厚みのある本を手にして、読み切れるだろうかと思った。しかし、冒頭の数ページ読んでいくと、スッと物語の世界に入り込んでいた。面白いと純粋に感じた。初めての逢坂冬馬さんの作品を手に取った喜びを感じつつ、読み進めていった。
『プロローグ』。本田昴は25歳、自動車メーカーの期間工。2年11ヶ月の期間、寮に入って自動車の組み立てを行う仕事。そこで、一定の給料を得る。肉体労働で同じ作業の繰り返し、そして、間違えが許されない緊張、過酷な状況を想像する。そんな仕事の状況など、140字のTwitterにあげていた。それが、喜びになっていた。労働の辛さを忘れるものを持てている感じ。
次の勤務期間が始まる狭間に、ライブハウスで出会ったのが世玲奈。声をかけてきたのは世玲奈の方。その日のうちに意気投合して、世玲奈から告白を受ける。いきなりという展開に、昴の驚きが伝わる。仕事がなかった昴は、世玲奈のペースで会い、終始受け身な感じ。でも、昴の方は楽しそう。やっと見つけた、気の合う相手だからなのだろうな。しかし、昴は期間工なため、仕事が始まると寮に入り、自由な時間は限られる。世玲奈とはLINEで短いやり取りをする程度に。
仕事では新たな出来事が起こる。それは、作業中に同僚が、車名ブレイクショットというSUV車内にボルトを落としていることに気づいたこと。昴は知らせることができずにモヤモヤとする。そんな中、会社から正式採用の打診を受ける。悩む昴。色々なことが起こり、昴のこれからはどうなっていくのだろうという気持ちが、読み進める楽しさになっていた。
『アフリカのホワイトハウス 1』。舞台は中央アフリカへ。治安が悪く不安定な状況。いろいろな武装勢力集団が混在している感じ。その中の一つに15歳のエルヴェは所属していた。任務は、ホワイトハウスと名付けられた日本車内での寝泊まりを伴う見張り。過酷な状況だが、生きていくため生活のためにエルヴェは任務を遂行していた。状況は刻々と変化し、対応するエルヴェも相手がどういった者なのか、よくわかっていない。混沌とした状況が続く。
『一章 マネー、ライフ、ゲーム』。霧山冬至はブレイクショットを所有していた。住んでいるところはタワーマンションの最上階。宮苑秀直が社長を務めるファンド会社ラビリンスの副社長。2人は大学の同期で、当時一度だけ会話をしていた。その時のことを覚えていた宮苑が企業する際に声をかけたのが冬至だった。宮苑は経営力や才能があり、会社は順調に成長していく。それが、冬至の生活にも影響していた。しかし、良いことばかりではなかった。妻や子は、冬至と距離を取っているような感じ。冬至の考えは、宮苑に影響されていたため、家族の話を聞くというより説得するという方へ。それでは一方通行でうまくいかなくなるだろうな。家族は互いが本音を出し合い、寄り添い合うことで、つながりが深まるだろうから。
そんな中、部下が事件を起こし、宮苑にまで影響が及ぶ。会社の運営が危ぶまれる事態に。役員の過半数が社長を退任させ、後任に冬至を推すという展開になる。会社の運営の難しさが急展開で描かれていく。その中の人間模様は人の本性を浮き彫りにしていく感じ。その人の大切なものは何かが表に出ていく。欲深いことは、その人の人生に影響していく。その事態によっては、他人を巻き込んでいくため、怖いなとも思う。
『二章 取り柄は善良さ』。後藤友彦は車の修理をする会社の板金工として働いていた。友彦の子供は晴斗。晴斗は優秀だった。それは、友彦と妻の絵美が、晴斗の願いや成長を最優先にして育てていたから。友彦と絵美は、心豊かで思いやりに溢れていた。
晴斗はサッカーチームに所属していた。チームの後輩に宮苑修悟がいた。修悟は晴斗に憧れと尊敬を抱いていた。晴斗は、修吾がもつサッカーの才能と考え方を認めていた。2人は良好かつ信頼の関係にあった。
中邑翔は友彦の会社の若手社員。友彦を慕い、尊敬していた。友彦のようになりたいとさえ思っていた。友彦の人生は慎ましくも充実した幸せを感じさせるものだった。自分のしていることに意味を感じ、家族や仕事仲間との信頼関係を築いていることが、幸せを醸し出しているいるのだろうな。
