【感想・ネタバレ】惜別(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

仙台留学時代の若き日の魯迅と日本人学生とのこころ暖まる交遊の描写を通して、日中戦争という暗く不幸な時代に日中相互理解を訴えた表題作。“アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ”敗戦へとひた走る時代風潮に対する芸術家としての自己の魂を、若き頃からの理想像、源実朝に託して謳う『右大臣実朝』。太宰文学の中期を代表する2編を収める。(解説・奥野健男)

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Posted by ブクログ

魯迅「藤野先生」をベースに書かれています
「惜別」は、魯迅との別れに渡した写真の裏に書かれた言葉です
魯迅と太宰治がモデルと思われる二人を中心として話が展開されます
太宰の方言に対する劣等感が素直に書かれ、魯迅との関係性で伸び伸びとして太宰の持つ明るさや人間性が伝わってくる秀作だと思います
魯迅「藤野先生」太宰治「惜別」等をもっと多くの日本人に読んでもらいたいです
魯迅「故郷」は中学校の教科書に50年以上掲載され続けているのに、藤野先生の知名度は余りに低いと思われます
とても良い作品なので多くの人に読んで欲しいと心から思います

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2024年02月20日

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太宰が書く実朝と魯迅。間接的に、言葉少なに語られる実朝と、なまなましく描写される公暁の対比が強烈な『右大臣実朝』。若者の熱気、自意識、めまぐるしく移り変わる内面の機微を太宰らしくみずみずしく描いた『惜別』。どちらの作品も登場人物たちが目の前にありありと浮かび飲み込まれます。

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2024年01月10日

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ふるさと文学全集の宮城編で読んだ。魯迅の藤野先生の日本語版である。魯迅のオリジナルよりもはるかに丁寧に書いている。どこまで取材したのかがよくわからないが、より詳細により分量も多く書いているので、読みごたえがある。魯迅のオリジナルと一緒に東北大学に行く前に読むとよい。高橋源一郎の紹介である。

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2023年09月14日

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吾妻鏡における鎌倉第三代将軍実朝の生涯を太宰なりに解釈し、近習に語らせる形で詳述した『右大臣実朝』は、尊敬語、謙譲語、丁寧語の文が格調高く。
武家ながら雅な性質を帯びた実朝の行状に、やがて公暁に暗殺されるといった、危うさ、滅びを仄めかせる文章が巧み。
魯迅の仙台留学時代を、その友人であった同窓生の回想で描く『惜別』は、太宰作品で一番好きかも。
支那の革命のためには洋学が必要で、それを厳選して受け入れている日本に留学し、医学を身に付け、病気を治せるようにし、人民に希望を持たせ、その後に精神の教化を、と目論んでいた魯迅が、日露戦争で日本が勝ったことで変わっていく。
明治維新の源流が国学にあり、洋学はその路傍に咲いた珍花に過ぎず、日本には国体の実力というものがある。だから、医学という遠回りをせずに、著述で直接に人民を教化しようという風に。
かなり日本に都合よく書かれているきらいはあれど、それは内閣情報局と文学報国会から太宰が依頼を受けて書いた国策小説だからとのこと。
それを差し引いても、魯迅とその同窓生たち、そして恩師である藤野先生との交流は暖かく、青春小説としても楽しめた。

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2021年09月14日

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ネタバレ

自分の行く道をなんとか理由付けて納得して生きてきたけど、やはりもっと思想と直接的に繋がった生き方をしたいと思った。医学から文芸の道に進んだ魯迅のように。
あとは、「誰も見ていない人生の片隅においてこそ、高貴な宝玉が光っている」
それを書くのが文芸の価値だ、というのにはなんだか救われる。

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2020年11月18日

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「右大臣実朝」
源実朝は、鎌倉幕府三代目の将軍である
まつりごとに対しては常にあざやかな采配をふるい
風流人にして、その短い生涯のうちに「金槐和歌集」を編んだ才人でもある
鷹揚な性格で、多くの人に愛されたが
海外に旅立つ夢だけはかなえられず
最後は甥の公暁に暗殺された
実朝は、幕府と朝廷の結びつきを深めることで
権力の一極集中を進めようとしていたから
それに危機感を抱く人々が公暁をそそのかしたのだ、とも言われる
……「右大臣実朝」は昭和18年の作品
太平洋戦争に敗色の濃くなってきた時期であるが
それを踏まえるならば、これは近衛文麿への皮肉ともとれるだろう
進歩主義を唱えながら、結局は開戦に加担する形となった
そんな近衛には殺す価値もない、そういうことではないだろうか

