【感想・ネタバレ】ろまん燈籠(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

小説好きの五人兄妹が順々に書きついでいく物語のなかに、五人の性格の違いを浮き彫りにするという立体的で野心的な構成をもった「ろまん燈籠」。太平洋戦争突入の日の高揚と虚無感が交錯した心情を、夫とそれを眺める妻との画面から定着させた「新郎」「十二月八日」。日本全体が滅亡に向かってつき進んでいるなかで、曇りない目で文学と生活と戦時下の庶民の姿を見つめた16編。(解説・奥野健男)

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表題作のろまん燈籠は文学好きの兄弟が皆で物語を完成していく話。最初の兄弟の紹介文や祖父のメダルについてのエピソードなど、思わず「くすっ」と笑えてしまうのような太宰ならではの独特のギャグセンスが盛り込まれていた。また、物語の中で登場するラプンツェルの恋愛模様は太宰による恋愛観が盛り込まれており、語り手が太宰ではないことになっているが(兄弟による物語上で)太宰が兄弟の姿に装って書いているみたいだった。口調やスピード感も読みやすいので太宰文学の入口にもぜひ。

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2025年06月15日

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市井の人々の慎ましい生活、その中に有る感情が細やかに描き出されていた。筆者の、人々の実生活に密着した、素朴な眼差しが心に沁みた。

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2024年01月15日

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戦時下の太宰は神がかっている。珠玉の短編16編を収録。どの作品も愛おしい。特に気に入ったのは「恥」それぞれ夫と妻の視点から書かれた「新郎」「十二月八日」友人の結婚に纏わるユーモラスなやり取りが光る「佳日」悲しくも美しい余韻に涙させられた「散華」である。「散華」の中の次の文章には胸を打たれた。「机上のコップに投入れて置いた薔薇の大輪が、深夜、くだけるように、ばらりと落ち散る事がある。風のせいではない。おのずから散るのである。天地の溜息と共に散るのである。空を飛ぶ神の白絹の御衣のお裾に触れて散るのである。」

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2016年05月21日

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戦争中に書かれた小説、十六篇。
どれも素晴らしかった。
読めば読むほど太宰がどんな人か見えてきます。
本当に、人間を愛した人だと思います。
とっても優しい人です。

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2014年09月04日

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ろまん燈籠。兄妹連作のラプンツェル童話、愛される力を失っても愛する力は永遠に失われず、そこに人が生きる誇りがあるという次男の指摘に感銘。最後を飾る長兄の「ぶちこわしになったような気もする。」に笑う。

みみずく通信。大真面目の発言を高校生に笑われる、外界と精神との乖離。

服装に就いて。町田康が重なって仕方ない。

誰。怖い。自分が悪魔かどうかに就いて、やっぱり主観と客観が乖離して怖い。

恥。凄い!自意識の氾濫!

作家の手帖。煙草の火を貸してあげて、御礼を言われることに対して言い知れぬ恐怖を感じるセンス。

佳日。人間性の勘所。どんなにムカついても「これだから愛おしい」という感じは、よくわかる。

散華。文学のために死ぬ決意が、三田君からの手紙に託して表現された、狂おしい文章。

雪の夜の話。眼の中に、今まで見てきたものが映るという。

東京だより。不当な試練が、底知れぬ美しさの原因だったという衝撃。

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2013年08月22日

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太宰の作品の中で一番好き。
実は太宰はユーモアたっぷりで優しすぎるくらいの人だってわかる。
兄弟で小説を回し書きするんだけど、兄弟によって文章も内容も性格に合わせて変わってきて・・。なんかとってもほっこりしちゃいます、でも、なんかじーんとするんです。太宰らしい作品だと思う。

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2013年06月29日

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ネタバレ

「ろまん灯籠」が読みたかった。
個人的に、小説の中で登場人物たちがそれぞれ物語を書く、それぞれの人物に合わせてちゃんと内容に人柄が表れるよう仕上げてある、というところがおもしろかった。
太宰治もこれを書くのはおもしろかったんじゃないかな。

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2025年06月24日

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太宰治作品、思いのほかクスッとなるもの、登場する人々が生き生きしているものが多い。今までは「登場人物がやたら項垂れて溜息ついてる」みたいなイメージを持っていたのだけど……。
この「ろまん燈篭」も家族間のやり取りが面白かった。最後もよいなあ。


