太宰治のレビュー一覧
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一ヶ月かけて読み切った。
太宰が27歳で出した、処女作品集『晩年』。執筆したのは23, 24歳の頃だというから、二十代半ばである私は、ただ凄いなァと思って、共感するところも多かった。
『晩年』というタイトルからも、これが自殺を前提に書かれた遺書的な作品であることがわかる。
解説には、自分の人生を懸けて『晩年』を書いたが、それが文壇に評価されて、太宰自身も「もっと書くものがある」と、書くことで生きることを続けられた、そんなような経緯が書かれていた。
本作品集は、色んな手法が試されていて、自叙的な作品もあれば、視点がひっくり返る寓話的な作品もあったり、滑稽な諧謔のある傑作もあったりと、太宰の魅力がふんだんに詰まっているのだと感じた。面白かったのだ。
太宰は「クズでどうしようもない男」というのは、私の母の寸評であるが、私は太宰が好きだと思った。人間のシンソウに迫って、それを隠すことなく小説に仕立てる、その危うさを孕んだ生き方と言葉に惹かれている自分がいることを、私は認める。
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その夜、二階の一間に寝てから、私は非常に淋しいことを考えた。凡俗という観念に苦しめられたのである。みよのことが起ってからは、私もとうとう莫迦になって了ったのではないか。女を思うなど、誰にでもできることである。しかし、私のはちがう、ひとくちには言えぬがちがう。私の場合は、あらゆる意味で下等でない。しかし、女を思うほどの者は誰でもそう考えているのではないか。しかし、と私は自身のたばこの煙にむせびながら強情を張った。私の場合には思想がある!
よそう。おのれをあざけるのはさもしいことである。それは、ひしがれた自尊心から来るようだ。現に僕にしても、ひとから言われたくないゆえ、まずまっさきにおのれのからだへ釘をうつ。これこそ卑怯だ。もっと素直にならなければいけない。ああ、謙譲に。
僕こそ、混沌と自尊心とのかたまりでなかったろうか。この小説も、ただそれだけのものでなかったろうか。ああ、なぜ僕はすべてに断定をいそぐのだ。すべての思念にまとまりをつけなければ生きて行けない、そんなけちな根性をいったい誰から教わった?
「真似をしますのよ、あのひと。あのひとに意見なんてあるものか。みんな女からの影響よ。文学少女のときには文学。下町のひとのときには小粋に。わかってるわ」
「まさか。そんなチエホフみたいな」
おれは君に知らせてやりたい。どんな永遠のすがたでも、きっと卑俗で生野暮なものだということを。
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ネタバレ太宰治の作品をちゃんと読んだのは、これがはじめてかもしれない。
ほぼ「走れメロス」を小学生の時に読んだきりだった。
中高6年間教わった国語の先生は、あまり太宰がお好きでなかったため、太宰に対してはネガティブな印象を持っていた。
しかし、今回、青森への旅を機に読んでみて、その印象は好ましいものへと変わった。
津軽への帰郷の旅行記という体裁をとる本書は、戦時中にもかかわらず、道中始終酒を飲み、
世の中に、酒というものさえなかったら、私は或いは聖人にでもなれたのではなかろうか
などと述懐するあたりの人間臭さがよかった。
最後に太宰が、自分の育ての親とも言うべき女性と再会する場面は感動的だった。
青森旅行中に現地で読み終えられなかったのは、残念。 -
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すきなひとを生きる目的と、革命の源泉だと言い切る主人公。それは、妾という一般の道からは外れた形だったがその潔さと無垢な姿勢は美しさすら感じた。
主人公の弟の遺書にある生きる目的が母親しかないという部分は共感した。
自分もお酒をよく飲む。騒ぐ。女とも遊ぶ。でもそれが心の底で求め、楽しいと感じることができる時間ではないと意識の裏で思う。
主人公の弟は母親にものすごく愛されていたのだと思う。母親の大きな愛は異質ともいえる力、長く覆いかぶさるような影響力を持つ。
愛されすぎてしまった人間は他の幸福が入り込む余地がなくなり、転じて空っぽになってしまう気がする。 -
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「右大臣実朝」と留学時代の魯迅を主人公にした「惜別」がカップリングされた文庫。
太宰の中期の中編とのことだ。
自分にとって何が感慨深いかというと、「右大臣実朝」を初めて最後まで読み切ったということ。
「吾妻鑑」やら「増鏡」、「承久軍物語」がちりばめられたこの作品、読みづらいのは当たり前だが…。
十代の頃、ちくま文庫版の全集で通読していって、実朝で挫折。
文学部の学生となってから再チャレンジし、少しは読み進めるも、鎌倉幕府の御家人たちの人間関係が頭に入らず、挫折。
(「鎌倉殿の十三人」でも観ていたら、また違っていただろうか?)
