司馬遼太郎のレビュー一覧
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ネタバレちょうど択捉島にプーチン氏が上陸したニュースを見て、ふと気になって読んでみました。
古い本だけどもの凄く勉強になりました。
自分の歴史認識がとても甘かった事を思い知らされるとともに、シベリアからモンゴルそして中国と、膨大に広がるユーラシア大陸の歴史的な流れ、ソ連・ロシアという国についてよく学ぶ事ができました。
日本という特殊な島国に住んでいたら分かりづらい事情がある事を踏まえた上で、歴史的事柄が丁寧に綴られています。
司馬遼太郎さんの中立した立場で語られる著書にはいつも尊敬と信頼の念を抱いています。こちら側に先入観を持たせず個人的感情をしっかり線引きした上でちゃんと伝わる、すごい筆力だと思います。
ヤルタ協定で…モンゴル(ソ連傘下)と千島列島(ソ連へ引き渡し)がセットのように戦後領域がきめられていることが何を意味するか、私はきちんと分かっていなかったし、1945年のソ連による宣戦布告には米ルーズベルト大統領による圧力があった事も知らなかった。
p246
「北方四島の返還については、日本の外務省が外交レベルでもって…(略)…それを放棄したわけではないとう意思表示を恒常的にくりかえすべきだと思っている。しかし、それを国内的な国民運動にしたててゆくことは有害無益だと思っている。有害というのは、隣国についての無用の反感をあおるだけだということである。」
なるほどと思った。 -
Posted by ブクログ
前半、大久保利通と清国の恭親王のにらめっこ戦が面白かったです。頭の中のイメージ上で、2人の眉間の皺が、どんどん深くなる!そして決裂!!
最後は戦略勝ちで大久保利通に軍配が上がる。
でも、本当の目的を達したのかという面では、勝ったのかどうかは不明。
そして、やっと自由民権運動に関わった偉人たちが登場してきました!ただ、板垣退助の活躍はまだ描かれていません。
中江兆民は、ルソーの『民約論』を翻訳したり、学校を開いて教えたりしていたそうです。兆民は土佐の人ですが、どちらかというと東京で活動していた人という印象を受けました。
土佐は政治の面では主従関係を重んじる風潮が強かったのに、もともと自由人の多い県民性があるから、自由民権運動が起こったのかなと、高知県民と自由民権運動の関わりが気になります。 -
Posted by ブクログ
単行本は1995年刊。初出は『週刊朝日』連載(1994.5.20~95.2.24)。
文庫で400ページ、一冊丸ごと青森県。タイトルは『北のまほろば』。縄文から中世にかけての繁栄を中心に話が進むのかと思いきや、そうではなかった。三内丸山も十三湊もさっと駆け足。
盛りだくさんなのはいいのだが、往時のおのぼりさんツアーみたいに、次から次へ行ってしまう。しかも、その間に余談が入る。それが青森と直接関係なかったりする。たとえば、会津の話、明治大の考古学教室の話、直木賞の選考メンバーの話、etc。青森と関係なく話を楽しめと言われたら、そうすりゃいいだけの話なんだけど。
作家や芸術家では、棟方志功にかなりのページを割いている。太宰治にもページを割いてるが、解説がピンぼけ。葛西善三や石坂洋次郎もとりあげているが、いまの人はもう知らんかも。
井上ひさしが司馬遼太郎に「会津は東北ではない」と言ったそうな。その一文が気になって、しょうがない。『街道をゆく 白河・会津のみち』を読むしかないか。 -
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司馬遼太郎の『国盗り物語』を読み終えた。
最初は、無名の僧・松波庄九郎(後の斎藤道三)が、知略と行動力だけで美濃一国の覇者へと駆け上がる姿に圧倒された。坊主から油屋、そして戦国大名へ。まさに成り上がりの物語であり、自己プロデュース力や状況判断力、圧倒的なハングリー精神には学ぶべき点が数多くあった。
しかし、この作品の魅力は単なる成功譚では終わらない。
二巻終盤では、老いによって自らの限界を悟り、自分が積み上げたものを次の時代へ託そうとする道三の姿が描かれる。一巻で感じた「強さ」だけではなく、一人の人間としての哀愁が胸に迫った。無から有を生み出し、その志を未来へ託した道三は、最後まで私にとって最も魅力的な人物だった。
三巻からは物語の中心が織田信長と明智光秀へと移る。私は信長が主役になるものだと思って読み進めたが、実際には光秀の視点から物語が展開される場面が多く、その構成には驚かされた。その分、光秀という人物に自然と感情移入し、「本能寺の変」へ至る心の揺れや葛藤を追体験することになった。
一方で、信長はあまりにも機能的な人間として描かれていた。既成概念を打ち破り、新しい時代を切り開く革命家である反面、人の感情にも、自分自身の感情にも無頓着だったように感じる。その結果、最後は人の感情によって討たれるという皮肉な結末を迎える。この対比は非常に印象的だった。
また、この作品を読みながら「勝利の方程式」という視点でも考えた。道三、信長、そして豊臣秀吉には、時代の変化に応じて柔軟に自らを変え、何度でも挑戦する姿勢があった。一方、光秀は優秀であるがゆえに理想や自尊心に縛られ、状況に応じて自分を変える柔軟さや即興性に欠けていたように思う。そして運もまた歴史を左右する大きな要素だった。しかし、その運を掴めるだけの準備ができているかどうかもまた、勝者と敗者を分ける要因なのだと感じた。
読み終えたあとに残ったのは、壮大な歴史の感動だけではなく、人間という存在の儚さだった。
人は夢を抱き、何かを築き、誰かへ託し、それでも志半ばで倒れることがある。努力だけではどうにもならない運命もある。それでも人は前へ進み、自分の天命を全うしようと生きる。
だからこそ、人生は難しい。
そして、だからこそ美しい。
『国盗り物語』は、戦国時代を描いた歴史小説であると同時に、「人は何のために生き、何を未来へ託すのか」を問いかける、最高の人間ドラマだった。