西加奈子のレビュー一覧
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『こうふくあかの』— 複雑な人生を紡ぐ、愛と再生の物語
西加奈子氏の『こうふくあかの』は、個々の感情と運命を細やかに綾なす作品であり、家族や自己認識のテーマを掘り下げています。本作は、中間管理職の男性と、プロレス界の無敵の王者アムンゼン・スコットという二つの異なるストーリーを交互に描いており、それぞれの物語が読者に強烈な印象を与えます。
物語の一方では、39歳の調査会社の中間管理職が主人公で、彼の妻が別の男性の子を宿すという衝撃的な出来事から始まります。彼の内面の葛藤や逃避行が繊細に描かれており、読者に深い共感を呼びます。彼の成長と変化は、特に妻の出産とその後の家族との絆の再構築を通じて感動的に描かれています。
一方で、プロレス団体のチャンピオン、アムンゼン・スコットの物語は、彼の競争の世界での挑戦と対立を背景に、彼の強さと脆さを掘り下げています。彼の戦いは、文字通りと比喩的に、彼自身のアイデンティティと人生の目的についての深い自己探求を表しています。
西氏はこれらのキャラクターたちの心理的な複雑さを鮮やかに描き出し、彼らの苦悩や喜びをリアルに伝えています。特に、主人公の内面の変化と成長が、生きる希望と再生の美しいメッセージを提供しています。
『こうふくあかの』は、西加奈子氏の卓越した文才が光る作品で、人間関係の複雑さと生の多様性を見事に表現しています。この小説は、登場人物たちの心の動きを通じて、読者自身の感情や経験に深く訴えかける一冊です。生きることの困難と美しさを同時に描き出し、最後には読者に希望と癒しを提供します。 -
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特異な幼少期を過ごした女性の物語
以下、公式のあらすじ
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マルキ・ド・サドをもじって名づけられた、
書籍編集者の鳴木戸定。
彼女は幼い頃、紀行作家の父に連れられていった旅先で、
誰もが目を覆うような特異な体験をした。
その時から彼女は、
世間と自分を隔てる壁を強く意識するようになる。
愛情も友情も知らず不器用に生きる彼女は、
愛を語ってくる盲目の男性や、
必死に自分を表現するロートル・レスラーとの触れ合いの中で、
自分を包み込む愛すべき世界に気づいていく。
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私の区分ではこれは純文学なのではなかろうかと思う
読み手によって深くぶっ刺さる系の作品
そう、例えば村田沙耶香さんの作品群のような感じ
ただ、残念ながら私は傍観者的視点でしか読めなかった
世間の常識と自身の認識のズレ
多分、世の中にはそれを感じている人は程度の差こそあれ感じている人は多いと思う
でも、それを何とかして生きていくのが人生だと思うんですよね
まぁ、確かに定の境遇はかなりぶっ飛んでいるけれども
一番のツッコミどころは雨乞いのところかな
「俺の雨乞いは絶対に降る
何故なら、降るまで辞めねぇからだ」
を地で行く方法だからなぁ
あと、西加奈子さんがプロレス好きな面がかなり出ている
プロレスは、若い頃に見ている事を前提にしたノスタルジーという意見もまぁわからないでもないけど
大人になってからの劇的な洗礼パターンもあると思う -
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『こうふくみどりの』— 大阪の街角で織りなす、女性たちの生き様
西加奈子氏の『こうふくみどりの』は、大阪のとある家族を中心に展開される物語で、さまざまな女性の生き様と幸せについての探求を描いています。主要な登場人物は、緑という14歳の少女と、彼女の周りにいる家族や友人たちです。これらのキャラクターたちは、それぞれに複雑な背景と人生の課題を抱え、その解決を模索しながら生活しています。
物語は、新しい転校生コジマケンと緑の出会いから始まりますが、すぐに緑の家族の奥深い人間関係に焦点が移ります。緑の家は常に人が集まる場所で、それぞれの「女」が抱える秘密や過去が徐々に明かされていきます。西加奈子氏特有の関西弁を駆使した会話や、ユーモア溢れる表現は読者を引き込みます。
著者は、緑の母やその周りの女性たちが直面する問題を繊細に描き出しており、女性目線の物語が新鮮で感動的です。また、大阪の町並みや日常のシーンがリアルに描かれ、地元の色彩が物語全体に深みを与えています。
『こうふくみどりの』は、一見普通の日常の中に深い意味を見出すことができる作品です。西加奈子氏は、登場人物たちの内面の動きを丁寧に描き出し、読者にそれぞれのキャラクターの感情を感じ取らせます。この小説は、人生のさまざまな形や、人々が抱えるさまざまな感情を理解するための一冊として、特に女性読者に共感を呼ぶでしょう。繊細でユーモラス、そして心温まる物語は多くの人々に感動を与えるでしょう。 -
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ネタバレ西さんの作品は、なんというか、「癖のある」感じの印象。
いつも関西弁の女性主人公が出てきて、ちょっと繊細だったり、あるいは男勝りのユーモラスなキャラだったり。
その一方で擬態語や擬音語のチョイスが読者をはっとさせ、唸らせるところも多い作家さんです。
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そしてこの短編集。
いい意味で、何だかマイルドに感じました。曰く言い難いのですが。
いつも通り、関西弁と突き抜けた女性キャラは出てきますが、他の西作品対比、マイルドかな。
あとがきを読むと、何でもプライベートで辛い状況にあり、それを支えてくれた友人たちに捧げる本という位置づけの作品だそう。そうしたことも関連しているのかな。
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一応、簡単に短編の内容をご紹介
