柴崎友香のレビュー一覧
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平尾砂羽がめんどくさい。人に期待してない感じでめちゃめちゃしてる。口を開けば余計なことを言う。社会に適応してるようで、微妙。なかちゃんと連絡してるのも自分になかちゃんが興味ないからのように見える。夫と別れたこともそれほどダメージうけているようには見えない。でも、それなりに傷をうけていて、戦争や紛争のドキュメンタリーを視ながらなぜ自分がここにいるのか、それをぐにぐに考えている。あの人たちはあそこにいるのに、わたしはここにいて、生きている。死んだ人と生きている人との違いとか。めちゃめちゃめんどくさいけど、すごく、共感できるところもある。子供の頃、核戦争が怖かったとか。葛井夏は若くて、なかちゃんに影響されて変な女になりかけてるけど、ずーっと大阪にいる。時々旅行には行く。でも基本的にきちんと自分の居場所を持っている。平尾砂羽との違いは年齢、それから離婚家庭の子供。平尾砂羽は自分が離婚した。間をとりもつのはなかちゃんとクズイ。クズイはふわふわと主人公たちの周りを方則を無視して漂う衛生みたいなものだ。明日には通りすぎていく。ひとは、結局ひとりだと強く思った。
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ディズニーランドに行く恵太とルリ子に便乗して、一緒に東京までドライブすることになった小川望とコロ助。真夜中のSAでの望のルリ子への告白、長年思い続けた東京に住む清水さんへのコロ助の告白、4人内部のそれぞれの関係性による様々な会話。たった3日の、それもほとんどが車中での会話なのに、4人それぞれの世界観がよく分かるのが面白い。
この作品は時間の描き方がとっても上手。気の置けない仲間と過ごす夜の、なんだかフワフワして現実世界から浮遊したような感覚、その後に迎える朝の、紛れもない現実とある種の残酷さ、昼間の地に足の着いた面白みのない、けれどもありのままの時間の流れ。それぞれの時間にそれぞれの過ごし方があり、その表現の仕方が絶妙。夜から朝への変化って、非現実から現実へ変化する様をまざまざと体感させられるようで個人的には嫌いだ。切なすぎるし、このまま夜だったらいいのに、なんて思ってしまう。もはや恐怖ですらあるほど。それでも夜は明ける。様々なことが時間の流れと共に変化する。ただその自然の流れも悪くないんじゃないかな、なんてこの本を読むと思えてくる。休日、気持ちよく迎えた朝のような気持ちのいい読後感。 -
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作家の柴崎さんが働く女子27人に色々な話を聞いて
その話が各人ごとにまとめられているインタビュー集。
さまざまな分野の20代の女性たちの仕事や恋愛の話が
まとめてある。平凡な人もいれば、積極的で人生前向きって
感じの人もいて面白い。今30代だけど、20代の頃の自由で
なんだって出来るって感じの気持ちを思い出して懐かしかった。
もちろん今からだってなんだって出来るだろうけど、
やっぱり20代っていうのは特別だったなぁって思う。
今20代の人が読んでも、もう30代の人が読んでも色々な意味で
楽しめるかな。
後半に毎日、寄り道っていう普通のOLの何気ない日常の
お話がのっていて、それがまた良かった。仕事帰りに大学の
友達と飲んだり食べたり、仕事仲間とランチしたり
そんなささやかな楽しみが凝縮されて書いてあって読み心地が
とても良かった。何か美味しいものを食べに行きたくなる。 -
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2014年2月4日再読
いいなー
はじめてこれを読んだのは10年近く前なのかな。
やっぱりおもしろかった。
あのころから自分は全然変わってないのかな。
自分のダメなところはわかってるけど、そんなに簡単に変われないって気持ちは歳とともに強くなっていってしまうんだろうか。
そんな自分を許すことって、甘えなのかな。それとも利口なのか。
青空感傷ツアーって名前がいいな。
沖縄に行きたい。
2009年1月26日レビュー
