あらすじ
いじめで群馬に転校してきた女子高生のアオちんは、ナナコと親友になった。専業主婦の小夜子はベンチャー企業の女社長・葵にスカウトされ、ハウスクリーニングの仕事を始める。立場が違ってもわかりあえる、どこかにいける、と思っていたのに……結婚する女、しない女、子供を持つ女、持たない女、たったそれだけのことで、なぜ女どうし、わかりあえなくなるんだろう。女性の友情と亀裂、そしてその先を、切なくリアルに描く傑作長編。第132回直木賞受賞作。
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結婚、キャリア、子育て。
それぞれの人生の分岐を進んだ女たちは、心から分かり合えるのでしょうか。
専業主婦の小夜子は義母との関係に疲れ働く決心をします。採用されたのはハウスクリーニングの仕事。
その会社を経営する女社長の葵は、小夜子と同年齢で出身大学も一緒。
共通点が多いことや、明るい性格の葵の人柄に惹かれた小夜子のコミュニケーションにより、2人は仲良くなります。
しかし、距離が近くなるにつれ葵の言動に対して疑問を感じるようになった小夜子。
ひょんなきっかけで葵の過去を知り、2人の関係性は変わっていくことに。
結婚をするしない、子供を産む産まない、キャリアアップを目指す目指さない。
年齢を重ねるほど、気が遠くなる決断を求められる機会が女性には比較的多いと思います。
その分岐は人生を変えるにはあまりにも大きく、選択の内容次第で今まで仲が良かった友人同士の絆を引き離すことも。
異なる分岐をした人が交じり合うことはなく、同じ道を選んだもの同士で関係を深めていくのだろう。
そう思っていました。
しかし、選んだ分岐に対して強い不満を抱いていたらどうでしょう。
専業主婦の分岐を選んだ小夜子と、やりたい仕事に挑戦する分岐を選んだ葵。
一見関わることのない2人が、自分の環境に関係なく心を通わせようとしたら…。
疎遠になった友人がいる人、これからの人生に対して迷いがある人に是非読んでいただきたいです。
感情タグBEST3
孤独と向かい合わせーせつない
通勤中に読むつもりで読み始めたのに、先が気になって休日に一気に読んでしまいました。
今や私には夫がおり、仕事をし、この手の悩みに向き合うことなく10年近くの月日が経ちます。
この作品を読んで多感だった頃の自分の感情がどっと溢れて涙が出そうになりました。
生涯かけての親友だと思ってた。否、今もそう思いつつ、相手もそうであってほしいと願っている。昔ほどの熱意はないにしても。これは私自身のはなし。
でもなぜ疎遠になってしまったのか。大人になるって何なのか。
小夜子はその問いに対して一つの見解に辿り着く。私にはせつないです。
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結婚して分かったことだが 妻と僕とはそれぞれ生まれ育った環境も生活習慣・様式、そして物の言い方=表現のしかた、捉え方も違う。言うなれば 文化・習俗習慣・言語、なにひとつ共有しない「異民族」なのだった。この数十年 僕ら夫婦の歩みはすなわち異民族どうしの邂逅と 民族紛争、そして融和=和解という激動の歴史であった。夫婦でさえもこんな有様だ。人は誰かと仲良くなるとうれしくて ついつい 自分たちは多くの価値観を共有していると思い込みがちだ。けれどある日ある時 その違いに気づいて 戸惑い傷つき悩み苦しむことにもなる。本当の人間関係はそこから始まるのだ。「あれ?なんかちがう」のその先をどう歩むか、どう生きるか?
