【感想・ネタバレ】竜馬がゆく(四)のレビュー

あらすじ

土佐の郷士の次男坊に生まれながら、ついには維新回天の立役者となった坂本竜馬の奇蹟の生涯を、激動期に生きた多数の青春群像とともに壮大なスケールで描きあげる。総発行部数2500万部超! 司馬遼太郎の永遠のベストセラーが半世紀の時を経て、電子版で新たによみがえる!

第4巻/志士たちで船隊を操り、大いに交易をやり、時いたらば倒幕のための海軍にする――。竜馬の志士活動の発想は奇異であり、“ホラ吹き”といわれた。そして世の中は、そんな竜馬の迂遠さを嘲笑うかのように騒然とする。長州の没落、薩摩の保守化、土佐の勤王政権の瓦解。激動の時代に、竜馬はついに一隻の軍艦を手に入れた!

...続きを読む

恥ずかしながら初めて読みました。昔から有名な作品ということは知っていましたが「どうせ竜馬は死ぬんだろ…」と手をつけなかったのです。何ともったいない!
沢山のビジネス書や自己啓発書がありますが、若人たち、まずは『竜馬がゆく』を読みましょう!物語を通して自由闊達な発想・先を読む力・間の取り方・人脈などの大切さを実感することができます。また、そのためにいろいろと勉強したくなります。100年以上前の話ですが新鮮に感じます。
さらに竜馬以外の登場人物もみな魅力的。若かりし木戸孝允や板垣退助など、日本史の授業に興味がなかった私でも知ってる人物や、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎など、様々な人物が登場します。一粒で2度3度とおいしい作品。とにかく出来るだけ若いうちに1度は読んでおきたい作品です。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

購入済み

激動期のリーダー像

四巻は土佐藩で佐幕派が復権し坂本竜馬の盟友とも言える武市半平太が捕縛されるなど、狂風怒濤の展開であった。🐉さて本巻では、幕末のような激動期のリーダー像について、二つの選択肢を示す。一つ目は「先頭に立って時勢を切りひらいてゆく」タイプ。二つ目は「流されっぱなしになってゆく」タイプである。ありきたりな一つ目のみならず、二つ目を良しとするところこそ、司馬遼太郎の小説が凡百の自己啓発書を上回る所以だろう。🐉先年のコロナ渦における職場の状況を思い起こすと、実に的を得た指摘であった。🐉

#タメになる

0
2025年10月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

4巻は「惨風」と「片袖」の章が印象強く感じました。「惨風」では長州藩が都落ちした後に土佐勤王党の弾圧が始まり、武市半平太が自害する結末でした。吉田東洋暗殺でのし上がったが、恨みを買った形になってしまった事は「暴力は何の解決にならない」を証明したと思いました。「片袖」では嫁にしたい千葉道場のさな子が竜馬に想いを伝えるも、竜馬は結婚すると未亡人になると思い、着物の片袖をさな子に手渡した話を読み、動乱の時代でなかったら良かったのにと思いました。竜馬も自分の命はどうなるか分からないかと考えたかも知れませんね。

0
2025年04月13日

Posted by ブクログ

ネタバレ

やり方こそ間違っていたかもしれないが、武市半平太の行動力と求心力、死地へ追いやられてからの覚悟は目を見張るものがあった。
愛する妻を1人残し、志半ばで竜馬に全てを託して自決する姿は美しいとすら思った。
今となってはありえないが、漢の最後、辞世や切腹に美しさを求めた当時の価値観は大変興味深い。

おりょう、お田鶴、さな子
選択肢が豊富かつもれなく美女。ずるいぞ。

0
2025年04月09日

Posted by ブクログ

司馬遼太郎氏の竜馬がゆくは、学生時代に一度挫折していました。大人になった今、歴史に興味が湧いたので、改めて読み始めました。
こんなに面白かったとは!幕末の日本人の熱さに感動します。今、5巻目に入っています。