「決して興奮の舞踏の連続ではありません。白々しく興覚めの宿命の中に寝起きしているばかりでおります。」

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2024年10月03日

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先日、100分de名著『太宰治 斜陽:名もなき「声」の物語』高橋源一郎 を読み、
思いの温かいうちに『散華』だけでも読もうと。
よって今回は、『ろまん燈籠』に収録された『散華』のみのレビューとする。

太宰は結局自ら死を選び逝ってしまったけれど、丸っきりこの世の全てを放棄していたわけではないように思えた。
小説家を目指す若き芽を育てていた。
太宰はそんな風に思ってはおらず、友人として接したようだけれど。

三田君が、作品を持参した日とそうでない日の、玄関の戸が開けられる音の違い。
太宰はちゃんと聞き分けて、体も心も気遣う。
まずは体を丈夫にして、それから小説でもなんでもやったらいいなんて言う。
しかも直接ではなく、三井君の親友に頼むのだ。
君から強く言ってやったらどうだろうと。
心遣いが温かく、大人の振る舞いだ。
戸石君のことも、続く三田君のことも太宰は温かな眼差しでよく見つめている。
詩の世界で芽が出た三田君のことも、
「私には、三田君を見る眼が無かったのだと思った」
「三田君が私から離れて山岸さんのところへ行ったのは、三田君のためにも、とてもいいことだったと思った」
と記している。

三井君も三田君も、年少の友人だったと太宰は言う。
自分には、いたわるとか可愛がるなど出来ないと。
ただ年齢のことなど手加減せずに尊敬の念をもって交際したかったと。
(それでも私には充分いたわって可愛がっているように感じられたが)

しかし『散華』というタイトル通り、これは単なる楽しい思い出話ではない。
三井君は病気で、三田君は出征先で、命を落としたのだ。

太宰は三田君の原隊からのお便りを4通挙げているが、"最後の一通を受け取ったときの感動を書きたかったのである"と言う。
三田君はアッツ島守備部隊にいたが、太宰自身はその守備隊については"その後の玉砕を予感できるわけは無いのであるから………格段驚きはしなかった"けれども、"三田君の葉書の文章に感動した"と。
「御元気ですか。遠い空から御伺いします。
無事、任地に着きました。
大いなる文学のために、死んで下さい。
自分も死にます、この戦争のために。」
余程心に響いたのか、この文面を太宰は『散華』の中で3度も挙げる。

私はなんだか、太宰が取り違えているような気がしてならなかった。
本人はえらく感動した風情で、これぞ詩人!と感銘を受けたようであるけれど、
三田君は、"自分は戦争なんていうよく分からぬものの為に死ぬけれども、太宰さんはそんなものの為に死ぬのではなく、もし自分で死を選ばなければならないなら、文学の為に死んで下さい"と言いたかったのではないの?
そもそも太宰が徴兵を逃れたのは、結核や自殺未遂など、心身が万全ではなかったからだよね。
戦地に赴いたこともない人間が、この戦争のために死ぬと言ってよこした便りに、"ただならぬ厳正の決意"を感じて"最高の詩のような気さえして来た"とは、呑気すぎないか。
"アッツ島玉砕の報を聞かずとも、私はこのお便りだけで、この年少の友人を心から尊敬する事が出来たのである"
確かに、素人の私でさえ、詩的で真っ直ぐな表現が並々ならぬ決意を含んで美しいとは思う。
でも、なんというか………言い方?
こういう言い方しちゃうから、太宰を嫌う作家も居たのでは?

私にはよく分からない。
三田君は"詩"のつもりで書いたのかしら?
というか、私が"詩"の概念を誤っているのかもしれないな。
心の内からポッと生まれた文章は、全て"詩"と呼べるのかもしれない。
だとしたら、酷い惨劇が起きている現場で、カメラマンが助けることより撮ることを選ぶように、
小説家であった太宰もまた、小説家として三田君からの便りを目にしたのか。
戦争を知らぬ私でも、三田君からの手紙は読んだだけでウルッとするのにな。。。

P297に自身のことを、"としとってから妙な因業爺になりかねない素質は少しあるらしいのである"と表現していて、
これを読むと年老いた自分を想像することもあったんだなと意外に思う。
Wikipediaによると『散華』の執筆時期は1943年11月上旬(推定)とあった。
『津軽』の直前かな…。
だとすると、死を意識した太宰が、故郷を見ておこうと思うに至るまでに、三田君からの便りも少なからず影響しているのだろうな。
その後、太宰は1948年に美容師の山崎富栄と心中しているが、前の年には『斜陽』のモデルの歌人である太田静子との間に子供が生まれて認知している。
きっとこの頃はもうぐちゃぐちゃだよね。

「御元気ですか。
遠い空から御伺いします。
無事、任地に着きました。
大いなる文学のために、
死んで下さい。
自分も死にます、
この戦争のために。」

太宰さん、貴方は何のために死を選んだんでしょう?