近衛文麿は「大政翼賛会」というものの創設に携わったことでも知られている
「右翼も左翼も日本を思う心において同じ」という思想のもとに
すべての政党勢力を統合しようとする、大連立構想で作られた組織である
それはつまり、理想主義者が臭いものに蓋をしただけの
おためごかしの平和にすぎないが
国民向けのプロパガンダとしては強い魅力を放っていた
…「大東亜共栄圏」は、その延長線上にあったスローガンである

「惜別」
大政翼賛会の下部組織にあたる「文学報国会」からの依頼によって書かれた作品
大東亜共同宣言をたたえる小説を書きなさい、ってなことで
魯迅の日本留学時代をネタにしている
魯迅は、「狂人日記」「阿Q正伝」などで知られる近代中国の大作家なんだけど
中国共産党からどういう評価を受けているかは知らん
同胞の死をあざ笑う中国人の姿に衝撃を受けて
孫文の民族主義に追随したと言われるが
太宰ならではの視点で、これに異を唱える内容となっている
その要点は、やはり「理想を一途に追い求める人々」の欺瞞性だ
つまりこの作品は
いわば「大きな物語」を欲してやまない人々に対する
痛烈なアンチテーゼなのである
こんなもの採用した報国会こそいい面の皮、であると同時に
ここでは、晩年の「如是我聞」につながっていく
太宰文学の最終的なテーマをも見て取ることができる

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2014年05月28日

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「右大臣実朝」を読みたくて求めた一冊だけど、表題作の「惜別」も実朝に勝るとも劣らぬ充実感、540円でこれだけのものが読める幸せ。

どちらも第二次大戦末期の言論統制下で書かれただけあって、いかにもそれらしい表現にしばしば出会う。そこはそれとして、両作に共通するのは、太宰の実朝・魯迅への思い入れの深さ。これが読者を引き込む力になっているんだと思う。

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2011年10月24日

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『阿Q正伝』『狂人日記』を書いた魯迅が、なぜ医学から文学へと転向するに至ったか、を書いた作品。

とりあえず阿Q正伝の読後にこれを読むことをお勧めする。理解度が全く違ってくる。

愛国と文学について考えさせられる作品である。

阿Q正伝を読んだ後、果たして魯迅の望んだ「文学による精神の変革」は叶ったのか?・・・いや叶ってないよな、と考えていた私が恥ずかしく思えた。

「文章の本質は、個人および邦国の存立とは係属するところなく、実利はあらず、究理また存せず。故にその効たるや、智を増すことは史乗に如かず、人を誡むるは格言に如かず、富を致すは工商に如かず、功名を得るは卒業の券に如かざるなり。ただ世に文章ありて人すなわち以て具足するに幾し。厳冬永く留り、春気至らず、躯殻生くるも精魂は死するが如きは、生くると雖も人の生くべき道は失われたるなり。文章無用の用は其れ斯に在らん乎」

文中にある、魯迅が書いたとされるこの言葉を読んで、彼が文学を志す理由が分かった気がする。
私もその仕事に就きたいと思う。

とても面白いです。激しくお勧めです。

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2010年10月15日

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「右大臣実朝」と留学時代の魯迅を主人公にした「惜別」がカップリングされた文庫。
太宰の中期の中編とのことだ。

自分にとって何が感慨深いかというと、「右大臣実朝」を初めて最後まで読み切ったということ。
「吾妻鑑」やら「増鏡」、「承久軍物語」がちりばめられたこの作品、読みづらいのは当たり前だが…。
代の頃、ちくま文庫版の全集で通読していって、実朝で挫折。
文学部の学生となってから再チャレンジし、少しは読み進めるも、鎌倉幕府の御家人たちの人間関係が頭に入らず、挫折。
(「鎌倉殿の十三人」でも観ていたら、また違っていただろうか?)
四半世紀近く経っての再チャレンジで、ようやく最後のページまで到達。

