【感想・ネタバレ】世に棲む日日(四)のレビュー

あらすじ

動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。高杉晋作はわずか八十人で兵を挙げ、長州藩のクーデターを際どく成功させる。幕府は慶応二(1866)年、長州藩を圧し潰そうと天下の兵を糾合し、藩の四方から進攻するが、時運はすでに移り変わっていた。維新の曙光をその目に認める高杉。しかし彼は肺を病んでいた――。『世に棲む日日』最終巻。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

吉田松陰という人が真の変態であり、真の革命家だったのだなという学びがある。一般的な人物像とはかなり違うのが発見だった。また、彼が日本一周していたという話は驚く。前に東北で旅した時にたまたま吉田松陰の碑を見つけ、こんな所まで来てたのかと思ったものだ。
吉田松陰、高杉晋作ともに早すぎる死。明治を待たずして江戸時代の世に棲むまま居なくなってしまったが、幕末のカリスマとしてこれからもその存在が語り継がれる。

0
2025年10月22日

Posted by ブクログ

前半が吉田松陰、後半が高杉晋作についての話。驚くのは、高杉晋作が幕藩体制の中で、幕府の攻撃に打ち勝っただけでなく、その行動によって新しい価値観と体制の日本を革命的に創り出していたこと。本当の天才だったんだろう。若くして死んだのは残念だけれど、この本を読むと、明治政府に入っても、直ぐに新政府に絶望してしまったような気がする。人にはその人に与えられた使命と寿命があるのかもしれないと思った。

0
2025年09月26日

Posted by ブクログ

この作品を読むことで学びがたくさんありました。
吉田松陰と高杉晋作について、あまりよく知らなかったのですが、歴史に名を残す人というのは、こういう人たちなのだと理解できた気がします。すごい人たちが日本にいたのですね。

0
2025年08月20日

Posted by ブクログ

疾風怒濤のごとく戦乱を駆け抜け、自分を信じ続けることができた類いまれな精神。師である吉田松陰への尊敬だけにとどまらず、具現化することができた高杉晋作。

そんな晋作とは真逆な一面(妾の“おうの”とのやりとりや、実母や妻に頭が上がらない)も、4巻では見られました。晋作の、丸ごとの人間性が感じとれました

本作品を読み始めたときは、名前しか知らなかった吉田松陰や高杉晋作、幕末のドタバタ劇(?)が少しずつ分かってきてとても楽しかったです。歴史に残る事件が小説になっていると、こんなにも面白いのかと思いました。

しかし、晋作が、27年と8ヶ月の生涯を終える最終章を読んでいるときは、感動以外の何もありませんでした。泣けました。そして、松陰の言葉「どの人間の生にも春夏秋冬はある」心に沁みました。

辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」は以前、聞いたことがありました。晋作の一生を垣間見た後で、この句にあらためて接し、そして司馬遼太郎さんが、『世に棲む日日』というタイトルをつけたその心を想像すると、胸に迫るものがありました。

0
2025年08月03日

Posted by ブクログ

革命的思想家としての松陰吉田寅次郎と革命家としての高杉晋作をある意味対比させているような、気がしないでもない。
というのは読みながらなんとなく感じていたけど、最後の松本健一さんの解説がわかりやすくて、なるほどなと腑に落ちた。
あの時代で見れば「狂」であるのは両者変わりないだろうが、活動する時期でまったく環境も成すことも変わってくる。

0
2022年11月14日

Posted by ブクログ

吉田松陰、高杉晋作共に20代で生涯を終えるとても短い人生でも、この2人が描いた日本の将来や、世界と向かい合う思想や行動に、とても大きなスケールに感服しました。そこには男のロマンが感じられ、感動しました。

0
2022年08月16日

Posted by ブクログ

吉田松陰の思想と高杉晋作の行動を対比させながら読めて面白い。幕末のまさに革命の世の中を生きた2人の生き様に感服する。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
この句の意味を、高杉晋作の気持ちや当時の情景を思い浮かべ噛みしめながら考えてみたい。