アッツ島:
その惨たらしい様は広く知られているはず。
守備隊の4倍ものアメリカ兵が上陸し、制圧下に置かれた。
日本の本営も、これ以上戦力を消耗しては…との考えから、増援部隊も送らず、アッツ島の兵士たちは孤立無援状態となった。
テレビ番組の特集を見たが、手榴弾を持ったり、または丸腰で、アメリカ軍に向かってくる様は異様だったとのこと。
守備隊は全員玉砕。
山本五十六の死、アッツ島守備隊の玉砕と続き、ここから更に日本は、一般市民もこれに続けと間違った方向へ突き進んでゆく。

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2023年09月25日

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ネタバレ

太宰治作品が読みたくなって読んだ。

ろまん燈籠は兄弟5人が物語を連作することを中心とする家族の話だ。
兄弟5人全員の性格が異なるため、それぞれの書く話には個性があり、それを書き分ける太宰の文筆能力には恐れ入った。
兄弟5人の中では、次男が書く物語が最も気に入った。次男が物語に新たな展開を生んでいると思った。
しかし、どの兄弟も他の家族から作品が批判されており、最も評価されたのは陰の功労者であった母であった。
兄弟の物語を読んだ祖母からは、「若者は陰の功労者の存在を蔑ろにするから良くない」と言われていた。
私も陰の功労者に目が届かないため、そういった人達に目を配れるようになりたい。

あと、『みみずく通信』も良いなと思った。
太宰が学生からの相談を受けて、それに対して返答するのだが、その返答は太宰ならではだと思った。
決して、明るいことを太宰は言わない。
しかし、それでも若者を勇気づける言葉を投げかけている。
私も相談事に対して、明るいことは言えない。
だからこそ、太宰のような言葉を言えるようになりたいと思ったのだ。

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2022年07月03日

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ネタバレ

ろまん燈籠
5人の兄弟が物語を連作する話。5人の性格の描写が細かく、それぞれの作風がわかりやすく出ているのも面白い。末弟の物語は拙く、いろんな物語のつぎはぎだった。長女の物語は小説を自作しているだけあって文才が1番あり、女性ならではのラプンツェルの心理描写が見事だったように思う。次男の文章は口伝だったため、途中愛とは何かと熱弁し脱線していたが、物語の展開を大きく変え、続きが気になるようなストーリーに仕上げていた。次女の物語は、彼女の普段読んでいる本が影響を与えたのか、言い回しが独特で、長女が作り上げたラプンツェルの批判がメインであった。最後の長男は真面目な性格が故に、せっかくの物語の展開を台無しにし、最後は道徳の教えで終わらせてしまっていた。最後の酔った祖父の感想も的を得ていて痛快だった。太宰治は「人間失格」と「斜陽」しか読んだことがなかったので、暗い作風のイメージだったが、今回の短編小説はそのような部分が見られなかった。

みみずく通信
太宰治が女性に当てた手紙のような内容だった。彼が新潟で講演をしに行った時のことを手紙で書いている。ただ、やはり太宰治が書いたものだと思う内容だった。夕日を見て、「血のようにブルブル震えている」などと表現するのはさすがだと思ったし、生徒とのやり取りもどこか皮肉めいている。短い文章だったが太宰治という人物を少し垣間見ることが出来た。

服装について
太宰治は和服のイメージがあったが、長身と服装の無頓着がゆえの和服だったことがわかった。服装にまつわる自身の体験について書かれていたが、そこから太宰治は人に気を使う性格で周りをよく見ている人だということが読み取れた。繊細で神経質なんだろう。人間失格で自殺を試みるのも納得したように思う。

令嬢アユ
友人が恋した令嬢はどういう境遇の人だったんだろう。最後に太宰が意味深なことを言っているが私には理解できなかった。娼婦だったんだろうか。よくわからない。伊豆の描写が素敵で旅行に出かけたくなった


太宰は自分が悪魔と呼ばれたことにショックを受けて、悪魔とは何かサタンとは何か冷静に分析していた。冷静に分析し自分は違うと思っても、周りの人からお前は悪魔だと言われ続けさらにショックを受けたようだ。なんかクスッと笑える話だった。