十二歳から実朝に仕えてきた近習が、実朝の死後数十年経ってから、往時を問われて語る体裁の小説。
この語り手のうさん臭さといったら!
尼御台(政子)や、相模守(北条義時)と実朝の意思が衝突する場面が何度も描かれるのだが、世人の想像するような確執などなかった、などと再三語られると、だんだん却って疑わしくなってくる。
この語り手が作り上げていく理想化された実朝像にどこまで共感できるかによって、好き嫌いは分かれるのかもしれない。
一方、鴨長明や公暁はあくの強い人物として描かれ、彼らが出てくる場面は妙に生々しく記憶に残る。

「惜別」も、老境に至った語り手が若いころを思い出して語る(こちらは手記の形)点で、同じ趣向。
仙台医専を出て、医者になった書き手。
彼が田舎から仙台へ出てきて、初めて得た友がのちの魯迅となる、周樹人青年だった。
自分が田舎者で言葉が違うということをコンプレックスにしていた語り手は、それゆえに周くんとの距離を縮めていく。
どういうわけか、こちらの語り手には割と嫌味を感じない。
というより、藤野先生、同級生の津田、「汝、悔い改めよ」の矢島なども含め、みな根の部分はいい人なのだ。

当時の仙台の街の様子も生き生きと描かれ(そのころにはすでにドライクリーニング店もあったというのが驚きである)、下宿や食べ物屋の様子もわかる。
また、日露戦のころの熱気を帯びた社会の雰囲気も。
周青年が医学から政治、そして文学へと移っていく内面の激動が、状況の中に描かれると腑に落ちやすい。
たとえば、魯迅の「藤野先生」でも出てくる幻燈事件も、「藤野先生」で読むより納得できる。

どんなにすばらしいと思う考えでも、みんながわあわあと言っていると、冷めてしまうというのが、なんとなく自分にもわかる気持ちがしたせいもあるのかなあ。

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2025年09月16日

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両作品とも読み切るのきつかった。これは時間に余裕のある時でなければ読めない。
右大臣実朝の物語が頭になかなか入ってこなかったのは登場人物の数が多いのと登場人物の呼称が一貫してないためだった。wikiであらすじ、登場人物表見ながら読んだ。ここで古典の苦手意識が再起されるとは。ただたまにはこういう文章も読みたくなる。
惜別も解説で言われていたが文章に勢いがなく読むのがキツかった。ただ一文一文は面白い。魯迅著の藤野先生、故郷を読みたい

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2025年07月10日

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右大臣実朝、惜別の2篇。右大臣実朝はあまりハマらず。鎌倉幕府3代将軍源実朝が公暁に殺されるまでの話を実朝に心酔する第三者目線で語る。惜別は良かった。学生時代の魯迅。文学に転身するまで。日露戦争頃のシナ人に対する意識、露人の葛藤など。時代の雰囲気を感じられる。

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2024年10月12日

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魯迅の学友の立場から、魯迅と藤野先生を見ている「惜別」。何にしても大袈裟なのはキザなポオズであって、内容には共感しても興醒めで恥ずかしい、という太宰あるあるを思い出した。

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2022年08月28日

Posted by ブクログ

アウトサイダーだったからこそ
あの時代に
こういった物語がかけたのかなと
津軽の人の反骨
中央に阿らない感じ

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2022年03月29日

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 太宰治の新潮文庫にある作品のうちこれだけ読んでなくて、死ぬまでには読まないとと思いながら、ずっと手が出なかった。これを読んだらもう新しい作品には出会えないと怖かったので。
 しかしこのご時世いつ死ぬか分からないからと、読む決意をしたのであった。

「右大臣実朝」は「鉄面皮」で多く引用されていたので、読まないといけないと思ってた。しかも熱意をかけて書いていたことを知っていたから余計に。思ってたよりも難しくなくて、実朝の人間性の移り変わりがドラマチック。「駆け込み訴え」に似た感じと解説にはあったけど後半は特にそう思う。そして最後の引用で締め括るとこまで手を抜いているように見えて、全然いない(少し贔屓目に見てるとこもあるけど
鎌倉での描写はちょっとドキッとした。作者の影が少し。