「ランドセル」・・・小学生の時の幼馴染に久方ぶりに会い、ノリで旅行を計画。さっそく気まずい旅行のなかのどさくさを描く。
「灰皿」・・・思い出の戸建てを貸し出す老オーナーと、これを借りることになった新進作家とのご近所づきあい。遠慮のない若者と気をもむ老人のやり取り。
「木蓮」・・・結婚相手にと見定める彼氏。その彼氏の連れ後を預かることになった「私」。この「私」、大の子供嫌い。爆発しかけるのを必死で抑えるも最後は・・・。
「影」・・・ワケありの「私」が逃げるように訪れた島。その「私」にちょっかいを出すみさき。みさきの過去を徐々に理解してゆく私の心象を描く。
「しずく」・・・作家の彼氏とイラストレーターの彼女。それぞれの連れ子(猫)それぞれ一匹。猫の視点で一家屋根の下の様子を描く、楽しくも悲しい短編。
「シャワーキャップ」・・・女の影がちらつく彼氏。その彼氏と同棲を目前にする女性(めっちゃナーバス)と引っ越しを手伝う母親(めっちゃポジティブ)。明るい母親に次第にイラつく女性の心の変化をビビッドに捉える。
こんな感じです。
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ということで西さんの作品はこれで13作目でした。でも本作は実は結構初期の作品。
相変わらず軽妙な関西弁と擬態語・擬音語が光ります。彼女の作品を全部読み切ったら、次はどの方面にターゲットを絞りますかねえ。。。 -
Posted by ブクログ
どの物語も短いのに、むき出しのまんまで迫ってくるもんだから、まるでどろどろのゾンビに追いかけられるような感覚になった。悪い意味ではない。
これが芸術なんだろうなという文体で、すぐには飲み込めなかったから、読み終わるのになかなか時間がかかってしまった。「あおい」は特に続きを読みたいのになかなか読み進められなかった。暗い気持ちになるわけではなく、かといって読み終わって清々しい気持ちにもなれない。(私だけ…?)なんとも形容しがたい感情が巡ってくる。読み終えたあとはすこぅしほっとしてひと息つくことができる。
一人称の感じ方だけで物語が展開していく部分があるのを見て、西加奈子さんはかなり自分の世界観を中心にプライベートでも動く人なのかな?と作者のことを知りもしないのに考える。
大体、小説というものは一人称の場合、その人の視覚的な視点で物事が動いているように見せていると私は認識している。けれどそれとは違う展開を活字に興すことができているのが、「これが凡人には成せない技なのか…!」と読んでいて驚愕してしまう。なのに独りよがりの文体にはなっていなくて、ちゃんと読者を引っ張っていってくれるので「あれ?この場面はどうなっているんだ?」とならないのがすごい。
最後の山崎ナオコーラさんの解説。私と同じ考えの部分がある!と大興奮(笑)
物語の締めくくりに相応しい、西加奈子さんを知る作家さんの視点での解説は是非読んでほしい! -
Posted by ブクログ
ネタバレこれまで西さんの作品というと、関西弁コテコテ+純文学、という印象でした。今回も舞台は大阪ですが、より純文学へシフトした印象を強く感じました。
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本作は中編ともいえる「地下の鳩」「タイムカプセル」の二編からなります。
表題作「地下の鳩」は、昔はそこそこイケてた40男の吉田が、スナックでチーママを勤めるみさをと出逢い、破滅的に共依存していく話。
続く「タイムカプセル」は、奄美大島出身のオカマのミミィ(おかまバーのオーナー)が、彼(女)の半生を振り返りつつ、自己のジェンダーについて自身は正直であったかを振り返るような作品。
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で、先にも書いたのですが、実に「文学だなあ」と感じたのです。ま、何を文学であるかと定義もしないでお話するのも申し訳ないのですが。
勝手な感覚でいうと、「読者に判断が任される」ような作品については、私はより一層「芸術」性、芸も術も感じます。換言すると、解釈の余地が適切に確保された作品。
、んなことを言うと、エンタメ的作品をバカにしとるんか、と怒られそうなのですが、飽くまで私の個人的な好み、であります。
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「地下の鳩」は40にもなって未だに女性に対してはイキがった態度をとる吉田、彼を恋人未満なヒモとして住まわせるみさを。この二人が出会い、もつれてゆく情景が淡々と描かれます。今回は珍しく、オチもユーモアも殆ど見かけませんでした。
「タイムカプセル」も、オカマのリリィの回顧を経て、最後は小学卒業時のタイムカプセルを掘り起こし、自分が偽って書いた文章を確認してゆく話が淡々と描かれます。
どちらも結末・オチが用意されず、本当に、ふと、終わります。
とすると、読者はやはり「何なんだこれ?」って思うんじゃないでしょうかね。でも、こうやってオチの部分だけさっぱり切り落とし、そこまで上手にしっとり読ませるということでは秀逸であったと思います。
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ちなみに、これまで西さんの作品は関西弁の多用の他、擬態語や擬音語の使い方に可憐さを感じていましたが、本作ではそうした擬態語・擬音語も見られませんでした。何かありました?西さん?
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ということで久しぶりに西さんの作品でした(数えてみたら五カ月ぶり!)。
関西弁のアクの強さやユーモラスさが影を潜めているのですが、文学作品としては私がこれまで読んだ作品のなかでは一番完成度が高く感じました。
ストーリーの展開ではなく、文章の美しさを鑑賞することが好きな方にはお勧めできる作品です。
はたして皆さんは本作品、どのように読みましたでしょうか? 他人の感想・評論が気になる読後でありました。
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