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2022年02月18日

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 太宰治 (1909-1948) は、中学時代から芥川文学に魅せられ、後に短編小説の名手となった。現代文学の先駆的作品が多く、長く新鮮さを失っていない。第一回芥川賞候補となったが、結果は次席。選考委員である川端康成に「作者、目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった」と私生活を評された。太宰はこの選評に憤慨抗議した。彼にはマイナス思考の作品が多く、川端はそれを危うんだのではないだろうか。
 『雪の夜の話』(1944) は、「少女の友」に発表した作品である。少女の目から、東京の戦時下の風俗を描いている。次の文は、その一節である。

 「おれの眼は、二十年間きれいな雪景色を見て来た眼なんだ。おれは、はたちの頃まで山形にいたんだ。しゅん子なんて、物心地のつかないうちに、もう東京へ来て山形の見事な雪景色を知らないから、こんな東京のちゃちな雪景色を見て騒いでいやがる。おれの眼なんかは、もっと見事な雪景色を、百倍も千倍もいやになるくらいどっさり見て来ているんだからね、何と言ったって、しゅん子の眼よりは上等さ。」
 私はくやしくて泣いてやろうかしらと思いました。その時、お嫂さんが私を助けて下さった。お嫂さんは微笑(ほほえ)んで静かにおっしゃいました。
「でも、とうさんのお眼は、綺麗な景色を百倍も千倍も見て来たかわりに、きたないものも百倍も千倍も見て来られたお眼ですものね。」

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2021年05月13日

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戦時下の話が多かった。
表題作は私はあまり楽しめなかったが、他は結構好きなのがあった。

『恥』は笑えるような胸が苦しくなるような恥ずかしいような話。

『小さいアルバム』はところどころすごい笑ってしまった。この自虐、ギャグマンガにもありそうなレベルでどうしても笑ってしまう。
「私は今だってなかなかの馬鹿ですが、そのころは馬鹿より悪い。妖怪でした。」
「二匹の競馬の馬の間に、駱駝がのっそり立っているみたいですね。」
「かぼちゃのように無神経ですね。3日も洗顔しないような顔ですね。」
あたりが好き。自虐でこんないろんな言い方ができるのはさすがだなあと。

『佳日』も、白足袋がうまく履けない件は笑えるものの、戦争や、大隅君の性格などが絡まって切なくなる。最後は爽やか。

『散華』は非常に辛い作品。
戦地からの手紙の文言が心に刺さる。

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2019年03月02日

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5人兄弟のリレー小説という形式の表題作「ろまん燈籠」を始めとした短篇集。
「ろまん燈籠」はとある5人兄弟がリレー形式で小説を執筆するのですが、物語の序盤で其々の性格や好みの文学について等の前情報があるので、その知識を踏まえて読むと「こういう風に繋げるのか、何となくわかる」「性格出てるなあ」など感じながら読み進めることが出来て面白かったです。5人其々に個性があるので、小説自体がどのような結末へ向かうのかという楽しみもありました。
其々異なった文体でロマンチックであったり怪奇的であったりと、ひとつの物語で様々な表現を試みた太宰の手腕にも驚きました。
「みみずく通信」では私の地元の新潟市を訪れた際の出来事が描かれており、昔の火災で古町が大打撃を被りお堀も今は埋め立てられてしまいましたが、今尚あるイタリア軒が登場したり、かつては砂丘だった旧制新潟高校周辺や、その間には太宰と交流のあった同じ無頼派の坂口安吾の実家もあることを思い出し、新潟の歴史に触れることが出来て面白かったです。
基本的に戦時下の短篇集ですが、戦々恐々とした雰囲気や毒々しさもなく、いつも通りの太宰の自虐もユーモアがあって思わずクスッと笑ってしまえる軽快な短篇集でした。

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2018年10月14日

Posted by ブクログ

ネタバレ

太宰の中期の作品。
時代的に戦争中の話が多かった。
また意外と庶民的な面を垣間見れた短編集。
講演をした際に地元の学生から「案外、常識家ですね」と言われたり、日々の生活の中で、少し神経質で気の弱い面が多々見られた。

表題の『ろまん燈籠』は五人の兄妹の短編連作でユーモアに満ちた作品。
『散華』は知り合いの若い大学生から太宰に宛てた手紙の入った辛い作品。
「大いなる文学のために、死んで下さい。自分も死にます、この戦争のために。」はなんとも切なく遣りきれない想いを感じた。