「惜別」は一昨年の日本近代文学館での展示で仙台での取材の資料を見ていたので、作品自体何となく知っていたけど、読んでからまたあの資料見たら違う風に見えるんだろうなとちょっと後悔(特別展だったので
国策?で書いたという異例の作品だけれど、思い通りに書いてやるものかー!っていつもの感じになっていて流石無頼派、そういうとこ好き。周さんの転換に少し悲しみを思いながら、魯迅の「藤野先生」を読もうと思った。

また改めて読み直したら印象変わるかもしれない。

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2021年01月23日

Posted by ブクログ

惜別
(和書)2011年03月30日 15:17
1973 新潮社 太宰 治


太宰治さんはこういった作品も書いているのですね。知らなかったです。

意外と良い作品でした。

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2020年09月27日

Posted by ブクログ

・・・・・・っということで、太宰にしては珍しく、十分なる資料を参考にして書かれた小説である。
こういう小説も書けるのだと、彼の才能にいまさらながら驚かされる。

日本に留学していた魯迅の仙台時代の物語である。
彼を描くのに、彼と友人だった学生の思い出話として語らせている点がとても凝っている。
医学を目指していた魯迅が何で文学に転向したのか、その謎を丁寧に描いている。
本当の彼の内面に切り込みたいとすれば、こういう小説という形式が一番適切なのだと思わざるを得ない。

魯迅が文学に目覚める過程を書くことによって、太宰自らが抱く文学への自信と誇りを感じざるを得ない。

内容とは別に、当時の日本を取り巻く情勢、特に中国との関係が面白かった。
明治維新を経て、ロシアと戦争を継続している最中の空気を感じることができる。
当時の中国は、列強から圧力を受け、植民地化される危機に晒されていた。
そんな中、自らの独立を勝ち得ていた日本に学ぼうと留学生を多数派遣するのは当然のことであった。

如何に中国がだらしないか、日本が優れていたかを魯迅の言葉として語らせている。
もちろん、当時の日本人の自画自賛も含まれているが、中国が独立を保てるよう、日本人が協力していたのもまた事実である。

日本はアジアにおけるリーダーの資格を十分保有していたのである。
それが何故、今のような日中関係になってしまったのか。

そんなことに思いを巡らさざるを得なかった。

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2014年07月27日

Posted by ブクログ

『右大臣実朝』と『惜別』の二作品から構成される。
いずれも文豪と称されるだけある筆力だった。

にわかファンなので、あまり詳しいことは知らないし語れないけれども、説得力のある、ものすごい引力を持った文体だな、とは思った。
もしかしたら語り手が率いる作品だからかもしれないけれど、そこに作家のガッツというか意欲というか情熱のようなものが感じられた。

さらさらと流れるように語られる雅やかな『右大臣実朝』
動乱の中を精神的にもたくましく生きなければならなかった『惜別』

二つの異なった魅力と趣をもつこれらの作品は、どこか根底に作家の自信と意気込みがあるように思える。
しかし、物語の展開が急進するあたりでは、思いあまってか確かに己が出過ぎていると指摘されるのも納得がいくのだけれど、当時の戦時中という背景を考えると、むしろよくここまで出せたな、と思わざるを得ない。

いずれにせよ、面白いと一言で終わらせるにはもったいない衝撃を与えられた。

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2013年07月05日

Posted by ブクログ

表題作のほかに『右大臣実朝』が収録された新潮文庫です。
どちらも太宰さん中期後半の作品で、歴史が好きな らじにはとても面白かったです。

『惜別』は戦時中、国家に依頼されて書いたお話らしいけど、中国の魯迅さんが仙台で学んでいたときの物語で、大日本帝国万歳とかいう話じゃないし、中国と日本の文化交流について、いろいろ考えさせられたお話でした。
はるか昔は中国の文化を朝鮮経由などで受け入れていた日本が、近代では逆に日本に中国からの留学生が来るようになっていたわけで…。
そもそも中国という土地は不変でも、そこを統治した民族はぐるぐる入れ替わっているからね。
日本のように長いこと同じ民族(混血はあるけど…)が同じ系統の帝を据えて歴史がつながっている国は世界でも超~レアなわけで…。
らじは今の「政治屋」は大っ嫌いだけど、日本に生まれて良かった~♪って思いました。
鎌倉が好きなので実朝さんのお話も良かったです。