一方、前章とのつながりのある霧山冬至の息子、修悟が登場するのは、伏線であるかのように感じる。そして、もう一つ、ブレイクショットは友彦が所有していた。まさにブレイクショットの軌跡。そして、『プロローグ』で起こったボルトの件が、悪い方向でつながっていく感じになっていく。それは、友彦がブレイクショットを運転中に起こる事故によって。この段階では明らかになってはいないが、暗雲が広がっていく感じ。そして、友彦の人生も暗雲が広がっていく。
一方で、家族の晴斗と絵美、そして後輩の翔は、まっすぐに純粋に友彦に寄り添う。その温かさと優しさは、読んでいる私を心地よくしていく。
『アフリカのホワイトハウス 2』。『ホワイトハウス 1』からの続き。エルヴェたちはゲストと読んでいる者をチームで護送していた。途中、敵対者に襲われるが何とか応戦し、相手を退ける。ただ、エリヴェが運転する車であるホワイトハウスが攻撃を受けた。このホワイトハウスとブレイクショットは同一車なのだろうか。そこも興味深いところ。
『三章 僕らの夢は』。舞台は、霧山修悟と後藤晴斗が初めてサッカチームで出会う場面へと時が戻る。修悟の才能に初めて気づいたのは、同じチームで対戦相手だった晴斗だった。晴斗のドリブルやパス、ディフェンス、そして広い視野に驚き、コーチにポジション変更を進言するほどだった。これが、2人の物語の始まりだったのだなと感じた。素朴な一場面に、子供の頃の出会いの純粋さを思う。好きなものがあり、それに打ち込む中での出会い、そして互いを尊重し思い合う関係性に魅力を感じる。同時に、晴斗は自分のサッカーの能力の限界を感じる。自分より優れた者に出会った喜びを感じているものの、自分の能力に限界を感じることがあるよな。皮肉なものだなと思う。それでも晴斗は前向きだった。修悟の活躍を純粋に喜び、自分が持っている英語等の才能を活かそうと考えていたから。このような発想に晴斗の心の豊さを感じる。そんな2人の関係は、好意から愛情へと変化していくところにドキッとした。自然な展開ではあるけれど、予想していなかったからだろう。
また、この章においても、晴斗の父である友彦が運転していたブレイクショットの事故に関わる話が展開される。晴斗の動揺を近くで感じていた修悟の心が見えてくる。そんな気持ちの揺れがあっても、修悟はサッカーに打ち込み続け、プロの選手と練習する選手になっていく。そこには、修悟と晴斗が子供の頃から目指していた、サッカーにかける夢があったから。純粋な分、切なく苦しい場面も訪れる。修悟と晴斗の夢、未来はどうなっていくのだろう。私の中に、不安と期待が入り混じる状態が続く。
『四章 狩り場の七面鳥』。十村稔は不動産会社の営業マン。社用車はブレイクショット。今までの車とのつながりはどうなのだろう。つながっているようだけれど、まだどういうつながりなのかは不明のまま。営業がうまくいかない時に出会った人物から投資関連へのセミナー受講を勧められる。勧誘した相手から、勧誘されるという事態に。それぞれの思惑が交錯し、怪しい展開へと。こういうふうにして、相手の欲求や不安に入り込んでいく現実との重なりを想像する。その相手からセミナーで聞いて欲しい講師の名前を聞く。その1人が後藤晴斗。修悟と一緒に将来の夢を描いていた晴斗である。こんな形で登場してくるのかと、ざわざわとした思いが私の中に広がっていく。後藤は言葉巧みに十村の心を揺さぶり、やってはいけない取引へと導いていく。十村目線の物語なので、晴斗の心理は見えてこない。そこが、また私の想像を揺るがす。そんな十村の行為を改めさせるきっかけになる人物が登場する。それは、以前家の購入に至った客。共働きの夫婦で出産を控えていた。そんな夫婦の思いに粘り強く心から寄り添って契約までも運んだ。そのお礼の手紙が出てくる。初心にかえる十村。そもそもこの会社で、自分が何を求めていたのか。それは、十村の純粋な願いだった。私の心にも響く。会社を辞めることを決意して妻に連絡する。妻からの言葉は温かい。それは、これからの十村の人生を支えていくものになりそう。
『アフリカのホワイトハウス 3』。『ホワイトハウス 2』からの続き。エルヴェとフェリックスは、ゲストであるジェイクという男の子を乗せて、本部へと帰還していく。車の中での会話が続く。それは、夢の話へと。このような状況下で、夢の話をする三人。その内容は、若い子たちが描く夢としては、悲しく感じた。しかし、争いの中で生きていくということは、そういうことなのかなとも思う。この章のラストは不吉な状況になる。はっきりと描かれていないだけに怖く感じた。