四半世紀近く経っての再チャレンジで、ようやく最後のページまで到達。
十二歳から実朝に仕えてきた近習が、実朝の死後数十年経ってから、往時を問われて語る体裁の小説。
この語り手のうさん臭さといったら!
尼御台(政子)や、相模守(北条義時)と実朝の意思が衝突する場面が何度も描かれるのだが、世人の想像するような確執などなかった、などと再三語られると、だんだん却って疑わしくなってくる。
この語り手が作り上げていく理想化された実朝像にどこまで共感できるかによって、好き嫌いは分かれるのかもしれない。
一方、鴨長明や公暁はあくの強い人物として描かれ、彼らが出てくる場面は妙に生々しく記憶に残る。
「惜別」も、老境に至った語り手が若いころを思い出して語る(こちらは手記の形)点で、同じ趣向。
仙台医専を出て、医者になった書き手。
彼が田舎から仙台へ出てきて、初めて得た友がのちの魯迅となる、周樹人青年だった。
自分が田舎者で言葉が違うということをコンプレックスにしていた語り手は、それゆえに周くんとの距離を縮めていく。
どういうわけか、こちらの語り手には割と嫌味を感じない。
というより、藤野先生、同級生の津田、「汝、悔い改めよ」の矢島なども含め、みな根の部分はいい人なのだ。
当時の仙台の街の様子も生き生きと描かれ(そのころにはすでにドライクリーニング店もあったというのが驚きである)、下宿や食べ物屋の様子もわかる。
また、日露戦のころの熱気を帯びた社会の雰囲気も。
周青年が医学から政治、そして文学へと移っていく内面の激動が、状況の中に描かれると腑に落ちやすい。
たとえば、魯迅の「藤野先生」でも出てくる幻燈事件も、「藤野先生」で読むより納得できる。
どんなにすばらしいと思う考えでも、みんながわあわあと言っていると、冷めてしまうというのが、なんとなく自分にもわかる気持ちがしたせいもあるのかなあ。 -
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ネタバレ恥の多い生涯を送ってきましたと冒頭に書かれていた。読み終わったあと、結局葉蔵(太宰治)は、何が恥だったんだろうと思った。
毎日酒に溺れていたこと?生活がだらけていたこと?女に夢中になっていたこと?浮気されたこと?ピエロのように演じ続けたこと?
葉蔵は人生を通して、ありのままの自分を曝け出すことができていなくて生涯ずっと演じ続けていた。
それは現代でいう生きづらさに通ずるものがあると感じた。どこかしら共感している自分がいました。
太宰治に比べたらまだまだ人生捨てたもんじゃないと思ってしまった。
人間の弱さや本質を垣間見ることができる作品。 -
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太宰治を初めて読んだ。全体に漂うノスタルジックな世界観とは裏腹に、文章自体は思いのほか平易で、読みやすさがあった。主人公の内省が率直に描かれ、情景描写はあえて抑えられているように思えた。作品の舞台や風景よりも、語り手の心の動きに焦点が置かれている点が印象的だった。
「猿ヶ島」は、より物語性を備えた一篇で、純文学初心者としては意外性があった。島に漂着した主人公が、実は猿であり、そこが動物園だったという結末は寓話的でありながら、どこか現代的な小説らしさも感じられる。単なる童話にとどまらず、大人向けの文学として仕立てられており、猿を主人公に据えることで人間社会を風刺的に映し出しているように思えた。「走れメロス」に通じる書き方なのかなと思った。
「道化の華」はさらに実験的で、一つの小説の進行と、それを執筆する作家の感情とが並行して描かれるメタ小説的な構造を持っていた。設定は面白かったが、二重の物語が同時に展開するため、どちらの世界にも没入しづらい面があった。 -
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山崎富栄の雨の玉川心中は読んだことがあったが、人間失格はかなり腰が重くやっと読んだ。
思った以上に読みやすい。
あとあれだ、太宰って本当にモテてきたんだな…
読んでいて、結構どうしようもないなと思った。
葉蔵は人間失格の烙印を押されるのだが、それは周りから見た葉蔵であり、本人の視点からすると異なることがわかる。
持って生まれたものと、環境による人格形成は、それらが複雑に絡んで起きる化学反応みたいなものだと思う。
その家に生まれたからそうなったとも言えるし、その家に生まれたから生きたともとれる。
兄たちが最後まで見捨てなかったのは、本当の葉蔵に気づいていたからかなとも想像した。