0
2024年07月13日

Posted by ブクログ

竜馬、新選組に出会う、なんとか逃げ延びる。佐幕の会津と侮幕の薩摩が反長州で手を結ぶこれを薩会(さつかい)同盟といい、京都から一挙に長州勢力を駆逐しようとする。禁門の変おこる。七卿落ち。武市半平太、逮捕投獄される。土佐勤王隊瓦解。土佐藩主山内容堂は武市半平太を個人的にも憎み、切腹を命じる。武市、切腹。享年三十七。自称名君の容堂は、幕末で最もはなばなしい暗君だったといえるかもしれない。(270p)。長州藩、外国船を砲撃。英、米、蘭、仏 対 長州藩。勝海舟は長州の砲撃をやめさせようとする。幕府は外国をなだめるためにも長州を幕府の手で武力攻撃しなければならぬ、という気分。当時一般の思潮を図式的に言えば 佐幕=開国主義、勤王=攘夷主義であるが、勝の周りの人々は「勤王開国論」ともいうべきもので、単なる佐幕家や勤王家とまるでちがう点は、世界観をもっていることであった。世界情勢のなかから日本のおかれている位置を知り、どうすべきかを考えている派である。(422p)

0
2024年06月09日

Posted by ブクログ

▼司馬さんの「語り口」が全て。それが良く分かる巻かも知れません。

▼どうしてかっていうと、「主人公は、ほとんどなにもしないから」ですね。長州の京都での没落とか、土佐藩の武市一派の没落などが、実にドラマチックに描かれますが、竜馬さんは、ぜーんぜん関わってない。

▼そして竜馬さんは脱藩してうろうろしていますが、まあ簡単に言うとなんにもできてない。勝海舟の使いっ走りをしているだけです。

▼だからまあ、列伝というか。もちろんそういう竜馬以外の状況を分かってないと、竜馬さんが幕末史の表舞台、七三花道スポットライトに躍り出たときに、訳が分からないから。それにしても語り口が上手い。ダイジェスト講談版幕末史、ですね。

0
2024年04月11日

Posted by ブクログ

竜馬、やっと、やっと船をもらえたーっ!
勝さんに取り込んだ甲斐があったーっ。        
ううう、ヽ(;▽;)

0
2024年02月28日

Posted by ブクログ

またしても★5つ!
竜馬とおりょうの「一室に馬鹿がふたりそろってしまった」の行やお登勢さんに気持ちの描写が面白いです。
とはいえ、新選組も出始め、粛清だらけです。。
独眼竜清岡、半平太の行は。。凄惨です、悲しいです。
一方で、その後「さな子」さんとの片袖のエピソードが凄くホッコリし、艦上での初日の出シーンで感動。
司馬さん読みやすく、楽しく読めます!

0
2024年02月25日

Posted by ブクログ

幕末からの歴史って学校ではあまり時間をとらず詳しく習わないけど、現代社会の構造とか成り立ちとかもっと早く深く知っていたら人生が変わっていただろうと思う。でも20年前に1回読んだ時にはそこまで思わなかったってことは、大人になったからこその感想なのかもしれない。

0
2022年05月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

竜馬が海軍作りに動き出した四巻
その一方で土佐勤王党は容堂公によって弾圧されて行く。

四巻にもなると登場人物達に感情移入してくる。
この巻で特に感心したのが、勝海舟の先を見る力と視野の広さ。幕臣でありながらも、幕府の終焉を悟り、次の政権へ穏便に移行出来るよう奔走するというのは、藩・幕府が世界の全てだった江戸時代では、そうとう先進的な考え方の人だったんだろうなと。
だから、皆んなから命を狙われる訳だけど。