『五章 後藤晴斗の野望』。後藤晴斗が20歳の時からの物語。セミナーの主催者である志気和馬と講師の門崎亜子と出会う。和馬が晴斗に目をつけ、講師として勧誘する。和馬の話と話術は長けていて、晴斗の心を揺さぶる。それは見事なまでに。こういう人物が、特定の人々にカリスマと称されていくのかもしれないな。限定された状況の人々に訴えていくことに怪しさを感じる。最後は自己責任になはるのだろうけれど。その気にさせることは違法ではないのだろうな。それでも怪しさは増すばかり。
晴斗は忙しくなり、修悟と会う約束が叶わない状況にもなっていく。二人の関係に亀裂が入る。仕事と生活のバランスをとることの難しさは分かるけれど。その内容をきちんと伝えていない晴斗に修悟は寂しさと不安を感じる。どちらも理由があるのだけれど、分かり合えないという気持ちが膨らむと、別れへと進んでいくのだろうな。
そのような中、晴斗はセミナーを辞める気持ちが強くなっていく。そこで、現れたのは宮苑。その展開にドキッとする。登場人物たちが、新たなつながりを持つようになる。どうなるのだろう、次の展開は。
『六章 闇から光へ』。タイトルから良い方向へと展開するのだろうという期待が膨らむ。志気和馬は商業高校の2年生の時から金儲けのことを考え実行していた。情報技術に長けた同級生を丸め込み、一緒に事業を展開していった。そして実際に儲けていた。しかし、それは詐欺に関わる内容も含まれており、さまざまな団体から圧力を受けたり、関係を持ちかけられたりしながら、自分の意志とは違う方向へと導かれていった。ただ、本音の部分に金儲けというところがあったため、割り切って実行している。自分にとって何を大切に仕事をするのか、それによって繋がっていく人間は変わっていくのだろうな。和馬はその関係が断ち切りたくても断ち切れない状況にまで追い込まれていく。和馬からの目線では、晴斗も十村もカモだった。2人は気づいていないだろうけれど。そこが怖いなと思う。騙されている方が気づかない関係。そこを断ち切るにはどうしたらいいのだろう。しかし、晴斗は修悟との関係の悪化もあり、自分のことを見つめ直していた。
そのような中、セミナーから退くこと、和馬との関係を断ち切ることを考えていた。そのことは和馬にも分かっていた。そこで、和馬は切り札を出して、晴斗を繋ぎ止めようとする。緊迫感が増す展開が続く。しかし、晴斗の方が一枚上の対応だった。それは、晴斗にとってはよかったなと思えること。一方で、和馬にとってもよかったのではないかなと私は思った。ラストが近づいていく。どんな結末を迎えるのだろう。
『アフリカのホワイトハウス 4』。本部に戻るとジェイクが狙われていることに気づくエルヴェとフェリックス。そこで2人がとった行動は、組織に背く行動だった。ジェイクをホワイトハウスに乗せたまま逃げる。正義とは何なのだろう。咄嗟の時にその判断ができる元となるものは。そんなことを考えさせられる。命懸けの場面で大切にしたいものが明らかになるのかもしれないな。不安な状況でラストは描かれている。どうなるのだろう。
『エピローグ』。『プロローグ』からのつながりのある物語。本田昴が登場する。本作品の中で気になっていた期間工がボルトを落とし、それを見ていた昴が報告しなかった件。それは昴の口から上司に報告される。それでも、そのボルトを探すのには相当な時間がかかった。報告が遅れたことを謝罪する昴。しかし、上司もボルトを落とした期間工からも称賛される。そんなものなのだろうな。自分の中では、悪かったと思うことが、周囲の人にとってはそうではないこともある。それ以外にも、今までの話が伏線となって、繋がっていく。個性的な登場人物たちとも。昴にとっては直接関係のない人たちだけれども。昴の考え方や仕事、生活に影響を与えていた。この物語の昴は、一回り大きく成長しているように感じる。物語の全体が繋がって、そんな思いになっているのかもな。ラストは門崎亜子が登場し、その正体に驚きと感動を得る。そして、かっこよくナインボールのブレイクショットを撃つ。鮮やかなラストの場面は、壮絶な物語を終えるのにふさわしい鮮やかな場面が私の中に浮かぶ。
初めての逢坂冬馬さんの作品世界に没入した。読書の楽しさを存分に味わった。