柴崎友香のレビュー一覧
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日日是好日。上がりも下がりもない 劇的に事件もない 何かが起こって起承転結もない、んー凄く良い感じの柴崎友香さんだった。良太郎とベタベタの飲み会の次の日にお互い酔ってたと言いズバッと闇金と聞く あー友達になるんだろうなと 友人から恋愛の仕方が間違っているのではと疑問を投げかけられ、なるほどと付き合うことを意識すればいいのにせずに ラスト良太郎の家に行きランチの約束をするが、幕ですか、気になる人と何かある訳でもない 嫌な気持ちにならない平坦な気持ちのまま幕でした。これ気になってて取り寄せて読んだ、通ってる本屋にはこういう本を並べて欲しいものだ、本棚減らすとか意味がわからない。悲しいかな本屋がどんどん潰れてないんだよ
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Posted by ブクログ
ネタバレ描写の精緻さ、爽快さに対して周りの人間への淡々とした無関心さが凄まじい。ただし、麦をのぞく。
主人公の目(さあちゃんずアイ)を通して見た話だと思えば、納得できるが、では主人公は何を考えて何をしてるのかほとんどわからない。
彼女の選択した仕事や行動に対する心理描写はほぼわからない。わかるのは麦の外見や行動、表面に出るところが好きということだけ。
その好きに至るプロセスもほぼわからない。最短距離で好きになるため、読者からすると理解できないため怖いとすら思う。
しかし、周りの人間や環境、風景の描写は綺麗で巧みなため、周辺の細部は浮き上がるが、主人公は空白という形で浮かびあがってくる。
浮かびあがってくるのは主人公の異常に見える行動(本人の中では好きに対して合理的)に対して、それを怖いと感じさせる積み上げと説得力があってすごい作品でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「その街の今は」や「わたしがいなかった街で」の次は「マンモス団地小説」だった。
戸山ハイツ、箱根山、がモデルなんだとか。
ド田舎出身ゆえ、35棟、3000の部屋、7000人近く住んでいるというスケールを想像しづらいが、大友克洋「童夢」を思い出しながら読んだ。
また、たまたま連続する団地の部屋というイメージから、黒沢清の作品群を断片的に連想したが、たぶん通底している。と思いたい。
黒沢清は別アプローチから別手法で、記憶や時間について考えを深めると、幽霊に行き着くのではないか、と。
「かわうそ堀怪談見習い」は企画ものではなく必然だったのだ、と事後的に考えることができた。
つい黒沢清について書いてしまうが、
時間と空間を切り取ってつなぐという映画的手法を行っていると、どうあっても幽霊が生まれる。
「回路」の「幽霊に会いたいですか」は「映画が生まれる瞬間に立ち会いたいですか」という意味でもある。
また都市とは人が生活する空間を作って住み、住みながらリビルドしていく終わらない営為。
この都市づくりと、映画づくりと、語って記憶するという行為を、まさにその渦中にいる人物の視点から思いを馳せる。
これがこの小説なのだ。
「移人称」「交換可能性」についての説明でもある。
本筋とはほぼ関係ない(というか本筋という考え方自体捨てたほうがいい)シーン。
団地の公園で中学生が集まってグダグダしているが、彼らの名は山田、山下、山本、山岡。
アイスを食べに山岡の部屋へ行き、さっきまで座っていた遊具を見下ろして、自分がいずれここからいなくなるのだと、急に理解した、という一節があり、この断片だけでも凄いなと。
ここは阿部共実の絵柄で連想したりもした。 -
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・棚に並ぶ、大きさの不揃いなたくさんの本は、わたしが読めないことがいっぱい書いてある。(53:蛙大路とハリウッド)
猛禽類のようにぴゅうっと滑空してとらえるのか、一度木に留まってからつついてくるのか、そしてあんな小さなものをどうやって見つけることができるのか、自分は知らないことばかりだと思った。(70:つばめの日)
・目に見えたものは「見失った」と言うけれど、耳に聞こえたものは何で言うんだろう。(122:海沿いの道)
・皆、大阪の食べ物を食べていた。ここも大阪でいいんじゃないかと思った。(226:ハルツームにわたしはいない)
・もしかしたら、真ん中で黙っているけいなら、わたしの感じていることが通じるかもしれないと期待があった。ハルツームの気温を確かめている理由も、言葉にできるかもしれないと思った。でも、ほんとうに通じたかどうか、確かめることはできない。(228)
・ハルツームは、四十一度だった。うれしかった。(204)