観念的に物事を考えるんじゃなく、視野の広さと現実をしっかり見据えて、丁寧かつ大胆に行動を起こすことの大切さを学んだ巻でした。

0
2021年03月17日

Posted by ブクログ

竜馬の親友、武市半平太の投獄から切腹まで、泣きます。

当時の日本の切腹エピソードの多さに驚くし、その一つ一つが今の日本をつくったんだな、と神聖な気分になりました。

0
2020年03月20日

Posted by ブクログ

印象に残ったp108.109 清河暗殺後の竜馬の所感
例えば、奇策を用いすぎた。龍馬の考えでは、奇策とは100に1つも持ちべきではない。99まで成功法で押し、後の1つで奇策を用いれば、みごとに効く。奇策とはそういう種類のものである。
清河は卓抜すぎるほどの批評家で、同志の無能を憎み、相手の慎重を怯懦だとし、しかもそれを攻撃する論理、表現はアイクチのようにするどく、相手がまいったと言っても止めず、常に留めを刺すところまで言及した。残るのは恨みだけである。よほどの大事の瀬戸際でない限り、座興の議論などに勝ってもしようがないものだと龍馬は思っている。相手は決して負けたとは思わず、名誉を奪われたと思う。いつか別の形で復讐するだろう。
p266武市半平太切腹の場面
筆者は、日本人に死を軽んずる伝統があったと言うわけではなく、人間の最も克服困難とされる死への恐怖を、それを押さえつけて自在にすることによって、精神の緊張と美と真の自由を生み出そうとしたものだと思う。その意味で、切腹は単にその表れに過ぎないが、その背後には世界の文化史の中で屹立している。この国の特異な精神文化がある。

0
2025年12月06日

Posted by ブクログ

勝も竜馬も現地に行って現物を見ることに注力していた。現代より遥かに現物を見ることが困難な時代によくその思想を持てたと思う。

0
2025年11月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

外国との交易を果たすために、竜馬は倒幕に至るまでの計画を練る。一方で、長州藩と薩摩藩との対立が激化しており、とくに長州藩の過激派の影響で、幕府側も対処に当たらざるをえない状況となった。

0
2025年10月04日

Posted by ブクログ

印象に残った場面
①武市半平太の切腹
壮絶でした。実際に当時あったことなので…..
奥さんの悲しみを思うと辛いです。心通い合う夫婦の姿が描かれていたので、読んでいてせつなくなりました。

②さな子さんの告白
剣道を通して、日々精進している彼女の姿は、男前ならぬ女前でした。

お田鶴、おりょう、さな子と三股?かけて、微妙な自分の心のバランスをとっている竜馬が、かわいらしくでも、調子にのるなよ!^_^ と感じました。

軍艦を手に入れた竜馬の今後の活躍を、楽しみに読みたいです。

0
2025年04月05日

Posted by ブクログ

竜馬29
京の変政
長州藩が失墜、長州で先鋭化し更に尊皇攘夷強まり外国船に攻撃
佐幕派、勤王攘夷派、開国攘夷派
竜馬ひとり、何処にも寄らず何処にでも寄れる

0
2024年09月13日

Posted by ブクログ

勝海舟からの多くの教え
神戸軍艦操練所の開設
武市半平太の死
新撰組の登場
田鶴様、おりょう、千葉さな子への淡い恋心
清河八郎の死
竜馬長崎視察
などなど

0
2024年08月27日

Posted by ブクログ

京に新撰組がうまれshuku・shuku・粛清。
土佐勤王志士たちの切腹シーンが続き、泣ける。
竜馬のセリフや行動に、笑う。

0
2024年02月19日

Posted by ブクログ

長州が京から撤退。保守派の薩摩との軋轢の深化。
土佐勤王党の弾圧、武市半平太や岡田以蔵らの無念に竜馬念願の軍艦入手と、明暗が別れた1冊。
特に武市と富子夫人のエピソードが切なく哀しい。
動乱の幕末を翔る志士たちの生き様、此処にあり。