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2018年02月12日

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短編集。
戦争に突入していく厳しい時代だからこそ立ち昇る
人間臭さに太宰はどうしようもなく惹かれたのだろう。
「佳日」と「散華」が好きだった。
どの話もタイトルが秀逸。

小説だけでなくてエッセイ的な文章もあり、
特に「服装について」は元祖こじらせとも言える
自意識過剰のぐるぐるっぷりが面倒臭いなと思いつつも、共感できてしまう。

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2015年02月21日

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全部で17冊ある新潮文庫の太宰さんシリーズ最後の本です。
やっと読み切ったよ♪

この本には表題作を含む全16編が収録されていました。
戦時中、太宰さんは兵隊ではなかったけど、当局の厳しい規制のなか、一所懸命作品を書いてたんだろうな…って思いました。
変にとがった感じもなく、飄々としてるけど、やっぱり苦しかったんだろうな…って行間から読めるときもありました。

夏目漱石さんは「読まされてる」って感じで苦手だけど、太宰さんは読みたくて読んでる自分がいます。
これからも太宰さんの本は、ちょこちょこ読み直していきたいと思います。

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2013年10月11日

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太宰32歳から36歳までの作品を収録。
表題作の「ろまん燈籠」と「雪の夜の話」が物語で、
後はエッセー調。

戦時中で、書きたいことも自由に書けない、
自分の考えも、内容によっては
あるがままを語るのは、危険な状況だったが、
そんな制約の中でも、彼の文体の軽やかさは
失われなかった。

自分だけでなく、家族、友人の
死を、常に意識せざる終えない状況に置かれても、
不安に負けて自分の魂を売り渡す事だけは、
時に道化を演じ、おどけてみながらも、
断固として拒絶していたのではないかと思う。

太宰は、読者に向かって、
たとえ暗い時代にあっても、
腹を括り、命のある限り生きろ、希望を失うな、
と、自分の作品を通して呼び掛けた。
つつましくも明るく生きる家族の
姿を描くなどして皆を鼓舞し続けた。

どんな環境に置かれようとも、
彼は小説家であり続けようとし、
その使命を全うした。

大いなる文学のために、
生まれ、生き、死んだ人。

しかし、それにしても、もっと生きて
「ろまん燈籠」はシリーズ化して書き続けて
欲しかった。

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2013年09月15日

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「人間失格」や「走れメロス」といった有名作とは違う太宰の一面がここにある。太宰を初めて読む人にも、いつか読んでほしいなと思う。

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2013年09月02日

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「恥」、「佳日」が好き。

あとは、「鉄面皮」の、兄の言葉が衝撃的だった。

「お前は、よその人にもそんなばかな事を言っているのか。よしてくれよ。いい恥さらしだ。一生お前は駄目なんだ。どうしたって駄目なんだ。五年?十年?俺にうむと言わせたいなんて、やめろ、やめろ、お前はまあ、なんという馬鹿な事を考えているんだ。死ぬまで駄目さ。きまっているんだ。よく覚えて置けよ。」

「駄目」という言葉と、「きまっている」という言葉がセットになるのはどうしようもなく辛い。身動きがとれなくなる。この2つの言葉は、できるだけ遠く離れていて欲しい。

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2013年04月17日

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やっぱり太宰さん好きです。

私は、「ろまん燈籠」「誰」「散華」「雪の夜の話」が好きでした。

散華とか雪の夜の話とか、涙腺緩みそうでした。

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2013年04月05日

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表題作でもある"ろまん燈籠"は5人兄妹が順々に書き連ねて1つの物語を作る話だが、それぞれの個性が作品の中にも滲み出ている中でストーリーも良くできており作中のラプンツェルはまた別の作品として楽しめた。
純文学に置いてはストーリーよりも表現を楽しむものだと感じていたがこの作品はストーリーとしても面白かったので他の太宰作品も読んで見たい。
その他の話では"禁酒の心"で描かれる禁酒をしようと思ってもつい誘惑に負けてしまう気持ちや食べに来ているのか飲みに来ているのか分からなくなる気持ちに共感できた。
"雪の夜の話"では短い話しながらも戦時中でも感じることのできる雪景色の美しさを想像し、ラストではお兄さんを意気消沈させるお姉さんの一言が痛快だった。
総じて読みやすい作品が多く、ストーリーよりも表現を楽しむ純文学という自分の中の偏見を取り払ってくれる作品だった。

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2025年11月10日

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太宰はなんとなく避けていたが、やはり自己言及ぶりは思った通りで、しかし「みみずく通信」の海からの帰りに生徒が増えているシーンなどは映像にしたらかなり好きだろうなと思った。