0
2022年06月19日

Posted by ブクログ

おもしろきこともなき世をおもしろく

生とは天の我を労するなり。死とは天の乃ち我を安ずるなり

こういう思いで生きていきたい。

0
2022年04月10日

Posted by ブクログ

吉田松陰についての小説かと思っていたら案外あっさりと亡くなったのでビックリしたが、本作はむしろ高杉晋作を中心とした幕末志士たちの物語である。これらの人物に対しては心酔しているファンも多いが、しかし本当に有能であったかどうかは本作を読んでも評価がわかれるところだろう。もちろん将来的に明治維新が実現したことを考えると、彼ら幕末志士たちもまた「正しかった」。とはいえ、個人的に吉田松陰や高杉晋作は思想家としては正しくとも、政治家としては間違っている部分も多々あったのではないかと感じる。第2次長州征伐における戦術などは無鉄砲の極みで、たまたま成功したからよかったものの、失敗していたらいったいどうなっていたかわからない。2人が亡くなったことでむしろ明治維新が成功裡に終わったという見方すらできるかもしれない。しかし、このような不器用な存在だったからこそ、後世までその人物像に惹かれる人が続出するのだろう。

0
2021年08月02日

Posted by ブクログ

1〜4巻、全体の感想
何だろう。この本を読んでると、突き動かされるような気持ちになってくる。吉田松陰や高杉晋作の生き方そのものはもちろんのこと、それ以上に思想や革命、正義といったものへの司馬遼太郎の考え方や解釈がそうさせるんだろう。
読み終わるまで、思想やそれが見据える正義の影響力の凄さに引き込まれていたが、読み終わってふと現実を見回すと、実はちょっと違うんだということに気がつく。実際に周りや後継に影響を与えているのは、人となりそのものなんだろうな、と。思想に共感してるんじゃなくて、生き方に共感してるんだと。
大切なのはずっと先を見据えることと、少し先の作戦を考えること。ずっと先の作戦を考えることではない。そう教えられた気がする。

・学問は好きだからするもので、必要だからするものではない。
・革命は現実の先にはない。現実離れした思想が現実を破壊することで起こるもの。

勝手な解釈だけど、勇気をもらえる本だった。

0
2021年03月07日

Posted by ブクログ

ついに最終巻。晋作爆発の時。
創始者である奇兵隊から挙兵の加勢を断られた晋作は自分と伊藤俊介(のちの博文)と力士隊のみで長州藩に対してクーデターを行った。嗚呼、晋作よ。生き急ぎ、師である松陰先生同様幕府の瓦解と新しい日本を見ることができなかったが、それでも師の教えの通り、生きて為すべきとを為してから旅立ったので悔いはなかったのではなかろうか…

これより長州男子の肝っ玉をお目にかけます
とか
わしとお前は焼山葛 うらは切れても根は切れぬ
とか、しびれる名言。

確かにこの時代の志士には珍しく、他藩とは全く交流が無かったのも面白い。そこも松陰先生が生きてたら違ってたのだろうなぁ。
この時代の人物は代わりがきかない人だらけなのだけど、勝海舟、西郷吉之助、大久保一蔵と並んで晋作も幕末の巨大な柱でしたね。

山縣狂介が意外と活躍してたので安心した…

0
2021年01月23日

Posted by ブクログ

前半は吉田松陰の稀有なまでの純粋さ、誠実さに心打たれ、後半は高杉晋作の天才性に酔いしれました。
この師弟に共通している"狂"という人生観のようなものは、僕は個人的には非常に好きです。血がたぎる思いがします。
実は読んだのはこれで3回目なのですが、いつも興奮しますね。名言が多い!

0
2021年12月11日

Posted by ブクログ

読んで振り返るには面白くても、およそその時代には生きたくないのが幕末だ。まあ戦国の世はいずれもそうなんだけれど、お上に従うしかないのがほとんどの戦時でしょ。でも、攘夷だの開国だのと右か左かを自らが選択して争う世ならば、結末を知り未来から傍観するにとどめたい。理屈を後付けし、曖昧な観念と思想でもって敵味方命を奪い合う時代に生きるなんておぞましい。松蔭も晋作も若くして逝ったからこその一途さ、頑迷さが魅力的なんだろう。歳を重ねて達観した二人を想像したくない。彼らの去ったのち、世にに棲む日日は萩の乱に至るんだわ。