0
2024年01月25日

Posted by ブクログ

新渡戸稲造の『武士道』を読んでおいてよかった。この4巻には当時の武士道精神に基づく切腹の流儀が述べられているが、上記の本を読んでおくことでさらに理解が深まる。

0
2023年12月12日

Posted by ブクログ

ついに船を手に入れた竜馬。自分の信念を貫き、目標に向けて自分の足で一歩一歩進んでいく姿がとても良く、続きが楽しみ。

0
2023年08月31日

Posted by ブクログ

「よくないのは気と気でぶつかる事。殺る殺ると双方同じ気を発すれば斬り合っている。逃げるのも同じ事。やる逃げると積極消極の差こそあれ、同じ気だ。向こうがやたらと追ってくる。人間の動き、働き、の八割まではそういう気の発作だよ。相手のそういう気を抜くしかない。」

現代の人間関係にも通じます。
龍馬は思いつきで動いているようで、とても良く時勢をみている。
少しでも見習いたい。

0
2023年03月11日

Posted by ブクログ

叙述の見事さに惹き付けられます。酒を呑みながら朝日を迎える場面が心に残りました。時の運を待つ雌伏の巻。次巻が楽しみです。

0
2022年08月12日

Posted by ブクログ

薩摩藩の巧みな工作により長州藩は朝廷守護の役目を解かれ京を追われた。土佐の老公は長州過激派のこの失速にのっとり、長州寄りだった土佐の勤皇党の弾圧に踏み出し武市半平太も切腹せしめてしまう。このような情勢変化の中、竜馬の海軍事業はどうにか前進し、ついに幕府所有の軍艦一隻を神戸海軍塾の練習艦用に調達することに成功する…
という第四巻において最も印象的だったのは千葉家のさな子がいよいよ文字通り決死の覚悟で竜馬に想いを伝える場面である。しかしここで何ともタイミング悪く竜馬を迎えに千葉道場に現れたのが陸奥陽之助である。重要な局面で水を差された苛立ちもあってかさな子は容易に陸奥を通そうとせず、玄関先で押し問答の末とうとう陸奥を締め上げてしまう。このふたりのまるで水と油のような反発が何とも愉快なので第四巻の注目人物は陸奥陽之助としたい。

0
2022年02月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

p.51
「ついでに海も歩く気か」
「歩けとおっしゃれば歩きます。ただ、歩き方を教えてください」

顔を背けたくなるような切腹の場面もあれば、恋愛小説のようなほんわかするシーンもあり、いろいろ感情を揺さぶられます。

0
2021年05月02日

Posted by ブクログ

ようやく半分まできました。

面白いんやけども、読み方が雑なのか、途中で「この人誰やっけ??」という人が続出です。。

軍艦を手に入れるシーンは感動でした。

感想を書けるまでに至ってませんがとりあえず記録を残しときます。

0
2021年02月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

5/17

ついに私塾の海運学校を設立、船も手に入れた竜馬。一方、京で新撰組が活躍、長州藩が薩摩の策略で後退。その影響を受けて、土佐勤王党までもが容堂の手で崩された。最後まで理想に生きた武市と、勝を師に開国攘夷思想を学ぶ竜馬。船での移動が定着し始めた。

0
2020年05月17日

Posted by ブクログ

【感想】
歴史小説としては、いよいよ攘夷が無謀なものだという世論に満ちてきて、「攘夷派の後退⇒開国」という流れに傾き始めた点がこの4巻でした。
何度読んでも個人的に勉強になるのは、歴史の流れという大きな視点ではなく、その時々に登場人物が垣間見せる考え方であったり、台詞の1つ1つですね。
やはり竜馬の考え方やトラブル回避術、自分と人との関係の在り方(「君子の交わりは淡きこと水の如し」など)は、今の時代にもとても有効だなと舌を巻いた。

最近自分の生活において個人的に重要視しているのは、「いかに対人的なトラブルを減らすか」ということです。
やはり、怒ったり揉めたり争ったりしてしまうと、時間や人間関係、その他あらゆる問題点が生じて、トータルで大きなマイナスになってしまう。
その点、新撰組の土方・沖田と遭遇した際の竜馬のように「いかに相手の気を抜くか」という考え方は、現代人でも特に持つべき考え方の1つだなーと読んでいて思いました。