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2021年05月03日

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小説好きの五人兄妹が順々に書きついでいく物語のなかに、五人の性格の違いを浮き彫りにするという立体的で野心的な構成をもった「ろまん燈籠」。太平洋戦争突入の日の高揚と虚無感が交錯した心情を、夫とそれを眺める妻との画面から定着させた「新郎」「十二月八日」。日本全体が滅亡に向かってつき進んでいるなかで、曇りない目で文学と生活と戦時下の庶民の姿を見つめた16編。

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2019年06月27日

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音楽アルバムに例えれば、アウトトラック&リミックス集のようなセレクション。大戦に入る時期の作品が中心で、太宰夫人が主人公の「十二月八日」、「令嬢アユ」「恥」といった女性視点からの作品に、反戦のメッセージが込められた「散華」が心に残った。

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2015年08月30日

Posted by ブクログ

入江家の人々の描かれ方が新鮮で面白かったです。
五人の兄妹が順々と書き続けていく物語にそれぞれの個性が表れていました。
ちょっと残念なんだけど妙ないとおしさを感じて、彼らの生活をもう少し覗いてみたいなと思いました。

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2015年02月16日

Posted by ブクログ

太宰の全集は大学時代に読み終わったのに、記録しないと抜けてしまうね。読み直し中。


春風記、新樹の言葉、愛と美について、ろまん燈籠、女の決闘、古典風、清貧譚の七編。

句読点の多さ、リズム感、なんともナルシズムでたまらん。数篇は古典作品を元にしているけれど、すごい太宰節。

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2014年12月30日

Posted by ブクログ

戦時中の太宰のマイナー作品群。
比較的、マイナー。
戦争の流れの中で逆らわず。しかし、疑問は大きく抱いているが、そんなものは大々的に出せない。つまり、後世から帝国の太鼓持ちと呼ばれてしまう一因が集積された作品群である。
映画風立ちぬを見てから、戦争に加担する人々を責められない。なぜなら反抗すれば死ぬのだ。文学者は人で、聖人ではない。戦後世代が、彼らを責める資格があるのか、私にはわからない。読者と同じように世相に苦しんで、滅びゆく日本と共に生きただけでいいのではないだろうか。
にしても、太宰が女性の視点やるのはうますぎて鼻につく。

大いなる文学のために
死んでください。
自分も死にます。
この戦争のために

この文を残されて、戦後の精神的救済があるはずがない。この悲壮な想いを抱えて生きた太宰治を加担者として断罪できる人はいない。

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2014年08月20日

Posted by ブクログ

おもしろいのはいつもですが、やはり何かとつけて素直じゃない皮肉った見方が何とも言えません。これだけ自分にベクトルを向け、自分好きな作家さんはなかなかいません(苦笑)幸せな現実を自ら壊すみたいな物語が、毎度のことながらほっとけず、ついつい読んでしまうのです。

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2013年05月14日

Posted by ブクログ

太宰中期の短編集。
表題作はキャラ立ちまくりの5人兄妹が、暇つぶしにリレー小説を書く話。
ラプンツェルときいて読んでみたけれど名前だけで特にラプンツェルではなかった。
才能はないけれど参加したい末弟が一番手を買って出たもののなにも思いつかず剽窃した、と書かれた部分は本当に「雪の女王」まんまで吹いた。いいのかこれ。
しょうもなさが面白い。

戦中の作はやはり戦中っぽい。
後書きに戦中だということを考慮して読んでねとある。
でもやっぱりどう読んでいいかわからない。
どこまで本気かわからない。

たとえば玉砕した青年からの「大いなる文学のために/死んで下さい。/自分も死にます、/この戦争のために。」という手紙。
戦争がピンとこない私は「私は戦争のせいで死んでしまうけれど、あなたはそんなものではなく文学のためにこそ死んでください」と読む。
本の中の太宰は美しい心として読む。
この頃の読者がどう読んだのか、この頃の人にどう読ませたかったのか、私にはわからない。

「令嬢アユ」の、出征する人に「おめでとう」というのを当初はためらっていたけれど今はこだわりなく言える、という部分は怖いと思った。
これも怖さを描いたのかな?

書いてはいけないようなことを、どうとでも読めるような書き方でごまかしてかろうじて表現するのは弱者の常套戦法だけれど、どうとでも取れてしまうから案外危ういのかもしれない。

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2015年02月15日

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