ほのぼのと気持ちよい読後感。
Posted by ブクログ
電車の中で無かったら、ボロボロ泣いていました。
現在育休明け、仕事復帰をして3ヶ月目。慣れない部署に異動になって、慣れないパソコン作業に四苦八苦している日々です。今週は毎日、向いてないかもしれない…と呟いていました。
誰も私の本当の姿は知らないんだろう…。会社の周りの人とも距離がある気がして、そんなことすら思うことも。
孤独感の中この本を読んだときに、学生時代のことを思い出しました。あのときは、寄り添ってくれる友達がいた。そうだ、自然と心を通わせて、いっときも離れたくないと思えるほど仲良くしていた友達。
その友人は今何をしているのだろう?考えてみても、全くわかりません。今この時まで、すっかり忘れていたこと。
いつのまにか連絡を取らなくなって、取ろうとすることすら思わなくなって、今さら過ぎるのに悔やむような気持ちすら湧いている。けれどもう、どうしようもないこと。
懐かしいあの頃のすべてが、この本には詰まっていて、羨むような悔やむような、でも幸せだったと綻ぶような、いつか実家の近くの昔よく遊んだ公園に、生まれたばかりの娘を連れて行ったときに感じたあの気持ちが湧いてきました。
私と心から気持ちを通わせてくれる人はいないのではないか。
そんなこと、きっとない、と優しく包んでくれる物語でした。
月日が流れて、少なからず諦めながら慣れていく中で消えて行ってしまうことに悩んでいるのかもしれない。
懐かしむことって、あのときの私を慈しむことかもしれません。悩んでいる今の私も、いつかの懐かしいに繋がっていくのだろう。そんな救われる気持ちになりました。
Posted by ブクログ
途中で何度か出てくるナナコの言葉が好きだ。
“そんなとこにあたしの大切なものはないし”
“本当に大切なものは一個か二個で、あとはどうでもよくって、こわくもないし、つらくもないの”
なぜか高校時代のシーンが印象深いのは、
ナナコとアオちん二人の世界がキラキラ輝いているからだろう。
やってることは、たこ焼きを食べたり、子機でコソコソ話したり、川沿いの草むらでげらげら笑ったり。そんななんでもないようなこと。
だけど、二人でいるから世界に意味を見出せるような、なんだってできるような、そんな感じ。
二人は死にたいから飛び降りたんじゃないだろうな。死ぬなんて本当に頭にもなかったんだと思う。
“ずっと移動しているのに、どこにもいけないような気がするね”
このまま、二人でここじゃないどこかへ行きたいという思いだけ。
二人の世界が輝きすぎる感覚はとても危うい。
大人になってからの葵はナナコを思わせる。
“ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことの方が、うんと大事な気が、今になってするんだよね”
私には葵が大切な何かを見つけたからな気がしてならない。ナナコのいう、あとはどうでもいいと思えるほどの大切な大切な何か。
対岸というのは、湖や川などの自分がいる所とは反対の向こう側の陸地を指す。
同じ水を見ているのに、隣り合わせではない。
同じ空間にいるのに、交じり合えない。
「アオちんとナナコ」「葵と小夜子」
なんども交じり合えそうになったり、立場や環境が阻害して離れてしまったりする。
物語を読んでいる間中、橋がある希望を追い求めてしまう。
「アオちんとナナコ」は同じ岸に立つためには、あまりに年齢が子供すぎた。
「葵と小夜子」は最後、小夜子が一歩踏み出したことによって同じ岸にこれたのだろうか。
そもそも「人と人」の関係で完全に同じ岸にたつことなんて出来ないのだろう。
だけど、対岸にいたままでも、橋をかけようとすることはできる。
読んでよかった!