「アンガーマネジメント」という言葉が出て久しいですが、僕自身あまりムキにならずに冷静に考えれる様、日々過ごそうと思います。


【あらすじ】
志士たちで船隊を操り、大いに交易をやり、時いたらば倒幕のための海軍にする――。
竜馬の志士活動の発想は奇異であり、”ホラ吹き”といわれた。
そして世の中は、そんな竜馬の迂遠さを嘲笑うかのように騒然とする。
長州の没落、薩摩の保守化、土佐の勤王政権の瓦解。
激動の時代に、竜馬はついに一隻の軍艦を手に入れた!


【引用】
1.幕末における長州藩の暴走は、侍とのゲリラ戦に手を焼くという厄介さを列強に与え、また列強間の相互牽制と国内事情によって、結果的に国を守ることにつながった。
いずれにせよ、長州藩は幕末における現状打破のダイナマイトになった。
が、「これでいける」という無知な自信をその後の日本人の子孫に与えた。特に長州藩がその基礎を作った陸軍軍閥にその考え方が濃厚に遺伝した。
昭和初期の陸軍軍人は、この暴走型の幕末志士を気取り、テロを起こし、内政・外政を壟断し、ついには大東亜戦争を引き起こした。
彼らは長州藩の暴走による成功が、万に一つの僥倖であったことを見抜くほどの智恵を持たなかった。

2.禁門ノ政変
京都の政界に明るく、手管が擦れている薩摩藩が、会津藩と組んで天皇と密かに意見を交わし、天皇の許しを受けて勅旨をもって、長州藩の京都における勢力を失わせた。
朝廷が長州藩を蹴落としてその藩論を否定した以上、土佐藩の上層部はおそらく勢いづき、長州と通じている武市半平太らを遠慮会釈なく弾圧するに違いない。
長州だけでなく天下の勤王党にとって最悪の時代が来たのである。

3.新撰組との接触時
新撰組と対面したが、道端にいたネコを追いかけて難なく隊の中央を横切った竜馬。

「やつら、気が削がれたようですぜ」
「そういうものだ。」竜馬は言った。
「ああいう場合に良くないのは、気と気でぶつかることだ。闘る・闘る、と双方同じ気を発すれば、気がついた時には斬り合っているさ」
「また、闘る・逃げるでも、積極と消極の差こそあれ、同じ気だ。この場合はむしょうやたらに追いかけられる。人間の動きの八割までは、そういう気の発作だよ」
「こういう場合は、相手のそういう気を抜くしかない。相手の気をみるみる融かすことができれば、相手も和やかとなり、争い事など起こらない」

4.君子の交わりは淡きこと水の如し
礼記(らいき)の言葉。信義のある紳士という者、いかに親友に対してもさらさらした態度でおり、そのくせ実が深い。
手を取り肩を抱いてことさらに親しみも表さなければ、弱点で引き合ってのめり込むような付き合いの仕方もないとのこと。

竜馬は男女間でもこうでありたかった。
恋愛は、心ののめり込みである。
愛情の泥沼にのめり込んで、精神と行動の自由を失いたくない。


【メモ】
竜馬がゆく 4巻


p41
(わずかに他人より優れているというだけの智恵や知識が、この時勢に何になるか。)
いかに一世を覆うほどの才知があろうとも、とらわれた人間は愚物である。
竜馬は容堂をそう評している。

一藩の指導者でありながら、流れを白眼視し、流れに逆らい、役にも立たぬ自分の「定見」に必死にしがみついている者は所詮は敗北しかない。


p59
幕末における長州藩の暴走は、侍とのゲリラ戦に手を焼くという厄介さを列強に与え、また列強間の相互牽制と国内事情によって、結果的に国を守ることにつながった。
いずれにせよ、長州藩は幕末における現状打破のダイナマイトになった。

