柴崎友香のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
私小説に当たると思うこの小説集を読んで良かった。IWPに参加した世界じゅうから集まった小説家や詩人たちと、英語が不十分な主人公こと柴崎友香氏がそれでも世界を日本を違ったかたちでとらえる心の動き方は、ワタシをドキドキさせた。文体が好きだ。直接心に響く様に思う。あと、新しい場所で自分以外のみんなが仲良くなって一人に何となくなってしまうところ、めちゃくちゃ共感してしまった。居酒屋に、いったら何となく端っこに座ってしまってはみ出てしまうとかそんな感じ。自分から掴みに行かないといけない、人間関係にめっちゃ疲れててあー柴崎さんも同じように感じているかもしれないなーとか勝手に思ってちょっと嬉しくなったりとか(笑) 張愛玲やトニー・レオン、オラシオ・カステジャーノス・モヤ、好きな作家や俳優のことが出てきて、世界はこういう風に繋がってるねんなって分かったような気もした。同じ時間をどこにいても過ごしてるってこと。時間と距離のこと。大好きな本になった、読めて良かったです。ありがとうございます。
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Posted by ブクログ
すごくよかった。読み終わりたくなかったくらい。
柴崎友香さんが実際に、アイオア大学の、世界各国の作家が集まるライティング・プログラムに参加したときの話。(「小説集」って帯に書いてあったけど、エッセイだよね。エッセイって言っちゃNGなのかな? 小説よりエッセイっていったほうが手に取りやすい気もするけど。わたしも読むまで、小説仕立てになってるのかな?って思ってたけど、エッセイだと思う)
世界各国の作家や詩人が集まって、合宿みたいに大学内に宿泊して朗読会や翻訳会を行ったり、週末には旅行したりするプログラムそのものも興味深く、「留学生活」っぽい話も楽しく、それぞれ話す言葉も境遇も違う作家たちと親しくなっていく話もおもしろいし、そして思いのほか、いろいろなことを考えさせられもした。
たとえば、大統領選挙のときにNYにいて、結果が出る前にサポーターがつくったヒラリーの勝利動画を見て、こういうのがあかんとちゃうのかな、と思ったというくだりとか。大阪出身の柴崎さんは、アメリカでいう「ラストベルト」、工業がすたれて取り残された地域の人々にも共感し、エスタブリッシュメント層のサポーターが多いヒラリーを、NYを、「遠い」と感じたという。
たとえば、日本人は「国」を人がつくった制度とかシステムではなくて、家族の延長みたいな自然にあるものと思っているんじゃないか、と考えるところとか。だから自分たちで「国」を変えようとかどうこうしようとかあまり考えられないというような。
あと、ニューオーリンズの第二次世界大戦博物館を訪れたときの話は胸が苦しくなるようだった。ホロコースト記念博物館の話も。こうした博物館、まるでディズニーランドのアトラクションのようなつくりで、自分が実在する第二次世界大戦中の兵士になったような、ホロコーストを生き延びた人になったような気にさせられるようにできている、っていうのもすごい。
柴崎さんの文章も好き。淡々としているというかおっとりした感じというか。感情をあおるようなところはもちろんなくて、でも情景がすごく見えてくるし、静かな感動とか興奮とかが穏やかに伝わってくるような。
英語がそれほど得意ではないというのとか、話しかけたかったけど話しかけられなかったことがよくあるのとか、旅慣れてないというのとか、そういう、お人柄も好き。 -
Posted by ブクログ
『ソーセージマフィンは、予期したとおりの味だった。ハッシュポテトもミルクも、過剰でもなく不足でもなく、それは快適ということだと、わたしは思った』―『出かける準備』
柴崎友香の作品で一番好きな作品はやはり「きょうのできごと」ということになるのだけれど、これはジャームッシュの「ナイト・オン・ザ・プラネット」という映画を彷彿とさせる設定のオムニバス的作品だ。但しジャームッシュの映画には必ず出てくるとても個性的な人物が登場したりはしない。ただゆるゆると過ぎてゆく一日の中に流れる輻輳的な物語(それは毎朝の混み合った電車の中にもあるに違いない物語)の描き方が似ていると思うのだ。そんな非日常ではない日常を描いた作品は、様々な批評で何もない物語というラベルを貼られてしまっていたけれど、映画やドラマのようなできごとが起こらなくても一人ひとりの頭の中はその都度立ち上がる思考や気付きで充分に満ちているということを改めて実感させてくれる作品だ。保坂和志が柴崎友香の作品を批評して、優れた動体視力、という言い方をしていたが、まさにその通りと思う。なにしろ「カンバセイション・ピース」の保坂和志が言うのだから、間違いは無い。