0
2025年11月19日

Posted by ブクログ

思想に酔う思想家タイプの松陰と、あくまで現実主義の晋作。プラトンとアリストテレスにも通じるかもしれない。楽と苦を差し引きすれば浮世の値僅か三銭。救いのないこの世の中、人生だからこそ、おもしろきことも無き世を面白くしたかったんじゃないかと思う。

0
2025年11月02日

Posted by ブクログ

下関 白石正一郎

辞世の国
おもしろき こともなき世を おもしろく
(すみなすものは 心なりけり)

27年と8ヶ月で亡くなる

0
2025年09月05日

Posted by ブクログ

後半は少し単調な感じが続くが、一貫して明治維新に繋がるきっかけになるような2人の人生は短くも情熱に溢れるストーリーだった。

0
2025年06月24日

Posted by ブクログ

■10年前の学生時代の自分のメモ転記

・この本を選んだ理由
 幕末の数多くの思想家を排出した松下村塾の師、吉田松陰に興味を抱き、その生い立ちを詳しく知りたかったから。

・大まかな流れ
 本編は4冊で描かれており、1冊目は吉田松陰がどのような生まれ育ち、どのような若者であったかを描く。2冊目は、吉田松が故郷の牢獄に入れられ、その中で松下村塾を開き、久阪玄瑞や伊藤弘文、高杉晋作、桂小五郎といった門弟が松下村塾に入る流れや、そこでの生活が描かれており、松蔭が無くなるまでを描く。3冊目では、その弟子である高杉晋作にフォーカスが当てられ、晋作がどのような人間で、どのような思考を持ち、どう成長していくかが描かれている4冊目は、末期の奇兵隊が暴れ回り、高杉が最後の幕府との戦を行い、病床に伏して無くなるまでが描かれている。

・印象に残ったこと。
 吉田松陰の人間性として…大河ドラマ、龍馬伝に描かれた吉田松陰のイメージを抱いていたが、大体合っていた。ただ、童貞のような純情青年で、同世代からはあまり尊敬される存在ではないという部分が以外であり、面白くもあった。
  ・謙遜家、しゃべり好き、人の長所を見つけるのが上手い、節約家、仲間思い、等が読み取れる。また、どんな人でも長所を見つけて、教わろうとする姿勢が魅力的に感じられた。各地で牢獄に入れられているが、彼は囚人を説き伏せるばかりか、彼らのすばらしい点を本気で尊敬し、彼らを師匠とたてて学ぼうとする姿勢が、彼の狂人である部分の一つであると思った。
 司馬遼太郎は、革命は3世代に渡って実行されるものではないかと述べている。第一世代は、吉田松陰のように、思想を発信する者。その者は狂人として扱われ、死をもってその思想はより高尚なものとして受け継がれるようになる。第2の世代は、その意志を実行する体現者である。これが、長州藩では高杉晋作がその代表にあたるものである。この世代が革命を成し遂げるが、ほとんどが生き残らない。第3の世代によって、革命後の世界が制定されていく。この世代で必要な者は、狂人的な思想体質の持ち主でも、ぶっとんだ実行力を持つ革命家でもなく、現実的で打算的な政治家が必要となる。この世代が、伊藤弘文や、山県有朋になるが、現在の政治家と違い、彼らも晋作達と共に幕末の長州で人並みにならぬ活躍をしている人たちであり、十分豪傑であると考える。
 
晋作はクーデターで勝ったときに、「勝利軍は無言なるがよし」といった。
強者が黙っていることこそ、恐い者はない、という考え。
雄弁なのが必ずしもよい訳ではないということを学んだ。
また、長州藩の代表者として、イギリスの代表者と対面するときの魔王高杉の描写が面白い。決してごまをすらず、対等、もしくはそれよりも上の態度で外人と接する様子に、相手も経緯を払い出すという流れ。その胆力は自分も持ち合わせているか分からんが、目標と信念を持っていれば私にもなせるはず。

白石正一郎の存在
海賊と呼ばれた男」の出光社長にも、全力でサポートしてくれる出資者がいたが、晋作にもまた、商人でありながら1人の男に全人生をかけるという豪傑の出資者がいた点に、魅力的な人物には全力でサポートしてくれる人がでてくるのだなと、思った。それは、自分から発信していかないと得られない者であると思うし、常日頃から自分の価値観を明確にしておかないといけないことを学んだ。