30代女性のリアルな生活や人間関係が描かれている。私も同じ30代なので共感できる部分も多く読んでいて納得できる作品でした。自分の普段の生活の中にも重なる部分の多い印象に残る作品でした。
タイトル回収する作品は良作。
2人の主人公の現在、過去が交互に進んでいくけれど、そこが繋がる美しさ、そしてタイトルを気づけば回収してるといううまさめっちゃ読みやすかった。
Posted by ブクログ
歳を重ねるにつれて、同じ箱に入って同じ方向を見ていた(ような気がしてた)あの頃と違って、抱えている事情や置かれている環境が大きく変わってくる。同じ状況でないと分からないとシャットダウンしてしまったこともされたこともあるし、今大事なものだけ守れればいいと新しい縁に消極的になることにも、とてもとても身に覚えがある。気がつけば周りには自分と似た環境の人ばかりいて、似たような愚痴をこぼしたりしている。だけど、自分をここではないどこかへ連れて行ってくれる(森絵都さんの言葉をお借りするなら熱源になるような)出会いは、自分がシャットダウンした先にあるかもしれない。理解し合えないことで苛つくことも、傷つくこともあるかもしれないけれど、大人になってからも葵と小夜子のような出会いがあるなら悪くないと思えた。人と関わり合うのはエネルギーがいるけれど、同時に自分を奮い立たせる何かを与えてくれる可能性も秘めている。歳を重ねることは、出会うことを選び、信じる人や物事を選び、自分の足で歩いていけるということ。すごく前向きな話だと思った。
Posted by ブクログ
人と出会うことは時に自分を前に進めてくれるプラス要素になり、時に自分を踏み止まらせ後退させるような足枷になるマイナス要素になるということを今一度理解させてくれる内容でした。物語の最後では主人公の二人とも前に進む決意ができた場面で終わりましたが、マイナス要素となった過去も各々昇華して自分を前進させるキッカケにできたことが全てだと思います。私自身も変わらない毎日を変えたいという気持ちから新しい環境へ飛び込みますが人と関わる事を恐れずに過ごしていきたいです。
Posted by ブクログ
空中庭園を読んで、巻末解説でぜひ対岸の彼女を読んでみてほしいと書いてあったので、手に取ってみた。とても良い物語だった。
おもに小夜子視点から綴られる現在の話と、葵の過去話でストーリーが展開されていく。僕は後者の、葵とナナコの物語に惹きつけられてページをめくっていたので、終盤に会社からどんどん人が離れ、小夜子にもあんなことを言われ去られてしまった葵に心が痛み、なんとか救われてほしいと思ったので、結末まで読んで少しほっとした。小夜子と葵のすれ違いは、ただお互いがその時々に考えていたことや立場が違ったことからくるもので、もちろんそれぞれに悪いところはあるのだけれども、それよりはタイミングや環境の違いで決裂に進んでしまったというのがなんとも切なかった(ので、最後に小夜子がああいうふうに決意してくれてよかった。ホームビデオを見るくだりがきっかけだったけど、あの場面でも思わず泣いてしまった)。
人付き合いのわずらわしさとか、ささやかな悪意に辟易とする感じとか、孤独感とかに比べると、どこかに行けると思ってたけどどこにも行けなかった息が詰まる閉塞感とか、友達に勇気をもらってなんでもできそうな気がしてくる高揚感とか、そういった気持ちは自分の10代を振り返っても経験があまりなく、よくわからなかったけど、そういう感情の体験をともにできる人がいるというのはいいなと思わされた。
過去編の最後に葵とナナコを会わせてくれた葵パパにはありがとうと言いたい。ナナコはどこかで楽しく生きられているのだろうか。そうだったらいいなと思う。
Posted by ブクログ
続きが気になってどんどん読み進めてしまった。全体的に世の中のネガティブが詰め込まれたような話のようで、他人を信じ、出会いも別れも肯定する内容だったようにも思える。葵さんは、社長になって自分の中にいるナナコをずっと演じているという理解であってる?ナナコが一番可哀想なのに、結局その後どうしているかが全く分からないのがもどかしい。でも家族から離れて親戚の元へ行けたのだから幸せに近づいていると思いたい。小夜子さんみたいに、大人になってから「この人は私を変えてくれるかも」って思える人に出会うの羨ましいなと思いつつ、すごく切実に変わりたい、誰かに変えてほしい、きっかけがほしい、と思いながら過ごさないと、人との出会いにそんな印象は持てないかも。