が、「これでいける」という無知な自信をその後の日本人の子孫に与えた。特に長州藩がその基礎を作った陸軍軍閥にその考え方が濃厚に遺伝した。

昭和初期の陸軍軍人は、この暴走型の幕末志士を気取り、テロを起こし、内政・外政を壟断し、ついには大東亜戦争を引き起こした。
彼らは長州藩の暴走による成功が、万に一つの僥倖であったことを見抜くほどの智恵を持たなかった。


p77
・京でからまれた新撰組に対して
「おれの仕事に諸君一同が参加するなら、喜んで受け入れてやるよ。船を教えてやる。
日本は狭い。が、海はどこの領国でもない。これを舞台に大いに儲け、新しい海の日本をつくる。男子の本懐ではないか」

「心を変えろ、心を。日本を背負う気になってみろ。その気になって背負えば、日本などは軽いものだ。いや、それがむしろ哀しい。病み呆けた老婆よりも軽い」
竜馬は眼に涙をいっぱい溜めている。


p94
・江戸で、清河八郎が非命に斃れた
清河は、剣は北辰一刀流の達人で、秀麗な容貌、堂々たる体躯をもち、学問弁才あり、さらに謀才あり、その上に並外れた行動力と生家からの豊かな仕送りがあった。
ただ、「百才あって一誠足らず」というところがあり、人徳の点で万人が清河を押したてて死地に赴くというところがない。

また、清河には竜馬における土佐藩、西郷における薩摩藩、勝海舟における幕府などといった、活動の背景や基盤がなかった。

だから清河八郎が世に大事を起こすには、あちらを操りこちらを騙すという一種ブローカー的な策謀を用いるしかなかった。

清河八郎は、才に任せて奇策を用いすぎた。
また、人を引きずるときに、肝心の人の心理を掴んでいない。それではいざ事成るという寸前に同志からほっぽりだされてしまう。


p149
「世の中は口先だけでは動かぬわい」と、竜馬はよく同志の者にいった。
竜馬の今の時期は、「浪人艦隊」をつくる事だけが目標であった。
ゆくゆくはそれで海運業を営み、その利益で倒幕資金を作り、いざ戦というときには荷物を下ろして砲弾を積み、その威力をもって天下に発言しようという風変わりな行き方である。


p169
・禁門ノ政変
京都の政界に明るく、手管が擦れている薩摩藩が、会津藩と組んで天皇と密かに意見を交わし、天皇の許しを受けて勅旨をもって、長州藩の京都における勢力を失わせた。

(ただ恐るべきは、この政変が土佐藩に及ぶ事だ。)
朝廷が長州藩を蹴落としてその藩論を否定した以上、土佐藩の上層部はおそらく勢いづき、長州と通じている武市半平太らを遠慮会釈なく弾圧するに違いない。
長州だけでなく天下の勤王党にとって最悪の時代が来たのである。


p204
勝は痛烈な批評家だから、勝の日常はのべったら皮肉は言うし、聞こえよがしの悪口は叩く、やられた連中はみな根に持ってしまう。
勝ほどの万能選手の、たった一つ他人の感情に鈍感という欠点があった。
「ひとの感情なんざどうだっていい、というのがあの人の流儀ですよ」
だから、事が進まなくなる。


p230
武市は最後に、島本、島村両人の手を握り、
「事ここに至るのは天命である。三人それぞれ牢舎を異にするであろうから、いま別れれば今度は黄泉以外では再会できまい。たがいに、男子の大節、凛乎(りんこ)として俗吏の心胆を寒からしめよう」といった。