松蔭と晋作の違いは、思想家と現実家であるという点意外に、松蔭は名誉を求めたが、晋作は名誉を求めなかった、また、松蔭は節約は武士の身を綺麗に保つものであると考えたが、晋作は芸者遊びや酒を好んでいる。この似てるようで似てない師弟から、その行動において、自分の信念に沿っていればどのような行動をとってもいいと思えた。自分によくあるのが、この偉人はこうしているから俺もそうしようとか、教授・先輩がこうしてるから俺もこうしようとか考える場面があるけど、結局は自分がどのように考えて、意志決定できてるか。自分のルールに反しなかったら、俺が望むように行動するべきである。
いつまでも、意志のない人のまねばかりするのはよくない。

0
2025年04月28日

Posted by ブクログ

短くも劇的な生涯。もし彼の人生がもう少し長く続いていればどうなっていただろうかと思わずにはいられない。でも、どんな立場になっても性に合わないと投げ出してしまいそうだ。またそれも高杉晋作らしくていいような…

0
2024年03月01日

Posted by ブクログ

【全四巻の感想】
行動が思考を決定するという高杉晋作の激烈かつ濃厚な圧縮人生。
わいが生まれる100年前に没す。

0
2023年11月20日

Posted by ブクログ

とても長かったが幕末に興味が湧いた。
吉田松蔭の思想、高杉晋作の行動。
動けば雷電のごとく。発すれば風雨のごとし。
おもしろきこともなき世をおもしろく。
高杉晋作すげえ。困ったとは言わない。

0
2022年01月29日

Posted by ブクログ

最後までひたすらに激しい嵐のような展開。史実に基付く小説とは思えない... 最終巻まで来ると、吉田松陰、高杉晋作という夭逝の、刹那の流れ星的な存在であった二人の役割の違いというものが鮮明に現れます。時代背景や年齢感覚の違いはあれど、彼らがそれぞれ28年くらいの人生の中で成し遂げたことの大きさにただただ呆然とするばかりです。

0
2021年11月03日

Posted by ブクログ

わたしにとって、初めての司馬遼太郎であり、初めての歴史小説でした。

「長州の人間のことを書きたいと思う」

で始まるこの小説は、必然的に
「明治維新前夜のことを書きたいと思う」
となり、それはまた
「日本の近代化前夜のことを書きたいと思う」
ということになるのでしょう。

高校生の修学旅行は萩にいったのですけど、その時は歴史に興味がなくてSLしか覚えてないのです。
もう一度行ったら色々と感慨深いんだろうと思います。

0
2021年05月09日

購入済み

さすがは司馬作品

吉田松陰や高杉晋作はこれまで幾度も小説、テレビ、映画、他などで作品が作られてきたが司馬先生の手に掛かるとさすがに一味違う。欣快で喜悦だ

0
2020年06月28日

Posted by ブクログ

前半が吉田松陰、後半が高杉晋作。
人は艱難を共にすることはできるが、富貴を共にすることはできない。
面白くこともなき世を面白く、すみなすものは心なりけり

0
2020年06月10日

Posted by ブクログ

『坂の上の雲』でも同様の趣旨のことを言っているが、司馬遼太郎の、いわゆる「偉人」たちを特別視しつつも、もしその人たちがいなくても他の誰かが同じ役割を担ってたっていう考え方が好き。

0
2020年06月06日

Posted by ブクログ

幕末の風雲児の一人、高杉晋作がその28年という短い人生を突っ走り、結核で死に付する。最後に残した句は、「おもしろき、こともなき世をおもしろく」だった。「苦と楽を差し引きすれば、浮き世の値僅か三銭」と言った彼は、人生をその三銭の差し引き黒字で死んでいったのであろう。浮き世に未練が無い事が、その日暮らしで命知らずの大胆な行動を可能足らしめたのであろう。また、それは師の吉田松陰による、だれもがその人生に春夏秋冬があり、それは人生の長さできまるものではないという教えが由来になっているのかもしれない。

革命においては、まず第一段階として吉田松陰のような思想家がまず現れそして断罪される。その後、その意思を次いで破壊的な活動を行い、政権を転覆させるのが第二段階。さらに、第三段階において仕上げの実務作業を行う事となるのが、伊藤博文や山県有朋などであると、著者は再三にわたって述べている。

