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Posted by ブクログ
この小説(『小説』という鋳型に嵌め込むのもどうかと思う、解説も言っていたように連作散文詩という方が妥当)は、あえてジャンル分けをするとすればそれは心境小説という事になるかと思う。
古いカテゴライズで、有名所で言うと志賀直哉の『城の崎にて』、芥川龍之介の『蜃気楼』等々が挙げられると思うが本作はこれらをすべて千切り捨てている。柴崎友香のセンスが段違いなのだ。
同様に同世代作家も確実に差をつけられていて、保坂和志なんぞが待ってくれと言った所で、一生追いつけない位置まで柴崎友香は来たのだな、と再認識させられる傑作、怪作。
この頃で言う、心に〈刺さる、差さる〉表現がこれでもかとてんこ盛りで、文庫本でせいぜい200ページあるかないかだが、連載ものにしたってこれは書くのに相当、難渋したろうと思わせるものだ。
わかる人にだけ開かれた小説であり、わからない人には何の配慮もない小説だが、現代文学のエッジに位置する事は間違いない代物。
Posted by ブクログ
想像だが、何かの節目に主人公は我が身を振り返ろうと思い、何気なく思い出した記憶をその都度書き留めていったのだろう。その主人公の「記憶日記」とでもいうようなものがそのまま小説になっている。
現在の時点から過去を回想する物語はたくさんある。さらに、そのような小説では冒頭かどこかで回想行為の動機なり理由が語られることが多い。しかし、本書はそういう形式を取らない。回想される過去は断片的で順不同だし、過去を語る理由が述べられることもない。その意図は、本書の狙いが「自分を確認する行為そのもの」にあるからではないかと思う。すでに確立した自己や自分の哲学を語るために過去を持ち出しているのではない。考えてみれば、過去の回想はふとしたときに自然と起こることが多いし、思い出される記憶も時系列に並んでいるなんてことはない。そのような自然に起こる回想と同じ形式に本書はなっている。そうすることで読者は、主人公の「整理のついた過去」ではなく「整理している真っ只中の記憶の断片」を見ることになる。つまり、主人公が過去の中に自己を見出す作業をしているのを、現在進行形で共有しているような感覚になるのだ。小説を読んでこんな感覚になったのは初めてである。その効果はじわりと効いてきて、所々で主人公と自分の記憶が重なってなんだか懐かしい気持ちになり、封じていたいような記憶も含めて自分を肯定してやってもいいのではないかという前向きな気持ちが湧いてくる。読者である私たちの記憶とリンクして、気づかぬ間に内面に深く染み込んでくるのだ。これは言いようのない感激だった。他の作品ではなかなかないような味わいだと思う。
この小説は、どんな記憶でもそれは自分を唯一無二たらしめるかけがえのないものであると教えてくれる。そして、自分を肯定してよいのだという温かい気持ちを起こしてくれる。自分を見失いそうなときに何度でも読みたい本である。
Posted by ブクログ
大阪が舞台という事で前々から気になっていた作品。
著者と同世代で同じく大阪育ちなので、10代の主人公・解の目を通した大阪の街の当時の様子を懐かしく思い起こせました。
1本10ページ程度の短編集で、時間軸はバラバラ。
その構成が解の記憶のあやふやさを際立てていると思います。
唐突にリバー・フェニックスやマリリン・モンローが大阪の街に現れて、大阪弁で解と会話しているところあたりも、記憶というよりは空想なのかなと。
特にこれといって大きな事件が起こるわけでもなく、主人公も仲良く遊ぶ子はいるけどクラスでは孤立しがちで……といった、まあ平凡と言える人物なので、大阪という土地に愛着のない人には入っていきにくいかも。
個人的にはノスタルジーをたっぷり味わえて気持ち良く読めました。
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小説・文芸
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