この本を読んだのは何度目かわからないけど、はじめて実は「きょうのできごと」よりおもしろいのではないかと思った。こういうのは読んでる自分のその時々の気分、状況の問題かな。
勝手で奔放な音生を、ここまで嫌味なく魅力的に描ける柴崎さんはやっぱりすごい。
会話の合間に挟まれるきれいな風景描写が、さまざまな旅行先でいかんなく発揮されて、こんな作品が生み出せたら本当に楽しいだろうなぁ。
俺も、誰も乗ってないバスって好きだぁ。
失恋って悪くないって思わせてくれる。いい息抜き。
長嶋さんの解説も秀逸。 -
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「なんにもないことが悩み、などと言ったら、きりちゃんに笑われるやろうなと、ふと思った。なに言うてんの、って。なに言うてんの。なにもないって、不幸や深刻な問題がほしいわけじゃないねん。わたしは、頭の中できりちゃんの声に向かって説明した。そういうものじゃなくて、もっと、自分が確かだと思えるような、基準みたいな、理由みたいなもの。なんでもあって、なんでもしていいから、さあ選びなさいって言われて、これでいいって思えるような、なにか。」
柴崎友香の小説を読んでいると、まるで写真集を眺めているかのような気分になってくる。その写真はどれも一見、見慣れたような街の風景写真のようにも思えるのだが、どこかに小さな違和感を生む種が埋め込まれてもいる。もともと柴崎友香が風景を巧みに切り取る作家であることを認識してもいるし、その描写のなかにいつの間にか心情が織り込まれているのに気付くのが常でもあるけれど、恐らくこれまでもいつもどこかで少しだけ違和感を感じてもいて、その疑問符の答えが知りたくて、どうしても駆け足で読んでしまいそうになる。そんなバランスのあやうさも込みで、やっぱりこの作家のことをとても気に入っている。
柴崎友香の小説は、写真集のようではあるけれど、そして一般的な意味では日常以外に何か特別なことがある訳ではないけれど、読み終わると何か深々とした余韻が残るような文章に満ちていて、すぐれて小説的であると思う。小説的と言っているのは、何も大きな物語にはらはらしたり、どこかへ引き摺られていったり、するどい刺激に翻弄されたりするようなことがなくても、作家が切り取ろうとしたものを通して、作家の内部で起こった化学反応を読むものの中に自然に発生させている、というような意味である。そしてあざとさがないところがよい。もちろん、保坂和志に強く感化された意見である。
一つの特徴として、柴崎友香の切り取る風景にはその風景に染み付いている筈の匂いが余りしない。多分それは、その風景に対して作家が何かを感じつつも、彼女自身の中にあるはずの何かをどう投影してよいのか測りかねているからなんじゃないかなあ、と漠然と思ったりする。何かを強く意識すれば、写真には撮影者のその意識が色濃く写ってしまうものなのに、柴崎友香の景色は写したものの意識が乗り移っていないように見える。逆説的にはその断定しない潔さのような立ち位置が柴崎友香の魅力の一つでもあるのだけれど、根源的には、その中庸な感じが小さな違和感の元にもなっている。人ってやはり理由を知りたがる生き物であるから。
しかしよく見てみればその風景の中には小さく写り込んだ人物が居るのだ。その女性はいつもどこか一箇所をじっと見つめているように佇んでいる。そうやって景色を見つめていることだけで幸せであると、彼女を見ているものが直ぐに気付いてしまうような姿でそこに写っている。同時に、彼女は被写体として「問われている」。何か、どう答えてよいのかさえ解らないことを、彼女を見るものから問われている。この「星のしるし」の中で、柴崎友香は珍しくその問われている立ち位置の不安定さについて、主人公に語らせている。
しかし相変わらず、柴崎友香は性急に答えを出すことをしない。風景を切り取り続ける。その文章となった景色を読み取り続けると、頭の中では風景が再構築されるのではなく、その景色を切り取った作家の意識が小さな波のように再現され始める。それは一見何も生み出さないようでいて、とても力強く一つの勇気を読むものに与えてくれる。柴崎友香は、誰も彼もが好きになる作家ではないかも知れないが、自分にとってなくてはならない作家なんだなあ、と納得する。