Posted by ブクログ
大人の話の時はサヨコが主人公なのに、子供になると主人公はアオイになる。
子供の頃感じた人と関われない、関わりたい、関わるとめんどくさい、が、大人になっても永遠と続くこと。でもその中で喜びもある事。
ああなんでこの本をずっと読んでなかったんだろう。
お父さんとのタクシーの中での会話でボロ泣きした。友情の話でもあるけど、実は不器用な家族の話でもあるんだよね。
ナナコが良い事言いすぎて、こんな友達が全国のいじめられっ子の側にいれば良いと思った。
2026/05/02
屋久島旅行のお供に再読。帯に書いてある「子供がいる、いない。結婚した、しない。の女子の友情の分かれ目の話」では無いと思う。
人と関わること、深く知り合って大切に思って繋がったときの尊さ、喜び。そして、それは簡単に切れてしまうということ。全部でも、自然なことではなくて、自分の選択なのだと思う。
もうこの子達と仲良くしなくていいやと、距離を置くのは簡単だと思う。実際に何人かに対してそれをやってきたと思う。
でもそうやって簡単に、うまくいかないからと人との関わりを絶ってしまったら、うまくいくものもうまくいかないじゃない。人間は、人の間と書くくらいだから、コミュニケーションする生き物で関わりをやめられない。
騙されても人を信じる生き方を選んだ、とアオイは決める。かっこいい
お父さんとのタクシーの会話でまた泣いた。
Posted by ブクログ
思春期ならではの、学生時代の閉鎖的な息苦しさは、自身の経験に照らしても共感できる部分が多かった。私は大学生になって「選択できる」ことを実感して、無理に周りに合わせたり一緒に行動したりする必要はないのだと気づいてから、とても過ごしやすくなった。そんな過去を振り返ると、ナナコの「ひとりでいるのが怖くなるような沢山の友達よりも、ひとりでいても怖くないと思わせる何かに出会うことのほうが、うんと大事な気がする」という言葉が、すっと心に入ってきた。
学校だけでなく、会社の同僚同士やママ友同士の関係性などにも、表面的で閉鎖的、時には排他的な側面があると思うと辟易するが、ナナコとの出会いによって一皮向けた葵のように、自分にとって大切なものを見失わないでいれば大丈夫なのかもしれない。結局それが意図するところは、立場や環境の違いを超えて、内面でどこまで深くつながれるかということなのでは、とも思ったり。
人間関係は脆く、儚い。人と人とは完全には分かり合えず、些細なことですれ違い、ライフステージの変化などにより簡単に疎遠にもなる。
ただ、ずっと自分の殻にこもっていた小夜子が「なぜ私たちは年齢を重ねるのか」という問いに「また出会うためだ。」と答えを出し、最後には一歩を踏み出せたように、人と関わることの負の側面ばかりを見つめず、前向きに日々を過ごしていきたい。
解説の森絵都さんの言葉にも背中を押された気がする。
Posted by ブクログ
強がっていた時のナナコ。
そのナナコと遠いどこかに行こうと手を差し伸べた葵。
そういう、何もない未来も、破滅が待っている未来も、一緒に行きたいと思える
一緒に手を取っていたいと思える人と出会いたいなー。
最後の、ナナコからの手紙
ほんと、対岸を見てるような、もう二度と届かない時間を思い出すように
そんな気持ちで読んだ。
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最初はどの登場人物にも感情移入ができなかったけど、半ばから各登場人物のエッセンスに少しずつ共感した
シュウジみたいな人は本当に無理、と思ったけど関係性を改めれば再構築できるときもあるんだな
シンプルなシスターフッドものか、と思った自分を殴りたい、
傷だらけの手を取り合ってもう一度たつ彼女たちは美しいと思った
Posted by ブクログ
他人のバックグラウンドを全て知ることはできないけれど、目の前にいる人にもそれぞれの人生があって、表面的な会話だけでは分からない色々なものが積み重なってその人が形成されている。
Posted by ブクログ
わかる…わかるよ!