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2013年06月21日

Posted by ブクログ

魯迅の「藤野先生」に基づいた小説。

日中戦争時に「大東亜の親和」を正当化するために書かれた国策小説らしいです。

ただ「藤野先生」を読むと、かなり
太宰による脚色があるように感じます。そこらへんが、評価が低い理由なのかな。周さんの印象もだいぶ違う気がしました。

けど、やはり読み応えがあります。
古い趣きがあってすごく好きです。

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2011年06月01日

Posted by ブクログ

時代としては太平洋戦争中、
太宰文学としては中期後半に書かれた
長編二作が収録。

「右大臣実朝」は、
源頼朝と北条政子の子として生を受け、
年若くして征夷大将軍となり、
28歳で甥の公暁に暗殺される源実朝の半生を、
その死によって源氏の将軍は
三代で途絶える事となった悲劇の年若き権力者の姿を
傍で仕えた従者の視点から語った作品。

謀略や抗争といった血生臭い場所に身を置き、
自身の破滅、源氏の破滅に向かって静かに進みつつも、
真の貴族であり、「金塊和歌集」などを生み出した
優れた歌人であった実朝。

「アカルサハホロビノ姿デアロウカ。
人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。」

そんな彼の発する言葉は、本作品において
片仮名と漢字で書き記されており、
世間一般の凡人とは違った、
崇高な光に、と言ったら良いのか、
どこか浮世離れした空気に包まれている。

一番世俗に触れているはずなのに、
自らの意思か何かの力で
それからかけ離れてしまっているような存在である。

吾妻鏡の原文と語り手である従者の当時の思い出話、
そして実朝の片仮名交じりの言葉が複雑に入り組み、
いつの間にか読者は迷宮を通って
御所の実朝の前に導かれたような錯覚に落ちるかもしれない。
大変緻密に作られた作品である。

「惜別」は、中国の革命家魯迅の
仙台留学時代を、彼と同級生であった
片田舎の老医師の回顧録といった形で描いた作品。

こちらは、作者の意図から
大きく乖離してしまうかもしれないが、
いつの間にか太宰の魂が乗り移ってしまった
中国人留学生の「周さん」、若き日の魯迅の
徐々に変化を辿って行く心の過程も興味深いが、
自分はどちらかと言うと、
彼の周りの人物達の様子に心惹かれた。

恩師である藤野先生の彼に対する慈愛、
本作品の語り手である田中卓君、
世話焼きのおっちょこちょいの津田憲治君の
「周さん」を囲んでのどたばたぶりが
なんとなく温かくて、そして優しくて、
私は好きだ。

ひっそりと行われた教師の心遣い、
同級生達の無邪気な行動によって
「分かり合えない」疎外感や孤独、
憂国の想いに苛まれた周さんの青春時代は、
息苦しく暗いものとなってしまうはずのものから、
決してそれだけではなかった、
愛おしい、懐かしさを覚えるような想い出に
変わっていったのではないだろうかと
そんな想像をさせられてしまう作品なのである。

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2012年01月04日

Posted by ブクログ

『右大臣実朝』と『惜別』の二篇を収録。

『右大臣実朝』はなんか肌に合わず半分で断念。
しかし、これを読んだらきっと実朝を好きになるに違いないと思った。

『惜別』は魯迅と医師と藤野先生の話。

「このように誰にも知られず人生の片隅において
ひそかに不言実行せられている小善こそ、
この世のまことの宝玉ではなかろうかと思った。」

「文明というのは、生活様式をハイカラにする事ではありません。
つねに眼がさめている事が、文明の本質です。
偽善を勘で見抜く事です。
この見抜く力を持っている人のことを、教養人と呼ぶのではないでしょうか。」

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2015年11月12日

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『右大臣実朝』
太平記を、太宰流に空想の世界を広げた作品。語り手は実朝に仕える近習(武の者ではない?)