武士とは不思議なものだ。
かれらの自律、美意識は、こういう時になると凛々として生気を帯びてくるものらしい。
明治維新は、フランス革命にもイタリア革命にもロシア革命にも類似していない。
徳川300年の最大の文化財ともいうべき「武士」というものが担当した革命だということが、際立って違うのである。


p285
「わしは早まらん。幕府がどうこうといったところで、潰す時勢というものがある。腫物もヨクヨク膿まねば針を着けられん」
竜馬はそう見ている。
長州人や土佐勤王党のようにああせっかちでは犠牲ばかりが多くて何もならぬ。
時勢、幕府といった腫物は、竜馬のみるところ、まだ針をつけるところまで行っていなかった。


p294
・新撰組との接触時
新撰組と対面したが、道端にいたネコを追いかけて難なく隊の中央を横切った竜馬。

「やつら、気が削がれたようですぜ」
「そういうものだ。」竜馬は言った。
「ああいう場合に良くないのは、気と気でぶつかることだ。闘る・闘る、と双方同じ気を発すれば、気がついた時には斬り合っているさ」
「また、闘る・逃げるでも、積極と消極の差こそあれ、同じ気だ。この場合はむしょうやたらに追いかけられる。人間の動きの八割までは、そういう気の発作だよ」

「こういう場合は、相手のそういう気を抜くしかない。相手の気をみるみる融かすことができれば、相手も和やかとなり、争い事など起こらない」


p311
「北添、人が事を成すには天の力を借りねばならぬ。天とは、時勢じゃ。時運ともいうべきか。時勢、時運という馬に乗って事を進めるときは、大事は一気呵成(かせい)に成る。その点を洞察するのが、大事を成さんとする者の第一の心掛けじゃ」


p316
「幕府もまた日本人じゃ、わしは敵とは思うちょらん。とにかく、金。金がなくて、事が成せるか」


p322★
・寿命は天にある。
「乞食でも90まで生きるし、たとえ10人の医師を雇っている王侯でも儚くなる時はある」
竜馬は、この町医の言葉が心の別の部分を打って、ふと眼がひらけたような思いがした。
(さすれば、人間、生死などを考えるべきではないな)
自分へそう話しかけている。
寿命は天にある。人間はそれを天に預けっぱなしにして、仕事に熱中してゆくだけでいい。


p413
・君子の交わりは淡きこと水の如し
礼記(らいき)の言葉。信義のある紳士という者、いかに親友に対してもさらさらした態度でおり、そのくせ実が深い。
手を取り肩を抱いてことさらに親しみも表さなければ、弱点で引き合ってのめり込むような付き合いの仕方もないとのこと。

竜馬は男女間でもこうでありたかった。
恋愛は、心ののめり込みである。
愛情の泥沼にのめり込んで、精神と行動の自由を失いたくない。

0
2020年03月04日

Posted by ブクログ

時代の流れを待つ竜馬。半平太をはじめとする他の志士たちに苦難の時が流れても、じっと自分の出番を待つ。英雄って時の流れが目に見えるんだなあって実感します。いつ竜馬の機は熟するんだろう。待ち遠しく思いながら、四巻終了です。

0
2019年10月21日

Posted by ブクログ

司馬遼太郎の長編時代小説の4巻目

竜馬は勝海舟とともに着実に海軍学校の立ち上げを進めていく。一方で、武市半平太は土佐藩を裏で操っていたが、長州藩の京都での失脚を機についに山内容堂に動きを抑え込まれてしまう。4巻の1番の読みどころであろう、武市らの処刑は本当に切なくて、無念だと感じた。

夢が進み続ける者と夢がついえる者、失脚し再起を図る者と色々な人物・組織の変化が読み取れる今作であった。

主人公の竜馬は、天命に全うすべく自分がすべきことを着実にこなしており、その姿は脚色があるといえ立派だなと思う。また、色恋ともいえる、さな子やお田鶴様、おりょうとの関係の深まりも別の緊張を与えてくれる。

明治に向けてどうなるのか気になり続きが読みたくなる1冊でした。

0
2020年05月17日

Posted by ブクログ

段々濃厚になってきました、司馬遼節が。でも筋立てについてはまだ保っていると思う、この先どう転ぶか見物ですが。
しかしこのお方、江戸時代(ひいてはその礎たる家康)が相当お嫌いなんですなぁ、それは良く分かります。彼の関心はやっぱり文化ではなく、政治なんだと。そこははっきりしてます。

0
2020年04月05日

「歴史・時代」ランキング