孤独と憧れと期待と不安と…!
(私は完全にあおい派!全然良い子だったけど!)
学生時代、環境は比較的よかったものの、ななこみたいに色んな友達のところフラフラしてたな〜。仲間はずれにならないように友達と群れてないといけない感じ苦手だった…!あの雰囲気煩わしかったな〜!けどだからこそ、その時々で居心地がいいと思った人とつるんでたのは、それはそれで幸せだったのかも?
そのおかげで?アラサーになっても、その時々の友達中高大バイト…各時代のいろんなタイプの友達と遊んだり語り合ったりできる関係なのがありがたい!離れていく人は今はタイミングが合わない人なんだって思うし、今仲良くしてくれる人たちを大切にしたいと!なんなら人と人を繋げたいと!
ずっと仲良い友達もそうだし、大人になってから、そこまで親しくなかった友達と話してみると気が合ったりで大人って楽しい!環境の違いに嘆くというより、みんなの専門分野の話が聞けるようになってくるのも楽しい!(合わなくなる人はとことん合わなくなっていくけど!)
子どもができても、遠くに住んでいても、たまに気にかけて、お祝い事をお祝いして、だからといって依存せず…!人を信じて気にかける、そしてたまに助けてもらう。そんな感じの友達がいることに感謝。それはそうとあおいのような孤独を感じるときも多々!
Posted by ブクログ
めっちゃいい話だった。今の年齢になって読んだからよけいに刺さったんかな。
読んでる時は学生時代の友情を思い出したり切なくなったり、逃れられない大人の現実に辛くなったりしたけど、最終的に読後感が良いのも好き。前に進もうって思う。
裏表紙のあらすじ読んでワーママ専業バトル的な話なのかと思ったんだけど全然違った(脳がXに毒されている)。要素はあるけどそんな薄っぺらい話じゃない。とてもよかったです。
Posted by ブクログ
同じようなことを自分も感じることが多く、小夜子に同感する部分と全く同感できない部分があり、やはり立場が違うと分かり合えることと分かり合えないことがあるものだな、としみじみ感じた。現在の葵が何を思っているのか分かりづらかったけど、最後は納得の結末だった。
そして森絵都さんの解説がすごくよかった。
Posted by ブクログ
「この小説を最後まで読み終えたとき、誰もがきっと静かな感動の中でこう思うだろう。
自分も前へ進もう、と。」
森絵都さんの帯に吸い寄せられた
「おとうさん、なんであたしたちはなんにも選ぶことができないんだろう。」
葵がタクシーの中で泣き出した時、スイッチを押されたみたいに涙がぼろぼろ溢れた。
ナナコの存在が大きくなりすぎて、苦しくなった。
「なぜ私たちは歳を重ねるのか。」
小夜子が自問する度にモヤモヤした気持ちになる。
「なぜ私たちは歳を重ねるのか。
生活に逃げ込んでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ。」
「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね。」
どうしてこんなに泣いてるのか、自分でもわからくて、小夜子たちの年齢まで歳を重ねてまた読みたいと思った
友達に求めるもの
読み始めたら、止まらなくなってしまって真夜中まで黙々とタブレットとにらめっこしていました。
現在と過去が交差していて、どちらかというと過去の話の結末に興味がわいて、先へ先へと気がせきました。
いくら仲がよくてもさ、お互いの気持ちまでわかるわけじゃないし、わかってくれているように思えても、それはただの錯覚なんだよな。
学生時代の友達って卒業式で分かれたっきりなんて奴らばかりで、連絡を取ろうとも思わないけど、でも、それでもいいんだなと、考えさせられる作品。
Posted by ブクログ
他の方のレビューを見て気になり手に取ってみました。20年も前に書かれた物語だけど、人間関係の難しさなどは変わらない普遍的なテーマで飽きさせず一気に読めました。単行本の方を読んだのであとがきも解説も無く、そっちも読んでみたいなと思いました。
ただ、正直なところ、自分はここに出てくる主人公たちの考え方や人との関わり方が真逆過ぎて、感情移入はできず、こういう感じだと人生疲れちゃうなぁと思ってしまいました。また別の角田さんの本を読んでみたいと思います!
