げる仕事がしたくて――。
私にとっては何気ない職場。でもそこが、誰かにとっての大切な場所だとしたら。
忘れかけていた大切なものを思い出すことができました。
本好きには堪らない作品だと思 -
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ネタバレ2026年最初の一冊、
自分が正しいと思うことは時代と共に変わっていく。
物語は、大きな起承転結がなく淡々と時代が変化していく中で、主人公の飛馬と不二子の人生が交互に綴られている。飛馬は母の死の原因が自分の勘違いによること、祖父が災害を予言し町の住民を救ったことがあるかもしれないという出来事をずっと心の奥底に引きずっていた。
一方、不三子は結婚してから出会った一人の女性の「健康は全て食事から」の教えを忠実に守リ家庭をひたすら支えてきた。しかし娘は「自分の不妊の原因は、初めて打ったワクチンが原因である」と思っている。これを聞いたときの不三子の混乱はいかばかりかと思う。
昭和平成令和にあったさまざ -
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この人は日常をアウトプットする力がすごい。サザエさんの話面白かった。選択の連続が自分を作るということ。顔を見る人雰囲気を見る人は言語化されて納得。
返信葉書をなぜか出せないのすごくわかる。イヤな人でもこの人、別の場所で会ったら好きになってたかもの精神に共感。
「三十代半ばのときに私を悩ませていたことは私をもう悩ませることはなく、そのころ私が必死につかんでいたものはそれほど大事なものではなくなっている。時間とともにそれらは背後に流れ去っていったのだ。でも、一方通行の時間の先に、またあらたなる悩みはあるし、必死につかんでいたいものはあるのだった。」
最高。 -
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六条御息所、高校の時の思い出で、生霊になって葵の上殺した人ってイメージだったけどなんか全然違くない?!そうかもしれないけど、ちゃんとしてて素晴らしい方だったのにこんなことになってしまって気の毒だわ…。と思ってたらあとがきにも書いてあった!!
そして主要人物が何人かお亡くなりになりました。これでまだ2巻だもんなぁ、すごい〜!今から3巻読む!
以下ネタバレ含む感想
【紅葉賀】
光君はやっぱ華があって舞もすげー!というところから、これまたクセツヨな熟女とのあれこれ、そしてついに光君と藤壺の子(東宮)が誕生してしまい、東宮は光君に似すぎているので藤壺は具合が悪い…の話。当たり前体操。帝の継母とし -
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ネタバレ主人公のテルちゃんはタイトル通りの「愛がなんだ」と言いたくなる女性だった。初めはこんなに1人の男にのめり込む姿に苛立ちさえ覚える。
しかし読み進めていくうちに、自分も経験した片思いの頃の感情が蘇ってきた。またこの物語に出てくる登場人物にも誰かに想いを寄せた時の今までの自分が少しづつ映し出されている。
ナカハラくんとの最後のやり取りは現代の「推し活」者や、「こちらの一方的な恋愛だと分かってしまっている人」にとって刺さる言葉なのではないだろうか。
(一部引用)
「たぶん、自分自身に怖じ気づいたんだろう。自分のなかの、彼女を好きだと思う気持ち、何かしてあげたいという願望、一緒にいたいという執着、そ -
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ネタバレその子は朝ごはんをまだ食べていないの。
そうだ、彼女は私を連れていく刑事たちに向かってたった一言、そう叫んだのだ。
その子は、朝ごはんを、まだ、食べていないの、と。
自分がつかまるというときに、もう終わりだというときに、あの女は、私の朝ごはんのことなんか心配していたのだ。(p359)
この小説を読んでいると、誘拐犯であるはずの野々宮希和子の方が、いい母親であるような気がしてくる。この物語は、血のつながりだけで、人は親になれるわけではないのだと訴えてくる。では、血のつながりでないのだとすれば、人は、何によって人の親になれるのだろうか。それが、「もう終わりだというときに」、目の前の子どもの「朝ご