そういう動体視力に裏打ちされた文章は読み手に色々な思考を促す効果があるようで、柴崎友香の作品を読んでいると思いが彼方此方の脇道に入っていってしまう。そのせいか、この「春の庭」は単行本が出た時にも読んでいるけれど、文庫本で読み直して見ても、不思議と新鮮な印象がある。そして、単行本には含まれていない三篇と併せて読むと、またしても柴崎友香とジャームッシュの相関が見えてくる。この作品に対峙するのは「コーヒー&ジガレッツ」というやはりオムニバス。エピローグの唐突感、切り離されてはいるけれど、中空を漂い続けるモーメンタム。その感じがジャームッシュのこの作品とよく似ている。ジャームッシュは物語を説明的に語らない代わりに登場人物の語りや、小道具に意味を託したりするのが上手いと思うが、柴崎友香も登場人物に内面を細々と語らせたりはしない代わりその人物が見ている景色を描くことで何かを伝えようとする。その映像的手法は、言葉に成り切らない感情を巧みに描写するように思う。人は見たいものしか見えないということを柴崎友香はよく解っているのだと思う。
最近、貼られ過ぎたレッテルに敢えて挑戦するような作品も手掛けている柴崎友香だが、ひょっとすると「春の庭」は最も柴崎友香らしい作品として残るのかも知れない。もちろん、どんな作品を書いてもこの作家の個性は常にそこにあるのだけれども。 -
Posted by ブクログ
言葉にしなきゃ伝えられないのに、言葉にすると実感から離れていく。そのジレンマを乗り越えようと努力してもたいてい無駄に終わるのに、なんてことないきっかけで言葉を越えて分かり合っている瞬間がやってきたりする。この小説ではそのジレンマのもやもや感と感覚レベルで分かり合う瞬間の行来が自然に描かれていて、読んでいるととても安心した気持ちになる。感じていることが完全に一致しているわけではないのは分かっているけど、確かに気持ちを共有できている感覚があって、それでいいやと思える。気持ちが通じ合うときの言葉にできないその感覚が確かによみがえってきた。
主人公のものの見方・感じ方にも共感する部分が多くあった。街を眺めたり、ライブを聞いたり、友人の寝ている姿を見たりしながら彼女が巡らす素朴な思考は、たぶん誰でも覚えがあるのではないかと思う。主人公は精神的にあまり成熟していないのだが、そのことで焦っている様子はないのが私には眩しい。この小説には「あまりよく分からない」という趣旨の彼女の言葉が笑ってしまうくらい何回も出てくる。今は分からなくても、自分なりの視点を持って自分なりに考えることをやめない彼女の健気さに少し元気をもらった。大満足の一冊。 -
Posted by ブクログ
想像だが、何かの節目に主人公は我が身を振り返ろうと思い、何気なく思い出した記憶をその都度書き留めていったのだろう。その主人公の「記憶日記」とでもいうようなものがそのまま小説になっている。
現在の時点から過去を回想する物語はたくさんある。さらに、そのような小説では冒頭かどこかで回想行為の動機なり理由が語られることが多い。しかし、本書はそういう形式を取らない。回想される過去は断片的で順不同だし、過去を語る理由が述べられることもない。その意図は、本書の狙いが「自分を確認する行為そのもの」にあるからではないかと思う。すでに確立した自己や自分の哲学を語るために過去を持ち出しているのではない。考えてみれば、過去の回想はふとしたときに自然と起こることが多いし、思い出される記憶も時系列に並んでいるなんてことはない。そのような自然に起こる回想と同じ形式に本書はなっている。そうすることで読者は、主人公の「整理のついた過去」ではなく「整理している真っ只中の記憶の断片」を見ることになる。つまり、主人公が過去の中に自己を見出す作業をしているのを、現在進行形で共有しているような感覚になるのだ。小説を読んでこんな感覚になったのは初めてである。その効果はじわりと効いてきて、所々で主人公と自分の記憶が重なってなんだか懐かしい気持ちになり、封じていたいような記憶も含めて自分を肯定してやってもいいのではないかという前向きな気持ちが湧いてくる。読者である私たちの記憶とリンクして、気づかぬ間に内面に深く染み込んでくるのだ。これは言いようのない感激だった。他の作品ではなかなかないような味わいだと思う。
この小説は、どんな記憶でもそれは自分を唯一無二たらしめるかけがえのないものであると教えてくれる。そして、自分を肯定してよいのだという温かい気持ちを起こしてくれる。自分を見失いそうなときに何度でも読みたい本である。 -
Posted by ブクログ
そうか、こんなもんなのか。なにかを実行ふると、なにかが変わる。いい方向なのかどうかは、わからないけど。とりあえず、お母さんに無理しなくていいって言わないと。
もし、だめだったら、悲しめばいいんだ。きっと、それでいい。
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30代女子三人の一年。
なんかよかったなー。
だめもとでりゅうさんにぶつかっていこうと思っちゃった。
親にも話そう。
いつか家を出る決心もついちゃった。
やってみて、だめだったら、その時だ。
なんも全力でやってない、ふつうの女の人が、ただ仕事をしているだけで、ただ恋愛をしているだけで、ただ親と話しているだけで、励まされる時もある。