Posted by ブクログ
根底に20年前の小説とは思えないほどの普遍性があった。だが、何を伝えたかったのかうまく理解しきれていない。小説の後も彼女たちの人生は続くが、決して分かり合えたわけでもなく、また離れてしまうのだろう。
読後モヤモヤした気持ちになった。木原の件、旅行事業と掃除の行末。伏線がラストに綺麗に回収されることを期待してしまったからかもしれない。
こんな構図なのだろうと理解したがどうだろう。
•過去:ナナコ → 葵
ナナコが自由に生きる側、葵が影響を受ける側
•現在:葵→ 小夜子
良くも悪くも今度は葵が影響を与える側
•読後:小夜子たち→ 読者
この本が読者に影響を与える
解説がとてもよく響いた。これがなかったらここまで理解できていなかったかも。会社名の由来も解説でわかった。
Posted by ブクログ
「結婚するしない、こどもがいるいないでなぜこんなに分かり合えなくなるんだろう」という本の紹介に惹かれて購入したものの、そういった話のテーマではなかった。
結婚有無や子供有無というよりも、過去のトラウマから人への距離の詰め方が違ったり、仕事に対しての捉え方が異なることで衝突が起きてるような話だった。
人ってそれぞれ考え方は異なるから、分かり合えていると思っても本当は何を考えているかわからないし、そこまで踏み込んだ関係性って難しいよなぁって思う。何も考えてなくて裏表がない人と付き合う方がらくでいいよな。
Posted by ブクログ
最後まで読み終わってタイトルがスッと入ってきた。
現在と過去を行ったり来たりする構成。
途中までは、「この構成にする意味あった?」って思ってたけど、読み進めるうちに葵の過去をもっと知りたくなった。
すごく親しいと思ってた人でも、少しの言葉のズレや違和感で一番遠い人になってしまうのは仕方ないんだろうなと思った。そのすれ違いが生まれたときにどうするかは自分と相手次第だし、葵とナナコみたいに疎遠になってしまっても、共に過ごした思い出を糧に前に進めるなら、それでも良いんじゃないのかなって思えた。
人対人だから分かり合えないことがあるのも当然で、その人の全部を知らなきゃ本当の友達じゃないとか、そんなこと思わなくてもいいのかなって。
あとがきが素晴らしい。あとがきまで読んで1つの作品になってた。
Posted by ブクログ
学生時代のことを思い出した。
クラスという閉鎖的な場所で色んなしがらみを受けながらもがく。
現実からの逃避で2人が駆け回る姿には、学生ならではの若さや希望を感じて憧れさえ覚えさせる。
Posted by ブクログ
ちょうど今日親から22歳の誕生日プレゼントに、プラチナのピアスを買ってもらった
人と出会うということは、自分の中にその人にしか埋めれない鋳型を穿つようなことであり、人と出会えば出会うだけ、自分は穴だらけになっていく
っていう森絵都の解説がしっくり来た
Posted by ブクログ
現在の話の鬱蒼とした感じと、高校時代の回想のキラキラ感が落差がすごかった。
かと思えば現在の方は小夜子がだんだんと前向きな気持ちになっていくし、回想の方はだんだん雲行きが怪しくなっていって最初から最後まで対比されている感じがとてもおもしろかった。
ただ私がまだ25歳だからか、小夜子も葵も私には刺さらなくて、こんなもんかと思っちゃった。
10年後とかに再読すればまた変わるかな。でも10年後は2036年で、この本が刊行された2004年から32年も経つことになるから時代も変わっているはずで、もしかしたら刺さらずじまいになるかもしれない。
Posted by ブクログ
裏表紙のうらすじに惹かれて読み始めたので
何人かの女に焦点が当てられ、その内の誰かに自分が重なり、小っ恥ずかしいようなことを言い当てられるような
そんな展開を望んでいたので少し拍子抜けはした
自分がもう少し歳を重ね、誰かの親になったりやりたい事だけをやれる年齢じゃなくなってからもう一度読んだら響く気もするような、?