0
2018年10月08日

Posted by ブクログ

高杉晋作が俗論派の政権を倒すべく周囲を巻き込んでいくところから第二次長州征討で小倉城を奪い、死すまで。
長州藩に関心が湧かないのか、高杉晋作に思い入れができないためか、コロナでしばらく読めてなかったためか、理由はともあれ強くは惹き込まれなかった。

0
2023年08月14日

Posted by ブクログ

吉田松陰とその弟子である高杉晋作を描いた長編小説。あのようにしか描けなかったのも分かるが、ラストは意外とあっさりしたものだった。高杉晋作や吉田松陰は、30年足らずの短い生涯だったが、いろんなことが凝縮されたすごい方たちなんだよという作者のメッセージは、とても伝わった。正直、二人とも身近に居て欲しくないタイプだが。

0
2021年04月01日

Posted by ブクログ

革命思想家の吉田松陰と革命家の高杉晋作。明治維新をあのような形に方向づけたものが何なのか、少しだけ知ることができた。

0
2020年12月27日

Posted by ブクログ

高杉晋作というのは不思議な魅力にあふれている人物だ。なんか日本人らしくない。全くもって自分にはない所を多く持つこの人に益々惹かれた。
この時代の人達って常に詩を書くのも良いな。

0
2018年11月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

温和でごく自然な人情のゆきとどいたこの家の家風は、晋作の祖父のころからすでにそうであった。こういう家庭から、なぜ晋作のような、武士ぐるいの好きな一人息子がうまれたのであろう。
「松本村の寅次郎が、こうしたのだ」と、小忠太は梁のきしむような砲声のなかで言ったことがある。松陰のことである。いま諸隊を扇動してさわぎまわっている連中は、みな寅次郎の門人ばかりであった。
 が、お雅はそうは思わない。教育というものがそれほど力のあるものであろうか。夫の晋作を見ていると、高杉家の、いかにも良吏の家といったおだやかな家風から、あのような武士ぐるいの好きな男が出てくるというのは、なんともつじつまがあわない。晋作は、教育の力というものがいかにむなしいものかという標本のようなものではあるまいか。晋作は明倫館の秀才でありながら、しかも良家の子でありながら、十代の終わりごろ、祖父母や両親の目をかすめて、松本村の吉田寅次郎の私塾に通っていたという。そのために晋作が寅次郎の力で変形されたというのはまちがいで、本来、寅次郎と同質の人間だったのだとお雅はなんとなく気づきはじめている。同質であればこそ、晋作は寅次郎の感化を受けたのであろう。感化をうけてから、同質の部分がいよいよ砥がれて鋭利になったのであろう。

新生内閣が、成立している。その首相格の座に、山田宇右衛門という老人が就任した。宇右衛門は吉田松陰の幼少のころの師匠であり、松陰も、
「自分は終生この人の学問、見識を越えることはできない」と、兄の民治に書き送っているほどの人物で、晋作もこの人事に大いに満足していた。本来なら革命軍の首領である晋作が政府首班になるべきだったが、かれは避けた。
 藩では、晋作を諸隊をすべて統括する陸軍大臣格にしようとしたが、晋作はそれに対し、一笑で報いただけであった。
 かれはこの時期、その後ながく長州人のあいだに伝えられた名言を吐いている。
「人間というのは、艱難は共にできる。しかし富貴は共にできない」と、いう。その具体的な説明について晋作は一切沈黙しているが、かれは革命の勝利軍である諸隊の兵士の暴状を暗に指しているらしい。かれらは上士軍との決戦のとき、あれほど義に燃え、痛々しいばかりの真摯さで連戦奮闘してきたのだが、ひとたび革命が成功するや、ただの無頼漢になったような面がある。

 二流、三流の人間にとって、思想を信奉するほど、生きやすい道はない。本来手段たるべきものが思想に化り、いったん胎内で思想ができあがればそれが骨髄のなかまで滲み入ってその思想以外の目でものを見ることもできなくなる。そのような、いわば人間のもつ機微は、井上も伊藤も、ここ数年、生死の綱を渡ってきて知りすぎるほど知った。彼等は、こわい。

0
2016年04月15日

「歴史・時代」ランキング