中条省平のレビュー一覧
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本文より引用
私は「肉の快楽」と呼ばれるものが好きではないのです。だって、味もそっけもないものですから。私が好むのは、人びとが「汚らわしい」と思うものです。
中略
私が知る放蕩とは、私の肉体と思考を汚すだけでなく、放蕩を前にして私が思い描くすべてを汚し、とりわけ、星の散る宇宙を汚すものなのです・・・・・・
引用終わり
この本を読むと勇気が出る。意外と人間てこういう事考えるんだなと感じる。
短い中に衝撃的な内容がギュッとつまってる。特に出だしのミルク皿のシーンはほんとに衝撃だった。おそらく普通の人が考えられる想像の範囲を軽く超えてくる。読んでいるうちにぐいぐいと文章に引き込まれる。
一度は読む -
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たとえば映画を観るとき、「映画の観方」を意識したことのない人は、ただストーリーだけを追うだろう。
「どんな映画だった?」
「うん、あのね、~~っていう話だったよ。」
というように。つまり、物語を語る「メディア」としての、映画。
しかし、一度「カット」或いは「ショット」、「光」、「モンタージュ」などといったさまざまな「切り口の存在」を知った者は、それ以降それら複雑な要素の織物としてしか「映画」を感知するこが出来ない。
その瞬間から、映画は媒介物などでなく、ただ「映画」として存在しはじめるのである。
まったく同じように、小説にも、その作品を統合的にそのような形たらしめている複雑な要素があり、 -
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中条省平は、けっしてこのような本を書いてはいけません。
たとえさまざまな甘い誘惑、すなわち、高名なフランス文学者の貴方が書けば、どんな本もたちまちベストセラーになること間違いなしですから、ひとつわが社で、ど素人相手にチョコチョコっとハウトゥ本を書いて下されませ、とかなんとか、老練の編集者に自分好みのフランスはローヌ河流域サン・ペレーの極上のワインを手土産にそそのかされても、です。
わが中条省平が、かつて天才だったことを知っている者としても、このような安直な書物が彼の著作リストを汚すことは、とても耐えられない汚辱であります。
今や伝説の、彼が中学生から高校生の頃にかけて『季刊フィルム』に書 -
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素晴らしくスタイリッシュな作品。
他のハードボイルド小説が野暮で芋っぽく見えるほどだ。
ただ、あまりに淡泊で読みごたえが無いと思う人もいるかもしれないが
そういう人は放っておいて問題無い。
無駄の無い文体は読み手にも洗練を要求するのだ。
シンプルだからと言って人物が記号化していたりはしない。
登場人物の衝動的で意味の無い行動が人物に深みを与えている。
元精神病患者の主人公、敵役の殺し屋、
内面と行動が伴わずただ暴力だけが積み重なっていく。
一度味わうとまた戻って来ざるを得ない独特の世界がある。
映画などとは違う「文章」の楽しみに溢れた小説。
ストーリー自体はわりとありふれたものだけれど -
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凄腕の殺し屋マルタン・テリエが引退を考える。引退して、「10年経ったら迎えに行く」と告げた恋人アンナと静かに暮らすのだ。組織は察して引き留めようとする。なぜなら彼はこれまで裏仕事を着実にこなしてきて、捕まったらやばい事をいっぱい知っている。残るなら安心。しかし去るなら。考えることはどの組織も同じである。また、今まで殺してきた相手の関わり合いからも、恨みを持たれ、つけ狙われる。組織を抜けるのだから、組織も助けちゃくれない。どこにでも狙撃者はいる。だからこそのタイトルである。
そして途中で皮肉な事に、再び稼業に戻らなければならなくなる。殺しに関してはプロでも、人を見る目がない。人間として致命 -
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ネタバレ私がかなり筒井作品を読んできたとはいえ、学生時代の集中した読書がメインで、その後は一気にペースダウン。さらには、私の読み方といえばほとんどエンターテインメント軸なので、各人のどの評を読んでも感心してしまう。
本書全体の掲載記事にはとても丁寧な語彙の注釈・解説が全ページの下1/4の欄外に掲載されている。文学用語や作家名・作品名(私は極めて無知で助かる)だけでなく、常識ではないかと思うような昔の事件まで注釈になっている、と驚いたが、よく考えれば、私が年寄りだから知っていることが多いのだと気づいた。若い人は大阪万博や三島事件だって知らないのも無理はない。
1. 中条省平(フランス文学者)
テーマは -
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▼怪盗ルパンです。三世ではありません一世です。ルブランです。ルパンシリーズは昔から大好きで、光文社古典新訳文庫も大好き。唐突に新刊で出たので読みました(もう結構前に出ていたのですが。そして唐突に出るに決まっていますが)。偕成社さんのハードカバー全集でかなり読み、早川書房の平岡敦さん翻訳文庫シリーズをわくわくと楽しんでいましたが、全訳計画は頓挫したようで残念。
▼三十棺桶島は初めて読みました。多くのミステリがそうですが、前半はとにかく犯罪、陰謀の全貌がわからない。善男善女?がとにかく殺されていく。そしてヒロインがひたすら翻弄されて追い詰められていく。その上、このお話、ルパンが全然出てこない( -
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解説に邦訳に悩むエピソードがあり、もう1つの候補の方が確かに意味合いは近い気がしたが、これは正解。数多の本の中で目を引く強い単語。組み合わせ。
そして本編とはギャップがあって、精神の魔王とでも言おうか。肉体の悪魔にそれが輪をかけていて、さらに強力な大魔王に仕上がっている。
硬く攻撃的で冷たい。恋を凝縮して無機質めいたものにした筆致は、その淡さ弱さは見せず洗練され、もはや爽快である。
若者の恋であるが、大人も愛に至るまでに類似の葛藤や愚かさに弄ばれることが大いにある。
人間の欲望は、高次なものと本能的なものが混在してできているのが面白い。 -
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全くこの作品について前知識がなかったが、思ったよりにんじんに対する周りの扱いは酷かった。
コンビニ人間の著者・村田沙耶香がこの本を読んで幼少期救われたと言っていたので興味を持ったが、確かににんじんも諦めているどうしようもない日々の話に、著書と似たようなものを感じる。
特に母親が、にんじんと他の兄弟との扱い・態度が全く異なることが一番酷く感じる。
そしてあまり干渉しない父親。
訳者のあとがきにて、著者・ルナールの日記を引用した、著者の母親や父親観に関する話があり、とても参考になった。
赤毛のアンなどでも“にんじん!にんじん!“と毛が赤いので馬鹿にする場面があるが、今後そうゆう場面でにんじんが