Posted by ブクログ
専業主婦とベンチャー企業の女社長と対岸にいる2人の女性の物語。
対岸の家事では専業主婦は絶滅危惧種と言われていたけれど、本作が書かれた2005年頃は専業主婦が大半で、働きに出るというと義母から嫌味を言われる時代だったのか、と。
森絵都さんの解説も素晴らしかった。
Posted by ブクログ
歳を重ねることになんの意味があるのか。
共感しないではいられない場面も多々あったけど、それでも、人と出会うために、私たちは歳を重ねているんだ。
前向きな話だったな。
人との交わりを面倒くさく思うと、関わらないようにしてしまいがちだけどそれでは何も生まれない。人から奪われることももちろんあるけど、受け取れることがあるのは人との関わりがあってこそだから。
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昔の友達が、自分とは違うところにいることを知ってしまう恐怖。
だけど、その時は対岸にいたとしても、この先どこかで繋がっていると信じたい。
気軽に会えなくなった人がいたとしても、自分の中ではずっと生き続けているんだよなー。だからこそ、無駄な出会いなんてないんだよね。
Posted by ブクログ
葵とナナコの約束は果たされなかったが葵はそれを足を踏みだしつづける力の源として心のなかにもっている、というところに驚いた。
葵と小夜子は確かに対岸に位置するが、人はみんな違うということに気づいたから最終的に出会え、年齢を重ねたから選んだ場所に自分で歩いていけたのだと思った。
女のリアルな部分がぎゅっとつめこまれているので、同じく女の私は読みながらぐんぐん引き込まれました。もっと早くこの本に出会えていれば若かりし私はもっと違う考え方で生きていけたのかな、、とも思う反面、今読んだからこそ理解出来たり共感できる部分があるのかもしれないなとも思います。
角田さんの作品は読み終わった後のこの何とも言えない余韻も大好きです。
Posted by ブクログ
名作です。
チャットGPTで作品の再評価してみた。2026-8-3
【『対岸の彼女』 の大きな魅力は、「女性同士の友情」を理想化も悪者化もせず、非常にリアルに描いている点にあります。
まず、この作品は専業主婦の小夜子と、ベンチャー企業社長の葵という対照的な二人を通して、「女性はなぜ人間関係に傷つき、また救われるのか」を掘り下げています。単なる友情物語ではなく、結婚、仕事、出産、人間関係といった人生の選択が友情にどう影響するのかを丁寧に描いています。
また、登場人物が非常に人間らしいのも長所です。主人公たちは立派な人間ではなく、嫉妬したり、逃げたり、相手を誤解したりします。しかし、その不完全さがあるからこそ読者は「こういう人いる」「自分も似た経験がある」と共感しやすくなっています。
さらに、時間軸を行き来する構成も巧みです。現在の小夜子と葵の関係と、葵の学生時代の友情が交互に描かれ、過去の出来事が現在の人格や行動につながっていることが少しずつ明らかになります。そのため、人物理解が深まり、終盤の展開に説得力が生まれています。
文章面では、角田光代らしい平明で読みやすい文体が光ります。難解な表現に頼らず、登場人物の孤独や不安を自然に伝えるため、幅広い読者が感情移入しやすい作品になっています。
特に評価されるのは、「友達は永遠ではない」という少し苦い現実を描きながらも、人とつながることの希望を失っていない点です。友情の美しさだけでなく、すれ違いや別れまで描くことで、かえって人間関係の尊さが際立っています。
そのため『対岸の彼女』は、恋愛小説というよりも「大人になった女性たちの孤独と再生の物語」として、多くの読者の心に残る作品だと評価されています。】