平家ハ、アカルイ。
アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。
無理カモシレマセヌガ、学問、ソレダケガ生キル道デス。
↑この辺り、太宰は自分を実朝に被せてるんだろうな〜。と言うか、むしろ実朝を自分に被せて理解してそうだな〜と思いました。


『惜別』
仙台時代の魯迅を描く作品。語り手は魯迅と同級だったという設定。まぁ〜これは、当局に頼まれて書いてるのもあり、時代の制約もあり所々は読むに堪えない箇所もあるけど、それはしょうがない。

烏の話が面白かった。1人で松の上にポツンととまっていれば様になる烏も、群れてガーガー騒ぎ出したのではいかにも低俗でどうしようもない。これは太宰も気に入ってたのかな?何回か繰り返し出て来てましたね。

「いよいよ出ていよいよ奇である」とか言う表現が面白かった。
この作品は太宰のいつものスラスラ〜っとした滑稽みがあんまり無くて、暗に当局に対する批判じみてたり逆に日本賛美だったりで表現が少し重くなってたから、ここ嬉しかった。

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2025年07月04日

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ネタバレ

読書会のため。課題は『惜別』なんだけど、ついでだから『右大臣実朝』も読んだ。太宰って、憑依が得意だな。

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2023年03月27日

Posted by ブクログ

太宰治が自分の内面をほぼ投影させず、本歌取りというか、言論統制の強かった戦時下に、原案ネタを使って、アタマと文才だけで作り上げた2作品。魯迅のものも、右大臣実朝も、やはり極めて秀才であることを彷彿させる作品には仕上がってる。とはいえ、特に右大臣実朝は公暁との対比で劇仕立てにしたほうがよかったのでは。

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2021年08月16日

Posted by ブクログ

「右大臣実朝」が読みたくて借りた。実朝は、日本化したキリストであり、実朝を殺した公暁がユダの役割、ということらしい。なるほど。

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2021年05月30日

Posted by ブクログ

右大臣実朝がけっこう読みにくい。
自分のあほさ加減を知る。
それに比べると惜別は読みやすくはなる。
が、私にはそこそこの面白さ。

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2014年06月30日

Posted by ブクログ

もう滅ぼうとしているのを自覚しながら、ならば明るく滅んで見せようという実朝は太宰の憧れだろう。最後の最後まで弱音を出してグズグズせず、静に微笑みでも浮かべながら、終わりが来るのを待つ。現代でもこの理想化された実朝に魅せられるのではないか。

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2013年09月02日

Posted by ブクログ

中編の「右大臣実朝」と「惜別」の二作品を収録。一度読んだことがあるのだけど、その時には難しくてよく分からなかったので、もう一度読んでみた。でもやっぱりこの作品(特に「右大臣実朝」)の良さが分からなかった。爆笑問題の太田光をはじめ、これを太宰最高傑作と言っている人は多いので、おそらく素晴らしい作品なのだろう。私には難しかった。

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2013年05月10日

Posted by ブクログ

滅亡の予感の中で超然と雅に耽溺する実朝。饒舌な絶望を突き抜けた果ての、静謐の明るさ。暗さの中には自意識の饒舌がある。それを突き抜ける白痴の如き無風の明るさは可能か。キリスト教と仏教に通じる境地か(「右大臣実朝」)。「・・・誰も知らない事実だって、この世の中にあるのです。しかも、そのような、誰にも目撃せられていない人生の片隅に於いて行われている事実にこそ、高貴な宝玉が光っている場合が多いのです。それを天賦の不思議な触覚で探し出すのが文芸です。文芸の創造は、だから、世の中に表彰せられている事実よりも、さらに真実に近いのです。文芸が無ければ、この世の中は、すきまだらけです。文芸は、その不公平な空洞を、水が低きに流れるように自然に充溢させていくのです。」(「惜別」)

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2011年03月26日

Posted by ブクログ

太平洋戦争下に書かれた『惜別』は当局の要請に応えた国策小説であり、日本の国体及び天皇親政が賛美されています。このような小説が生み出されたこと、太宰治もそれに答えざるをえなかった時代のあったことを、私たちは知っておくべきなのかもしれません。
他に『右大臣実朝』を収録。

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2010年06月12日

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